【完結】小学生に転生した元ヤン教師、犬猿の仲だった元同僚と恋をする。

めんつゆ

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2.アラサー児童、爆誕【前】

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視界いっぱいに白い天井が広がっていた。

ぼーっとする頭で状況を確認しようと、上体を起こす。

白いシーツ。簡易的なカーテンで囲われたベッド。わずかに薬品の匂いがする。

左腕にチューブが繋がれていた。

……病院?

「なんで」

呟いた声は、掠れていた。まるで知らない人間の声だった。

自分は病人なんだろうか。思い出せない。

待てよ、自分の名前すらわからない。

少しずつ焦り始める。こんなことって。

急いでカーテンを開けて病室から出る。トイレを見つけて駆け込んだ。

男であることだけは自覚があった。

鏡に映った少年の姿。
小学校低学年から中学年ぐらいだろうか。
その痩せ細った姿に目を見開く。

「誰だ、これ」

幼過ぎる。自己認識ではとっくに成人しているものだと思っていたのだが。

自分の姿を見て、これほど違和感を覚えるものだろうか。

「ミントくん!」

背後から若い看護師が駆けて来た。

「目が覚めたんだね。点滴勝手に外しちゃダメだよ」

「みんと……?」

看護師の顔を凝視する。聞き慣れない。本当にそれが自分の名前なんだろうか。

「今、学校と施設の先生に電話したから」

ベッドに連れ戻されると、先ほどの看護師にそう告げられる。

「施設って?」

「? ミントくんが暮らしていた所だよ」

首を傾げる看護師。まるで記憶に無い。

ベッドの淵に座る。病院着から伸びる脚が細い。あまりにしっくり来ない。まるで自分の体じゃないみたいに。

ふと、ベッドの端にノートが置いてあることに気づいた。

ーー荒窪 爽人翠

(まさか、これでミントって読むのか?)

「荒窪くん!」

ドアが開く音。

爽やかな顔立ちの……。

「あ」

初めて、見慣れた顔を見た気がした。 

「平原」

口からこぼれ出た名前。

「先生を付けような」

彼はそう言って眉を下げた。

「平原せんせい?」

「そう。よく出来たね」。ふんわりと笑う青年を目の前にして、なぜか鳥肌が立つ。

(おかしい)

とても「先生」なんて目上の人間に抱く感情だとは思えない。

「俺、なんで病院に……」

疑問を口にすると、桜太郎の顔がさっとかげった。

「トラックに轢かれたんだよ」

「え?」

「君、急に飛び出しただろ?」

その瞬間、あの時の景色がフラッシュバックした。

飛び出した少年を目にして、咄嗟に体が動いた。
何とか少年の体を抱き止めたものの、猛スピードで向かってくるトラックから逃げる時間は無かった。

「おれ……」

ーー違う。

その時やっと、違和感の正体に気づいた。

(俺は荒窪 爽人翠じゃない……!)

「まて、じゃあ木下 索也は!?」

桜太郎の顔がぐにゃりと歪んだ。

「亡くなったよ」

ーーは?

目の前が真っ暗になっていく。

(死んだ? 俺が?)

「いつ……?」

「1年前。事故のあった日に……。即死だった。君は1年眠っていたんだ」

咄嗟に母親の顔を思い出す。

索也は1人っ子だ。母親にとっての身内は自分しかいない。

死んだはずの自分がなぜ、少年の身体で意識があるのか、とか。

入れ替わったのであれば、爽人翠の魂はどこに行ってしまったのか、とか。

疑問は尽きないが、今はとにかく母親に会わなければいけない。そう思った。

「あ! 荒窪くん!」

桜太郎が叫ぶが、それを無視して窓から飛び出した。

咄嗟に持って来たスマホには、Suicaのアプリが入っていた。これなら大丈夫。

ここがさいたま市なら、バスの停留所はあちらこちらに点在している。

それを乗り継げば大宮駅に行けるものだ。

案の定、道路沿いに停留所を見つけた。

「あった……。大宮駅東口行き」

バス1本で大宮まで行ける。

「ピピっピピっ」。遅れていたらしい車両が運良く来たので乗り込んだ。

スマホを読み取り機にタッチする。残額が3千円残っていることを確認。

ステップの段差が大きく見えて、自身の体が小さくなったことを改めて実感する。

空席を確認するため、車内の奥に視線をやる。

「え」

身体の動きが止まる。

「お掴まりください。発車します」

バスのアナウンスにはっとして、慌てて奥の座席に座った。

心臓かどくどくと動いているのがわかる。

バスの座席に膝を立ち、後ろを振り向いた。

真後ろに座っていた青年は、
突然目の前の子どもがこちらを向いたことに驚いた様子だった。

「ど、どうした? ボク」

「慎……! 安座間 慎一だよな」

「へえっ!?」

ぎょっとして目を丸くする慎一。

ようやく馴染みのある人間に再会出来た安心感と
今の事態をどう説明すれば納得してもらえるだろうという不安が同時に襲ってくる。

「このバスに乗ってるってことは行き先は大宮だろ? 話があるんだ、降りたら時間をくれ」

慎一は混乱した様子でこちらを凝視していた。

車内には数人の乗客がいる。

さすがにここで「俺は死んだ友人」だの「魂が入れ替わった」だの「転生」なんて言葉を口にしては通報されてしまう。

慎一は索也の実家に向かう途中だったらしい。

大宮東口の停留所で降りると、彼を近くの百貨店に連れ込んだ。
階段の踊り場は人通りが少なく、会話をするには問題無さそうだった。

「なに、君だれ? ほんと」

流石に不気味だったか。慎一は怯えたように少年の顔を見た。

「荒窪 爽人翠。名前、聞いたことあるだろ?」

もし慎一が索也の葬式に参列していたとすれば、死因となった児童の名前ぐらいは耳にするだろう。

絶大なインパクトを持つ名前だ。間違いなく記憶に残っている。

「みんとぐりーん」

真っ黒い瞳孔が、開いていく。

「……って、索也の?」

こくりと頷くいてみせる。

慎一は、ぐっと目を瞑った。

「……生きてたんだ。ならアイツがやったことに今はあった、か」

「いや、ちがくて」

「……それで、何の用があって俺に声を掛けたの」

慎一は複雑そうに言葉を連ねた。

声色は優しいが、その奥に堪え切れない気持ちが見えていた。

「確かにこれは荒窪 爽人翠の体だ。病衣に名前も書いてある。だけど、俺は爽人翠じゃない」

「……」

眉根を寄せる慎一に、自分の名前が書いてある病衣の裾を見せる。

「信じられないと思うけど、一旦聞いてくれ。俺は索也なんだよ」

訴えかけるように叫んだ。

しかし、慎一の顔は歪むだけだった。

「病院、戻ったほうがいいよ。抜け出して来たんだろ」

「ちげえよ、バカ! 
何を言えば俺だってわかる? 
お前がオバ専なことか? 
高校時代、母さんに会う為に毎日遠回りして俺ん家に寄ったせいで2人ともゲイだと勘違いされたことか? 
なぜかその噂を知った母さんに応援されたことか?」

自分で言っていて呆れるぐらい酷いエピソードだ。

一気に捲し立てると、慎一は表情を固めたまま、少年の目をじっと見た。

「……まじで?」

「まじだよ、あの時の母さんのセリフだって覚えてる。
結婚式は2人ともタキシードを着るのかしら? だ。最悪だった、お前と居るとロクなことがねえよ」

「そっ……、れは索也と小都美さんしか知らねえ……、
いや、小都美さんは10年前の自分のセリフなんて覚えてねえ……。
うそだろ、どういうことだよ、
……何でお前そんなチビになってんだよ!?」

ーーよかった。

「俺が知りてえよ!」

叫んだ声に涙が混じっていた。

信じてもらえたことへの安堵で、体から力が抜けてしまったらしい。

溜まっていた疲れが一気にのしかかった。

「おい、索也!?」

少年はその場で倒れ込んだ。



**

次に目が覚めた時には、自分の実家にいた。

小学生の体はコンパクトで運びやすかったらしい。

「で、慎。俺のこと母さんにどこまで話した?」

「まだ何も言ってねえよ。信じてもらえると思えねえし。
からかってると勘違いされたら小都美さんに嫌われちまう」

2人が小声で会話していると、キッチンから小都美が顔を出した。

「あら、起きたの? その子」

「かあさ……」

力無く笑う彼女は、この1年で随分と痩せていた。

ずきりと胸の痛む音がする。

「……生まれ変わりって信じますか?」

ぽそりと言葉を落とす。

小都美はきょとんとして首を傾げた。

「死んだ魂の記憶が、生まれ変わった先に残っていることがあって、つまり……。
母さん、俺、索也なんだよ」

彼女は表情を固めたまま、少年の顔を見つめた。

「えっと?」

何を言われたか理解できていないらしい。

「信じられないかもしれないけど……! 
母さんとの思い出何でも語れるから。
ほら、小学生の時、風邪で遠足行かなかった俺のためにさ、治ってから弁当持って2人で近くの寺に……、え?」

小都美の目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。

「信じる」

泣きながら、弱々しく微笑む母親の姿に、少年は戸惑った。

「索也ってね、必死になると左手で服の裾を握りしめるのよ」

「えっ、あ」

自身の左手に視線を落とす。
顔が熱くなるのがわかった。
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