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1.元ヤン教師と真面目教師【前】
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ーー世界中が敵になっても俺はお前らの味方だ!
5月の昼下がり。
6畳一間のアパートには、今しがた熱湯を注がられたインスタントラーメンの匂いが漂っていた。
ーーお前らを守るためなら命だって賭けられる!
あくびが止まらない。
これを食ったらもう一度寝よう。
金曜日だからって閉店までパチンコ屋に入り浸るのは良くなかった。
もう立派なアラサーだ。そろそろ身体も若くない。
ーー俺がお前らのセンセイだからだ!
「さっきからなんだこれ。気持ち悪ぃな」
リモコンを操作してチャンネルを変える。
十数年前に流行った熱血教師ドラマの再放送。
当時は現実味が無いなあ、ぐらいの感想だったが当事者の今となっては苛立って仕方ない。
なぜ命なんぞ賭けにゃならんのだ。
安定だけが魅力の公務員なのに。
「あー、せっかくの休みなのに嫌なやつ思い出した」
脳裏に浮かんだ「嫌なやつ」を打ち消すように、男はかぶりを振った。
木下 索也、26歳。
埼玉県さいたま市の公立小学校に勤める教師である。
**
月曜日は全校集会だった。
校長先生のお話から始まり、
何かしらの表彰者が居れば賞状授与。
そして代表の先生からのお話。
この代表とは、週替わりでローテーションしている。
「木下先生、今日代表ですよ」
「え?」
まるで初耳とでも言いたげに聞き返す、
元ヤン教師。
まだ新人の枠を超えていないのにツイストパーマをかけ、耳にはピアスの穴が見えている。
細すぎる眉毛は、若い頃抜きすぎたせいで生えてこなくなったらしい。
そんな不真面目極まりない先輩相手に、
平原桜太郎は冷ややかな視線を送った。
「え? って……。先週が俺だったんだから次アンタなのはわかっていたでしょう。順番は決まってるんだから」
「先週お前だったっけ。全然聞いてねえから覚えてないわ」
……ひとが丸1日かけて考えた原稿を「聞いてねえ」で片付けるなんて。
はあ、とため息を吐く。
「何も考えてないなら全校生徒の前で歌でも歌えばいいんじゃないですか」
「はあ?」
索也のリアクションを待たずに、
桜太郎は職員室から出て行った。
校庭で行われる全校集会まであと15分。
そろそろ自分達が受け持つクラスの児童達を誘導しなければいけない。
「相変わらずむかつく」
索也は彼が出て行った後のドアを睨んだ。
あの馬鹿にした態度が気に食わない。
「俺より2つも歳下のくせに。
大学の偏差値は10も下のくせに」
そう、索也は言動に反して高学歴だった。
高1までヤンキー仲間とつるんでいたものの、
高2で突然勉強に目覚め、
関東でも有数の名門大学に合格。
卒業後は誰もが知っている大手メーカーに就職するものの、
上司との折り合いが悪く1年で退職。
たまたま取得していた教員免許に頼った次第である。
そんな経歴なので、この職業に対して
いわゆる「子どもが好き」だとか「理想の教師像」などの愛着や理念は一切無い。
ただ、食いつなぐために教壇に立っている。
対して先ほどの生意気な後輩、桜太郎は今どき珍しい熱血タイプだ。
索也は「そういえば」と、先週の集会を思い出した。
彼は「10代のうちにやっておいてほしいこと」を熱弁していた気がする。
少し前に流行った自己啓発本に影響を受けているのが丸わかりで、辟易したんだった。
集会なんてものは教師側の自己満足だ。
何を話したって児童は誰も聞いちゃいない。
**
「ということで、今から俺が一生懸命話してもどうせ皆さんは給食のことでも考えているんでしょう。
それじゃあ意味が無いので一発歌おうと思います」
一斉に児童がざわついた。
同僚の先生達は固まっている。
「それでは聞いてください。Mr.ChildrenでSign」
**
「何やってるんですか!? 絶句しすぎて俺もう一生声が出なくなるんじゃ無いかと思いましたよ!」
「安心しろ、超うるせえから」
目を血走らせながら、こちらのワイシャツを掴む桜太郎。
その手を跳ね除けた。
2年生の1時間目はクラス合同で音楽だった。
この科目は専任の先生がいるため、職員室で事務作業を行う。
1組担任の桜太郎と2組担任である索也の席は、
隣同士に配置されていた。
「まじで信じられないんだけど、この人。保護者からクレームが来る!」
「あんなもん言わせとけば良いんだよ。大体、歌えって言ったのはお前だからな」
「本当に歌う奴がどこにいるんですか!」
せっかくセットしている髪型が、本人の両手でぐしゃぐしゃと潰されていった。
怒鳴った興奮で白い肌が赤く染まっている。
高く綺麗な鼻筋と、シャープな一重瞼が特徴の彼は「塩顔イケメン」として一部の保護者から人気がある。
索也にとっては、そう言うところも気に食わないポイントのひとつだった。
小言が長くなりそうなので、引き出しからチョコボールの箱を取り出す。
「ちょ、何お菓子食べようとしてるんですか!」
「いや、黙って聞いてるの飽きたからさ」
あ、失敗した。
桜太郎の額に青筋が立っているのを見て、少しだけ後悔する。
……うん、美味い。チョコボールはピーナッツに限る。
**
髪の毛がさらさらと動く感触がして、
索也はふと意識を取り戻した。
視界が暗い。目を瞑っているらしい。
テストの採点を終えてから、デスクに突っ伏してそのまま寝てしまったのだろう。
隣にうるさい後輩が座っていたはずだけど、よく起こされなかったな。
今、何時だろう。
「……え?」
「えっ!?」
ぱちりと目を開けた索也を、桜太郎は驚いた表情で凝視していた。
彼の右手が索也の頭に置かれている。
……え、撫でられていた? いやいやいや。
混乱する索也を前に、桜太郎は目に見えて狼狽していた。
「あ、あの、寝てたから……! 起こそうと思って!」
「ああ、そう……」
彼の言葉に納得してむくりと上体を起こす。
……変な起こし方をする奴だな。
「ていうか何考えてるんですか? 公務員が職務中に昼寝をするだなんて」
「うるせえなあ」
いつもの調子を取り戻した後輩に、索也はうんざりとした声を出した。
中途半端に寝たせいで余計眠い。
「ふわーあ」
左手で頭をかきながら、大きなあくびをした。
「あー、ねみ。……?」
やっぱり調子が悪いのだろうか。
桜太郎の顔が少し赤いように見える。
熱があるなら休めば良いのに。仕事好きな奴だ。
時計を確認しながら、心の中で呟いた。
(俺なら微熱でも喜んで休むけどね)
何なら熱が無くても休みたい。仕事は嫌いだ。金だけ欲しい。
5月の昼下がり。
6畳一間のアパートには、今しがた熱湯を注がられたインスタントラーメンの匂いが漂っていた。
ーーお前らを守るためなら命だって賭けられる!
あくびが止まらない。
これを食ったらもう一度寝よう。
金曜日だからって閉店までパチンコ屋に入り浸るのは良くなかった。
もう立派なアラサーだ。そろそろ身体も若くない。
ーー俺がお前らのセンセイだからだ!
「さっきからなんだこれ。気持ち悪ぃな」
リモコンを操作してチャンネルを変える。
十数年前に流行った熱血教師ドラマの再放送。
当時は現実味が無いなあ、ぐらいの感想だったが当事者の今となっては苛立って仕方ない。
なぜ命なんぞ賭けにゃならんのだ。
安定だけが魅力の公務員なのに。
「あー、せっかくの休みなのに嫌なやつ思い出した」
脳裏に浮かんだ「嫌なやつ」を打ち消すように、男はかぶりを振った。
木下 索也、26歳。
埼玉県さいたま市の公立小学校に勤める教師である。
**
月曜日は全校集会だった。
校長先生のお話から始まり、
何かしらの表彰者が居れば賞状授与。
そして代表の先生からのお話。
この代表とは、週替わりでローテーションしている。
「木下先生、今日代表ですよ」
「え?」
まるで初耳とでも言いたげに聞き返す、
元ヤン教師。
まだ新人の枠を超えていないのにツイストパーマをかけ、耳にはピアスの穴が見えている。
細すぎる眉毛は、若い頃抜きすぎたせいで生えてこなくなったらしい。
そんな不真面目極まりない先輩相手に、
平原桜太郎は冷ややかな視線を送った。
「え? って……。先週が俺だったんだから次アンタなのはわかっていたでしょう。順番は決まってるんだから」
「先週お前だったっけ。全然聞いてねえから覚えてないわ」
……ひとが丸1日かけて考えた原稿を「聞いてねえ」で片付けるなんて。
はあ、とため息を吐く。
「何も考えてないなら全校生徒の前で歌でも歌えばいいんじゃないですか」
「はあ?」
索也のリアクションを待たずに、
桜太郎は職員室から出て行った。
校庭で行われる全校集会まであと15分。
そろそろ自分達が受け持つクラスの児童達を誘導しなければいけない。
「相変わらずむかつく」
索也は彼が出て行った後のドアを睨んだ。
あの馬鹿にした態度が気に食わない。
「俺より2つも歳下のくせに。
大学の偏差値は10も下のくせに」
そう、索也は言動に反して高学歴だった。
高1までヤンキー仲間とつるんでいたものの、
高2で突然勉強に目覚め、
関東でも有数の名門大学に合格。
卒業後は誰もが知っている大手メーカーに就職するものの、
上司との折り合いが悪く1年で退職。
たまたま取得していた教員免許に頼った次第である。
そんな経歴なので、この職業に対して
いわゆる「子どもが好き」だとか「理想の教師像」などの愛着や理念は一切無い。
ただ、食いつなぐために教壇に立っている。
対して先ほどの生意気な後輩、桜太郎は今どき珍しい熱血タイプだ。
索也は「そういえば」と、先週の集会を思い出した。
彼は「10代のうちにやっておいてほしいこと」を熱弁していた気がする。
少し前に流行った自己啓発本に影響を受けているのが丸わかりで、辟易したんだった。
集会なんてものは教師側の自己満足だ。
何を話したって児童は誰も聞いちゃいない。
**
「ということで、今から俺が一生懸命話してもどうせ皆さんは給食のことでも考えているんでしょう。
それじゃあ意味が無いので一発歌おうと思います」
一斉に児童がざわついた。
同僚の先生達は固まっている。
「それでは聞いてください。Mr.ChildrenでSign」
**
「何やってるんですか!? 絶句しすぎて俺もう一生声が出なくなるんじゃ無いかと思いましたよ!」
「安心しろ、超うるせえから」
目を血走らせながら、こちらのワイシャツを掴む桜太郎。
その手を跳ね除けた。
2年生の1時間目はクラス合同で音楽だった。
この科目は専任の先生がいるため、職員室で事務作業を行う。
1組担任の桜太郎と2組担任である索也の席は、
隣同士に配置されていた。
「まじで信じられないんだけど、この人。保護者からクレームが来る!」
「あんなもん言わせとけば良いんだよ。大体、歌えって言ったのはお前だからな」
「本当に歌う奴がどこにいるんですか!」
せっかくセットしている髪型が、本人の両手でぐしゃぐしゃと潰されていった。
怒鳴った興奮で白い肌が赤く染まっている。
高く綺麗な鼻筋と、シャープな一重瞼が特徴の彼は「塩顔イケメン」として一部の保護者から人気がある。
索也にとっては、そう言うところも気に食わないポイントのひとつだった。
小言が長くなりそうなので、引き出しからチョコボールの箱を取り出す。
「ちょ、何お菓子食べようとしてるんですか!」
「いや、黙って聞いてるの飽きたからさ」
あ、失敗した。
桜太郎の額に青筋が立っているのを見て、少しだけ後悔する。
……うん、美味い。チョコボールはピーナッツに限る。
**
髪の毛がさらさらと動く感触がして、
索也はふと意識を取り戻した。
視界が暗い。目を瞑っているらしい。
テストの採点を終えてから、デスクに突っ伏してそのまま寝てしまったのだろう。
隣にうるさい後輩が座っていたはずだけど、よく起こされなかったな。
今、何時だろう。
「……え?」
「えっ!?」
ぱちりと目を開けた索也を、桜太郎は驚いた表情で凝視していた。
彼の右手が索也の頭に置かれている。
……え、撫でられていた? いやいやいや。
混乱する索也を前に、桜太郎は目に見えて狼狽していた。
「あ、あの、寝てたから……! 起こそうと思って!」
「ああ、そう……」
彼の言葉に納得してむくりと上体を起こす。
……変な起こし方をする奴だな。
「ていうか何考えてるんですか? 公務員が職務中に昼寝をするだなんて」
「うるせえなあ」
いつもの調子を取り戻した後輩に、索也はうんざりとした声を出した。
中途半端に寝たせいで余計眠い。
「ふわーあ」
左手で頭をかきながら、大きなあくびをした。
「あー、ねみ。……?」
やっぱり調子が悪いのだろうか。
桜太郎の顔が少し赤いように見える。
熱があるなら休めば良いのに。仕事好きな奴だ。
時計を確認しながら、心の中で呟いた。
(俺なら微熱でも喜んで休むけどね)
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