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第5章
真夜中の(6)
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「さ、早くコートを脱いだら?」
俺は考えるのを止めて、コートのボタンに手をかける。それから、立ち上がって、コートを脱いだ。
俺はじっと見られるのが恥ずかしくて、コートを丁寧に畳んで時間を稼ぐ。
「しょーちゃん、それは焦らしてるの?」
にやにやとイタズラっ子みたいに涼さんは笑う。俺が恥ずかしがるのを楽しんでいる。
俺はコートをソファの上に置き、真っ直ぐに立って涼さんと向かいあった。
「うん、ピッタリだね。色も顔に合ってるし」
「馬子にも衣装です」
「そうだね。立派な大人に見える」
謙遜する俺の言葉をそのままにして、にやにやは続行中だ。
「ネイビースーツに薄い青のネクタイを合わせてるのもいいセンスだよ」
「ありがとうございます」
別に合わせた訳ではなく、たまたま手に取っただけなのだが、それは言わないでおく。
「脱がせたくなっちゃうほど、いい男っぷりだよ」
「いいですよ、脱がせても」
涼さんのにやにやが止まらないので、俺は反撃をした。
それににやにやだけでなく『弟』が引っかかってることもあり、無意識に大胆に返してしまった。涼さんのにやにやがすっと消える。
だが、すぐに口角がくっと上がった。
それは無理やり笑みを作っている?
「本当に夜だとしょーちゃんは大胆だね」
タイミングが良いのか、悪いのか、電気ケトルがピーと音を鳴らす。
ソファからすっと立ち上がり、涼さんはキッチンへと戻る。
あれ?
これって、おかしくないか?
「しょーちゃん、砂糖とミルクはどうする?」
「いりません、俺、ブラック派なので」
俺はそそくさと、ソファに座り直し、悪い考えは気付かなかったことにしようと会話を進める。
BOSEのスピーカーが目に入った。
「テレビのスピーカーすごいですね。映画とか見る為ですか?」
「ううん、専らゲーム用」
「涼さん、ゲームするんですか?」
「学生の頃はかなりしていたんだ。先輩ともゲーム好きで更に仲良くなったんだよ」
兄さんはゲームが好きだった。その影響で俺もよく遊んだ。
「社会人になってからは止めていたけど、離婚してから復活した。ちなみに、そのスピーカーは会社のお得意さんの忘年会に出た時、ビンゴ大会で当たったの。俺、そういうのに拘りとかないから」
そうなのか。
映画好きで、音質にも拘ってスピーカーを設置してる、そんなイメージを勝手に作り上げていた。
「しょーちゃんはゲームする?」
「今は全然」
「スマホゲームも?」
涼さんはケトルを片手にとって、コーヒーをドリップしていく。
湯気がもくもくとたって、涼さんの姿が見え隠れする。
「全く。涼さんはスマホゲームもするんですか?」
「スマホではしない。歴史シミュレーションゲームが好きなんだけど、スマホでやり出したら、仕事を疎かにしてしまいそう」
これまた意外な回答だった。
涼さんとゲームも意外だが、さらに歴史シミュレーションか。
でも、兄さんも歴史シミュレーションが好きだったな。
珈琲の香りが漂い始める。
「良い香りですね」
「味も気に入ってもらえるといいんだけど」
一旦、会話が途切れる。
俺はカウンターの向こうで作業する涼さんを見つめる。
トレーナー姿で珈琲を淹れる、ただそれだけなのに様になった。
きっと涼さんが喫茶店で働いたら、女性客が沢山来るんじゃないかな。
「お待たせ」
真っ白いマグカップを手にして歩いてくる。
俺の目の前のテーブルに珈琲を置いた。
珈琲の香りが柔らかく俺を包む。
「俺の分も淹れるから、先に飲んでいて」
「いただきます」
俺はマグカップの取っ手に指を絡ませる。
真っ白いマグカップは真新しく見えた。
珈琲は見るからに熱そうなので、息を吹きかけて冷まして、そっと一口含む。
「熱っ」
「火傷するなよ」
「はい」
子供のように扱われて、恥ずかしくなり、話を再開する。
「俺も兄さんと歴史シミュレーションをよくやりました。手加減してくれなくて、ボコボコに責められました」
「俺もやられた。先輩、ゲームはエゲツない攻め方するから」
「そうそう、策士ってわけじゃなくてエゲツない。三国志をやってた時は、やたらと暗殺者を送り込んできましたよ」
涼さんは湯気のたった黒いマグカップを手にソファに戻る。
「わかる! 先輩、戦闘よりも、計略とかでじわじわ攻めてくる」
会話の端々に懐かしさで笑いが出てくる。
「三国志、やりたくなりました」
「やろうよ」
涼さんの目が子供のようにキラキラとなる。
この人、こんな表情もするんだ。
「三国志持ってるからやろうよ」
「今からですか?」
「それは危険だから、今度の週末、ゲーム大会しょう」
デートではなくて、大会なのね。
涼さんが可愛すぎて、突っ込む気持ちは消える。
「いいですね。土曜日はどうです?」
「もちろんOKだよ」
その後、俺たちはどの武将でプレイをしていたとか、何々の戦いはどうかとか、約束の1時間をとうに過ぎて2時間ほど熱く語り合った。
それは、恋人ではなく、友達との会話。もしくは、昔よくした兄との会話と同じ類だった。
俺は考えるのを止めて、コートのボタンに手をかける。それから、立ち上がって、コートを脱いだ。
俺はじっと見られるのが恥ずかしくて、コートを丁寧に畳んで時間を稼ぐ。
「しょーちゃん、それは焦らしてるの?」
にやにやとイタズラっ子みたいに涼さんは笑う。俺が恥ずかしがるのを楽しんでいる。
俺はコートをソファの上に置き、真っ直ぐに立って涼さんと向かいあった。
「うん、ピッタリだね。色も顔に合ってるし」
「馬子にも衣装です」
「そうだね。立派な大人に見える」
謙遜する俺の言葉をそのままにして、にやにやは続行中だ。
「ネイビースーツに薄い青のネクタイを合わせてるのもいいセンスだよ」
「ありがとうございます」
別に合わせた訳ではなく、たまたま手に取っただけなのだが、それは言わないでおく。
「脱がせたくなっちゃうほど、いい男っぷりだよ」
「いいですよ、脱がせても」
涼さんのにやにやが止まらないので、俺は反撃をした。
それににやにやだけでなく『弟』が引っかかってることもあり、無意識に大胆に返してしまった。涼さんのにやにやがすっと消える。
だが、すぐに口角がくっと上がった。
それは無理やり笑みを作っている?
「本当に夜だとしょーちゃんは大胆だね」
タイミングが良いのか、悪いのか、電気ケトルがピーと音を鳴らす。
ソファからすっと立ち上がり、涼さんはキッチンへと戻る。
あれ?
これって、おかしくないか?
「しょーちゃん、砂糖とミルクはどうする?」
「いりません、俺、ブラック派なので」
俺はそそくさと、ソファに座り直し、悪い考えは気付かなかったことにしようと会話を進める。
BOSEのスピーカーが目に入った。
「テレビのスピーカーすごいですね。映画とか見る為ですか?」
「ううん、専らゲーム用」
「涼さん、ゲームするんですか?」
「学生の頃はかなりしていたんだ。先輩ともゲーム好きで更に仲良くなったんだよ」
兄さんはゲームが好きだった。その影響で俺もよく遊んだ。
「社会人になってからは止めていたけど、離婚してから復活した。ちなみに、そのスピーカーは会社のお得意さんの忘年会に出た時、ビンゴ大会で当たったの。俺、そういうのに拘りとかないから」
そうなのか。
映画好きで、音質にも拘ってスピーカーを設置してる、そんなイメージを勝手に作り上げていた。
「しょーちゃんはゲームする?」
「今は全然」
「スマホゲームも?」
涼さんはケトルを片手にとって、コーヒーをドリップしていく。
湯気がもくもくとたって、涼さんの姿が見え隠れする。
「全く。涼さんはスマホゲームもするんですか?」
「スマホではしない。歴史シミュレーションゲームが好きなんだけど、スマホでやり出したら、仕事を疎かにしてしまいそう」
これまた意外な回答だった。
涼さんとゲームも意外だが、さらに歴史シミュレーションか。
でも、兄さんも歴史シミュレーションが好きだったな。
珈琲の香りが漂い始める。
「良い香りですね」
「味も気に入ってもらえるといいんだけど」
一旦、会話が途切れる。
俺はカウンターの向こうで作業する涼さんを見つめる。
トレーナー姿で珈琲を淹れる、ただそれだけなのに様になった。
きっと涼さんが喫茶店で働いたら、女性客が沢山来るんじゃないかな。
「お待たせ」
真っ白いマグカップを手にして歩いてくる。
俺の目の前のテーブルに珈琲を置いた。
珈琲の香りが柔らかく俺を包む。
「俺の分も淹れるから、先に飲んでいて」
「いただきます」
俺はマグカップの取っ手に指を絡ませる。
真っ白いマグカップは真新しく見えた。
珈琲は見るからに熱そうなので、息を吹きかけて冷まして、そっと一口含む。
「熱っ」
「火傷するなよ」
「はい」
子供のように扱われて、恥ずかしくなり、話を再開する。
「俺も兄さんと歴史シミュレーションをよくやりました。手加減してくれなくて、ボコボコに責められました」
「俺もやられた。先輩、ゲームはエゲツない攻め方するから」
「そうそう、策士ってわけじゃなくてエゲツない。三国志をやってた時は、やたらと暗殺者を送り込んできましたよ」
涼さんは湯気のたった黒いマグカップを手にソファに戻る。
「わかる! 先輩、戦闘よりも、計略とかでじわじわ攻めてくる」
会話の端々に懐かしさで笑いが出てくる。
「三国志、やりたくなりました」
「やろうよ」
涼さんの目が子供のようにキラキラとなる。
この人、こんな表情もするんだ。
「三国志持ってるからやろうよ」
「今からですか?」
「それは危険だから、今度の週末、ゲーム大会しょう」
デートではなくて、大会なのね。
涼さんが可愛すぎて、突っ込む気持ちは消える。
「いいですね。土曜日はどうです?」
「もちろんOKだよ」
その後、俺たちはどの武将でプレイをしていたとか、何々の戦いはどうかとか、約束の1時間をとうに過ぎて2時間ほど熱く語り合った。
それは、恋人ではなく、友達との会話。もしくは、昔よくした兄との会話と同じ類だった。
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