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第4章
アドバイスという名の(2)
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「翔ちゃん、カッコいい!」
島崎さんは真正面から俺を捉えて、悲鳴のように声をあげた。
馬子にも衣装、良いスーツを着ると俺なりに出来る男風に見える。
「このスーツスゴイです。いつものスーツは借りて着てるのかって感じで、あまり馴染まないんです。何度か着ていると、くたびれた感は出ても馴染まないんです。でも、これはすっごいフィットしてます。正直、既製品とこんなに違いがあるとは思いませんでした」
俺はあまりの着心地の良さに興奮して早口で説明する。
「嬉しい、翔ちゃん大好き」
そう言って、島崎さんは俺を軽く抱きしめる。
爽やかな香りが鼻を掠める。
前も感じたが素敵な香りは島崎さんによく似合う。
「でも、まだ喜んじゃだめなんだよね」
島崎さんはそう言うと肩や袖、そして裾などを確認して行く。その後、手を挙げさせられたり、軽くしゃがんだりと、ポーズの注文がくる。
どのポーズをしても、服が邪魔をするようなことはなかった。
「良かった。本当にぴったりね」
島崎さんはホッと胸を撫で下ろしてから、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「記念に写真撮っていい?」
「俺をですか?」
驚いて自分の顔を指差す。島崎さんは小さな顎をすっと引く。
「作らせていただいたスーツを写真に残させて欲しいの」
「だったら、今脱ぎますから、マネキンにでも着せますか?」
「馬鹿ね。スーツは人が着るものなのよ。人が着てくれて完成するんだから、翔ちゃんが着てる写真じゃないと意味がない」
「そういうものですか」
「他のスーツは知らないけど、私の作ったものはそうなの」
島崎さんは俺の腕をがっつりと掴み、レトロな間接照明のライトスタンド横に立たせる。ライトスタンドは寄せ木作り風なもので、傘はややブラウン気味の布で出来ていた。
明らかに撮影スポット。
「さっ、撮るわよ」
島崎さんはスマホを構えた。一眼レフとかでなくて良かったが、それでも照れるものがある。
しかし、島崎さんの勢いからとても断れる雰囲気ではない。断った途端、お尻を叩かれそうだ。
俺は腹を括ってスマホに向かい合う。
「何それ、七五三じゃないのよ。もっと男の色気を醸し出して」
「そんな色気ありません」
「それじゃ、ちょっと身体を斜めにして」
島崎さんの指示どおり、右足を半歩踏み出して斜めにする。
「それじゃ、ダメ! ちょっとだけって言ったでしょう」
それから20分近く撮影会が続き、俺は島崎さんに怒られないよう従順に対応した。
島崎さんから着替えの許可が出てから、俺はヘトヘトになりながら更衣室に戻った。
自分の服に戻り、スーツをハンガーに掛ける。
更衣室から出ると、島崎さんは入れ替わりに更衣室に入りスーツを整え始める。
そして手際よくスーツにカバーを掛けてレジに移動する。
「さっきの写真、涼に送っておいたから」
「えっ!?」
俺は口をパクパクとさせたが、何も言わなかった。
島崎さんに口で勝てるわけがない。
「涼は翔ちゃんにベタ惚れね」
「そんなことないですよ、涼さんは優しいだけです」
「確かに誤解を招く優しさがあるけど、冷たくもあるわよ。それに、涼がここまで尽くす人は初めて見たわ」
スーツカバーを畳んで持ち運びしやすいように整えてくれる。
「それは俺の魅力とかではなくて、俺の兄さんの威光があるからです」
俺は話すつもりがなかったことを思わず口にしていた。
「そうかもしれないけど、涼は好きでもない男とは付き合わないわよ。そんな偽善なこと出来ない男だから」
「それ、本当ですか!」
俺はつい身を乗り出して聞いていた。兄さんとの約束を島崎さんが知っていたことを流してしまうほど、必死さが痛い。
「うん、涼は恋愛にはドライだからね。嫌いになったら付き合えない男。ただ、優しく別れるから、相手は未練を残してしまう。ある意味、最悪な男よ」
俺は嬉しくなった気持ちが一気にしぼんでくる。
いつか俺にも優しく別れを切り出すのか。いや、あの約束があるから、その日はこない。
・・・俺はそんな約束が本当に守られると思ってるのか?
自答しようとした時に島崎さんが口を開く。
「翔ちゃん、男の人と付き合うのは初めてなんだって?」
そこまで涼さんは島崎さんに話しているのか。
俺が黙っているのを勘違いして島崎さんは慌てる。
「嫌な思いをさせたらごめん。涼は余計なお世話だけど、翔ちゃんが今まで誰にも言えなかったことを話せる機会を作ろうとしてるんだよ」
「俺、そこまで苦しい世界にいたわけではないですよ。兄さんと涼さんが勝手にそう思い込んでるだけです」
つい口にした毒に自分でも驚く。だが、島崎さんは何事もなかったように対応する。
「そうかも知れない。涼が勝手に思い込んでいて、翔ちゃんを守りたいって思って、その思いが恋心に繋がってるのかもしれない」
「俺もそう思ってます。涼さんは同情のような感情も含んで俺と付き合ってます」
「嫌なの?」
「別に。それを利用して涼さんと付き合えるならいいかなって思ってますよ」
島崎さんはじっと俺の顔を見る。
あー、自分で口にして、やっと涼さんの同情を自覚した。でも、島崎さんは呆れたよな。
島崎さんの顔色を伺うと、急に嬉しそうに微笑んだ。
「やっと翔ちゃんと話せたって感じ。もっと本音で話して欲しいわ」
「それも涼さんの差し金ですか?」
また意地悪な言葉が口から漏れる。
「まさか。単に私の好奇心」
からからっと笑う島崎さんに、本当に裏の気持ちがあるとは思わなかった。
「島崎さんって、やっぱり素敵な人ですね」
「わかってる。でも、私は寧々のものだから好きになってはダメよ」
「出来るだけ努力します」
「私、翔ちゃんのこと好きだわ」
「ダメですよ、俺、今は涼さんのものですから」
ニヤリと笑うと島崎さんは、大きな目を更に大きくしてから、すっと元に戻してから大笑いした。
島崎さんの個人的な連絡先を教えてもらい、今度、寧々さんと3人で食事をする約束をして、俺は店を出た。
スーツを片手に足取り軽く町を進んでいくと、背後から声を掛けられた。
振り返るとそこには背が高いが、細身で華奢な印象を与える男性だった。
眉は尻上がりで、意思の強そうな顔をしている。
俺は危うく手にしていたスーツを落としそうになった。
島崎さんは真正面から俺を捉えて、悲鳴のように声をあげた。
馬子にも衣装、良いスーツを着ると俺なりに出来る男風に見える。
「このスーツスゴイです。いつものスーツは借りて着てるのかって感じで、あまり馴染まないんです。何度か着ていると、くたびれた感は出ても馴染まないんです。でも、これはすっごいフィットしてます。正直、既製品とこんなに違いがあるとは思いませんでした」
俺はあまりの着心地の良さに興奮して早口で説明する。
「嬉しい、翔ちゃん大好き」
そう言って、島崎さんは俺を軽く抱きしめる。
爽やかな香りが鼻を掠める。
前も感じたが素敵な香りは島崎さんによく似合う。
「でも、まだ喜んじゃだめなんだよね」
島崎さんはそう言うと肩や袖、そして裾などを確認して行く。その後、手を挙げさせられたり、軽くしゃがんだりと、ポーズの注文がくる。
どのポーズをしても、服が邪魔をするようなことはなかった。
「良かった。本当にぴったりね」
島崎さんはホッと胸を撫で下ろしてから、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「記念に写真撮っていい?」
「俺をですか?」
驚いて自分の顔を指差す。島崎さんは小さな顎をすっと引く。
「作らせていただいたスーツを写真に残させて欲しいの」
「だったら、今脱ぎますから、マネキンにでも着せますか?」
「馬鹿ね。スーツは人が着るものなのよ。人が着てくれて完成するんだから、翔ちゃんが着てる写真じゃないと意味がない」
「そういうものですか」
「他のスーツは知らないけど、私の作ったものはそうなの」
島崎さんは俺の腕をがっつりと掴み、レトロな間接照明のライトスタンド横に立たせる。ライトスタンドは寄せ木作り風なもので、傘はややブラウン気味の布で出来ていた。
明らかに撮影スポット。
「さっ、撮るわよ」
島崎さんはスマホを構えた。一眼レフとかでなくて良かったが、それでも照れるものがある。
しかし、島崎さんの勢いからとても断れる雰囲気ではない。断った途端、お尻を叩かれそうだ。
俺は腹を括ってスマホに向かい合う。
「何それ、七五三じゃないのよ。もっと男の色気を醸し出して」
「そんな色気ありません」
「それじゃ、ちょっと身体を斜めにして」
島崎さんの指示どおり、右足を半歩踏み出して斜めにする。
「それじゃ、ダメ! ちょっとだけって言ったでしょう」
それから20分近く撮影会が続き、俺は島崎さんに怒られないよう従順に対応した。
島崎さんから着替えの許可が出てから、俺はヘトヘトになりながら更衣室に戻った。
自分の服に戻り、スーツをハンガーに掛ける。
更衣室から出ると、島崎さんは入れ替わりに更衣室に入りスーツを整え始める。
そして手際よくスーツにカバーを掛けてレジに移動する。
「さっきの写真、涼に送っておいたから」
「えっ!?」
俺は口をパクパクとさせたが、何も言わなかった。
島崎さんに口で勝てるわけがない。
「涼は翔ちゃんにベタ惚れね」
「そんなことないですよ、涼さんは優しいだけです」
「確かに誤解を招く優しさがあるけど、冷たくもあるわよ。それに、涼がここまで尽くす人は初めて見たわ」
スーツカバーを畳んで持ち運びしやすいように整えてくれる。
「それは俺の魅力とかではなくて、俺の兄さんの威光があるからです」
俺は話すつもりがなかったことを思わず口にしていた。
「そうかもしれないけど、涼は好きでもない男とは付き合わないわよ。そんな偽善なこと出来ない男だから」
「それ、本当ですか!」
俺はつい身を乗り出して聞いていた。兄さんとの約束を島崎さんが知っていたことを流してしまうほど、必死さが痛い。
「うん、涼は恋愛にはドライだからね。嫌いになったら付き合えない男。ただ、優しく別れるから、相手は未練を残してしまう。ある意味、最悪な男よ」
俺は嬉しくなった気持ちが一気にしぼんでくる。
いつか俺にも優しく別れを切り出すのか。いや、あの約束があるから、その日はこない。
・・・俺はそんな約束が本当に守られると思ってるのか?
自答しようとした時に島崎さんが口を開く。
「翔ちゃん、男の人と付き合うのは初めてなんだって?」
そこまで涼さんは島崎さんに話しているのか。
俺が黙っているのを勘違いして島崎さんは慌てる。
「嫌な思いをさせたらごめん。涼は余計なお世話だけど、翔ちゃんが今まで誰にも言えなかったことを話せる機会を作ろうとしてるんだよ」
「俺、そこまで苦しい世界にいたわけではないですよ。兄さんと涼さんが勝手にそう思い込んでるだけです」
つい口にした毒に自分でも驚く。だが、島崎さんは何事もなかったように対応する。
「そうかも知れない。涼が勝手に思い込んでいて、翔ちゃんを守りたいって思って、その思いが恋心に繋がってるのかもしれない」
「俺もそう思ってます。涼さんは同情のような感情も含んで俺と付き合ってます」
「嫌なの?」
「別に。それを利用して涼さんと付き合えるならいいかなって思ってますよ」
島崎さんはじっと俺の顔を見る。
あー、自分で口にして、やっと涼さんの同情を自覚した。でも、島崎さんは呆れたよな。
島崎さんの顔色を伺うと、急に嬉しそうに微笑んだ。
「やっと翔ちゃんと話せたって感じ。もっと本音で話して欲しいわ」
「それも涼さんの差し金ですか?」
また意地悪な言葉が口から漏れる。
「まさか。単に私の好奇心」
からからっと笑う島崎さんに、本当に裏の気持ちがあるとは思わなかった。
「島崎さんって、やっぱり素敵な人ですね」
「わかってる。でも、私は寧々のものだから好きになってはダメよ」
「出来るだけ努力します」
「私、翔ちゃんのこと好きだわ」
「ダメですよ、俺、今は涼さんのものですから」
ニヤリと笑うと島崎さんは、大きな目を更に大きくしてから、すっと元に戻してから大笑いした。
島崎さんの個人的な連絡先を教えてもらい、今度、寧々さんと3人で食事をする約束をして、俺は店を出た。
スーツを片手に足取り軽く町を進んでいくと、背後から声を掛けられた。
振り返るとそこには背が高いが、細身で華奢な印象を与える男性だった。
眉は尻上がりで、意思の強そうな顔をしている。
俺は危うく手にしていたスーツを落としそうになった。
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