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第3章
デートと就活と(1)
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涼さんは俺のことをほとんど知らない。
もちろん、俺だって涼さんのことを知らない。
「で、お試しで付き合うことにしたと」
「うん」
ベッドに座って、クッションを抱き抱える彩はラグに直に座ってる俺を見下ろす。
彼女は部屋着の淡い緑とピンクのボーダーのフワモコした生地のパーカー、お揃いのパンツを履いている。
部屋は暖房で暖かい。
そのせいか、パーカーのチャックは胸元まで開いていて、中はキャミソールだから谷間がよく見える。
可愛いルームウェアから覗く豊かな胸は、俺相手でなければ、ヤバイことになる。出来れば隠して欲しいが、そんなこと言ったら「ゲイのくせに」と怒られるから無視しておく。
「涼さんって、イケメン?」
「その部類だね。36歳らしく大人の雰囲気がある。ガッチリとした肩幅とか、男っぽいよ」
「えー、素敵。今度会わせて」
彩の声の最後にハートが見えそうだ。
絶対に会わせたくないが、それを言ったら殺されそうなので黙っておく。
「それで、ちょっと良いなって思ってるイケメンと付き合えることになったのに、浮かない顔をしてるのはどうして?」
「だって、だってさ」
「おっさんが乙女みたいにモジモジするな、キモっ!!」
「おっさんって言うなよ、おば」
彩が抱きしめていたクッションが顔面に直撃した。
危なかった。全て口にしたら殺されてた。
「聞いて欲しいことがあるって言うから、仕事で疲れた後でも時間を作っている私に対して、何を言うつもりだった? 今すぐ帰ってもらってもいいんだよ」
「ごめんなさい、彩様」
俺はラグの上に土下座をしてみせた。
いつものことで、寸劇のようなものだ。
彼女は新卒で入った会社での同期だ。年齢も同じであるが、彼女は企画部でデザインも担当していて、同期のホープであった。
彼女は会社が倒産する前に、大手から引き抜かれた。今でも、その会社でマンションの内装などのデザインをしている。
まあまあスタイルがよくて、顔は悪くないが、性格はキツイ。だが、優しいやつで、俺が何でも話せる人物だ。
あることをきっかけに、俺がゲイであることを告白した唯一の人物でもある。親しい友人は他にもいるが、彩は特別だ。
男とか女とか関係なく、大切な友達。
何かあると真夜中にでも、お互いに呼び出しあって話を聞いてもらう関係だ。
兄さんには、俺にこんな友達がいることも知っていて欲しかった。俺にどこにも出口がないなんて、思って欲しくなかった。
だけど、なぜか涼さんには言いたくはなかった。
「涼さんって、何をしてる人? 堅気?」
「堅気だよ、堅気」
財布にしまっていた涼さんの名刺を彩に見せる。
「36で企画部長か。悪くないね」
「小さい会社みたいだよ。エンジニア向けの派遣会社で、若手育成のセミナーとかもやってるみたい」
「へー、涼さんもエンジニア?」
「大学は建築科で、国土交通省に入って、色々あって、今の会社に引き抜かれたみたい。公務員だった時も現場には立ってるから、資格とは所持してると思うよ」
「色々あってって何?」
「さあ」
俺は肩をすくめてみせた。
兄さんからは転勤が多く、残業も半端なかったと聞いている。そんな時、今の会社から引き抜きがあって転職したと聞いていた。ただ、何かを隠してるような言い方だったから、俺は敢えて聞かなかった。
わかりきったことだが、俺も涼さんも互いのことを本当に知らない。
「翔が設計やってたのも、涼さんの影響か」
「まあ、そうかも。憧れてたからね」
「ふーん」
彩はつまらなそうに言う。
「何だよ、その言い方」
「何でそんなに憧れてた人と付き合えることになったのに、不幸そうな顔をしてるのよ」
話が元に戻った。
俺は唇を尖らせて、彩が手にしていた名刺を取って財布にしまう。
「涼さんをすっごい好きになりそうだけど、涼さんが俺のことを好きにならない可能性も大きい」
「でも、好きでなくても、付き合ってくれるんでしょう?」
「それって辛いじゃん」
俺は恥ずかしげもなく、本音を漏らす。
「今までは?」
彩は俺の方に身をぐいっと乗り出して、俺の顔を指さした。
「今まではどうなの?」
さらにぐいっと腕を伸ばして、俺の鼻をぐいっと押す。
「痛っ」
俺は彩の指から逃げるように背をそらした。
「今までだって辛そうにしていたじゃん。お兄さんが翔のこと修行僧って言ったみたいだけど、私にしてみれば自分を苦しめて満足してるドMよ」
「ドMって」
「否定しない!」
ビシっと言われて、俺は反論することを諦める。それに、彼女がそう言うならそうなのかも。
「否定したかったら、言葉で返すのではなく、涼さんと付き合えることを喜びなさいよ。そして、ずっと涼さんを離さないって、ストーカーみたいなこと言いなさいよ」
言ってることはめちゃくちゃだが、正しい気がする。彼女はいつも俺の背中を強く、痛いぐらい強く押してくれる。
「ストーカーになっても友達でいてくれる?」
「もちろん。ニュースにインタビューされたら、きちんとモザイクかけてもらって『翔は本当は良い奴なんです』って庇うよ」
「それってフォローになってない」
「なってるよ。何があっても私がいるから、思い切って動きなよ。翔は変わらないと」
俺は彩の言葉に思わず目がうるっとしそうだった。
「で、幸せになった暁には私に感謝して、金持ちで優しいイケメンを紹介して」
一瞬にして熱くなった目頭が冷却される。
「そんな知り合いはいない」
「だったら涼さんに派遣してもらうだけよ。私は2人のキューピッドなんだから」
そう言って、彩は悪魔のようにニヤリと笑った。
もちろん、俺だって涼さんのことを知らない。
「で、お試しで付き合うことにしたと」
「うん」
ベッドに座って、クッションを抱き抱える彩はラグに直に座ってる俺を見下ろす。
彼女は部屋着の淡い緑とピンクのボーダーのフワモコした生地のパーカー、お揃いのパンツを履いている。
部屋は暖房で暖かい。
そのせいか、パーカーのチャックは胸元まで開いていて、中はキャミソールだから谷間がよく見える。
可愛いルームウェアから覗く豊かな胸は、俺相手でなければ、ヤバイことになる。出来れば隠して欲しいが、そんなこと言ったら「ゲイのくせに」と怒られるから無視しておく。
「涼さんって、イケメン?」
「その部類だね。36歳らしく大人の雰囲気がある。ガッチリとした肩幅とか、男っぽいよ」
「えー、素敵。今度会わせて」
彩の声の最後にハートが見えそうだ。
絶対に会わせたくないが、それを言ったら殺されそうなので黙っておく。
「それで、ちょっと良いなって思ってるイケメンと付き合えることになったのに、浮かない顔をしてるのはどうして?」
「だって、だってさ」
「おっさんが乙女みたいにモジモジするな、キモっ!!」
「おっさんって言うなよ、おば」
彩が抱きしめていたクッションが顔面に直撃した。
危なかった。全て口にしたら殺されてた。
「聞いて欲しいことがあるって言うから、仕事で疲れた後でも時間を作っている私に対して、何を言うつもりだった? 今すぐ帰ってもらってもいいんだよ」
「ごめんなさい、彩様」
俺はラグの上に土下座をしてみせた。
いつものことで、寸劇のようなものだ。
彼女は新卒で入った会社での同期だ。年齢も同じであるが、彼女は企画部でデザインも担当していて、同期のホープであった。
彼女は会社が倒産する前に、大手から引き抜かれた。今でも、その会社でマンションの内装などのデザインをしている。
まあまあスタイルがよくて、顔は悪くないが、性格はキツイ。だが、優しいやつで、俺が何でも話せる人物だ。
あることをきっかけに、俺がゲイであることを告白した唯一の人物でもある。親しい友人は他にもいるが、彩は特別だ。
男とか女とか関係なく、大切な友達。
何かあると真夜中にでも、お互いに呼び出しあって話を聞いてもらう関係だ。
兄さんには、俺にこんな友達がいることも知っていて欲しかった。俺にどこにも出口がないなんて、思って欲しくなかった。
だけど、なぜか涼さんには言いたくはなかった。
「涼さんって、何をしてる人? 堅気?」
「堅気だよ、堅気」
財布にしまっていた涼さんの名刺を彩に見せる。
「36で企画部長か。悪くないね」
「小さい会社みたいだよ。エンジニア向けの派遣会社で、若手育成のセミナーとかもやってるみたい」
「へー、涼さんもエンジニア?」
「大学は建築科で、国土交通省に入って、色々あって、今の会社に引き抜かれたみたい。公務員だった時も現場には立ってるから、資格とは所持してると思うよ」
「色々あってって何?」
「さあ」
俺は肩をすくめてみせた。
兄さんからは転勤が多く、残業も半端なかったと聞いている。そんな時、今の会社から引き抜きがあって転職したと聞いていた。ただ、何かを隠してるような言い方だったから、俺は敢えて聞かなかった。
わかりきったことだが、俺も涼さんも互いのことを本当に知らない。
「翔が設計やってたのも、涼さんの影響か」
「まあ、そうかも。憧れてたからね」
「ふーん」
彩はつまらなそうに言う。
「何だよ、その言い方」
「何でそんなに憧れてた人と付き合えることになったのに、不幸そうな顔をしてるのよ」
話が元に戻った。
俺は唇を尖らせて、彩が手にしていた名刺を取って財布にしまう。
「涼さんをすっごい好きになりそうだけど、涼さんが俺のことを好きにならない可能性も大きい」
「でも、好きでなくても、付き合ってくれるんでしょう?」
「それって辛いじゃん」
俺は恥ずかしげもなく、本音を漏らす。
「今までは?」
彩は俺の方に身をぐいっと乗り出して、俺の顔を指さした。
「今まではどうなの?」
さらにぐいっと腕を伸ばして、俺の鼻をぐいっと押す。
「痛っ」
俺は彩の指から逃げるように背をそらした。
「今までだって辛そうにしていたじゃん。お兄さんが翔のこと修行僧って言ったみたいだけど、私にしてみれば自分を苦しめて満足してるドMよ」
「ドMって」
「否定しない!」
ビシっと言われて、俺は反論することを諦める。それに、彼女がそう言うならそうなのかも。
「否定したかったら、言葉で返すのではなく、涼さんと付き合えることを喜びなさいよ。そして、ずっと涼さんを離さないって、ストーカーみたいなこと言いなさいよ」
言ってることはめちゃくちゃだが、正しい気がする。彼女はいつも俺の背中を強く、痛いぐらい強く押してくれる。
「ストーカーになっても友達でいてくれる?」
「もちろん。ニュースにインタビューされたら、きちんとモザイクかけてもらって『翔は本当は良い奴なんです』って庇うよ」
「それってフォローになってない」
「なってるよ。何があっても私がいるから、思い切って動きなよ。翔は変わらないと」
俺は彩の言葉に思わず目がうるっとしそうだった。
「で、幸せになった暁には私に感謝して、金持ちで優しいイケメンを紹介して」
一瞬にして熱くなった目頭が冷却される。
「そんな知り合いはいない」
「だったら涼さんに派遣してもらうだけよ。私は2人のキューピッドなんだから」
そう言って、彩は悪魔のようにニヤリと笑った。
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