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<20> 風呂場で殺気を放つのは禁止です

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††
 
「助けて、助けてジュンヤ!!」

 アマンダが泣いている。
 
 体中傷つき、ボロボロになったアマンダが泣いている。
 
 その背後に豚面のオークや醜いゴブリン共が群がり、アマンダを取り囲んでいる。そして……
 
 ああ、またあの夢だ。
 
 これは夢なんだ、わかってる。解っているのに……
 
 俺は叫ぶ、力の限り叫びアマンダを救おうとする。
 
 だが声がでない、力が出ない、走っても走っても其処に行くことができない。
 
 傍らでは両親が嬲られながら斬られ、アマンダの親が喰われている。
 
 アマンダに伸し掛り、嬲るオーク。
 
 アマンダの身体を舐め回すゴブリン。
 
 辞めろ、辞めろ
 
「ヤメロォォォォ!!!!」

 ガバッと起き上がると、そこは昨夜入った安宿だった。

「はぁはぁはぁ……」

 全身に汗を滴らせ、荒い息で横を見ると、コッペルがまたかよ、みたいな顔で俺を見ている。
 
「悪いな、起しちまったか。」

 息を思い切り吸い込み、吐き出す。心臓がバクバクいってるが、なんとか落ち着いてくる。
 
 毎夜のように見る悪夢。いつも決まったパターンだ。この3年、俺はずっと見続けてきた。
 
 そして夢を見るたびに、俺の憎悪は更に増していく。

 
 ベッドから降りて水差しを抱えて水を飲んでいると 

「ん……痒い」

 身体が痒かった。
 
 昨日風呂を浴びたというのに体が痒い。
 
 くそっ蟲でも居やがったか。
 
 安宿は得てして虫が居る宿が多い。まあきちんと掃除してないのか、ベッドが古いか、そんなところだ。
 
 寝てる時まで金剛体(剛体術Lv.50でスキルがクラスアップする)を掛けておくわけには行かなからな。
 
「たく、蚊取り線香とか虫よけがあればなぁ。コッペル、ちっと風呂行ってくる。」
 
 俺の横で寝ていたコッペルが頭を上げて、不思議そうな顔で覗き込んでくる。

 こいつは全身着包み状態なのに、虫に喰われなかったのか?
 
「くぅ?」

 小首をかしげるな。可愛いけどなんかうざい。俺は無視して朝風呂に向かった。
 
 
 身体を洗い、湯船に浸かってほおっと息を吐いて、やはり安宿はこれだから困る、などと思ってみる。
 
 だがあいつの受けている苦しみに比べたら、こんなものは屁でもない。俺はどれだけ苦しんだっていい。
 
 アマンダが魔族に嬲られ犯され、無理矢理に孕まされているかと思うと、全身の毛が逆立ち怒りに居た堪れなくなってくる。
 
──殺す。
 
──亜人も魔族も、全部、全て殺しにしてやる。
 
「何を朝っぱらから殺気を出してんだ?」

 聞いたことがある声声が風呂場に反響した。振り返ればやはりあいつだった。
 
 昨日酒場で声をかけてきたやつ。名前は忘れた。
 
「お前か。」

 ちらりとそいつを一瞥して、俺はすぐにそっぽを向いた。
 
「風呂場にはあのヌイグルミはつれてこねーのか。」

 あいつは風呂にはいると、あとが大変なんだよ。本人もあまり好きじゃないみたいだしな。それになによりあいつは自分で……まあいいや。

「なんか訳ありの旅でもしてるのか?」

 うるせえな。
 
 ほんと昨日から馴れ馴れしい奴だ。俺は別に誰かと関わりたいわけじゃないんだ。一歩でも二歩でも前に進みたい。それだけだ。
 
「まあお前の素性は置いといて、なあ、どうよ?昨日の話し?」
「あ?なんのことだ。」

 つっけんどんに応える俺を、こいつはどんな顔をして見ているのか。それすら興味が無い。
 
 いいから放っといてくれねぇかな。どうせこの街も明日か明後日には出る。ノスフェラトゥまであと数ヶ月だ。行程の三分の二まではこれたはず。

「俺たちは特別依頼を受けようと思ってるんだがよ。」
「………」
「知ってるか、特別依頼ってのは、オーガの希少種、オーガウォリアーの討伐だ。」
「──オーガ。」

 背筋がゾクッとする。血が逆流していくのを感じた。
 
 壊滅した村の光景が蘇えり、死んだ親父とお袋、アマンダの両親、食い殺された村人たちの姿が、あの惨状がフラッシュバックしていく。

「んでな、ちと戦力が足りねぇんだ。そんで絶賛一人募集中なんだけど、まぁ相手が相手だ。みんな二の足フンじまってよ。どうよ、おめえ手伝わないか?報酬はみんなで山分け。どうよ?」

 俺の血が熱く滾ってくる。多分凄まじい顔をしているんだろうな。特別依頼がオーガなら、俺が独りででも受けてやる。
 
「オーガとかよ、ゴブリンってのは魔族の尖兵になるんだ。だから国としては報酬を出してでも潰しておきたいってことらしい……」


 尖兵、だと?魔族の尖兵……やはりそうなのか。あのゴブリンやオーク、オーガは魔族に従って動いていた。
 
──殺す
──殺す
──殺す
──殺す
──殺す
──殺す
──殺す

「おいおいぃぃ、こんな所で殺気をぶちまけるなよ。」

 なんか隣で慌てた声を出してる。なんとか感情を沈めて平静に戻ろうとした。
 
「おめえ、ほんとになんか訳ありなんだろ。オーガに恨みがあるなら、乗らねえか?」
 
 恨みは幾らでもある。この世界の全ての亜人を殲滅できれば、いや例えそれでも俺の恨みは晴れないだろう。
 
 俺の平穏な日々を奪った奴ら、全ての亜人を鏖《みなごろ》しにしたところで、失われたモノは帰ってこない。ただの俺の復讐、憂さ晴らし、ただそれだけだ。
 
「オーガは何匹だ。俺が全部ぶっ殺す。」

 俺は高ぶる気持ちを押さえつけ、名を忘れた男に尋ねた。
 
 
 
 
 
 
 
 男の名はニトロと言った。そういえばそんなんだったな。
 
 奴の仲間は4人居た。
 
 盾役のゴラム。黒髪短髪のいかにも体育会系で、ガタイの良い厳つい男。20代後半くらいだろうか。
 
 回復《ヒーラー》を担当するリリス。青みがかった銀髪のエルフ族の女の子。年齢は俺より上らしいが、100歳とかそんな年齢ではないらしい。
 
 遊撃の魔法剣士グルーム。背が高くひょろっとした金髪のエルフの男。こちらも年齢不詳。リリスよりほんの少し年上だとか。

 そして魔術師《スペルキャスター》のレヴィ。ベリドット色の髪の女の子、なんかやけに小柄で可愛らしい少女だ。まるで小学生の様にも見える。俺の記憶の中のアマンダを髣髴とさせる体型だ。一応は俺より年上らしいのだが。
 
 そしてニトロは大剣使いだ。
 
 全員狩人《ハンター》だが、自称冒険者といってる。
 
 だからそれがどうした、と言いたいが黙っておいた。
 
 しかし2人もエルフ族が居るというのは、それなりに珍しい。ここ数年でこの世界にはエルフ族も居ることは知っているが、実際この眼で見るのは数えるほどしか無い。
 
 まして自称冒険者のエルフなんて初めて見た。それぞれ様々な事情とやらが有るのだろう。2人ともやたらと綺麗なのが印象的だ。
 
 ただここで改めて思ったのは、エルフはスラっとしててスタイルが良いのだが、うん、胸だけは残念だな。
 
 エロ漫画の巨乳エルフなんて、完全な妄想だと確信した。


 それはともかく、ニトロが俺にオーガを憎む理由を聞かなかった様に、俺もこいつらの素性は知らないし聞かないでおく。それに一度だけのパーティなのだから、深く関わることも無いだろう。
 
「ジュンヤはアタッカーだよな。」

 全員と顔合わせをしたあと、ニトロが俺に確認する。

 俺はマントをたくし上げ、腰につけた2本の剣を見せる。長剣とショートソード。1本は予備でもあるし、二刀流で使う時もある。
 
「片手剣使いだ。魔法はほどんど使えない、期待しないでくれ。」

 片手剣使いであること、これはケィニッヒから薦められた。だが盾は持たない。持つ必要がないから。
 
『小僧、おめえは桁外れの防御力を持っている。無理に盾を構えることは無いだろう。だが敵の攻撃を受け続けて無傷だと、見た奴らが不審に思うはずだ。』
『他人のことなど知らん。』
『そう突っ張るな、いつかそういう時が来る。だからこいつをつけろ。』

 そう言ってケィニッヒに渡されたのは、肘まで覆われたガントレットだった。
 
『防具か?』
『おめえにゃ必要ないかもしれねーが、革のガントレットを鋼鉄のプレートで覆ったもんだ。攻撃を受け止める必要があったら、できるだけこいつの鉄板部分で受け止めろ。誰かに見られても防具が防いでくれたと思うはずだ。』
『………』
『おめえがどうやってその気の狂ったステータスや、【不死神】なんていうバケモン地味た称号を手に入れたか知らん、第一そんな称号なんざ見えないからな。おめえが蘇生するのを見なかったら信じられんところだ。』
『見えないか?』
『ああ、今のおめえの称号は【狩人】の他は、俺が鍛えて手に入れた称号だけだ。』
『何故見えないんだ……』
『分かんねーよ、鑑定眼のレベルが上がったら見えるのかもな。とにかく、できるだけ人前では死ぬな。』
『……わかった。』

 因みに剣は普通の剣を鍛え直し頑丈にしたもんだ。魔剣の類ではないが、普通の長剣なんかよりも数段斬れ味は良いし頑丈だ。

 以前もっていた親父の剣よりも。
 
††
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