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<16> 忘れない……あの日.3

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††

 血を吹き出しながら腕が宙を舞い、脚が宙を舞った。
 
 剣で突き刺された胴体が、掲げられる様に持ち上げられたかと思うと、引き裂かれ、幾つもの肉片となって宙を舞った。
 
 痛みの感覚は無かった。
 
 ただバラバラになったのだと、それだけを認識し、やがて暗黒の中に埋もれていった。
 
 俺は死んだ。
 
 この世界に転生し、ドジ女神に殺されて以来の2度目の死だ。
 
 周囲は真っ暗だ。不死を貰ってから初めての死。
 
 だがどうやらドジ女神のところへ行くわけではないらしい。
 
 これで生き返らなかったら、詐欺だと訴えてやろうと思ったが、何処に訴えるんだ?
 
 ぼんやりとしていると、話し声が微かに漏れ聞こえてきた。
 
「お前が【鬼面】を使うとは、余程手強かったようだな。」
「脆弱な人の子のように見えたが、此奴の防御力は我らが主《あるじ》にも匹敵するステータスを持っていたようだ。」
「本当か?……もしや此奴は……のわけは無いか。何か加護を受けていたかもしれんな。」
「かもしれん、死人に口なし今更ではステータスを見れぬ。」
「我らの御役目、遂行しようか」
「うむ……」

 声が聞こえなくなり、何かが俺の傍を移動していく気配がした。
 
 そして俺の意識が消え、どの位の時間が経過したのか、俺は唐突に復活した。
 
 ドクンッと鼓動が打ち鳴らす感覚があった。
 
 意識がまとまるように戻って来る。
 
 つぶった瞼の向うに、明かりが感じられた。
 
 眼を開けると眩しい日差しが目を刺激する。
 
 さっきの場所だった。
 
 草木が焦げた匂い。血と臓物の混ざり合う匂い、そして周囲を埋め尽くす数えきれぬ程の亜人の死体。
 
 俺はぼーっとしながら身体を起こし、手を上げ自分を見た。

 切り刻まれ、血だらけでボロボロの服、黒ずんだ身体、だが傷らしい傷は見当たらない。バラバラにされた俺は、傷一つ無い完全体で回復し蘇ったようだ。
 
「なるほどね……」

 朦朧とした意識は如何ともし難い、だが蘇ったのは確かだ。
 
 あのドジも、称号には嘘は無かったようだ。
 
 
 俺は周囲を確認する。
 
 周囲には亜人の死体以外は、誰も居ない。魔獣がやってきて食っていたり、虫どもが死体に集っているが、先程まで辺りを埋め尽くしていた亜人も、あの三面六臂の怪物も、誰もいない。
 
「いったいあれからどの位経ったんだ?」

 俺の背筋を悪寒が奔る。
 
 まさかという思いに俺は立ち上がり、村を目指して走った。
 
 森を抜けしばらく走ると、破壊された結界の柵が見えた。やはり亜人達は村に向かったのだ。
 
 そして村が見えた時、俺は愕然として立ち竦み、膝を着いた。
 
 俺の目の前には、破壊され燃える村が広がっていた。

 燻っった匂い、血の匂い、肉の焦げた匂いが辺りを包み込んでいた。通りに村の人達の死体が散乱し、動くものは何一つ無かった。
 
「お、親父、お袋、!」

 俺は疾走った。
 
 破壊された家屋を抜け、俺の家があった場所に向かって走った。
 
 時折蠢くモノに視線を向けると、それはゴブリン共が人を喰らっているところだった。
 
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 頭に血が上り、拳を握りしめてゴブリン共に殴りかかる。
 
「「GINNYYYYYAAAAHHHHH!!!」」

 ゴブリン共が振り向く間もなく、渾身の力で殴り飛ばし、蹴り飛ばした。
 
 一撃で肉塊となり、地面に転がるゴブリン共。
 
 ゴブリン共が動かないのを確認し、俺はまた走る。
 
 村が亜人の集団に襲われたのは明確だ。あの魔族共が将て襲ったのか、何のために。
 
 何故俺の村を、平和な村を襲った。
 
 見かけた亜人達を片っ端から何度も何度も殴り蹴り飛ばし、殺していく。
 
 そしてようやく自分の家の前に辿り着いた。
 
 だがそこで見たのは、灰となった我が家の残骸だった。家の燃えカスの中に、重なる様に倒れこんでいる黒焦げの死体があった。
 
「あ、あ、、、ああ、、、、あああ」

 うめき声が漏れる。

 現実を受け入れられない俺がいた。
 
 これは、この消し炭のようなモノが、両親の亡骸なのか。
 
 亡骸の前で立ち竦み、べたんと座り込み、ぼろぼろと涙が溢れてくる。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 重なりあった黒焦げの死体に抱きつき俺は泣いた。
 
 何もできなかった。
 
 守れなかった。
 
 何もできずに死なせてしまった。
 
 俺は……前世と同じく何もできなかった。
 
 親に迷惑をかけ、心配ばかりかけて、何のお返しもできずに死なせてしまった。
 
 俺はそのまましばらく号泣していた。
 
 そして思い出したように、顔を上げて隣の家に眼を馳せる。
 
 損壊した家の中に、大人のサイズの死体があった。
 
 オーガ共に喰い殺されたのか、身体に喰われた痕が数か所、首は無くなっているため誰の死体か判らない。だが血塗れの服は見覚えがある。アマンダの両親だろう。
 
 アマンダの両親の傍に、アマンダの弓と矢筒が落ちていた。少し離れた場所には、ナックルも見つかった。

 アマンダは両親を守ろうと、戦ったのだろう。辺りには血の跡と亜人の死体が幾つも残っている。
 
 必死で戦った事がわかる、しかし……

「アマンダ、どこだ、どこにいるっ!!!」

 俺は声を荒げ叫んだ。
 
 しかし返事は帰ってこない。
 
 どこを探してもアマンダはいない。もちろん死体も無かった。
 
 まさかという思いに、身体が震えた。
 
 なんとか逃げ延びたはずだと、無理矢理に信じこみ、村中を隈なく探しまわった。
 
 死体の散らばる村の中を必死で探した。だがついにアマンダらしい死体は見つからなかった。
 
 その瞬間、俺は悍ましい想像に囚われた。
 
 亜人は女を浚い、種床にする……
 
 アマンダがゴブリンやオークに嬲られ蹂躙される様子が、脳裏を駆け巡り、悍ましい嫌悪感が湧き上がった。
 
「う、うぇぇぇぇっ」
 
 胃から込上げる内容物を吐瀉し、しばらく立ち直れず跪いていた。しかし次いで怒りが湧き上がってくる。どう仕様もない怒りが。
 
 両親を殺されたこと、村を滅ぼされたこと、そしてアマンダを拐われたこと。俺は憤怒の情に支配された。
 
「うわぁぁぁぁあっ!」
 
 俺は手にアマンダのナックルを持ち、気が狂ったように叫びながら、森へと疾走った。


 森の深淵、先程魔族がいたゴブリン達亜人の巣がある場所へと向け、俺は疾走った。
 
 作戦もなにもない、ただ思うことは────
 
 
 鏖《みなごろ》しにしてやる。
 
 
 憤怒に支配された俺は闇雲に奔り、亜人たちの巣へ入った。
 
 村の襲撃を終えて戻ったのだろう、亜人共がそこかしこに目についた。
 
「きさまらぁぁぁぁぁあああああああっ!!」

 喉が破れるかと思うほどの咆哮、目の前にいるゴブリンを殴り殺し、さらに集まってきた亜人共を、目につく限り殺しまくった。
 
 ゴブリンもオークも、そしてオーガも。
 
 何匹も何匹も、片っ端から殴り殺し蹴り殺した。
 
 あの三面六臂の魔族──アスラの様な怪物さえ居なければ、オークもオーガも俺の敵じゃない。奴らは俺の防御を突破することもできない、俺のHPを削る事もできない。
 
 ただただスタミナの続く限り、亜人共を殺戮した。殺して殺して、殺しまくった。

 
 
 気がついた時には、動くものは皆無となっていた。
 
「アマンダ、アマンダァァァァ」
 
 俺は声の限りに叫び、巣の中を探しまわった。
 
 そして巣の奥の方に、牢獄のような場所があった。酷い異臭の漂う場所だ。
 
「ジュンヤ!!」

 声がした。
 
 もしやアマンダかと振り返る。
 
「アマンダッ!!」

 俺の叫び声に、牢獄の隙間から手が伸びた。
 
「ジュンヤ、助けてっ!!」

 手の大きさが違う。
 
 声も違う。

「……違う。」

 顔が見えた。
 
 顔見知りのお姉さんエリスがいた。それに顔見知りのおばさんたち、俺と対して年の違わない少女たちも居る。
 
 牢獄に囚われていたのは、村の女達だった。しかも全員が裸にされている。誰も衣服を着ていないのだ。
 
 30人ほどの裸の女性達。若い女もおばさんも、10歳以下の少女達もいる。彼女たちが裸であることから、亜人がこれから何をしようとしていたのかと考えると、ゾッとする。

 俺は牢獄の鍵を殴り壊し、みんなを開放する。
 
「ジュンヤぁぁ、ありがとう、ありがとう。」

 エリスが顔をぐしゃぐしゃにし、裸で抱きついてきた。普通なら、以前なら、とてもうれしいシチュエーションだが、今はそんな精神状態ではない。
 
 アマンダだ、アマンダは何処に言った。ここにいるんだろ、居てくれっ!
 
 女達に感謝されながら、俺はアマンダの姿を探した。
 
 しかし……
 
「アマンダは、アマンダはいないのっ!」

 俺の必死さに、エリスが俺を抱きしめた。
 
「アマンダは…………此処に居ない。」

 悲しそうな顔で、エリスは言う。
 それどういう意味だよ。アマンダは攫われたわけではないってのか。

 だとしたら答えは見えてくる。

 膝ががくりと崩れ落ち、地面に伏した。
 
「アマンダは、喰われた……のか」

 ボロボロと涙が流れてくる。絶望に打ちひしがれる俺を、エリスは再び抱きしめてくれた。
 
「ジュンヤ。違う、違うんだよ。」
「え……」

 エリスは申し訳無さそうな顔で、俺を見て、顔を横に振った。
 
「アマンダは、戦ったんだ、あたし達を守るために、亜人達と戦ったんだ。だけど……」
「だけど……」
 
 エリスが言葉を詰まらせる。ぼろぼろと涙をこぼし嗚咽している。

「……首のない、黒い奴が、アマンダを黒い球に飲み込んでしまったんだ……」

 嗚咽し声を出せないエリスに変わって、他の顔見知りの女性が教えてくれた。
 
 首のない奴。
 
 あの時見た魔族だ。デュラハンの様な奴だ。
 
「アマンダの抵抗が激しくて、アマンダは傷だらけで戦って、だけどあの黒い奴が……」

 エリスがなんとか話し、手で口を抑えて泣き崩れた。
 
 なんだよそれ。いったいどうなってんだよ。
 
 じゃあアマンダは、アマンダは、デュラハンの魔法で殺されたってことかよ。

 ふざけるなぁぁぁぁっ!
 
††
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