上 下
15 / 16

#15:決勝その6(真摯に)

しおりを挟む

 ―つれあいが今際に言ったのも、モトツグのケチュラでの戦いのことだったよ。俺らは事故の直後あたりは、それこそ奴がケチュラに嵌まり込んだ事を悔んだりもしたもんだが、時間をかけて考えていくとだな、奴は奴で、案外幸せだったのかも知れねえとか、そんな風に二人で話し合ったりもするようになって来てた。そもそもの俺なんかは50と何年か生きてはいるが、人生輝いてたって思える時なんかついぞ無かったわけだしよ。弟の方は弱冠25歳で死んじまったわけだが、あの夏のケチュラのリングの上では正に輝いていた。躍動していたんだ。
 夢を、目標を持てねえまま、日々の生活に埋もれていく奴がいる。自分の人生に少しずつ幻滅しながら、年食って老いていくだけの奴もいる。そんな中で、たった一瞬でも、人生を眩しいくらいに燃焼できた弟は、だから幸福な生涯だったんじゃねえかと、そう、勝手に思ったりもしてみてんだ。……思い込みかも知れねえけどよ。
 聡子とも、弟の事が話題に出ることがちょくちょくあったなあ。懐かしい、何か心があったかくなる思い出話としてよぉ。ドチュルマって国の、訳わかんねえ生命力に満ちた雰囲気とかの事も合わせてな。
 だが聡子がおととし肝臓をやられて先に逝っちまってからは、俺は自分の人生が何だったのか、何なのかも分からなくなってきていた。お前さんと大学の中で会ったのは偶然じゃねえよ。吉祥寺の駅で見かけたモトツグそっくりの少年を、フラフラと尾けていってしまったんだ。そっからは、お前さんが考えていることとそうは変わらねえはずよ。俺はマルオ、お前に弟の姿を重ね合わせて、てめえの自己満足のための道具として、鍛えてケチュラのリングに上げようとしているに過ぎねえのかも知れねえ。さっきは同情されるかも何て甘いこと言っちまってたが、違うよな、俺は軽蔑されて然るべき野郎だ………

<ガンフ、カウント18でからくもっ!! リング上へと生還っ!! おびただしい出血は鼻からのものかっ!? しかしその構えに躊躇は微塵も見られないぃぃぃっ!! 極東のオオハシがっ! 再びマットへ降り立つっ!! その目はもはや倒すべき対戦相手しか見えていなさそうだっ!!>

 鼻息が熱い。痛みはまだあまり感じていないけど。それよりも彼女の懐に今一度入ることなんか出来るのだろうか? そのことで僕の頭はいっぱいだ。いや、そのことだけじゃないか。試合中だというのに、僕はオオハシさんとの会話をずっと、反芻するように思い出してもいた。

 いかんいかん、意識が混濁でもしてるのかな? 試合に集中するんだ。対峙するオスカー選手にはもう、先ほどの掌底でのダメージは見られない……残念ながら。

 一方で、僕の左腕はあの強烈な蹴りを受け続けたせいでまともには動かせないレベルだ。「すごいヒトがいた」とモトツグさんが語ったその人こそ、僕が今、狭いリングの上で向き合っているオスカー選手の実の母親なのだという。何という巡り合わせ。いや、これもまたモトツグさんの引き合わせなのかも知れない。

 オスカー選手の本職はアメリカで活躍するプロのキックボクサーだそうで、たまたま故郷のドチュルマに帰国していたところ、あくまで地元の熱狂的なファンたちへのサービスとしてこのケチュラに出場したらしい。そんな偶然。お母さんの方は独学で格闘技を学んでいたそうだけど、いまセコンドについているその人とモトツグさんは、30年前のこのリングで対戦した。それの再現のような、この試合。相手の強さは想像の範囲外だったけど、モトツグさんや聡子さんが見ているに違いないこのリングで、無様な姿を晒すことは出来ない。

 僕は誇り高きマスクマン、ガンフ・トゥーカンⅡ世なのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

視界を染める景色

hamapito
青春
高校初日。いつも通りの朝を迎えながら、千映(ちえ)はしまわれたままの椅子に寂しさを感じてしまう。 二年前、大学進学を機に家を出た兄とはそれ以来会っていない。 兄が家に帰って来ない原因をつくってしまった自分。 過去にも向き合えなければ、中学からの親友である美晴(みはる)の気持ちにも気づかないフリをしている。 眼鏡に映る世界だけを、フレームの中だけの狭い視界を「正しい」と思うことで自分を、自分だけを守ってきたけれど――。    * 眼鏡を新調した。 きゅっと目を凝らさなくても文字が読める。ぼやけていた輪郭が鮮明になる。初めてかけたときの新鮮な気持ちを思い出させてくれる。だけど、それが苦しくもあった。 まるで「あなたの正しい世界はこれですよ」と言われている気がして。眼鏡をかけて見える世界こそが正解で、それ以外は違うのだと。 どうしてこんなことを思うようになってしまったのか。 それはきっと――兄が家を出ていったからだ。    * フォロワー様にいただいたイラストから着想させていただきました。 素敵なイラストありがとうございます。 (イラストの掲載許可はいただいておりますが、ご希望によりお名前は掲載しておりません)

ガイアセイバーズ spin-off -T大理学部生の波乱-

独楽 悠
青春
優秀な若い頭脳が集う都内の旧帝大へ、新入生として足を踏み入れた川崎 諒。 国内最高峰の大学に入学したものの、目的も展望もあまり描けておらずモチベーションが冷めていたが、入学式で式場中の注目を集める美青年・髙城 蒼矢と鮮烈な出会いをする。 席が隣のよしみで言葉を交わす機会を得たが、それだけに留まらず、同じく意気投合した沖本 啓介をはじめクラスメイトの理学部生たちも巻き込んで、目立ち過ぎる蒼矢にまつわるひと騒動に巻き込まれていく―― およそ1年半前の大学入学当初、蒼矢と川崎&沖本との出会いを、川崎視点で追った話。 ※大学生の日常ものです。ヒーロー要素、ファンタジー要素はありません。 ◆更新日時・間隔…2023/7/28から、20:40に毎日更新(第2話以降は1ページずつ更新) ◆注意事項 ・ナンバリング作品群『ガイアセイバーズ』のスピンオフ作品になります。 時系列はメインストーリーから1年半ほど過去の話になります。 ・作品群『ガイアセイバーズ』のいち作品となりますが、メインテーマであるヒーロー要素,ファンタジー要素はありません。また、他作品との関連性はほぼありません。 他作からの予備知識が無くても今作単体でお楽しみ頂けますが、他ナンバリング作品へお目通し頂けていますとより詳細な背景をご理頂いた上でお読み頂けます。 ・年齢制限指定はありません。他作品はあらかた年齢制限有ですので、お読みの際はご注意下さい。

アッチの話!

初田ハツ
青春
大学生の会話の九割は下ネタである──と波多野愛実は思っている。 工学部機械工学科の仲良し3人組愛実、檸檬、冬人に加え、冬人の幼馴染みの大地、大地と同じ国際学部情報グローバル学科の映見、檸檬の憧れの先輩直哉……さまざまなセクシャリティに、さまざまな恋愛模様。 愛実が勧誘された学科のある「係」をめぐり、彼らは旧体制を変えようと動き出す。 そんな中、映見がネット上で中傷を受ける事件が起こる。 恋愛、セックス、ジェンダー、性差別、下ネタ……大学生活の「アッチの話」は尽きない。

らじおびより

タツノコ
青春
ある町の進学校、稲荷前女子中学校・高等学校に入学した谷田部野乃。体験入部の日、ふとした事から「無線部」に入部させられてしまい、ドタバタな日々が始まる。

記憶の中で

ヨージー
青春
萩山淳吾の送る中学時代

3年2組の山田くん

ことのは
青春
変わることのない友情をずっと信じていた。 だけどたった1人。その1人を失っただけで、友情はあっけなく崩れ去った。 それでも信じている。変わらない友情はあると――。 になる予定です。お手柔らかにお願いします…。

放課後美術室で待ってるから

綾瀬 りょう
青春
美術の神様に愛されている女の子が、自分の高校の後輩として入学してきた。自分は一生関わらないと思っていたら、ひょんな事から彼女の絵のモデルを頼まれることになった、主人公との、淡い恋のお話。 【登場人物】 小山田 郁香(おやまだ ふみか)16歳 →絵を描く事にしか興味のない女の子。友達が居ないが気にしていない。私服は母親の好みのものを着ている。 真田 源之亟(さなだ げんのじょう) →郁香の祖父。画家として有名だが、その分女遊びも激しかった。郁香の絵の師匠でもある。 西田 光樹(にしだ みつき)18歳 →郁香に絵のモデルを頼まれる。真っすぐな性格。

女子バスケットボール部キャプテン同士の威信を賭けた格闘

ヒロワークス
大衆娯楽
女子大同士のバスケットボールの試合後、キャプテンの白井有紀と岡本彩花が激しい口論に。 原因は、試合中に彩花が有紀に対して行ったラフプレーの数々だった。 怒った有紀は、彩花に喧嘩同然の闘いを申し込み、彩花も売り言葉に買い言葉で受ける。 2人は、蒸し暑い柔道場で、服をはぎ取り合いながら、激しい闘いを繰り広げる。

処理中です...