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#15:決勝その6(真摯に)
しおりを挟む―つれあいが今際に言ったのも、モトツグのケチュラでの戦いのことだったよ。俺らは事故の直後あたりは、それこそ奴がケチュラに嵌まり込んだ事を悔んだりもしたもんだが、時間をかけて考えていくとだな、奴は奴で、案外幸せだったのかも知れねえとか、そんな風に二人で話し合ったりもするようになって来てた。そもそもの俺なんかは50と何年か生きてはいるが、人生輝いてたって思える時なんかついぞ無かったわけだしよ。弟の方は弱冠25歳で死んじまったわけだが、あの夏のケチュラのリングの上では正に輝いていた。躍動していたんだ。
夢を、目標を持てねえまま、日々の生活に埋もれていく奴がいる。自分の人生に少しずつ幻滅しながら、年食って老いていくだけの奴もいる。そんな中で、たった一瞬でも、人生を眩しいくらいに燃焼できた弟は、だから幸福な生涯だったんじゃねえかと、そう、勝手に思ったりもしてみてんだ。……思い込みかも知れねえけどよ。
聡子とも、弟の事が話題に出ることがちょくちょくあったなあ。懐かしい、何か心があったかくなる思い出話としてよぉ。ドチュルマって国の、訳わかんねえ生命力に満ちた雰囲気とかの事も合わせてな。
だが聡子がおととし肝臓をやられて先に逝っちまってからは、俺は自分の人生が何だったのか、何なのかも分からなくなってきていた。お前さんと大学の中で会ったのは偶然じゃねえよ。吉祥寺の駅で見かけたモトツグそっくりの少年を、フラフラと尾けていってしまったんだ。そっからは、お前さんが考えていることとそうは変わらねえはずよ。俺はマルオ、お前に弟の姿を重ね合わせて、てめえの自己満足のための道具として、鍛えてケチュラのリングに上げようとしているに過ぎねえのかも知れねえ。さっきは同情されるかも何て甘いこと言っちまってたが、違うよな、俺は軽蔑されて然るべき野郎だ………
<ガンフ、カウント18でからくもっ!! リング上へと生還っ!! おびただしい出血は鼻からのものかっ!? しかしその構えに躊躇は微塵も見られないぃぃぃっ!! 極東のオオハシがっ! 再びマットへ降り立つっ!! その目はもはや倒すべき対戦相手しか見えていなさそうだっ!!>
鼻息が熱い。痛みはまだあまり感じていないけど。それよりも彼女の懐に今一度入ることなんか出来るのだろうか? そのことで僕の頭はいっぱいだ。いや、そのことだけじゃないか。試合中だというのに、僕はオオハシさんとの会話をずっと、反芻するように思い出してもいた。
いかんいかん、意識が混濁でもしてるのかな? 試合に集中するんだ。対峙するオスカー選手にはもう、先ほどの掌底でのダメージは見られない……残念ながら。
一方で、僕の左腕はあの強烈な蹴りを受け続けたせいでまともには動かせないレベルだ。「すごいヒトがいた」とモトツグさんが語ったその人こそ、僕が今、狭いリングの上で向き合っているオスカー選手の実の母親なのだという。何という巡り合わせ。いや、これもまたモトツグさんの引き合わせなのかも知れない。
オスカー選手の本職はアメリカで活躍するプロのキックボクサーだそうで、たまたま故郷のドチュルマに帰国していたところ、あくまで地元の熱狂的なファンたちへのサービスとしてこのケチュラに出場したらしい。そんな偶然。お母さんの方は独学で格闘技を学んでいたそうだけど、いまセコンドについているその人とモトツグさんは、30年前のこのリングで対戦した。それの再現のような、この試合。相手の強さは想像の範囲外だったけど、モトツグさんや聡子さんが見ているに違いないこのリングで、無様な姿を晒すことは出来ない。
僕は誇り高きマスクマン、ガンフ・トゥーカンⅡ世なのだから。
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