上 下
1 / 16

#01:唐突に

しおりを挟む

「明日はもっと持ってこいよ、マルオよぉ」

 そう言ってへらへら笑った相手に膝の辺りを蹴られた。瞬間、みぞおちあたりがきゅっとなる。

「やっぱり、諭吉くんがいないとよぉ、俺もテンション上がんないわけよ」

 人からお金を奪っておいて、そんな言い草。僕はさっきまであれほど膨らませていた数々の想像が虚しく縮んでいくのを顔と共にこわばった頭全体で感じていた。

「じゃあまた、よろし頼んますわ」

 面倒くさそうな足の運びで、背を向けて去っていく同じクラスの男子を見送り、僕は何というか、無表情と半笑いの中間のような、妙な顔つきで立ちつくすしかなかった。

(やっちまった……やっちまったとしか)

 言えない。昨今そうはないほどの作法通りのカツアゲのされ方だった。明日からどの面で、どんな対応をしたら……諸々考えようとしつつもいっさい何も出てこない白紙状態のところに、

「少年」

 いきなり背後からかかった低い男の声。びくっとして振り返る。わざわざ人気の無いキャンパス内の鬱蒼とした雑木林を交渉の場に選んだのに(それもまずかったのかな)……誰かに見られてたのか。

「なん……です……か」

 その男は僕の右ななめ後方、朽ち果てようとしている木のベンチの背もたれのところに腰を据え、座席部に汚いサンダル履きの足を置いて座っていた。座っているが、目の高さは僕と同じくらいのところにある。思わずその濁った目と目が合ってしまった。胸ぐらいまで伸ばしに伸ばした髪は白髪交じりでうねっている。見た目結構なおっさんなのに、長髪。そこにアウトローというかイレギュラーというか、何というか不審者感が禁じ得ないけど。

「少年……君は……いいな」

 その艶も脂も無い簾のような髪の隙間からねっとりとした視線を浴びる僕。しゃがれた声でいきなり何を言い出すんだ。

「君は……いい」

 連呼するのはいいが、もしや僕は狙われているのではないだろうか。この僕を? でも世の中にはいろいろなマニアが跋扈してると聞くし……とりあえず後ずさる。腰を落とし逃走の態勢を僕は整える。

「俺と……」

 長髪おっさんの言葉は続くが、もはや聞いている場合じゃない。逃げるんだ。しかし、

「『一番』を目指さないか」

 予想外の言葉に、身を翻そうとしていた僕は少しつんのめってしまう。

「少年。君は逸材だ。『世界一』を狙える逸材」

 おっさんは腰をきつそうに伸ばしながら、ベンチから降り立つ。ひょろ長い感じの人だ。てろてろのポロシャツとぐずぐずのジーンズをその体に身につけている。

「……ちょっとこのあと用事があって」

「ないだろ。よしんばあったとして、からっけつで出来ることなんか少し置いとけ」

 まあ、ね。強いて言えば今奪われたお金で本を買いに行くくらいだった。でもあなたに関わり合いたくもない。

「……今時いないよなあ。あんな風にカツアゲされんのはよぉ。少年らの世代はSNSとかで済ませちまうのかと思ったが」

 ……さすがにSNSでカツアゲはない(振り込ませるのか?)。これからターゲットとしてさらされる可能性は大だけど。

「いやそれにしても……いい感じだ、少年。俺と『頂点』を目指さないか」

 長髪おっさんは続ける。何だろうこのしつこさは。

「さっきからその、なんですか。何かを成し遂げようとしている感は。僕とあなたで何をするつもりなんですか」

「……」

「申し訳ない話ですが、いや、見た目からわかると思いますけど、僕は運動系ダメですよ。かといってクイズ王的なものを目指せる知識があるわけでもないし、詰め込める頭もなし。運的なものだって悪いほう。何をやってもダメなんです」

 さっきのカツアゲも本当はお金を渡すつもりなんて無かった。穏便に話せば分かってもらえると思って……その瞬間、完全に僕を舐めきった表情をした男の顔がフラッシュバックし、僕はいぃぃぃぃとうなり出したくなる。

「……見つけたぜ」

 長髪おっさんは僕の言葉が聞こえていないのか、薄気味悪い笑みを浮かべて「見ぃつけた、見ぃつけた」とつぶやいている。

「ダメ。ダメ。ダメ。いいじゃあないか」

 そして両手を広げて演劇のような口調。何が言いたいんだ。

「逸材も逸材。やつらの青ざめる顔が見える」

 そしてなぜか低く笑い出す。本当に大丈夫だろうか。

「少年。俺らが目指すのはケチュラの頂点」

 何を……言っているんだ。

「格闘王の、格闘王による、格闘王のための祭典。それこそが、ケチュラマチュラ・ハヌバヌーイ・シラマンチャス」

 人の顔にかさついた人指し指を突きつけながら、その長髪おっさんが言い放った言葉がすべての始まりであった。

 僕と、烏合のキング・オブ・マイナー格闘家たちの、壮絶な戦いの幕開けだったのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

視界を染める景色

hamapito
青春
高校初日。いつも通りの朝を迎えながら、千映(ちえ)はしまわれたままの椅子に寂しさを感じてしまう。 二年前、大学進学を機に家を出た兄とはそれ以来会っていない。 兄が家に帰って来ない原因をつくってしまった自分。 過去にも向き合えなければ、中学からの親友である美晴(みはる)の気持ちにも気づかないフリをしている。 眼鏡に映る世界だけを、フレームの中だけの狭い視界を「正しい」と思うことで自分を、自分だけを守ってきたけれど――。    * 眼鏡を新調した。 きゅっと目を凝らさなくても文字が読める。ぼやけていた輪郭が鮮明になる。初めてかけたときの新鮮な気持ちを思い出させてくれる。だけど、それが苦しくもあった。 まるで「あなたの正しい世界はこれですよ」と言われている気がして。眼鏡をかけて見える世界こそが正解で、それ以外は違うのだと。 どうしてこんなことを思うようになってしまったのか。 それはきっと――兄が家を出ていったからだ。    * フォロワー様にいただいたイラストから着想させていただきました。 素敵なイラストありがとうございます。 (イラストの掲載許可はいただいておりますが、ご希望によりお名前は掲載しておりません)

余命一年

ざわ
青春
高校三年の春就職が決まった。しかしそこはブラック企業であった。 漠然とした将来の悩みを抱えるネガティブな主人公を、一人の男が変える。

死神少女と社畜女

キノハタ
青春
 「ねえ、お姉さんの寿命あと一週間だけど、何したい?」  ある日、働きづめのOLまゆの前に現れた、死神の少女ゆな。  まゆにしか見えず、聞こえず、触れない彼女は、楽しげに笑いながらこう問いかける。  あと一週間だけの命で一体何がしたいだろう。  もしもうすぐ死ぬとしたら、私は一体何をするのだろう。

アッチの話!

初田ハツ
青春
大学生の会話の九割は下ネタである──と波多野愛実は思っている。 工学部機械工学科の仲良し3人組愛実、檸檬、冬人に加え、冬人の幼馴染みの大地、大地と同じ国際学部情報グローバル学科の映見、檸檬の憧れの先輩直哉……さまざまなセクシャリティに、さまざまな恋愛模様。 愛実が勧誘された学科のある「係」をめぐり、彼らは旧体制を変えようと動き出す。 そんな中、映見がネット上で中傷を受ける事件が起こる。 恋愛、セックス、ジェンダー、性差別、下ネタ……大学生活の「アッチの話」は尽きない。

らじおびより

タツノコ
青春
ある町の進学校、稲荷前女子中学校・高等学校に入学した谷田部野乃。体験入部の日、ふとした事から「無線部」に入部させられてしまい、ドタバタな日々が始まる。

短編集『乙女のワンシーン』

紺色橙
青春
脳内に浮かんだ一枚絵にちょっとだけ前後をつけ足した文章シリーズ。 お話に繋がりや関連性は無いです。

女子バスケットボール部キャプテン同士の威信を賭けた格闘

ヒロワークス
大衆娯楽
女子大同士のバスケットボールの試合後、キャプテンの白井有紀と岡本彩花が激しい口論に。 原因は、試合中に彩花が有紀に対して行ったラフプレーの数々だった。 怒った有紀は、彩花に喧嘩同然の闘いを申し込み、彩花も売り言葉に買い言葉で受ける。 2人は、蒸し暑い柔道場で、服をはぎ取り合いながら、激しい闘いを繰り広げる。

放課後美術室で待ってるから

綾瀬 りょう
青春
美術の神様に愛されている女の子が、自分の高校の後輩として入学してきた。自分は一生関わらないと思っていたら、ひょんな事から彼女の絵のモデルを頼まれることになった、主人公との、淡い恋のお話。 【登場人物】 小山田 郁香(おやまだ ふみか)16歳 →絵を描く事にしか興味のない女の子。友達が居ないが気にしていない。私服は母親の好みのものを着ている。 真田 源之亟(さなだ げんのじょう) →郁香の祖父。画家として有名だが、その分女遊びも激しかった。郁香の絵の師匠でもある。 西田 光樹(にしだ みつき)18歳 →郁香に絵のモデルを頼まれる。真っすぐな性格。

処理中です...