来野∋31

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chrono-26:説得力は、カット…矛盾アラ疑問封殺ざんばら斬り!(技?)の巻

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 僕の持ちうる記憶の中で、いちばん異質だったもの。それなのにいちばん芯を貫いていたもの。

 網代田アシロダ 天史タカフミ……

 何でその名前が、「自分」を示すものと思ったのかは、正直うまく説明は出来ない。意識の底の奥の……身体で例えると丹田のさらに下くらいに沈むようにしてあった、その「記憶」「認識」が……「そうである」と厳然に、こちらに言い含めるようにして語りかけてきたっていうと……いや、分かりにくいよね。でもそうなんだ……

 「アシタカ」でも無ければ「来野」でも無い。そんな僕が何故、来野明日奈の双子の兄という立場にあったのか。普通に考えたら完全おかしいし、あり得ないことだとも思う。でもそこにこそ……この、「記憶」を分断された「僕」が存在しているということの、謎が秘密が……真実が、あるような気がする。するんだ。

 頭のらへんは汗ばむほどの(感覚だけど)熱が巻いているかのようなのに、反対に胸のあたりには、鳥肌誘発ものの寒々しさを伴った、行き場を失った渦巻く風のようなものが吹き荒れていた。荒れているのに無音で凪いでいる。そんな奇妙な「心」のありように、他ならぬ僕はもう、真実に近づきたいような遠ざかりたいような、説明不可能な感情に双方から引き裂かれるかのようで。

 しかし、

「『アシロダタカフミ』、ねえ。そっちに行ったってわけかい。うーんまあ、記憶断片の『割れ方』? の感じによってはそう思えちゃうかもだねぇ……」

 目の前で首をほぐすようにその黒フードに包まれた頭をぐるりと一回転させたゼロは、大して動じていないみたいだ。というより、何も感じていない? 想定内中の、想定外とか、その程度のことなの?

「考えてみなよ、仮にキミがそのアシロダだとして、そしてその記憶を失ってたとしよう。なんで『来野アシタカ』として生活出来ているの?」

 ずれたフードの下からは、なめらかな曲線を描く顎が少し覗けてきている。ん? なんかまた違和感。いや、でも確かに言ってることはその通り……なんだよ。じゃあやっぱり違うのか。アシロダは別人、でも何かしらの関係はあって、そして過去何かあって、それが記憶を失ったこととリンクしている……?

「じゃあ僕の記憶を封じようとしてるのは何で? ねえ教えてよっ……納得するから。どんな不都合な記憶でも受け止めて、そして『僕』としての意識は消えるから。だったら別に問題ないだろ?」

 賭けだ。ゼロが……僕を侮ってくれているのなら。その隙を……つくことが出来るのなら。

「……!!」

 残る能力の全部をぶつけてやる……ッ!! 本日残弾「二十八発」はもう撃ち尽くしてしまったけれど……それでも撃つ……ッ!! やろうと思えば出来るんだろ? いや迷うな、出来るッ!!

 黒い人影と対峙したまま、僕は呼吸を落ち着け、最後の攻撃の構えに移る。

 が、だった……

「……知ったらキミを沈めなければいけなくなる。知らないままならこのまま最強の『来野アシタカ』として、今まで通りの、いや、今まで以上の生活に戻れるよ? 僕は……僕らはね、もうそれであれば後はどうでもいいんだ。『破片』の誰を担ぎ上げようが、記憶を失ったままの自分でいられるのならね……あるいはアイス辺りが考えていたように、外界との接触をシャットしてひたすら自分の内に閉じこもるか。それでもそう大した違いは無いのかもよ……?」

 ダメだ。隙も見せないし、言ってる意味も全然分かんないよ……何でそうまでしてその、記憶を抑え込まないといけないんだ?

 ……そこまで来たところで。

「……ッ!?」

 急に頭の辺りに衝撃……斬撃が。もちろんそんなイメージの鋭い痛みなわけだけど、ごっすり撃ち込まれてきたよ……くそ、ここに来て……ッ!! けど、

 それだけじゃあ無かったわけで。

 う、うわぁぁああああああッ!! という叫びを何とか飲み込むことだけに全身の力を使わされていた。そうでもしなければ、本当に「崩壊」しそうだった。自分が。自分を形作るものが。身体が一斉にひび割れていくというか、「ひびくっついていく」とでもいうか、心もとなく、そしてうすら気持ち悪い感覚が僕を貫いていく……

「おいおいおいおい……そこまで事態が切羽詰まっていたとはだよ、人格破片が、くっつこうとしちゃってるよ、元あるかたちにうまいこと戻ろうとしちゃってるわ、いやいやいやいや……ここまで修復力ってあるもんなんだねえ、とか、呑気に驚いている場合でも無くなってきたわ」

 激痛の中、視界の先で、ゼロがその全身に纏ったマントをなびかせながら、初めて少し狼狽したかのような素振りを見せた。わけはもう何ひとつ分からないけれど、今しかない。

「おおおおおおおッ!!」

 脳が本当に真っ二つになりそうな衝撃の中、僕は何とか前につんのめりながらも、右足を蹴り抜いていた。飛び込むようにして前方へ、前方の目標へと。彼我距離約一メートル、喰らわせろ最後は「13ぼく」に割り当てられていた能力で!!

「【成長力】は、トードっ、だぁぁああああッ!!」

 振りかぶった右拳に全部の力を乗せて。これで、決ま……

「……もったいぶりはここまでだ。悪いけど僕がやはり取り仕切る」

 ……らなかった、わけで。あっさりと僕の拳を余裕もって交わしていたゼロは、次の瞬間には僕の懐にすんなりと入っていて。

「……」

 そのマント下で右手により形作られていた「手刀」が、僕の身体の、胸の中央あたりの、

「かっ……」

 心臓のあたりを貫通していたわけで。痛みは無かった。ただ全部の毛穴を細く頑強でそれでいて冷たさも感じる糸状のもので一斉に引っ張られるかのような、そんな感じたこともないような、奇妙な肌触りのような感覚を味わわされただけだった。そして僕に降り落ちてきたのは、「絶望」でもない、「絶無」のような暗闇の瞬間だったわけで。

「さあ終わりだ……『来野アシタカ』にかえろう。それで全てが今まで通り。記憶は失うもの、過去は喪うものなのだから……」

 ゼロの言葉が薄れていく意識……いや、「個を失っていく意識体」の僕に僕らに投げかけられる……多分もう飛散する、ぼくは。でもこのままで、

 ……おわるわけにはいかない。だって、それでもまよってたじゃないか、ぼくは、ぼくらは。

 ぜんぶをしったうえで、ぼくらが、きめる、きめなきゃいけないはずだ。だから、

 グッ……というような呻き声がごく間近で発せられる。ゼロ……の、だ。その背後から首元に抱きつくようにして両腕で締め上げているのは、

「あ、明日奈……のトレース……まだそんなものを残していたのか……」

 だった。でも全く感情のこもっていない目で、ひたすらにゼロにしがみついている様子は、なんか尋常ではなさそうな感じもした。なぜだろう。でもそこに引っかかってる場合じゃない。

「真実を、教えてよ、ゼロ……!!」

 胸に突き立った手刀を、僕は両手で掴みそこからゼロの意識を読み取ろうとする。そうすれば、出来るような気がした。でも、

「……馬鹿だよ、キミは。いや、キミだけじゃなく、みんな馬鹿だよ……せっかく、せっかく『僕』を沈めようとしたのに……」

 急に、ゼロが、その感情を迸らせてきた。泣いている……? いったい、本当に、何が何だか分からないよ……ッ!!

「……わかった。全部、話す。その上で、キミが決めろ。キミが、おそらくは僕の、『良心』みたいな存在なのだろうから……」

 何か、あらゆることを諦めたかのような口ぶり。そして左手でおもむろに自分の頭を覆っていたフードの額あたりを掴んだ。今更にして思ったけど、ゼロのその声は、客観的に聴く自分自身の違和感のある声じゃあなく、やはり別人のもののように捉えられていたわけで。

 刹那、だった……

「……!?」

 フード下から現れたのは、あれ? その背後に並んだ顔と瓜二つ……? 涙で赤くなった目をしているけれど。ああそうか、確か「女子力のタップサーティ」とか言ってた……え? でも何だ、どういうことだ? てっきり僕は明日奈の姿かたちをコピーする能力でもあるのかと思ってたけど……タップがゼロ? だったってこと? それはどういう……?

「他人の姿をコピー出来るのは【演技力27ジェミニ】の能力だ……もちろん自分の『内』の中でのことだけだけどな……でも『これ』はそうじゃあない」

 殊更にゆっくりと、その手前側の「明日奈」は言葉を紡ぎ出しているように思えた。決定的な何かへ、到達してしまうことを少しでも遅らせるかのように。

「……!?」

 ふいに僕の腹底に、何かが流れ込んでくるような感触を覚えた。破片がくっつき合わさった「器」みたいなところに、液状の記憶が流し込まれ、徐々に満たされていくような……

 そしてそこまで来て、僕にもコトの輪郭が、見えてきたのだった。

 見えてきて、しまったのだった……

「そう……僕は、ゼロでも無ければタップでも無い。『32番目の人格』、絶対に到達してはいけないけれど、そのまま、それでも奥底で育まれてきた存在……」

 「明日奈」の声が完全に諦観に呑まれていくのが分かった。やっぱり、言われた通りに僕は馬鹿だ。

 「明日奈」じゃない。似ているけど、違うじゃないか、全然違う。そのことに、その「真実」に、やっと「僕」も到達したよ。

「……」

 到達しては、いけなかったのかも知れなかったけど。

 目の前の人物が、言いあぐねるようにその唇を震わせる。気づかないままの方が、知らないままの方が、本当は、本当は良かった? でももうその言葉は放たれてしまった。

「……『来野 明日香アスカ』。それが僕の、そして僕らの正体さ」

 瞬間、「僕」……「来野アシタカ」としての人格は、崩壊を始めたわけで。
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