来野∋31

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chrono-08:洞察力は、シャドー、闇よ影よ奥底に潜みし真実を映し出せ(詠唱?)の巻

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「まあその辺りは置いとくとして、これから僕はどうするの。いやどうしていけばいいっていう感じなんだけど」

 なけなしの手持ち七百円のうちの百七十四円を消費して、スーパーのレジ前の和菓子コーナーに直行してコスパは良いけど色気のない栗饅頭だけを買っていく中学生ってそうはいないよね……それよりも中二にもなって月の小遣い二千円の奴ってそうはいないよね……とかいう詮無い思いがまず先に立ってしまったのだけれど、家に帰ってもやることもないし居づらいしで、僕はふらふらと近場の噴水のある結構大きな公園に寄り道をしているわけで。

 肩掛けていたバッグを噴水ぐるりを巡る縁枠によっこらせと置いて、手に掴んだままだったパックからつまみ出した饅頭を早速咀嚼し始めつつ、周囲に怪しまれない程度の小声でぶつぶつとそう己の内向けて問いかける。頭の中で思うだけで他の「自分」たちにも伝わるんだろうけど、純粋な自分の思考とは切り離したかったのでそうしてみた。「自分の思考」というものがどこまで個別であるかは分からないのだけれど。

 土曜昼下がり、穏やかな陽光に包まれた緑の多いこの場所は子供連れとかカップルとかの幸福感を撒き散らすヒトらが結構群れなしているけれど、僕のいるこの一角だけはさっぱり空いている。うん、都合がいい。本当、都合がよろしいようで……

<無論、分かたれし分身らをすべて我が陣営に引き込むが最終目的よ>

 あれ、ファイブじゃないや、誰かと思えば高圧的な態度がありがたいほどになにわ一派の中では分かりやすい、【統率】の【ファラオ】さんじゃないですか……うんでも、僕にここまでの強い人格があるとはやっぱり思えないんだよなあ……でもまあそこはひとまずスルーしておこう。「最終目的」と言った、そのことは何となくそうだろうなぁ感はしていた。僕は今、分かたれているのだろう。自覚するまではまさかそこまでとは思っていなかったけれど、今になって考えてみると非常に腑に落ちる点は多いわけで。僕は今、分かたれて、それぞれ失われている。

 そしてこの度、他の八つの人格と「連携」したことで、何と言うか今この瞬間も、意識が凄い澄み渡っているというか、全部をありのままに受け止められるような清々さまでも感じているんだ。朝方あんなにも心を殺される出来事が立て続けに襲い掛かったわりには、いろいろ前向きポジティブに物事を考えられるようになっている……

 メンタルが醸成されて頑強になってきている……? 確かに他の人格くんたちと呼応するたびに、自分は一人じゃ、独りじゃないんだってことを認識することが出来て、やってやろう感が臍の辺りからじくじくと沸き上がってくるかのようでもあり。喪われたものを取り戻すための戦いが……いま自分のインナースペースにて執り行われようとしているとでもいうのか……

 あれ、なんか思考があっちゃこっちゃに行くようになったような弊害もあるのかもだけれど。いやいや、多面的にものを考えられるようになった、そう思おう。それより、

「全部が……全員が『ひとつ』にですか? カッ、なったらどうなるんですか?」

 カッのところで饅頭皮が喉奥にはっついたので慌ててむせながらそうファラオさんに問うてみる。何でか分からないけど敬語になった。この御方はそうさせるほどの威厳的なものを備えているな……でもそれはやっぱり本来の、と言うか今までの「僕」には無い要素と思われるけれど。家より持参したペットボトルから生ぬるい麦茶(自作)をあおりながら答えを待つ僕。と、

<本当の『来野アシタカ』になる。はずじゃ>

 いい感じのタメの間を入れてから、そんな言葉が出された。何か長老っぽい喋りになっているような気もするけど、その内容もちょっと先ほどまでの威風厳然さは無くあやふやだな……

<『施錠されし者ロックトマン現象フェノメノン』という症例ぞよ。それすなわち、何らかの外部からの痛烈な衝撃を精神に喰らった時に起こるという、自我の崩壊を抑えるための脳の自己防衛本能による、多数人格分裂現象……>

 初耳だけど初耳感が無くて脳の右側辺りがぞわとするギリギリの症例名に軽く慄きつつも、そこまでのコトが起こっている、いやいた、ってわけなんですか……「痛烈な衝撃」、って言うと六歳の時のジャングルジム落下後頭部強打ってことになるのでしょうか……でも「精神に」? それよりは身体に喰らった感は否めないけれど。

 そして、であるならば、今の僕は、僕らは「本当の」、じゃないってことになるよね……そう、なのかな……そもそも何が「真」なのか。どんなにがんばって考えても欠片も分からない自分がいるばかりだよ。うぅん……とりあえず聞けそうなことを聞いておこう。現況確認、それが大事。

「……昨日は【14】に喧嘩をふっかけられたような感じでしたけど、こっちから打って出るってことも出来たりするのでしょうか……」

 客観的に見ると、気の抜けた独り言を昼日中の公園にて噴水ほとりに腰掛けながら漏れ呟くというサマは傍から見たら相当なもんだろう、とも思う。いやいや集中集中。

<無論、と言いたいところだが、お互いがお互いもう警戒状態に入ってしまったゆえ、そう簡単に遭遇は叶わぬと見ている。唯一、『明日の輩』が昨晩のように『交代』するために出張ってくるのを待ち伏せてやる、ということは出来なくもないが……つまりはイニシアチブを取り続けるために『翌日』の輩を屠り続けるということだが、しかして、そうは簡単に行かないことが分かった。昨日の間抜けのように、『単独』で来てくれるのならば諸々対処はしやすいのだが、が……いまや明確に『チーム分け』は為されてしまっておる>

 割とこの御仁は台詞が如く「間」を挟むなそしてそれがうまいな。いや本末。つまりは「全員」が全員、僕らのように「派閥」を組んでいるって……わけでしょうか?

<大きく『四つ』。『元老院』が六人、『革新派』が八人引く昨日の【気力】で七人、そして『永劫党』と名乗る八名に、我らが『あした香るや!・マンジーラ』が九名と、そうなる>

 さらっといった。そしてさらっといった時に限ってとてつもない臭気が放たれてくるよね大体いつもそんな感じで。うぅん僕はいつの間にかそんなけったいなチーム名を架せられてたんすねすねすねェ……

<いつ勃発するかは分からぬが、おそらくはもう、総力戦だ。それが三つ巴・四つ巴にならないとは言い切れないところがまた厄介ではある。だが臆するな。そなた……サーティーン殿には無尽蔵の『力』がある。我らの力も用いて、どうかこの戦いを勝ち抜いて欲しいのじゃ>

 王さんは割と真面目な感じでそう「僕」に言ってきてくれる。先に何があるかは分からない。でもひとまずはそれを遂行することのほかに、「僕」に出来そうなことは無いっぽかった。まあどうせ日常生活では諸々ハブられている僕だ。一発逆転があるかも知れないなら、それに乗っかるのもありなのかも。いや、何をもって「逆転」かは分からないけれど。そもそも「負け」も覚悟しなくてはならない局面でもありそうだし。

 栗饅頭をワンパック平らげ、ふうと一息ついた。日常の僕も、変わろうとしている。いや無理やり変わろう変わろうとしているといった方がいいかも。でも、周りに働きかけることで自分も何かしら変わっていけるのならば。

「……」

 いま起きているてんやわんやも、何かしら意味があることなのかも知れない。「主体の僕」、みたいなのが今やあやふやになっては来てるけど、「七割の根幹の僕」、それは常に変わらないのならば。

 「僕」、サーティーン、と自分で呼ばわってしまうけどその僕が頑張るということも、何かしら「主体僕」のためになると、そう考えよう。そんな柄にもなく前向きなことを考えたからかも知れない。

 刹那、だった……

「お、おう来野兄じゃねえか何こんなとこで黄昏てんだよおめーもスポーツで発散しないとダメだぞ何つうかツラがいつもぱつんぱつんなんだよ」

 目の前に現れたのは「敵たる僕ら」では無く、現実の、三次元の、御仁であったわけで。同じクラスの在坂アリサカ ルイ。今朝がた、朝いちで朝練してたところに声を掛けた僕だったけれど、今もそのままの泥まみれのユニフォームの上の、よく日焼けした褐色の、よく見ると結構整っている顔に結構な至近距離で覗き込まれていて、一瞬どきとする。土の匂いに混じって意外に甘い体臭が漂ってくるよやばい今日はまだ九発しか放出していないというのにッ!!

 しかし、脳の中でキュイ、というような音が鳴ったと思った瞬間、

「……球技とか、団体競技とか、死ぬほど苦手なんだよ知ってるだろ? 在坂みたいな無言でチーム引っ張っていくようなスキルもあるわけじゃないし、ま、僕はインドアひとりでやる気持ちeスポーツで発散するよハハッ」

 意外に流暢に、しかして意味は欠片も無いような内容の薄い言葉がつらつらと唇と唇の間を滑り出ていくよこれはあれだな【コミュ力】の奴だな……

 【コミュ力】は【糞塵芥ダスト】。これは陰キャの僕が孤高の旅路の果てに見出した真実でもあるのだけれど、それが能力にも採用されたのだろう……でも、

「なっ……何言ってんだバーカッ!!」

 あら。また違うベクトル方面への能力バフが発揮されているようで。赤褐色化した顔をわななかせたヒトに、罵倒はされているもののそれが心地よい。何だろう、僕は僕の次なるステージにでも旅立とうとしているのだろうか……

 どうやら日常現実の方でも、のっぴきならなさそうな事が起きようとしているのであって。どうなる?
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