上 下
38 / 42

Ally-38:深淵なる★ARAI(あるいは、THAT‘S/ダンシングエロイカ)

しおりを挟む

 ハッ、なぁにコイてんだよこのデブちんはよぅ、とのたまった細マッチョの言葉の「コイ」あたりで僕はもう腰を落として右拳を床に着けていたわけで。「このデブ」あたりでは下半身主体で溜めは充分に作ってあって、「はよぅ」の余韻も収まらないくらいのところで、アライくんの足側にいた二人も巻き込んで、僕は渾身の頭からのぶちかましを放り込みにいっていた。机の島に突進したもんだから、左膝に思い切り金属の脚部の角がめり込むように刺さったけど、不思議と痛みは感じない。

 おるべすこ、みたいな呻き声を上げつつ、細マッチョ以下二名はまとめて窓際の方へとたたらを踏んだのち、もつれあって倒れ伏していくけれど、もちろんそれを見送っている暇は無い。角度を変えてまた腰を落とし、今度は逆側にいた二人に突っ込んでいく。全体重を乗せて。ぷらけにる、みたいなくぐもる声を残し、その二人も壁際まで押し出せた。

「……アライくん」

 歩み寄った僕の差し出した手を握ってくれたアライくんは上体を起こしながら、だ、大丈夫じゃが、ジロー? と逆に僕を気づかってくれるけど。

 ……全然大丈夫だって何言ってんの。もぉぉ、アライくんは本当ほんくら心配性さばがりな人だなぁ。

 これでも四か月くらい、自分なりに鍛えたんだ。「A★M★N★C」の訓練ももちろんだけど、それプラスで。……いつか言ってくれてたよね? 「脂肪の下に筋肉をつけたらがば、最強の恵体えたい」だって。それって相撲とかプロレスの鍛え方かなと思って我流でいろいろやってみた。結果、いくら鍛えても小太りの体型は変わらなかったけど、その皮一枚下の体組成はがらっと変わったつもりだ。

 それに頭から体当たりしてくる喧嘩なんて、この輩たちは慣れていないはず。もっとも、出会いがしらに顔面に拳とか肘を合わせられようと、膝関節部狙いの蹴りローを撃ち込まれようと、そのままぶちかますだけなんだけどね。小学校から中学まで、ずっと謂われないいじめまがいの事を受けて来たんだ、物理的な痛みなんてどうってことない。心が折れない限り、体は動くから。

 右脇腹に衝撃を感じたと思ったら、先ほど入り口付近でたむろってた奴らの一人が中途半端な長さの角材を振り回してきただけだった。脇に抱え込んで捻じり取ってやろうと体をひねろうとしたら、その前に机島の上でしゃがんだ姿勢を取り終えていたアライくんが、既に力みなく中空へと跳躍をかましていたわけで。ふわり身体を横倒しにして浮いた残像。僕の斜め背後の角材くんに飛び膝でも喰らわせるのかと思ったら、その首まわりに自分の右脚を巻き付ける流れでそのまま引き倒していた。ごどどむ、と後頭部が床に打ち付けられる音。うわ。なるほどあんまり余分な力は使わないんだね。流石。

 僕の方はと言うと、こうして立ち回っている今もまだまだどんどん湧いてくる腹底のじくじくした熱みたいなのが収まらないから、それを発散させるために性懲りも無くまた頭からの愚直つっこみを、立ち上がってきた輩たちに馬鹿みたいに繰り返していくだけなのだけれど……もぐらたたきみたいに。何とも絵的には格好悪いことこの上ないけど、まあそれはしょうがないよね。

<一つ、団員は団長の取りまとめのもと、本活動を速やか且つ的確に遂行すること>

 でも相手が十人近くもいるもんで、徐々に場がぐちゃぐちゃになってきていて、遂に僕は後ろから二人がかりで組みつかれ、両腕を後ろで封じられてしまう。その様子を見てようやく調子づいてきたのか件の細マッチョがいやな笑いをまた貼り付かせつつ、結構サマになってる動きで僕の顔面に体重も乗ったストレートを撃ち込んでくるけど。

「……!!」

 左目の視界が飛んだ。うえ、こいつだけ他のとは違うよ別格の強さだよ……とか思う間も無く、返す刀で肝臓辺りにもえぐられる痛み。まずい……

 刹那だった。

「うおおッ!! やっぱここだぜっ!!」
「フッ……我が団長殿と書記殿……助太刀いたす」

 援軍ッ、ありがたいッ……三ツ輪さんが呼んでくれたのか。

 入口付近にいた輩たちと揉み合いながら、普段はありがたみを微塵も感じさせない大柄と細身のシルエットが僕の右視界に……僕は一瞬全身の力を抜いて後ろで掴んでいる奴らに体重を預けると、反発して押し返してきた瞬間を狙って、そのまま前方に頭から倒れ込んでいってやる。僕の沈む重さに耐えられなかったか、巻き込まれて自分らも倒れるのが嫌だったのか、拘束は外れた。額を思い切りぶつけたけれど、床に這いつくばった姿勢をすかさず作った僕は、両手両足を踏ん張ってまさにのカエル跳びみたいに、またも頭から目の前にあった細マッチョの膝向けて飛び込んでいく。

<二つ、団員は団長の求めに応じて、持ちうる力を惜しみなく供出すること>

 けどこれはあっさりかわされた。バックステップ気味に相手はそのまま五歩くらい間合いを取る。場は既に混戦模様。怒声罵声がわやくちゃに反響する中、そいつだけは落ち着いて半身に構えて僕と相対してくる。何かやってんのかな格闘技……どうしよう、僕のぶちかましも、もうまともに当たらなそうだし、片目が塞がってきてるから距離感からしてまず掴めない……どうすれば。思考も身体も固まってしまった。

 ……ファイナル刹那、だった……

「……みんなッ」

 決意と凛々しさが込められた、それでいてほころぶ可憐さを孕んだ、天上の盟神探湯くがたちのような(どういうものだろう)声が室内に通った。

かと思った瞬間、この腐り果てた場に舞い降りていた天使が、机島の上に革靴ローファーのまま軽やかに登るやいなや、

「……ッ!!」

 その制服の、深緑のチェックのスカートのッ、御裾をォォッ……!!

「く……」

 御みずからの、御両手の、御指先で、おずおずと、焦れるような速度でたくし上げていきッ……!!

 その奥に隠されていた全人類的至宝O・P・T・Sを下天の我らに晒してきたのである……ッ!! それも極めて嫌そうな、それでいて恥辱に耐えつつ顔を赤らめ唇を引き結びながら必死の、これは何だ? 表情でもこちらを殺しに来ている……? 

 光放つ(かのように見えた)、至宝の輝きは、

 エィンジェゥブルぅぅ……ィンジェゥブルぅぅ……ェゥブルぅぅ……

ネイティブのような発音で、呆けた僕の唇から流れ出ていたのは、そのようなこだまする言の葉たちだった。パステルブルーよりも淡くパウダーブルーよりも色鮮やかな、至高の逆三角形デルタイックトライフォースが、その上辺中央部に燦然と輝くベビーピンク色の極小のリボンのひかりと相まって、「完全」とは何か、ということを脳髄に撃ち込むようにして突き付け知らしめてくる……

 な、これは夢かッ!? いやそれよりも残されし右の目がぁー、目がぁぁぁッ!!

 天上の梓杏的天空城滅放射大開帳シアナーバルスィックサンシャインの前では、一様に誰もが目を奪われ、それを網膜以下視細胞にコンマ一秒でも長く鮮明に焼き付ける作業に徹することのみを余儀なくされるのであった……

 ただひとりを除いて。

「……!!」

 隙を見せていた細マッチョの背後から、相手に抵抗させる間もなく素早くその腕を回してがちりと裸締めスリーパーの態勢に入っていたのは、他ならぬアライくんであったわけで。

<三つ、みんなでがんばろう!>

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編集】とある言葉から紡ぐ物語

MON
ライト文芸
こちらは短編集になります。1話につき1000字満たないくらいのショートショートや、140字程度の掌編小説がほとんどです。お題を元に書いた物語ですが、気軽にサクッと読める文量なので是非ご覧ください。 ※章にはお題を書いています。

ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中
恋愛
大陸の西の果てにあるスフィア王国。 その国の公爵家令嬢エリスは、王太子の婚約者だった。 だがある日、エリスは姦通の罪を着せられ婚約破棄されてしまう。 そんなエリスに追い打ちをかけるように、王宮からとある命が下る。 それはなんと、ヴィスタリア帝国の悪名高き第三皇子アレクシスの元に嫁げという内容だった。 結婚式も終わり、その日の初夜、エリスはアレクシスから告げられる。 「お前を抱くのはそれが果たすべき義務だからだ。俺はこの先もずっと、お前を愛するつもりはない」と。 だがその宣言とは違い、アレクシスの様子は何だか優しくて――? 【アルファポリス先行公開】

稲木 糸
ライト文芸
あの子は名声と引替えに声を失った。 王子様は、ファーストキスと引替えに興味を引かれる彼女を手に入れた。 彼女は王子様にわけも分からず髪を売り、契約をした。 あの子の声は間接的に彼女のおかげで戻った。 だか、彼女のせいで彼女は泡になって消えた。 世界は巡る。 真実は、正解はみんな知らない。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

家族

菫川ヒイロ
ライト文芸
それにはいろんな形がある。 ショーショート集です。 それぞれの話は独立しているので、お好きなものをどうぞ。

君へ

87135
ライト文芸
何故君は何も言わずに死んでしまったのか 何故僕は今更言いたいことが溢れるのだろうか

ずっと一緒だよ。~突然過保護なイケメン幽霊に憑かれたら・・・!?

優奎 日伽 (うけい にちか)
ライト文芸
山本沙和(20)は入院中にとんでもないモノに懐かれてしまったらしい。 目が覚めて一番最初に視界に入って来たのは、ちょっと親近感が湧く男の人の顔。仰向けで寝ていた彼女の視界を塞ぐように、真上から顔を覗き込まれていた。 理解不能な状況に寝起きの脳みそが付いていかず、目をパチパチと瞬いた彼女の顔にぐっと近寄り、「やっと起きたか」と呆れた様子で言っといて、その後に「俺のこと知ってる?」って!? 彼は記憶喪失の幽霊だった。しかも沙和から五十メートル以上離れられないらしい。「好きで取り憑いた訳じゃない」と開き直りの幽霊は、沙和を振り回すくせに他の事にはやたら過保護で、沙和の悩みの種になりつつあるけど、これがまたどうにも憎み切れない幽霊で……。 どうして幽霊の幽さん(仮名)は記憶をなくしたのか? 彼の心残りは何なのか? 幽さんと沙和の記憶探しのお話です。

処理中です...