上 下
30 / 41

Jitoh-30:大概タイ!(あるいは、コンフェしようね!/明日もバッチォ)

しおりを挟む
 よお、眠れねえのか? と自然に声を掛けられただろうか。振り返った国富は風呂上りなのかまだしっとりとした髪を艶めかせつつ、あ、うん……とそんな素の返事をしてくるのだが。いつも見せる「快活」って感じは潜んでいて、これがこいつの本来なのかもな……とか勝手に思っていると、一瞬目が合って、ゆっくりそれを逸らされる。

 何かの拍子で二人きりとかになると何故か最近はぎくしゃくしてんだよな……これといった自覚は無いんだが、いや分からねえ。俺も大概ではあるし……んんんん、まあいい機会かも知れねえ。サシでじっくり話すっつうのもいいかもな……と誘ってみたら、ええで、飲み足りなかったし、といつもの普段な感じに戻って言われた。

「……なんやろ、勝利に乾杯、とかやろか」

 深夜零時を過ぎているからか、二階の隅の方に在ったバー……ホテル規模にしちゃこじんまりとしたつくりのそこは暖色の照明を極限まで絞っているようで自分の身体もうっすら輪郭が見える程度だ。カウンターには先客がひとりいるだけ。ラフ過ぎる俺らの恰好を見てもまったく表情も声色も変えない結構若く見えるバーテンダーに促され、俺らは窓際の四人掛けの席のひとつに促される。ほどなく出て来たおすすめカクテルとやらの細いグラスを触れさせながら国富はやっぱフラットな感じで言ってくるものの、おお、という気の利かない言葉しか吐き出せなくなっているのはやっぱ何でだろうか。

 周りの薄闇がこの沈黙を助長しているようでいたたまれなくなった俺は殊更に軽い感じで延岡がジトーのドッペルゲンガーである説などをぶち上げてみるのだが、軽く笑って頷いてくれるだけであまりいつものキレが無えな……とか、傍から見たら馬鹿かと罵倒されそうな状況であることは大脳の片隅では感知しているものの、本日の疲労とアルコールの廻りによって俺はもう限界なんだよ……いつの間にか沈黙静寂も心地よくなってき始めてやがる……と、

「私な、この一か月くらい、すごぉ楽しかったんや」

 グラスを身体の前で摘まんだままの少し俯き加減の国富から、そのようなエセい感じながらも飾り気の無さそうな言葉が漂ってくる。

「……せやからそれが終わってまうのが、めっちゃ寂しい」

 それを受けての俺は、手元の甘い割には芯に響いてくるとろみがかった液体を流し込むことしか出来ねえ。

「でも楽しぃ楽しい言うてるだけの私がなんや……あかんな思てきてて。軍曹もヒナコもやっぱ色々抱えとるもんあるやん? 普段は全然意識させてこぉへんし、私もそんなん何も気にしてへんけど。それでもな、やっぱ何かあんねん……」

 空のグラスを俯いた目線の中で意味なく揺らしながら、薄明りにかろうじて照らされたその顔は、今にもくしゃっと歪みそうだった。から。

「国富はよぉ、他人を思いやり過ぎなんだと思うぜ。悪いことじゃあ全然ないんだけどよぉ、もっとエゴく振る舞ってもいいんじゃねえかと俺は……まあ俺が言うのもなんだけどそう思う」

 酔いに冒されていく大脳で、どれだけの言葉を出せたかもはっきりはしねえまま、それでも俺は思ったままのことを音声に変換して紡いでいく。視界の左隅からこちらを真っすぐに見つめているだろう視線の方は見ないでおいたまま。

「私、福祉やってても、全然寄り添えてないんだよ……思いやってなんてないよ、『私がこの人を助けてあげてる』とか、そういう目線でしか見れてないんだよ……」

 いいんだよそれで、と初めてそこで俺はその泣きそうな顔に向き合いながらそう言う。

「そんくらいの、しょうがねえなぁみてぇな感じで接すりゃあいいんだよ。取り立てて意識することも、逆に無理に意識しないフリをすることもねえんだ。誰にでも度し難い何かはあるんだからよぉ」

 考えてみても始まらねえ。考え無しに度し難いことを口走っちまうのは俺のあかんところであるものの。それ込みで遠慮なくかまし晒しちまえばいいんだよ。誰に何思われようとそこはもう逐一考えていたら何も出来なくなっちまうからよ。

 そんなことを回ってない呂律と大脳にて、それこそ遠慮も何もなく垂れ流す俺ではあったが。

「……リーダーは考えてるでしょうに。ヒナコのこととか、軍曹の想いとか、将来のこととか? ベルギー行っちゃうんだね。スイスに行く人たちもいれば、それに付いていっちゃうだろう角刈りな人なんかもいたりして。なんか、私だけ取り残されちゃうなぁ……」

 国富は視線をくるりとわざとらしく回しながら、無理やりに笑みみたいな表情をつくってみせる。ふわり漂ってくるかのような息遣いと共に流れてくる素の言葉はやはり自然で、それだけに何も反応できなかった。さらには、

「もうさ、この際だから言っちゃうね」

 吹っ切れたかのようなその顔に、視線が引き込まれて外すことの出来ない俺がいる。

「私……私ね、初めて会った時からリーダーのことが……好き、だったの。声かけてきてくれた時からずっと。何でだろ。何でかは分からないけどそうなの。それで、それからずっと毎日会ってたでしょ? その間じゅう好きが収まらなくて、それで……」

 今はもうどうしようもないくらいなの、と続けられた言葉は、俺の奥の奥の方を貫いたかに思えた。痛み。それは分かっていた。俺が分かっているってことも知りつつ、国富はあえてこの場でそう告げてくれたんだろう。

「……」

 俺がうまいこと拒否しやすいように、かわしやすいように。馬鹿だろ、そんなのよぉ……

「……リーダーがヒナコのこと思ってるって知ってて言ってるんだ。どう? 私にも少しはエゴいこと言えたでしょ?」

 違ぇよ、逆だろうが。だったら何でそんな優しい目をして笑ってられんだよ。

「……俺は」

 ああー、もういいからいいから、やっぱやめやめ。この話はもうこれでおしまいやで。明日のためにもういくら何でも寝た方がええなー、との言葉にも、わだかまりやわざとらしさを滲ませないまま、国富はす、と立ち上がると俺を促す。

 封殺されちまった。どこまでも相手のことを考えすぎだろうがよ。が、が、それでも、何かは言っておかなきゃあならねえ気はもちろんしていた。エレベーターの中では明日の試合の予想とか、そんな話に終始リードされちまったが。それでも。それぞれの部屋への帰り際、

「……勝とうぜ。俺ら五人で。話はそれからだしよ」

 いや、あかんな俺ェ……が、そんな度し難い言葉をこの期に及んで繰り出す阿呆な俺に乗っかってくれるかのように、はい熱血いただきましたー、と軽くあしらわれるが、それは妙に心地よい空気感なわけで。

「だいじょうぶだって。いろいろ話せたからもうだいじょうぶ。よう寝てな? 私も明日からはエゴ全開で行かせてもらうさかい」

 振り返った国富は、いつもの国富だった。俺が信頼している、いつもの。よ、よーしよしよし、気合い入れろよぉぉぉ……ッ、やってやるぜぇぁッ、明日もぉぉぁぁ!!

 とか、諸々を熱血でいろいろ誤魔化そうとしようとした、

 刹那、だった……

 あ、そうや忘れとったわ、との言葉と共に、廊下を引き返してくる国富の意外に素早い動きに酔いがいい感じで回っていた俺はまったく対処できなかったわけで。ぐいと近づいてきた顔には、何というかの悪戯っぽさ全開の含み笑い気味の、思わず目を奪われる何かがあったわけで。瞬間、固まってしまった俺の口元をついばむかのようにしてもたらされる、柔らかな感触、香り……

「……予選のブービー賞やで」

 囁かれた吐息混じりのその言葉も、大概過ぎねえか、オイぃッ!! だぁから寝れねえじゃあねえかよぉぉぉぉぉこんなんじゃよぉぉぉぉぉッ!!

 慟哭。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

井の頭第三貯水池のラッコ

海獺屋ぼの
ライト文芸
井の頭第三貯水池にはラッコが住んでいた。彼は貝や魚を食べ、そして小説を書いて過ごしていた。 そんな彼の周りで人間たちは様々な日常を送っていた。 ラッコと人間の交流を描く三編のオムニバスライト文芸作品。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...