9 / 41
Jitoh-09:邁進タイ!(あるいは、オラつき止めて/メテーオラ)
しおりを挟む
いきなり窮地とまでは行かねえが、まあ幸先の悪いすべり出しってとこにしておこうか……
体育館の空気が、心なしかほんの少しだけ張りつめたように感じた。照明の光もやや弱まったかのような。いやこれは外の日が翳っただけか。ともかく、
白球がようやく止まってくれたのが、十字をかなり通り過ぎた場所であって、しかも真ん中よりも右側によれた位置。目測だがここより五メーター以上はありそうな距離感だ……次がいよいよてめえの手球を放る番なんだが、いやどうするよ……
一回投擲しただけに過ぎないが、「投げ」の感覚はうっすらとだが把握できた、と思いたい。投げた経験が一回しかないから、そこは混じりけなく明確って思えなくもない。よって先ほどと全く同じ投球を行えばおのずと同じ一点イコール的球とゼロ距離のとこまで行くはず……
みたいにうまくいくなら、そもそもあらゆる競技は成り立たねえだろう。狙い通りに物事が運ばないのは、日々の生活/常日頃からグラグラの煮え湯を腹がたぷんたぷんになるくらい吞まされ続けている俺には人一倍分かる。かと言ってそこで諦めるなんてザマは絶対に晒したくはないが。それよりももっと局面に集中しろ。
幸いっちゃあ幸いなのは、今この場で俺がやるべきことっつうのがびったり定まっているってことだ。今も頭にイメージしているが、「的球に寄せる」、それだけ。そして願わくば、
……的球のド真ん前に自分の手球を配置できれば。つまりは相手の球から的球を守る「防護壁」みたいなものを築ければってことだ。ボッチャの戦略については疎いを通り越して無知で空手の俺だが、その「戦法」だけはかなり有効に思われた。さらにさらに、的球にくっつけるなんてことも出来たのなら、相手はおいそれと手が出せねえんじゃねえか? そんな風にも思われた。よし。
後は集中。どれだけ集中出来るかで大抵の物事は四割増しくらいにその成功率を上げると俺は思っている、いや、実感してきたから分かる。誰が何と言おうとも。
「……」
思い切り腹の奥底まで、鼻から勢いよく途切れなく清浄な空気を取り込んでいく。鋭く、鳩尾を内側から刺すように。喫煙者の自分が言うのも何だが、呼吸は馬鹿にならない「技」だ。フィジカルにもメンタルにも、双方を強化れる最強の。
吸った時間の倍くらいかけて鼻から細く長く空気を押し出していく。落ち着いてきた。身体も妙な強張りが抜けてフラットな感じだ。よし、簡単なことじゃあねえか。今置いた白球目掛けて転がせば、多少強かろうとそいつが壁になって受け止めてくれるだろうよ。だから少し強めでも構わねえ。コースだけ。真っすぐ。余計な力を入れずに後ろに振り上げた腕を重力に任せたまま。放つ。
「……!!」
この上なく真っすぐな弾道が描けた、と思われた。先ほどと同じ投球フォームにて投げ放たれた俺の赤球は、投げた瞬間にストライクと確信できるかのような、そんな無駄な力が一分もかかっていなさそうな素っ気なさで、綺麗な直線を描きするすると体育館のテカる床板の上をその継ぎ目も意に介さず直進していく。目指す、的球向けて一気呵成に。
赤球が白球に柔らかくぶつかってその動きを止めるか止めないかの瞬間に、俺はその結果を見届けることなく、殊更余裕とばかりに外連味づけて斜め右後ろの野郎を振り返ってみせてやる。そこには相変わらずの弛緩したしなだれヅラがあっただけだったが、その濁った目は確かに俺の投球の行方を見ていたようで。
<素人考えにしては、まあまあの初手だな。少しは、張り合いが出て来たというもの>
何かの台詞ばりの言葉をのたまわれたが、少しは焦るんじゃねえかと思っていた俺は、肩透かしを喰らわされて少し逆に揺さぶられてしまう。その上で何か顔を歪ませてきたがそれは笑ってんのか? 余裕かましやがって。
改めて場に振り返り直る。ギャラリーの視線もちらほらと後頭部側頭部辺りで感じるようになってきたが、それよりなにより場上の天使の反応……ちょっと驚いたみたいなきょとん顔……どこぞの岩肌顔のキョトンとはまるで真逆の効果を見る者に与えて来るこれは何だ……ッ!?
「……」
その後でさらに我に返ったかのようになってからちょっと意気込みつつ目に力を入れながら口角を少しきゅっと上げてこっちを微笑み見上げてくんの何なんだよこれが野郎とつるんでのこちらの平常心を乱す作戦ならばがっすりキマっちまってるよ降参だよ……
刹那、だった……
そんな、多分に揺さぶられまくりの俺の眼前に、視界の右から青い残像をとんでもなくあと引きながら飛び込んで来たのは、そう正に空中を結構な速度で疾駆してきたのは、
「……」
普段は何やるにしても小うるさい呟きをカマすはずの奴が放った、無言のJ太郎の青い球……略し訳して「S・J・B・B」なのであった……(略し訳す必要はまったくもって無かったが……)
その軌道は、俺がその直前に床面に描いた直線よりもさらに直進してきたかのように見えた。そのうえ宙を飛翔してきたその青い球体は、地上に仲良さげに寄り添うようにしていた赤球×白球のカップルの縁を叩き斬るかのようにそれは鋭利に精密に、双方に平等に激突すると、自らも跳ね飛びながら別々の方向へと散らし去らせていったのであったェ……
「……」
余韻を残した割とサマになっているオーバースローの投げ終わり姿勢のまま、その巨顔の右半分がいきなり攣ったかのように収縮したが、たぶんそれはウインクのつもりなのだろう……無論それは場の中央で艶めく唇を呆然と半開きにした天使に向けて為されたことなのだろうが。
ていうか場から球が全部消え失せたよね……じゃあ何だったのこれまでの俺の迫真の投球は? 気張った心理描写はよ? 何と言うか、我が拳の射程距離に奴の巨顔が無いことが非常に残念でならないのだ↑が→。
体育館の空気が、心なしかほんの少しだけ張りつめたように感じた。照明の光もやや弱まったかのような。いやこれは外の日が翳っただけか。ともかく、
白球がようやく止まってくれたのが、十字をかなり通り過ぎた場所であって、しかも真ん中よりも右側によれた位置。目測だがここより五メーター以上はありそうな距離感だ……次がいよいよてめえの手球を放る番なんだが、いやどうするよ……
一回投擲しただけに過ぎないが、「投げ」の感覚はうっすらとだが把握できた、と思いたい。投げた経験が一回しかないから、そこは混じりけなく明確って思えなくもない。よって先ほどと全く同じ投球を行えばおのずと同じ一点イコール的球とゼロ距離のとこまで行くはず……
みたいにうまくいくなら、そもそもあらゆる競技は成り立たねえだろう。狙い通りに物事が運ばないのは、日々の生活/常日頃からグラグラの煮え湯を腹がたぷんたぷんになるくらい吞まされ続けている俺には人一倍分かる。かと言ってそこで諦めるなんてザマは絶対に晒したくはないが。それよりももっと局面に集中しろ。
幸いっちゃあ幸いなのは、今この場で俺がやるべきことっつうのがびったり定まっているってことだ。今も頭にイメージしているが、「的球に寄せる」、それだけ。そして願わくば、
……的球のド真ん前に自分の手球を配置できれば。つまりは相手の球から的球を守る「防護壁」みたいなものを築ければってことだ。ボッチャの戦略については疎いを通り越して無知で空手の俺だが、その「戦法」だけはかなり有効に思われた。さらにさらに、的球にくっつけるなんてことも出来たのなら、相手はおいそれと手が出せねえんじゃねえか? そんな風にも思われた。よし。
後は集中。どれだけ集中出来るかで大抵の物事は四割増しくらいにその成功率を上げると俺は思っている、いや、実感してきたから分かる。誰が何と言おうとも。
「……」
思い切り腹の奥底まで、鼻から勢いよく途切れなく清浄な空気を取り込んでいく。鋭く、鳩尾を内側から刺すように。喫煙者の自分が言うのも何だが、呼吸は馬鹿にならない「技」だ。フィジカルにもメンタルにも、双方を強化れる最強の。
吸った時間の倍くらいかけて鼻から細く長く空気を押し出していく。落ち着いてきた。身体も妙な強張りが抜けてフラットな感じだ。よし、簡単なことじゃあねえか。今置いた白球目掛けて転がせば、多少強かろうとそいつが壁になって受け止めてくれるだろうよ。だから少し強めでも構わねえ。コースだけ。真っすぐ。余計な力を入れずに後ろに振り上げた腕を重力に任せたまま。放つ。
「……!!」
この上なく真っすぐな弾道が描けた、と思われた。先ほどと同じ投球フォームにて投げ放たれた俺の赤球は、投げた瞬間にストライクと確信できるかのような、そんな無駄な力が一分もかかっていなさそうな素っ気なさで、綺麗な直線を描きするすると体育館のテカる床板の上をその継ぎ目も意に介さず直進していく。目指す、的球向けて一気呵成に。
赤球が白球に柔らかくぶつかってその動きを止めるか止めないかの瞬間に、俺はその結果を見届けることなく、殊更余裕とばかりに外連味づけて斜め右後ろの野郎を振り返ってみせてやる。そこには相変わらずの弛緩したしなだれヅラがあっただけだったが、その濁った目は確かに俺の投球の行方を見ていたようで。
<素人考えにしては、まあまあの初手だな。少しは、張り合いが出て来たというもの>
何かの台詞ばりの言葉をのたまわれたが、少しは焦るんじゃねえかと思っていた俺は、肩透かしを喰らわされて少し逆に揺さぶられてしまう。その上で何か顔を歪ませてきたがそれは笑ってんのか? 余裕かましやがって。
改めて場に振り返り直る。ギャラリーの視線もちらほらと後頭部側頭部辺りで感じるようになってきたが、それよりなにより場上の天使の反応……ちょっと驚いたみたいなきょとん顔……どこぞの岩肌顔のキョトンとはまるで真逆の効果を見る者に与えて来るこれは何だ……ッ!?
「……」
その後でさらに我に返ったかのようになってからちょっと意気込みつつ目に力を入れながら口角を少しきゅっと上げてこっちを微笑み見上げてくんの何なんだよこれが野郎とつるんでのこちらの平常心を乱す作戦ならばがっすりキマっちまってるよ降参だよ……
刹那、だった……
そんな、多分に揺さぶられまくりの俺の眼前に、視界の右から青い残像をとんでもなくあと引きながら飛び込んで来たのは、そう正に空中を結構な速度で疾駆してきたのは、
「……」
普段は何やるにしても小うるさい呟きをカマすはずの奴が放った、無言のJ太郎の青い球……略し訳して「S・J・B・B」なのであった……(略し訳す必要はまったくもって無かったが……)
その軌道は、俺がその直前に床面に描いた直線よりもさらに直進してきたかのように見えた。そのうえ宙を飛翔してきたその青い球体は、地上に仲良さげに寄り添うようにしていた赤球×白球のカップルの縁を叩き斬るかのようにそれは鋭利に精密に、双方に平等に激突すると、自らも跳ね飛びながら別々の方向へと散らし去らせていったのであったェ……
「……」
余韻を残した割とサマになっているオーバースローの投げ終わり姿勢のまま、その巨顔の右半分がいきなり攣ったかのように収縮したが、たぶんそれはウインクのつもりなのだろう……無論それは場の中央で艶めく唇を呆然と半開きにした天使に向けて為されたことなのだろうが。
ていうか場から球が全部消え失せたよね……じゃあ何だったのこれまでの俺の迫真の投球は? 気張った心理描写はよ? 何と言うか、我が拳の射程距離に奴の巨顔が無いことが非常に残念でならないのだ↑が→。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
余命3年の君が綴った、まだ名前のない物語。
りた。
ライト文芸
余命3年を宣告された高校1年生の橋口里佳。夢である小説家になる為に、必死に物語を綴っている。そんな中で出会った、役者志望の凪良葵大。ひょんなことから自分の書いた小説を演じる彼に惹かれ始め。病気のせいで恋を諦めていた里佳の心境に変化があり⋯。
看取り人
織部
ライト文芸
宗介は、末期癌患者が最後を迎える場所、ホスピスのベッドに横たわり、いずれ訪れるであろう最後の時が来るのを待っていた。
後悔はない。そして訪れる人もいない。そんな中、彼が唯一の心残りは心の底で今も疼く若かりし頃の思い出、そして最愛の人のこと。
そんな時、彼の元に1人の少年が訪れる。
「僕は、看取り人です。貴方と最後の時を過ごすために参りました」
これは看取り人と宗介の最後の数時間の語らいの話し
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる