3 / 41
Jitoh-03:不穏タイ!(あるいは、出立の時/まほろばてぃっく相棒ズ)
しおりを挟む
土曜日、十時。今日も鬱蒼森林に囲まれた我が校の敷地は適度な湿りと穏やかな陽光に包まれ、何と言うか、落ち着く清々しさではある。
三階建ての、外壁がまだ真新しさの白、のような瑞々しさを保ったままの見ようによっては洒落た外観の建物前、きっちり区画分けされエアスクリーンまでかまされた喫煙スペースにてひとり待ち人を待つ……手持無沙汰感を出しつつ煙草を吹かしている光景は週末の朝としてはそこそこに気の利いたものであろうと思うものの、肝心のその待ち人が妙に滑らかなコーナリングをしつつ、「空色」と表現するとその娑婆浮き感というか業務用感というかが如実に伝わると思われる、さらには横腹に「時任工務店」と白いゴシック体で記されていることからこれはガチの奴だな……との思いを馳せさせるに充分十全たる、正にの軽トラックで揚々と現れたところから早くも発破仕掛けの解体がこの上なく決まった時の中層ビルのように、粋な週末感は足元から整然と終末感を匂わせつつ瓦解していくのであった……
「ぬははは、だいぶ手ほどきは受けたとはいえ、やはり実戦!! そこでの発揮が無ければ全てが無に帰すであろうですからなあ!! 今日は見守りつつ、適切な指示をよろしく頼んますぞよ、那加井くん?」
イベント後にドライブにしけ込むという割と雰囲気で持っていけそうな作戦が廃案となり、かと言って本日件の「合同レク」とやらが執り行われるのが奥多摩駅向こうに位置する小学校の体育館であり、よって本学からはぐねりにぐねる山道を二キロは下らなくてはならないわけで、箱根復路の調整以外での自らの足を使っての走破は無為かつ億劫この上ないのでしぶしぶ同乗する。だいぶテンションの高まっている相方の了承を一応得てから手持ちが少なくなってきた貴重な一本に火を灯すと、開け放した窓からは心地よい湿度を含んだ風が一定のリズムで身体に当たってきていい感じではある。
ま、正直、出会いを求めていないといったら嘘になる。こいつの琴線のどこに引っかかったのかは謎だが、自分では割ともてるのではないかとの多分に人の事は言えねえくらいの自意識自尊心もある。あまりの殺風景なキャンパス内の風景に飼い慣らされてしまったようだが、どっこい心の海綿体にはまだ通うべき血が滾っていたようだぜ……
とは言え今日の催しは「ボッチャ」のレクリエーションだそうで、動きやすい恰好で来てくれとの指示を受けて俺は上が白、下が紺の純然たるジャージ上下であり。会場で着替えれば良かったよな……と思ったが私服にしろ碌な物が無かったことを思い出し、逆にお洒落ってことで誤魔化せねえかなあるいは必要に迫られての恰好なんだと思ってくれりゃいいな……とか詮無く考えたりもしてたが、隣の奴のいでたちが水色の作業着でございなつなぎであるところを見た途端、詮無さの波濤とでも言うべきものが俺の思考野を浸し覆って、そして俺は考えることをやめた。
「願わくばボッチャでいいところを見せて、スココンとカッ攫えれば、とかそんなとこですかな!! 何らかのイベントがあった方が盛り上がることこの上なしであるし!!」
そのポジティブ思考を他のベクトルに向ければおのずと何らかの分野で成功してカネとかそれに付随して女とかも掴めるんじゃあねえか、とも思わなくもないが、いや言うほど簡単ではないか、みたいなことをぼんやりと考えさせられた俺は真顔で煙をふかしつつ、今日の立ち回り方に集中しようと努める。とりあえず、
「ジトーはやったことあんのかボッチャ? 最近随分流行ってる、くらいは知識としてあるけどよぉ」
そう問うてみるが。「時任」と書いて「ジトウ」と読むのですわ、「泣く子と地頭には」の「じとう」のイントネであって、はあ、とかどうにもリアクションに困る自己紹介の返す刀で「下の名前は人志郎……それらイニシャルをとって『JJ』というコードネームで呼ぶもありですぞよ」とかいう意味不明な提案をしてきたのに面食らわせられた俺は極めて穏当に「ジトー」と、いわゆる「次藤」のイントネーションで呼ぶことに決めていたのだが。いやそれはまあどうでもいい。問題はボッチャだ。
「障害者のスポーツとのイメージは遥か昔の認識ッ!! いまや誰もが垣根無くその深奥を探らんと老若男女の別なく興じる競技であるというのが、昨日調べた感じでありッ!! しかしてものすごく奥は深そうなれど、わっしも昔高校球児であったこともあり、球を投げることに関しては一日の長があるぞよ?」
つっこむ取っ掛かりが一人称なのか語尾なのか定まらない語り口なのかについ迷ってしまった俺がいるが、無理につっこむ必要は無いというごく当たり前の事実に気付き、それよりもこいつラグビー畑じゃあ無かったのかよ、とかいうそっちもあまり必要は無さそうな知識をなすがままに記憶野へ差し込まれるだけなのであって。
まあ、行ってみてやってみてで対応するしかねえ。すれ違うクルマも無いままに、ジトーと俺と、ぱんぱんにはちきれそうな何かと、既に萎んで萎え気味の何かを積んだ軽トラは目指す体育館向けて快調に山道を飛ばしていく。
三階建ての、外壁がまだ真新しさの白、のような瑞々しさを保ったままの見ようによっては洒落た外観の建物前、きっちり区画分けされエアスクリーンまでかまされた喫煙スペースにてひとり待ち人を待つ……手持無沙汰感を出しつつ煙草を吹かしている光景は週末の朝としてはそこそこに気の利いたものであろうと思うものの、肝心のその待ち人が妙に滑らかなコーナリングをしつつ、「空色」と表現するとその娑婆浮き感というか業務用感というかが如実に伝わると思われる、さらには横腹に「時任工務店」と白いゴシック体で記されていることからこれはガチの奴だな……との思いを馳せさせるに充分十全たる、正にの軽トラックで揚々と現れたところから早くも発破仕掛けの解体がこの上なく決まった時の中層ビルのように、粋な週末感は足元から整然と終末感を匂わせつつ瓦解していくのであった……
「ぬははは、だいぶ手ほどきは受けたとはいえ、やはり実戦!! そこでの発揮が無ければ全てが無に帰すであろうですからなあ!! 今日は見守りつつ、適切な指示をよろしく頼んますぞよ、那加井くん?」
イベント後にドライブにしけ込むという割と雰囲気で持っていけそうな作戦が廃案となり、かと言って本日件の「合同レク」とやらが執り行われるのが奥多摩駅向こうに位置する小学校の体育館であり、よって本学からはぐねりにぐねる山道を二キロは下らなくてはならないわけで、箱根復路の調整以外での自らの足を使っての走破は無為かつ億劫この上ないのでしぶしぶ同乗する。だいぶテンションの高まっている相方の了承を一応得てから手持ちが少なくなってきた貴重な一本に火を灯すと、開け放した窓からは心地よい湿度を含んだ風が一定のリズムで身体に当たってきていい感じではある。
ま、正直、出会いを求めていないといったら嘘になる。こいつの琴線のどこに引っかかったのかは謎だが、自分では割ともてるのではないかとの多分に人の事は言えねえくらいの自意識自尊心もある。あまりの殺風景なキャンパス内の風景に飼い慣らされてしまったようだが、どっこい心の海綿体にはまだ通うべき血が滾っていたようだぜ……
とは言え今日の催しは「ボッチャ」のレクリエーションだそうで、動きやすい恰好で来てくれとの指示を受けて俺は上が白、下が紺の純然たるジャージ上下であり。会場で着替えれば良かったよな……と思ったが私服にしろ碌な物が無かったことを思い出し、逆にお洒落ってことで誤魔化せねえかなあるいは必要に迫られての恰好なんだと思ってくれりゃいいな……とか詮無く考えたりもしてたが、隣の奴のいでたちが水色の作業着でございなつなぎであるところを見た途端、詮無さの波濤とでも言うべきものが俺の思考野を浸し覆って、そして俺は考えることをやめた。
「願わくばボッチャでいいところを見せて、スココンとカッ攫えれば、とかそんなとこですかな!! 何らかのイベントがあった方が盛り上がることこの上なしであるし!!」
そのポジティブ思考を他のベクトルに向ければおのずと何らかの分野で成功してカネとかそれに付随して女とかも掴めるんじゃあねえか、とも思わなくもないが、いや言うほど簡単ではないか、みたいなことをぼんやりと考えさせられた俺は真顔で煙をふかしつつ、今日の立ち回り方に集中しようと努める。とりあえず、
「ジトーはやったことあんのかボッチャ? 最近随分流行ってる、くらいは知識としてあるけどよぉ」
そう問うてみるが。「時任」と書いて「ジトウ」と読むのですわ、「泣く子と地頭には」の「じとう」のイントネであって、はあ、とかどうにもリアクションに困る自己紹介の返す刀で「下の名前は人志郎……それらイニシャルをとって『JJ』というコードネームで呼ぶもありですぞよ」とかいう意味不明な提案をしてきたのに面食らわせられた俺は極めて穏当に「ジトー」と、いわゆる「次藤」のイントネーションで呼ぶことに決めていたのだが。いやそれはまあどうでもいい。問題はボッチャだ。
「障害者のスポーツとのイメージは遥か昔の認識ッ!! いまや誰もが垣根無くその深奥を探らんと老若男女の別なく興じる競技であるというのが、昨日調べた感じでありッ!! しかしてものすごく奥は深そうなれど、わっしも昔高校球児であったこともあり、球を投げることに関しては一日の長があるぞよ?」
つっこむ取っ掛かりが一人称なのか語尾なのか定まらない語り口なのかについ迷ってしまった俺がいるが、無理につっこむ必要は無いというごく当たり前の事実に気付き、それよりもこいつラグビー畑じゃあ無かったのかよ、とかいうそっちもあまり必要は無さそうな知識をなすがままに記憶野へ差し込まれるだけなのであって。
まあ、行ってみてやってみてで対応するしかねえ。すれ違うクルマも無いままに、ジトーと俺と、ぱんぱんにはちきれそうな何かと、既に萎んで萎え気味の何かを積んだ軽トラは目指す体育館向けて快調に山道を飛ばしていく。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
余命3年の君が綴った、まだ名前のない物語。
りた。
ライト文芸
余命3年を宣告された高校1年生の橋口里佳。夢である小説家になる為に、必死に物語を綴っている。そんな中で出会った、役者志望の凪良葵大。ひょんなことから自分の書いた小説を演じる彼に惹かれ始め。病気のせいで恋を諦めていた里佳の心境に変化があり⋯。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
看取り人
織部
ライト文芸
宗介は、末期癌患者が最後を迎える場所、ホスピスのベッドに横たわり、いずれ訪れるであろう最後の時が来るのを待っていた。
後悔はない。そして訪れる人もいない。そんな中、彼が唯一の心残りは心の底で今も疼く若かりし頃の思い出、そして最愛の人のこと。
そんな時、彼の元に1人の少年が訪れる。
「僕は、看取り人です。貴方と最後の時を過ごすために参りました」
これは看取り人と宗介の最後の数時間の語らいの話し
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
透明人間になった僕と君と彼女と
夏川 流美
ライト文芸
――あぁ、お母さん、お父さん。つまりは僕、透明になってしまったようです……。
*
朝、目が覚めたら、透明人間になっていた。街行く人に無視される中、いよいよ自分の死を疑い出す。しかし天国、はたまた地獄からのお迎えは無く、代わりに出会ったのは、同じ境遇の一人の女性だった。
元気で明るい女性と、何処にでもいる好青年の僕。二人は曖昧な存在のまま、お互いに惹かれていく。
しかし、ある日、僕と女性が目にしてしまった物事をきっかけに、涙の選択を迫られる――
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる