【完結】PKゲーム【R18】

有喜多亜里

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PKゲーム

3 忘れろ

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「俺を捜してる人がいたんですか」

 信じられなくてそう言うと、男――森江は少しだけ呆れたように眉をひそめた。

「いたんだよ。あんたの家族だ。あんたを買いとった金も全部そっちから出てる。どうしても警察沙汰にはしたくないそうだ」
「どうして俺はあんなところであんな目に……?」
「さあな。俺の仕事は捜し出して連れ戻すことだから、そうなった経緯までは知らない。……知りたくない」
「俺の家族って金持ちなんですね……何の仕事してるんだろう……」
「本当に記憶をやられてるな」

 さすがに森江は心配そうな顔になって、彼を覗きこんできた。

「製薬会社だよ。ナガサキ製薬っていう。薬関係以外にもいろいろやってるが……それも覚えてないか?」
「ええ?」

 言われて驚いた。記憶喪失でもその大手製薬メーカーの名前は知っている。だが〝ナガサキ〟が〝永崎〟だったとは知らなかった。

「あんたはそこの創業者一族の一人だ。まあ、詳しい話は、明日家族から直接聞いてくれ。明日の朝九時にあんたを迎えにくることになってる。とりあえず、今日はシャワー浴びて寝ろ」
「シャワー?」

 森江は奧のドアを指さした後、テーブルの下から安物のスリッパを引っ張り出して彼の足元に置き、自分が座っていたソファの上に置いてあった茶色い手提げの紙袋を彼に突き出した。

「この中にあんたの着替えが入ってる。あんたがシャワー浴びてる間に、そのソファ、ベッドにしとくから」
「はあ……」

 言われてみれば、彼が今座っているソファはソファベッドだった。やはり、この事務所はあくまで事務所でベッドはないのだろうか。でも、シャワーはある。
 まだどこか鈍った頭で考えながら、彼は森江から手提げ袋を受けとり、ゆっくりとソファから立ち上がった。が、スリッパを履こうとしたところで、少し足元がふらついた。

「おい、大丈夫か?」

 声より先に、森江が彼の腕をつかんで支えてくれた。彼が森江の顔を見つめると、森江はあせったように目をそらせた。

「あの……もしかして、あの四番は……」
「いいから、早くシャワー浴びてこい。いちばん手前のドアだ。バスタオルとタオルも置いてある」

 森江は怒ったように彼に背を向けてしまったが、その態度だけで自分がそうだったと言っているようなものだった。

(大変な仕事だな。あんなことまでしなくちゃならないのか)

 自分が犯されたことよりも、仕事で犯さなければならなかった森江に同情して、彼は奧へと続くドアを開けた。




(何だ、奧は住居になってるんじゃないか)
 ドアを開けた瞬間、彼はまずそのことに驚いた。
 フローリングの廊下がまっすぐに伸びていて、いちばん奧にはもう一枚ドアがある。その廊下の左右にも計三つのドアがあって、その一つがシャワーを浴びられる部屋――すなわち浴室のそれだった。ただし、決して広いとは言えないユニットバスで、トイレも一緒だった。だが、彼はそのことを心からありがたいと思った。
 洗面台の鏡で自分の顔や体を検分してみると、痩せてはいたが栄養状態は悪くなかった。内出血や軽い擦り傷以外に目立つ外傷もない。この体の痛みの大部分は筋肉痛のようだ。
 〝四番〟に犯されたあの場所には、痛みというより痺れがあった。場所が場所だけに、ここは自分の目で確かめることはできなかったが――鏡に映して見るのも無理だ――切れてはいないようだった。妙にぬるぬるしていたから、事前に何か塗られていたのかもしれない。
 衆人環視の中で、男に挿入されて勃起して射精した。あのときは屈辱感を覚えたが、今はほとんどない。ずっと目隠しされていたせいか、羞恥心も薄かった。〝旅の恥はかき捨て〟ではないが、あそこから助け出してもらえたのだから、それでもういいのではないか。
 しかし、本当にどんな経緯があって、自分はあんなところに行くはめになったのだろう。いまだに信じられないが、金持ちの家の人間らしいのに。
 紙袋の中には、新品の下着上下、ダンガリーシャツとジーンズが入っていた。これから寝るのにジーンズを穿くのは嫌だなと思った彼は、とりあえず下着とシャツだけ身につけて元の事務所に戻った。
 濡れた頭をタオルで拭きながらドアを開けると、ちょうど森江はソファベッドメイキングを終えたところだった。ドアの開閉音で彼を振り返ったが、彼を一目見たとたん、彼が怪訝に思ったほど動揺した様子でソファベッドから飛びのいた。

「何で下を穿かない!」
「え……トランクスは穿いてますよ。ほら」

 彼はシャツをめくって見せたが、森江は溜め息をついて額に手をやった。

「わかったわかった。いいからもう寝ろ」
「あなたはどこで?」
「ここで寝る」

 森江は向かいのソファを顎で指した。こちらは本当にソファである。

「あんたを依頼人の元に無事に帰すまでが俺の仕事だ。そうしなきゃ、残金がもらえない」
「なるほど」

 不思議なほど、自分の家族とやらに興味はなかった。それよりも、普通なようでまったく普通の仕事をしていない、この男のほうが気にかかる。彼はソファベッドの布団の中に潜りこむと、向かいの森江に声をかけた。

「あの……」
「何だ。腹減ったか?」
「いえ、今は大丈夫です。あ、さっきのコーヒー……」
「おまえさんが飲まないから、代わりに俺が飲んだ」
「そうですか。よかったです」
「もういいから、早く寝てくれ。ただ、電気は消せないから、眠れないようだったらアイマスク貸すぞ」
「もう目隠しするのは嫌です」
「あ、そうか。……悪かった」
「……今、思い出しました。あのスーツとバスタオル、袋に入れっぱなし……」
「起きるな起きるな。あとで俺が取り出す」
「はあ……気が利かなくてすみません」
「別に謝るほどのことじゃないだろ」
「そうでしょうか……」
「そうだ。おまえが謝ることは何一つない。今日のことは忘れろ。何もかも」
「……やっぱり四番は……」
「忘れろ」
「本当のこと、教えてくれたら忘れます」
「頑固だな」

 森江はうんざりしたように言った。

「忘れろ」

(どっちが頑固だ)

 彼は思ったが、少しずつ眠気がさしてきて、ついに目を閉じた。
 瞼を閉じる寸前、森江はソファには横にならずに彼を見ていた。

(もしかしたら、このまま寝ずの番をするつもりなのかもしれないな……)

 そう思いながら、彼は意識を失った。
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