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砲撃のパラディン大佐隊編(【05】の裏)

01 建前は護衛(ヴァッサゴ視点)

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 パラディン大佐隊第十一班第一号待機室。
 いつもなら宿直だけが在室している時刻に、ロノウェとレラージュ、そしてエリゴールもいた。

「緊急事態って何だ?」

 エリゴールに電話で呼び出されたザボエスは、椅子に座っているエリゴールとロノウェを交互に見た。

「俺もまだ知らねえよ。おまえらが来てから話すの一点張りでよ」

 辟易したようにロノウェが肩をすくませる。
 ザボエスはヴァッサゴを一瞥してから、手近な机に腰を下ろした。
 この待機室に彼の体格に見合う椅子はないのだ。ヴァッサゴはもちろん椅子に座った。

「じゃあ、さっさと話してくれ。さすがに眠い」
「俺も眠いから簡潔に言う」

 とても眠そうには見えない冴えた表情でエリゴールは切り出した。

「パラディン大佐が元ウェーバー大佐隊の指揮官に任命された。俺らも元ウェーバー大佐隊に行くから転属願を書け」
「おいおいおい」

 滅多に驚かないザボエスも、これにはあわてたように声を上げた。

「どっから突っこんだらいいのかわからねえが、とりあえず、そのパラディン大佐が元ウェーバー大佐隊の指揮官にっていうのは何なんだ? アルスターが〝栄転〟になったからか?」
「いや。残念ながらアルスターはまだ〝栄転〟にはなってねえ」

 本当に残念そうに、エリゴールは端整な顔をしかめる。

「ただし、元ウェーバー大佐隊の指揮権は剥奪された。同時に、パラディン大佐は自分の隊の指揮権を剥奪されてる。今まで俺らが〝パラディン大佐隊〟と呼んでた隊は、現時点でコールタン大佐隊に編入されてるから、つまり、俺らもコールタン大佐隊員ってことになる」
「ちょっと待て! 情報量が多すぎて、頭が追いつかねえ!」

 ロノウェが頭を抱えて叫ぶと、その隣に座っていたレラージュが冷ややかな眼差しを向けた。

「班長は追いつこうとしなくていいです。言われたとおりに転属願を書いてください」

 とたんに、憑き物が落ちたようにロノウェがうなずく。

「よし、わかった。もう俺は何も考えねえ」

 さすがにエリゴールとザボエスは呆れたような顔をしたが、結局何も言わなかった。
 思考放棄してもロノウェなら仕方ないと許される。正直言ってうらやましいとヴァッサゴは思った。

「確かに、俺はコールタン大佐よりパラディン大佐のほうがいいが……おまえはコールタン大佐でもいいんじゃねえのか? あの大佐なら、おまえの退役願、すぐに受理してくれるかもしれねえぞ?」

 もう突っこみどころを見出したザボエスが、にやにやしながらエリゴールを冷やかす。
 
「俺はあそこで終わりたくねえんだよ」

 不貞腐れたようにエリゴールが答える。
 確か以前、パラディンよりコールタンのほうがいいと言っていた。矛盾しているように思えて、ヴァッサゴは首をひねった。

「俺は護衛のパラディン大佐隊で終わりたいんだ。そのためには、元ウェーバー大佐隊で戦死も〝栄転〟もさせないで、大佐に護衛に戻ってもらわなきゃならねえ。……おまえらも、コールタン大佐隊で終わりにされたくはねえんじゃねえのか?」

 ザボエスの顔から笑みが消えた。
 この男も気づいたのだろう。エリゴールの言う、コールタン大佐隊での〝終わり〟の意味に。
 コールタンもエリゴールを気に入ってはいたが、パラディンほど甘くはない。
 必要ないと思えば、躊躇なく〝元・砲撃馬鹿野郎ども〟を切り捨てるだろう。
 現に、コールタン大佐隊に転属された元マクスウェル大佐隊員で、今も在籍しているのはごく少数だ。
 
「どこまで本音かわからねえが、パラディン大佐の護衛ってのはいいな」

 巨大な犬歯を剥き出して、ザボエスが笑った。
 小さな子供が見たら確実に泣き出しそうだが、見慣れた大人の自分たちなら、上機嫌なのだとすぐにわかる。

「それなら、俺らも元ウェーバー大佐隊に行かなきゃな。でも、おまえのことだから、パラディン大佐にはもう俺らも行くって言っちまってるんだろ?」

 一瞬、エリゴールはばつが悪そうな顔をしたが、すぐに開き直ったように「ああ」と答えた。
 
「十一班と十二班、全員だ。でも、どうしてもここに残りたいって奴は残ってもいい。俺も切る手間が省ける」

 待機室の隅で気配を消していた宿直の班員たちが、びくっと体を震わせる。
 レラージュは転属願を出すから(だから言われたとおりに転属願を書けとロノウェに言った)、あの班員たちも転属願を出すだろうが、エリゴールの口から〝切る〟という言葉が出ると、条件反射的に反応してしまうのかもしれない。
 だが、ここに残ったとしても、今度はコールタンにいつ切られるかと怯えることになりそうだ。短期間でもコールタンの指揮下にいたことがあるヴァッサゴとしては、エリゴールのほうがはるかにましだとこっそり言ってやりたい。

「わかった。転属願はいつ出す?」

 そう訊きながら、ザボエスは懐から携帯電話を取り出した。

「少しでも早いほうがいいから、今日の朝一にまとめて総務に提出したい。あと、委任状も人数分必要だ」
「朝一ねえ。まあ、何とかなるだろ」

 普通に考えたら不可能だが、ザボエスは机から立ち上がると、携帯電話をかけながら待機室を出ていった。
 人前で電話をかけて話すのは苦手だからだと本人は言っている。が、自分の部下にかける電話だと素が出てしまうからではないかとヴァッサゴは臆測している。まともな人間の前では自分もまともな人間のふりをするというエリゴールの見解は、あながち間違ってなさそうだ。

「なるほど。大佐の護衛か」

 先ほど思考放棄したロノウェだが、そこまで単純化されたら理解できたらしい。

「それならそうと、最初からそう言えよ。……レラージュ」
「はい。ここにいないうちの班員全員に、ただちに緊急メールを送信します。朝には転属願と委任状を持ってこさせますので。……宿直!」
「はいッ!」

 宿直三人は裏返った声で返答すると、一人は待機室の端末にかじりつき、あとの二人は携帯端末を取り出して、互いの分担を確認していた。

「よく調教されてるな」

 引いたようにエリゴールが言ったが、おまえが言うなと思ったのは、きっとヴァッサゴだけではないはずだ。

「ついでに、俺の分も用意しといてくれ。朝になったら書く。とりあえず、俺はもう眠りたい。どこか一人で寝れるとこないか?」

 班員たちを叩き起こしておいて、自分は眠りたいとは本当に勝手な男だが、おそらくこの場にいる誰よりも気苦労はしているだろう。
 それはレラージュもわかっているのか、嫌味は言わずにロノウェと顔を見合わせた。

「一人でか。今回はどこも宿直いるからなあ……」

 困ったようにロノウェがそう言えば、レラージュがふと思いついたようにドックに面した窓を見やった。

「だったら、第一号の医務室はどうですか? 仮眠室よりは清潔だと思いますよ」

 ヴァッサゴだけでなく、エリゴールも驚いていたが、ロノウェは感心したように手を打った。

「あ、なるほど! あそこなら今は誰もいねえ!」
「俺が使ってもいいのか?」

 いくぶん戸惑ったようにエリゴールが問うと、レラージュは珍しく口端を上げた。

「元四班長の所属は十一班でしょう? 一応登録もしてありますから、元四班長でも入れますよ」

 それに、とレラージュは続けた。

「元四班長は、まだあの軍艦ふねに一度も乗ったことがないでしょう?」

 今度はロノウェも大きな目を見張っていた。
 エリゴールは苦笑すると、椅子から立ち上がって大きく伸びをした。

「そういやそうだったな。じゃあ、有り難く使わせてもらおう」
「シャワーも使っていいですよ。ただし、掃除は自分でしてください」
「了解、副長」

 おどけて敬礼した後、エリゴールはドックへと通じる手動ドアを開けて、待機室を出ていった。
 と、それと入れ違うように、通路に出ていたザボエスが戻ってきた。

「エリゴールは?」

 開口一番そう訊ねたザボエスに、ロノウェがにやにやして答える。

「眠いからって、うちの第一号に寝に行った。これから朝まで、あいつ一人の貸し切りだ」
「ああ……あいつ、完全に一人じゃないと、まともに寝れないんだったか」
「理由は何となく想像はつくが……あいつに下手に護衛つけたら、護衛が護衛にならなくなるもんな」
「俺にはたぶん、一生わからねえ悩みだ」
「エリゴールとは別の意味で、おまえも護衛が護衛にならねえけどな」

 本当に、こういう方面ではロノウェは馬鹿ではないのだ。
 ヴァッサゴは思わずレラージュを見たが、彼は素知らぬ顔をして、宿直がそっと差し出してきた書類――おそらくは転属願と委任状を見ていた。

「そんじゃあ、ヴァッサゴ。俺らは直帰するか」

 いきなりザボエスにそう言われて、ヴァッサゴは顔を跳ね上げた。

「え? 帰っていいのか?」
「まあ、今から帰ってもろくに寝れねえだろうが、待機室に戻ってもやるこたぁねえ。電話すべきところには全部電話したから、朝には書類がそろってるだろ」

 どうやら十二班は連絡網型らしい。
 確かに、今から待機室に戻るよりは、ここから直接自宅に帰ったほうが早く眠れる。
 ちなみに、ヴァッサゴは雑魚寝だろうが仮眠室だろうが眠ければ眠れるタイプだが、ここの副長は椅子で眠ることも許してくれないだろう。たぶん。

「じゃあ、帰るか」

 今だけは〝隊員棟〟暮らしの下っ端たちをうらやましく思いながらヴァッサゴが立ち上がると、レラージュがさりげなく言った。

「結局、元三班長は何しに来たんですか?」

 自分でもそう思うが、帰る直前に言われたくなかった。
 ヴァッサゴはげっそりして、レラージュを見下ろした。

「おまえらの話を傍聴しにきたんだよ」
「ご感想は?」
「おまえら、ほんとはパラディン大佐じゃなくて、エリゴールについていきたいだけだろ?」

 ヤケクソで答えると、なぜかレラージュもロノウェもザボエスも真顔になっていた。

「……何だ? どうした?」

 不安になったヴァッサゴは三人の顔を見回したが、そんなヴァッサゴの左肩にザボエスが右手を置いた。

「今の〝ご感想〟は、エリゴールには絶対言わないでもらえねえか……?」

 どうやら自分は〝地雷〟を踏んでしまったらしい。
 ムルムスのように消されないため、ヴァッサゴは必死で首を何度も上下に振った。
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