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護衛のパラディン大佐隊編(【04】の裏)

03 愚痴る悪魔(プルソン視点)

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「おまえの所属は十一班なのに、何でこっちに来るんだよ?」

 パラディン大佐隊第十二班第一号待機室。
 口では迷惑そうなことを言いつつも、第十二班長ザボエスの厳つい顔は楽しげに笑っていた。
 それとは対照的に、対面で腕組みをして座っている〝人切り班長〟――エリゴールの眉間には深い皺が寄っている。
 存在感がないプルソンならば、二人の近くで堂々と観察もできるが、班員たちのほとんどは、エリゴールの視界に入らないような場所に緊急退避していた。
 ザボエスの部下である彼らでも、エリゴールは怖いのだ。美形慣れしていないぶん、余計に。

「ヴァッサゴがいなくて寂しいだろうと思ってな」

 エリゴールがぶっきらぼうに答える。
 返答は期待していなかったのか、それともその内容に驚いたのか、ザボエスは黄色の目を軽く見張った。

「寂しいねえ。そう言われりゃそんな気がしないでもないが」

 しかし、ザボエスはすぐに薄笑いを浮かべた。

「おまえの口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった」
「その言葉、そっくりそのまま、おまえに返してやるよ」
「俺は退役願受理されなかったからって、仲間に愚痴ったりしねえよ」

 一見、以前と態度は変わらない。だが、どちらもわかっている。
 エリゴールは、ザボエスがムルムスを自殺に見せかけて殺させたことを。
 ザボエスは、それをエリゴールが理由も含めて見抜いていることを。
 さらに言うなら、エリゴールは、ザボエスが見抜かれているとわかっていることをわかっている。と、ザボエスは言っている。
 容姿も性格もまったく正反対な二人だが、思考回路はよく似ている。
 自分が望む結果が得られるなら、その過程は重視しない。
 今回の場合、エリゴールにとっても、ムルムスは〝邪魔〟だった。もしそうでなかったら、エリゴールはザボエスを切っていただろう。しかし、それもまたザボエスは承知している。
 マクスウェル大佐隊で班長をしていた人間たちは、良い意味でも悪い意味でもまともではない。あの外見も中身も凡庸そうに見えるヴァッサゴも、エリゴールに切られていない時点でまともではないのだろう。
 だが、まともではなかったからこそ、あのクソ野郎――マクスウェルが〝栄転〟するまで、プルソンたちは生き残ることができたのだ。
 もっとも、能力的にまともでなかった者たちは、ダーナやヴァラク、エリゴールによって、かなり排除されてしまったが。個人的には、エリゴールがアンドラスを切ってくれたことに大変感謝している。あれは本当に、この待機室にいられるだけで〝邪魔〟だった。

「ヴァッサゴに愚痴りたいんなら、ロノウェんとこ行けよ」

 エリゴールをからかうように、ザボエスが巨大な犬歯を剥き出して笑う。
 そんなザボエスを睨んでから、エリゴールはそっぽを向いた。

「あそこじゃ、ヴァッサゴに愚痴る前に、レラージュに嫌味を言われる」
「最高じゃねえか」
「ロノウェか」
「あいつに嫌味を言われるってことは、〝身内〟判定されてるってことだろ」

 エリゴールは虚を突かれたようにザボエスに視線を戻したが、鼻で笑って天井を見上げた。

「あんな可愛くねえ〝身内〟はいらねえ」
「ロノウェにあいつを押しつけといてよく言うな」
「適材適所だろ。割れ鍋に綴じ蓋」
「……その表現は聞きたくなかった」

 彼らの会話のどこまでが本気かはプルソンにもわからない。
 しかし、ザボエスはここにエリゴールも転属されてよかったと思っているだろう。
 ザボエスにとってエリゴールは、暗黙の了解で通じ合える、貴重な〝身内〟なのだ。
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