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第一話 召喚・勇者・そしてチート
27 許してないがしょうがない
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「クズの末裔。そのガラクタ剣から手を離せ。今でも指くらいなら動かせるだろ」
一瞬、アルガスは悔しげに顔をしかめたが、何も言わずに剣の柄をつかんでいた右手を緩めた。
剣は地面に突き刺さることもなく、後方に倒れながら落ちた。だが、皆本は俺の背後を回ってその剣のそばに行くと、なんとその剣を森の奥に向かって蹴り飛ばしてしまった。
アルガスも俺も唖然としたが、皆本はすっきりしたと言わんばかりに笑っている。
「時間差で勇者殺しを敢行されたら困るからね。ガラクタでも、剣は剣だ」
にしても、足で蹴っ飛ばさなくても。そうは思ったが、確かにこの鞘を抜いた瞬間にあの剣で刺される可能性はあったわけだな。俺にはアルガスは完全に戦意喪失しているように見えるけど。
「悪いな」
今度こそ鞘をそっとつかむと、アルガスは頭上の空の色によく似た青い目を見開いた。
俺が謝る必要はこれっぽっちもなかったが――アルガスだっていまだに俺たちに一言も謝っていない――何となく気が咎めたのだ。
「あんたの相方が言うとおり、本当にお人好しだな」
片頬を引きつらせるようにして笑う。汗で顔に金髪が張りついていても、やっぱりイケメンだ。俺たちの世界に生まれていたら、間違いなく勝ち組になれていただろう。お人好しと馬鹿にされても、俺にはこのアルガスもじいさんも気の毒に思える。
「俺は自分をお人好しだとは思ってないが、人を騙してまで生きたくない。……とは思ってる」
ひゅっとアルガスが息を吸った、それを合図に右手に力をこめた。
かなり深く突き刺さっていたから、相当な力が必要だと思っていた。が、まるでダーツの矢みたいにあっさり抜けてしまった。
俺も驚いたが、アルガスも驚いていた。二人して黙って鞘を見下ろせば、鞘には古傷はあったが血も傷もついていない。
アルガスのほうも、服こそ穴は開いていたものの、そこから見えていたのは心臓ではなく白い肌で、やっぱり血は一滴もついていなかった。
そのことを自分の手でも触って確認したアルガスは、はっと気づいたように反転し、今まで自分が張りつけにされていた大木の幹を見た。
そこには、明らかに鞘が刺さっていた跡が残っていた。ついでに言うと、アルガスの服の背中にも。でも、やっぱり血だけはない。
「すごいな! 〝勇者の剣〟の鞘!」
俺はそれだけ言って、その鞘に剣を収めた。
「ああ。……すごいな」
硬い表情で自分の胸と背中を撫で回していたアルガスも、俺と同じ結論を出した。
そう、〝勇者の剣〟は鞘もすごいのだ。もう、そういうことにしておこう。深く考え出したらきりがない。
「じゃあ、とっととここを離れようか」
今まで俺とアルガスを傍観していた皆本が、なぜか不機嫌そうにそう切り出した。
「あ、ああ……でも、俺は馬車動かしたことないし、馬にも乗ったことないぞ?」
「僕もないけど、その〝勇者の剣〟で尻を叩いたら、自発的に動いてくれるんじゃないかな」
「俺が馬でそんなことされたら、暴走して脱走するな」
あ、そうだ。皆本からあの布も引き取らないと。あれもたぶん、〝勇者の剣〟の一部だろうし。
俺より先に馬車に向かって歩き出した皆本を呼び止めようとした、その瞬間。
急に目の前が真っ白になった。
あれだ。あのときと同じだ。とっさに思ったが、もう声も出せなければ立ってもいられない。右手で頭を抱えて右膝をつく。
「おい! どうした!」
あわてたように声をかけてきたのは、皆本ではなくアルガスだった。
――そっちこそどうした。今なら簡単に俺を殺せるぞ。あの剣以外にも武器は持ってるんだろ。
何だかおかしくなって笑ってしまった。俺もちょっとおかしい。
「それ以上近づくな。クズの末裔」
皆本のその声は、別人のように冷然としていた。アルガスが立ちすくんだのが気配でわかる。
「あんたを殺さなかったのは、単に同じ国の人間に殺させたかったからだ。そのほうが、より屈辱で惨めだろう? ……武村くんは許しても、僕はあんたらを許さない。その命が絶えても、魂が消え失せても、僕は永劫に許さない」
別に、許したわけじゃないんだけどな。ただまあ、しょうがないかと思っただけで。
それに、アルガスはまだ勇者殺しじゃない。本物の勇者になれるチャンスはある。
だから、今はあの馬車で国外逃亡しておけよ。せっかくの勇者顔、活かさなきゃもったいない――
支離滅裂なことを心の中で訴えながら、俺はまたあのときのように意識を失った。
一瞬、アルガスは悔しげに顔をしかめたが、何も言わずに剣の柄をつかんでいた右手を緩めた。
剣は地面に突き刺さることもなく、後方に倒れながら落ちた。だが、皆本は俺の背後を回ってその剣のそばに行くと、なんとその剣を森の奥に向かって蹴り飛ばしてしまった。
アルガスも俺も唖然としたが、皆本はすっきりしたと言わんばかりに笑っている。
「時間差で勇者殺しを敢行されたら困るからね。ガラクタでも、剣は剣だ」
にしても、足で蹴っ飛ばさなくても。そうは思ったが、確かにこの鞘を抜いた瞬間にあの剣で刺される可能性はあったわけだな。俺にはアルガスは完全に戦意喪失しているように見えるけど。
「悪いな」
今度こそ鞘をそっとつかむと、アルガスは頭上の空の色によく似た青い目を見開いた。
俺が謝る必要はこれっぽっちもなかったが――アルガスだっていまだに俺たちに一言も謝っていない――何となく気が咎めたのだ。
「あんたの相方が言うとおり、本当にお人好しだな」
片頬を引きつらせるようにして笑う。汗で顔に金髪が張りついていても、やっぱりイケメンだ。俺たちの世界に生まれていたら、間違いなく勝ち組になれていただろう。お人好しと馬鹿にされても、俺にはこのアルガスもじいさんも気の毒に思える。
「俺は自分をお人好しだとは思ってないが、人を騙してまで生きたくない。……とは思ってる」
ひゅっとアルガスが息を吸った、それを合図に右手に力をこめた。
かなり深く突き刺さっていたから、相当な力が必要だと思っていた。が、まるでダーツの矢みたいにあっさり抜けてしまった。
俺も驚いたが、アルガスも驚いていた。二人して黙って鞘を見下ろせば、鞘には古傷はあったが血も傷もついていない。
アルガスのほうも、服こそ穴は開いていたものの、そこから見えていたのは心臓ではなく白い肌で、やっぱり血は一滴もついていなかった。
そのことを自分の手でも触って確認したアルガスは、はっと気づいたように反転し、今まで自分が張りつけにされていた大木の幹を見た。
そこには、明らかに鞘が刺さっていた跡が残っていた。ついでに言うと、アルガスの服の背中にも。でも、やっぱり血だけはない。
「すごいな! 〝勇者の剣〟の鞘!」
俺はそれだけ言って、その鞘に剣を収めた。
「ああ。……すごいな」
硬い表情で自分の胸と背中を撫で回していたアルガスも、俺と同じ結論を出した。
そう、〝勇者の剣〟は鞘もすごいのだ。もう、そういうことにしておこう。深く考え出したらきりがない。
「じゃあ、とっととここを離れようか」
今まで俺とアルガスを傍観していた皆本が、なぜか不機嫌そうにそう切り出した。
「あ、ああ……でも、俺は馬車動かしたことないし、馬にも乗ったことないぞ?」
「僕もないけど、その〝勇者の剣〟で尻を叩いたら、自発的に動いてくれるんじゃないかな」
「俺が馬でそんなことされたら、暴走して脱走するな」
あ、そうだ。皆本からあの布も引き取らないと。あれもたぶん、〝勇者の剣〟の一部だろうし。
俺より先に馬車に向かって歩き出した皆本を呼び止めようとした、その瞬間。
急に目の前が真っ白になった。
あれだ。あのときと同じだ。とっさに思ったが、もう声も出せなければ立ってもいられない。右手で頭を抱えて右膝をつく。
「おい! どうした!」
あわてたように声をかけてきたのは、皆本ではなくアルガスだった。
――そっちこそどうした。今なら簡単に俺を殺せるぞ。あの剣以外にも武器は持ってるんだろ。
何だかおかしくなって笑ってしまった。俺もちょっとおかしい。
「それ以上近づくな。クズの末裔」
皆本のその声は、別人のように冷然としていた。アルガスが立ちすくんだのが気配でわかる。
「あんたを殺さなかったのは、単に同じ国の人間に殺させたかったからだ。そのほうが、より屈辱で惨めだろう? ……武村くんは許しても、僕はあんたらを許さない。その命が絶えても、魂が消え失せても、僕は永劫に許さない」
別に、許したわけじゃないんだけどな。ただまあ、しょうがないかと思っただけで。
それに、アルガスはまだ勇者殺しじゃない。本物の勇者になれるチャンスはある。
だから、今はあの馬車で国外逃亡しておけよ。せっかくの勇者顔、活かさなきゃもったいない――
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