トリッパーズ!

有喜多亜里

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第一話 召喚・勇者・そしてチート

18 近くはなかった

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「さて、この時計で何分後にこの馬車は止まるかな。そろそろ森に突入しそうだけど」
「え?」

 話に集中していて、窓の外はほとんど見ていなかった。あわてて正面の窓に目をやれば、地平線を覆っていたはずのあの森が、もう窓いっぱいに広がっていた。

「道が白いのは、月の光しかなくても走れるように、なんだろうね」

 時計を見ながら淡々と皆本が言った。なるほど。声には出さずに感心してうなずく。やっぱり皆本には俺の分まで頭を動かしてもらおう。

「でも、この道を造ったのは、魔物が森の中に引きこもっている間だろうから……いったいどこまで頑張ったかな」

 そのとき、ついに馬車が森の中へと進入した。
 とは言っても、道はこれまでと同じように続いていたから、左右の窓の視界が悪くなったことくらいしか変化はない。
 実際にしたことはないが、まるで夜中に神社の森の参道を走っているような気分だ。木々が深くて、夜空が見えない。でも、月と魔王城だけは、変わらず前方にあった。
 この道、本当に魔王城に向かってまっすぐ造られてるんだな。そんなことを思ったとき、明らかに馬車の速度が遅くなった。
 反射的に皆本を見る。皆本も俺と同じことを考えていたようで、皮肉げに口角を吊り上げた。

「思っていた以上にチキンだったね。それとも、経費削減のほうかな。この道の維持費も結構かかりそうだしね」
「アスファルト、ねえのかな」
「あるかもしれないけど、それを使って道路を舗装しようという発想は、この国が存続している間には出てこないかもしれないね」

 その間にも馬車の速度はどんどん落ちていき、やがて完全に止まった。
 二頭の馬を落ち着かせてから、アルガスが御者台を降り、左側を回って扉に近づいてくる。
 しかめっ面で窓から見下ろしていると、アルガスは嫌味なくらいにこやかに笑って扉を開けた。

「勇者様方、大変お疲れ様でした。恐れ入りますが、ここでお降りください」
「この時計で三分と二十三秒だったよ」

 俺がアルガスに答える前に、皆本が冷静に言った。
 無言で振り返ると、某時代劇の印籠みたいに時計を掲げられる。

「森に突入してから馬車が止まるまでにかかった時間。キロにしてどれくらい走ったのかな。平均したら、時速十キロくらいは出てた?」

 あの時計で三分と二十三秒ってことは、全部秒にすると一七三秒。時速十キロは秒速約二・八メートルだから(前に暇潰しに計算したことがある)、二・八メートル×一七三秒で、四八四・四メートル。……一キロどころか、五〇〇メートルない。
 実際はもっと速度は出ていたのかもしれないが、これだけは確実に言えるはずだ。

 ――魔王城の近くって……〝近く〟の基準、おかしすぎるだろ! イケメン、自爆しろ!
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