トリッパーズ!

有喜多亜里

文字の大きさ
上 下
18 / 29
第一話 召喚・勇者・そしてチート

18 近くはなかった

しおりを挟む
「さて、この時計で何分後にこの馬車は止まるかな。そろそろ森に突入しそうだけど」
「え?」

 話に集中していて、窓の外はほとんど見ていなかった。あわてて正面の窓に目をやれば、地平線を覆っていたはずのあの森が、もう窓いっぱいに広がっていた。

「道が白いのは、月の光しかなくても走れるように、なんだろうね」

 時計を見ながら淡々と皆本が言った。なるほど。声には出さずに感心してうなずく。やっぱり皆本には俺の分まで頭を動かしてもらおう。

「でも、この道を造ったのは、魔物が森の中に引きこもっている間だろうから……いったいどこまで頑張ったかな」

 そのとき、ついに馬車が森の中へと進入した。
 とは言っても、道はこれまでと同じように続いていたから、左右の窓の視界が悪くなったことくらいしか変化はない。
 実際にしたことはないが、まるで夜中に神社の森の参道を走っているような気分だ。木々が深くて、夜空が見えない。でも、月と魔王城だけは、変わらず前方にあった。
 この道、本当に魔王城に向かってまっすぐ造られてるんだな。そんなことを思ったとき、明らかに馬車の速度が遅くなった。
 反射的に皆本を見る。皆本も俺と同じことを考えていたようで、皮肉げに口角を吊り上げた。

「思っていた以上にチキンだったね。それとも、経費削減のほうかな。この道の維持費も結構かかりそうだしね」
「アスファルト、ねえのかな」
「あるかもしれないけど、それを使って道路を舗装しようという発想は、この国が存続している間には出てこないかもしれないね」

 その間にも馬車の速度はどんどん落ちていき、やがて完全に止まった。
 二頭の馬を落ち着かせてから、アルガスが御者台を降り、左側を回って扉に近づいてくる。
 しかめっ面で窓から見下ろしていると、アルガスは嫌味なくらいにこやかに笑って扉を開けた。

「勇者様方、大変お疲れ様でした。恐れ入りますが、ここでお降りください」
「この時計で三分と二十三秒だったよ」

 俺がアルガスに答える前に、皆本が冷静に言った。
 無言で振り返ると、某時代劇の印籠みたいに時計を掲げられる。

「森に突入してから馬車が止まるまでにかかった時間。キロにしてどれくらい走ったのかな。平均したら、時速十キロくらいは出てた?」

 あの時計で三分と二十三秒ってことは、全部秒にすると一七三秒。時速十キロは秒速約二・八メートルだから(前に暇潰しに計算したことがある)、二・八メートル×一七三秒で、四八四・四メートル。……一キロどころか、五〇〇メートルない。
 実際はもっと速度は出ていたのかもしれないが、これだけは確実に言えるはずだ。

 ――魔王城の近くって……〝近く〟の基準、おかしすぎるだろ! イケメン、自爆しろ!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

処理中です...