13 / 29
第一話 召喚・勇者・そしてチート
13 スポーツ選手ではなかった
しおりを挟む
「ああ、いいですよ。実は想定の範囲内です」
だが、皆本はあっさりそう返して、自分の隣にいるじいさんを冷ややかに見やった。
「たった一太刀で魔王を滅ぼすことができる勇者に、戦士も神官も僧侶も魔法使いも踊り子も必要ないでしょうからねえ。魔王退治させるのに馬車一台と御者一人しか使わせないなんて、ブラック企業ならぬブラック国家ですね、ここは」
じいさんは顔を強ばらせて皆本から視線をそらせていた。ブラック企業のことは知らなくても、皆本にまた嫌味を言われていることはわかったんだろう。
俺はブラック企業は知っていたが、どうして踊り子が必要なのかがわからなかった。そんなのいたって、足手まといにしかならなくないか?
「まあ、あんたも好きで僕らを召喚したわけじゃないんでしょうから、ちょっとだけ忠告しておいてあげますよ。――『もうあの勇者は召喚できない。どうしても勇者が欲しかったら、経費をかけて育成しておけ』」
「……は?」
今度は何を言われるかと身構えていた様子のじいさんは、拍子抜けしたように皆本を見た。
でも、皆本はじいさんとは目を合わさずに俺を見上げた。
「というわけで、武村くん。しょうがないからあの馬車に乗ろう。助けてもらう相手にお茶の一杯も出さないなんて、さすがブラック国家。経費削減、徹底してるね」
「俺は茶はいらねえけど。あと、〝くん〟もいらねえ」
じいさんにしていた忠告より、そっちのほうが気になったのでそう言うと、皆本は眉間に皺を寄せた。
あ、言葉が足りなかったか。だが、さすが皆本。俺が補足しなくても、言いたかったことを完璧に察してくれた。
「ええと。それは〝武村くん〟ではなく〝武村〟と呼べってことかな?」
「ああ。それか、〝ブソン〟」
「ブソン?」
「俺のあだ名。〝タケムラ〟は呼びづらいからって」
「ああ、そう言えばそう呼ばれてたね。でも、僕は別に呼びづらいとは思わないけど。むしろ、ブソンのほうが呼びづらいよ。与謝蕪村に対して失礼な気がして」
「ヨサブソン? 誰だ? スポーツ選手?」
わからなかったから訊いたまでだったのだが、皆本はじっと俺を見すえた後、呆れ果てたように溜め息を吐き出した。
「武村くん。君のその無知っぷり、いっそもう清々しいくらいだよ」
「とりあえず、スポーツ選手ではないんだな」
「ああ。江戸時代の日本人で俳人だよ」
「ハイジン?」
「ごめん。君には難しい言い方をしてしまったね。俳人は俳句を作る人という意味で、与謝蕪村はいい俳句をたくさん作った有名な人だよ。君には知られていなかったけど。あ、俳句はわかる?」
「ああ、俳句はわかる。でも、ヨサブソンなんて聞いたことねえな」
「松尾芭蕉は?」
「え、お笑い芸人だろ? 俳句もやってたのか?」
「ごめん。訊いた僕が馬鹿だった。ついでに言うと、その松尾さんとは別人だよ」
「そうか。それならいいや」
この際、それだけわかれば充分だと思った。昔のハイジンの名前を知らなくても、俺はきっと死ぬまで困らない。
俺は高校を卒業したら、どこか専門学校に行って就職するつもりでいる。どこの専門学校に行くかはまだ決めていない。俺にはなりたい職業もなければ、仕事にしたいような趣味もないのだ。
中学生の妹には、慶兄は何が楽しくて生きてるの? と時々真顔で訊かれる。俺は衣食住に困らなければ、特に楽しいことがなくても生きてはいける。小説を書くのが楽しくて生きているという妹には理解不能なんだろうが、俺もそんな妹が理解不能だ。まあ、俺には小説を書けとは言わないから、どこが楽しいんだとは訊かないが。
だが、皆本はあっさりそう返して、自分の隣にいるじいさんを冷ややかに見やった。
「たった一太刀で魔王を滅ぼすことができる勇者に、戦士も神官も僧侶も魔法使いも踊り子も必要ないでしょうからねえ。魔王退治させるのに馬車一台と御者一人しか使わせないなんて、ブラック企業ならぬブラック国家ですね、ここは」
じいさんは顔を強ばらせて皆本から視線をそらせていた。ブラック企業のことは知らなくても、皆本にまた嫌味を言われていることはわかったんだろう。
俺はブラック企業は知っていたが、どうして踊り子が必要なのかがわからなかった。そんなのいたって、足手まといにしかならなくないか?
「まあ、あんたも好きで僕らを召喚したわけじゃないんでしょうから、ちょっとだけ忠告しておいてあげますよ。――『もうあの勇者は召喚できない。どうしても勇者が欲しかったら、経費をかけて育成しておけ』」
「……は?」
今度は何を言われるかと身構えていた様子のじいさんは、拍子抜けしたように皆本を見た。
でも、皆本はじいさんとは目を合わさずに俺を見上げた。
「というわけで、武村くん。しょうがないからあの馬車に乗ろう。助けてもらう相手にお茶の一杯も出さないなんて、さすがブラック国家。経費削減、徹底してるね」
「俺は茶はいらねえけど。あと、〝くん〟もいらねえ」
じいさんにしていた忠告より、そっちのほうが気になったのでそう言うと、皆本は眉間に皺を寄せた。
あ、言葉が足りなかったか。だが、さすが皆本。俺が補足しなくても、言いたかったことを完璧に察してくれた。
「ええと。それは〝武村くん〟ではなく〝武村〟と呼べってことかな?」
「ああ。それか、〝ブソン〟」
「ブソン?」
「俺のあだ名。〝タケムラ〟は呼びづらいからって」
「ああ、そう言えばそう呼ばれてたね。でも、僕は別に呼びづらいとは思わないけど。むしろ、ブソンのほうが呼びづらいよ。与謝蕪村に対して失礼な気がして」
「ヨサブソン? 誰だ? スポーツ選手?」
わからなかったから訊いたまでだったのだが、皆本はじっと俺を見すえた後、呆れ果てたように溜め息を吐き出した。
「武村くん。君のその無知っぷり、いっそもう清々しいくらいだよ」
「とりあえず、スポーツ選手ではないんだな」
「ああ。江戸時代の日本人で俳人だよ」
「ハイジン?」
「ごめん。君には難しい言い方をしてしまったね。俳人は俳句を作る人という意味で、与謝蕪村はいい俳句をたくさん作った有名な人だよ。君には知られていなかったけど。あ、俳句はわかる?」
「ああ、俳句はわかる。でも、ヨサブソンなんて聞いたことねえな」
「松尾芭蕉は?」
「え、お笑い芸人だろ? 俳句もやってたのか?」
「ごめん。訊いた僕が馬鹿だった。ついでに言うと、その松尾さんとは別人だよ」
「そうか。それならいいや」
この際、それだけわかれば充分だと思った。昔のハイジンの名前を知らなくても、俺はきっと死ぬまで困らない。
俺は高校を卒業したら、どこか専門学校に行って就職するつもりでいる。どこの専門学校に行くかはまだ決めていない。俺にはなりたい職業もなければ、仕事にしたいような趣味もないのだ。
中学生の妹には、慶兄は何が楽しくて生きてるの? と時々真顔で訊かれる。俺は衣食住に困らなければ、特に楽しいことがなくても生きてはいける。小説を書くのが楽しくて生きているという妹には理解不能なんだろうが、俺もそんな妹が理解不能だ。まあ、俺には小説を書けとは言わないから、どこが楽しいんだとは訊かないが。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
※シリアス
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる