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第一話 召喚・勇者・そしてチート
13 スポーツ選手ではなかった
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「ああ、いいですよ。実は想定の範囲内です」
だが、皆本はあっさりそう返して、自分の隣にいるじいさんを冷ややかに見やった。
「たった一太刀で魔王を滅ぼすことができる勇者に、戦士も神官も僧侶も魔法使いも踊り子も必要ないでしょうからねえ。魔王退治させるのに馬車一台と御者一人しか使わせないなんて、ブラック企業ならぬブラック国家ですね、ここは」
じいさんは顔を強ばらせて皆本から視線をそらせていた。ブラック企業のことは知らなくても、皆本にまた嫌味を言われていることはわかったんだろう。
俺はブラック企業は知っていたが、どうして踊り子が必要なのかがわからなかった。そんなのいたって、足手まといにしかならなくないか?
「まあ、あんたも好きで僕らを召喚したわけじゃないんでしょうから、ちょっとだけ忠告しておいてあげますよ。――『もうあの勇者は召喚できない。どうしても勇者が欲しかったら、経費をかけて育成しておけ』」
「……は?」
今度は何を言われるかと身構えていた様子のじいさんは、拍子抜けしたように皆本を見た。
でも、皆本はじいさんとは目を合わさずに俺を見上げた。
「というわけで、武村くん。しょうがないからあの馬車に乗ろう。助けてもらう相手にお茶の一杯も出さないなんて、さすがブラック国家。経費削減、徹底してるね」
「俺は茶はいらねえけど。あと、〝くん〟もいらねえ」
じいさんにしていた忠告より、そっちのほうが気になったのでそう言うと、皆本は眉間に皺を寄せた。
あ、言葉が足りなかったか。だが、さすが皆本。俺が補足しなくても、言いたかったことを完璧に察してくれた。
「ええと。それは〝武村くん〟ではなく〝武村〟と呼べってことかな?」
「ああ。それか、〝ブソン〟」
「ブソン?」
「俺のあだ名。〝タケムラ〟は呼びづらいからって」
「ああ、そう言えばそう呼ばれてたね。でも、僕は別に呼びづらいとは思わないけど。むしろ、ブソンのほうが呼びづらいよ。与謝蕪村に対して失礼な気がして」
「ヨサブソン? 誰だ? スポーツ選手?」
わからなかったから訊いたまでだったのだが、皆本はじっと俺を見すえた後、呆れ果てたように溜め息を吐き出した。
「武村くん。君のその無知っぷり、いっそもう清々しいくらいだよ」
「とりあえず、スポーツ選手ではないんだな」
「ああ。江戸時代の日本人で俳人だよ」
「ハイジン?」
「ごめん。君には難しい言い方をしてしまったね。俳人は俳句を作る人という意味で、与謝蕪村はいい俳句をたくさん作った有名な人だよ。君には知られていなかったけど。あ、俳句はわかる?」
「ああ、俳句はわかる。でも、ヨサブソンなんて聞いたことねえな」
「松尾芭蕉は?」
「え、お笑い芸人だろ? 俳句もやってたのか?」
「ごめん。訊いた僕が馬鹿だった。ついでに言うと、その松尾さんとは別人だよ」
「そうか。それならいいや」
この際、それだけわかれば充分だと思った。昔のハイジンの名前を知らなくても、俺はきっと死ぬまで困らない。
俺は高校を卒業したら、どこか専門学校に行って就職するつもりでいる。どこの専門学校に行くかはまだ決めていない。俺にはなりたい職業もなければ、仕事にしたいような趣味もないのだ。
中学生の妹には、慶兄は何が楽しくて生きてるの? と時々真顔で訊かれる。俺は衣食住に困らなければ、特に楽しいことがなくても生きてはいける。小説を書くのが楽しくて生きているという妹には理解不能なんだろうが、俺もそんな妹が理解不能だ。まあ、俺には小説を書けとは言わないから、どこが楽しいんだとは訊かないが。
だが、皆本はあっさりそう返して、自分の隣にいるじいさんを冷ややかに見やった。
「たった一太刀で魔王を滅ぼすことができる勇者に、戦士も神官も僧侶も魔法使いも踊り子も必要ないでしょうからねえ。魔王退治させるのに馬車一台と御者一人しか使わせないなんて、ブラック企業ならぬブラック国家ですね、ここは」
じいさんは顔を強ばらせて皆本から視線をそらせていた。ブラック企業のことは知らなくても、皆本にまた嫌味を言われていることはわかったんだろう。
俺はブラック企業は知っていたが、どうして踊り子が必要なのかがわからなかった。そんなのいたって、足手まといにしかならなくないか?
「まあ、あんたも好きで僕らを召喚したわけじゃないんでしょうから、ちょっとだけ忠告しておいてあげますよ。――『もうあの勇者は召喚できない。どうしても勇者が欲しかったら、経費をかけて育成しておけ』」
「……は?」
今度は何を言われるかと身構えていた様子のじいさんは、拍子抜けしたように皆本を見た。
でも、皆本はじいさんとは目を合わさずに俺を見上げた。
「というわけで、武村くん。しょうがないからあの馬車に乗ろう。助けてもらう相手にお茶の一杯も出さないなんて、さすがブラック国家。経費削減、徹底してるね」
「俺は茶はいらねえけど。あと、〝くん〟もいらねえ」
じいさんにしていた忠告より、そっちのほうが気になったのでそう言うと、皆本は眉間に皺を寄せた。
あ、言葉が足りなかったか。だが、さすが皆本。俺が補足しなくても、言いたかったことを完璧に察してくれた。
「ええと。それは〝武村くん〟ではなく〝武村〟と呼べってことかな?」
「ああ。それか、〝ブソン〟」
「ブソン?」
「俺のあだ名。〝タケムラ〟は呼びづらいからって」
「ああ、そう言えばそう呼ばれてたね。でも、僕は別に呼びづらいとは思わないけど。むしろ、ブソンのほうが呼びづらいよ。与謝蕪村に対して失礼な気がして」
「ヨサブソン? 誰だ? スポーツ選手?」
わからなかったから訊いたまでだったのだが、皆本はじっと俺を見すえた後、呆れ果てたように溜め息を吐き出した。
「武村くん。君のその無知っぷり、いっそもう清々しいくらいだよ」
「とりあえず、スポーツ選手ではないんだな」
「ああ。江戸時代の日本人で俳人だよ」
「ハイジン?」
「ごめん。君には難しい言い方をしてしまったね。俳人は俳句を作る人という意味で、与謝蕪村はいい俳句をたくさん作った有名な人だよ。君には知られていなかったけど。あ、俳句はわかる?」
「ああ、俳句はわかる。でも、ヨサブソンなんて聞いたことねえな」
「松尾芭蕉は?」
「え、お笑い芸人だろ? 俳句もやってたのか?」
「ごめん。訊いた僕が馬鹿だった。ついでに言うと、その松尾さんとは別人だよ」
「そうか。それならいいや」
この際、それだけわかれば充分だと思った。昔のハイジンの名前を知らなくても、俺はきっと死ぬまで困らない。
俺は高校を卒業したら、どこか専門学校に行って就職するつもりでいる。どこの専門学校に行くかはまだ決めていない。俺にはなりたい職業もなければ、仕事にしたいような趣味もないのだ。
中学生の妹には、慶兄は何が楽しくて生きてるの? と時々真顔で訊かれる。俺は衣食住に困らなければ、特に楽しいことがなくても生きてはいける。小説を書くのが楽しくて生きているという妹には理解不能なんだろうが、俺もそんな妹が理解不能だ。まあ、俺には小説を書けとは言わないから、どこが楽しいんだとは訊かないが。
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