トリッパーズ!

有喜多亜里

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第一話 召喚・勇者・そしてチート

03 皆本はこうだった

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 皆本は高校のクラスメイトだった。
 ――おっと。「だった」じゃ不吉だ。クラスメイト「だ」。
 と言っても、親しくしていたわけじゃない。それどころか、入学してからもう半年以上経つのに、挨拶の言葉ひとつ交わしたこともなかった。
 でも、これは俺だけじゃないと思う。少なくともクラス内には、奴に友人と言えるような人間は一人もいなかった。
 別にいじめられていたわけでも仲間はずれにされていたわけでもない。皆本自身に周囲と仲よくしたいという気がまるでなく、周囲はそれを感じとって奴を遠まきにしていた。その周囲の中には俺も含まれる。
 入学してからしばらくは席順は名簿順だったから、名字の関係上、俺と皆本の席は離れていた。
 その後、三度ほど席替えをしたが、最後の席替えでは最長に遠くなった。俺は窓際のいちばん後ろの席。奴は廊下側のいちばん前の席になった。なお、俺は身長だけはあるため、たとえ前のほうの席になっても、トレードにより強制的にいちばん後ろの席に飛ばされる。
 だが、対角線上というのは意外と見やすい。俺はこの席順になってから、何となく皆本の観察をしていた。
 皆本はとにかくしゃべらなかった。授業で教師に指されれば話すが、それも必要最小限。声に癖がない分、記憶にも残りにくい。そもそも、教師に指されること自体めったにない。なぜかしばしば集中指名攻撃を食らう俺からしたら、うらやましいかぎりである。
 外見は中肉中背。真っ黒な髪は少々長め。眼鏡を掛けているのが最大の特徴だが、そんな奴はいくらでもいるから、本当に目立たない。
 本を読むのが好きらしく、休み時間も昼休みも、たいてい自分の席で文庫本を読んでいる。そのためか、昼飯はいつもパン。それをかじりながら、むさぼるように本を読む。
 高校は私立だったから(本当は公立に行きたかったが、ここしか行けるところがなかった)、ご立派な食堂もあったのだが、俺も奴と同じく、教室で昼飯派だった。ただし、俺が食べてるのはおふくろが作った弁当で、俺の周りにはいつも二、三人の飯食い仲間がいたが。
 そんなわけで、俺と皆本の関係は、ただ同じ教室で同じ授業を受けているクラスメイト。それだけのものでしかなかった。
 あのときまでは。

 ***

 俺は英語が苦手だ。じゃあ何が得意だと訊かれたら返事に困るが、消去法で数学にしておく。暗算がわりと速いのがささやかな自慢だ。
 午後一。窓際。天気良好。そして苦手な英語の授業。これで眠くならないわけがない。授業開始からいくらも経たないうちに、俺のまぶたは閉じそうになっていたが、ふと右斜めかなり前方を見ると、皆本が教科書に視線を落としているのが目に入った。
 奴は無遅刻無欠席で、授業態度も真面目だったが、特に成績がいいという話は聞いたことがなかった。眼鏡を掛けてる奴はみんな頭がいいかと思っていたが、それは俺の勝手な思いこみだったようだ。身長が高いからって、バスケが得意だとは限らないのと同じか。だから俺を勧誘するな。俺はあの手のせわしないスポーツは嫌いだ。つーか、スポーツはするより見てたほうがいい。
 皆本はどっちだか知らないが、体育の授業で見ている分には、運動神経は悪くも良くもない。
 友人がこのクラスにはいない(でも、他のクラスの奴と話してるところも見たことがないから、正確には〝この高校にはいない〟かもしれない)こと以外には、可もなく不可もない男。それが皆本だった。

 ――あいつに比べたら、俺は凡人じゃないかもな。悪い意味で。

 ぼんやりそう思ったとき、急に皆本が教科書から顔を上げた。

 ――え、まさか、俺の心の声が聞こえたのか!?

 そんなことがあるわけないのにあせった瞬間、奴が俺のほうを振り返った。
 距離はあったが、そのとき、確かに奴は何か言いたそうな顔をしていた。
 もしかしたら、その対象は俺じゃなかったのかもしれない。でも、クラスメイトになってから、初めて目が合ったと思った。
 と、いきなり目の前が真っ白になった。担任でもある教師の低い声が一気に遠くなる。
 眠りに落ちるときとは明らかに違う。貧血? この俺が? 健康なのが数少ない取り柄の一つなのに? 思わず俺は笑いたくなったが、意識は急速に薄れていく。

 ――水泳の授業中じゃなくてよかったな……

 情けないが、それが俺の最後の思考だった。
 そして、再び意識を取り戻したとき、俺の前にはじいさん、俺の横には皆本がいたのだった。
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