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第一話 召喚・勇者・そしてチート
19 うちの布団叩きは木刀
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結局、アルガスには何も言えないまま馬車から降りた。
しょせん、俺は小心者だ。でも、皆本なら俺の分まで毒を吐いてくれるだろう。そう期待していたら、何も言わずに俺の後に続いて降りてきた。
そういや、じいさんや王様には毒を吐きまくってたけど、このアルガスに対しては普通に受け答えしてたような気がする。――イケメンだからか?
馬車の外は砦にいたときより涼しかった。森の中だからだろうか。空気も澄んでいるような感じがする。
降りてみて初めてわかったが、ここは道ではなく駐車場みたいに造られていた。この馬車なら馬つきで、縦に二台、横に五台くらい駐められそうだ。
来た方向を振り返れば、馬車一台分の幅しかない道は途中まで見えるが、森の入口も砦もまったく見えない。
前に向き直れば、城門の外に出た直後よりは、ちょっとだけ大きくなったように見える魔王城と月。
しかし、その手前にあるのは、まともに歩ける道なんてなさそうな樹海。魔王城にたどりつく前に遭難する未来しか見えない。
「絶対無理だろ、これ……」
途方に暮れて呟くと、腕組みをして魔王城を見上げていた皆本が、ふいに「武村くん」と俺を呼んだ。
「先に進む前に、ここで素振りしてみないか?」
「は?」
「素振り」
真顔でそう言って、〝勇者の剣〟を提げている俺の左手を右の人差指で指す。
「森の中じゃ思いきり振り回せないだろ? ここなら邪魔になるものは何もないから」
「そうか。それもそうだな」
確かにあの中じゃ練習もできなそうだ。俺は剣から布を取ったが、その布をどうしておくかでものすごく悩んだ。
「預かっておくよ」
見かねたらしい皆本が、俺のそばに来て両手を広げる。
「あ、悪い」
「あと、その剣の鞘も」
「さらに悪い」
こんなことなら、砦の兵隊たちがつけてた、剣を吊すベルトみたいなのももらってくるんだった。そう後悔しながら、皆本に布も鞘も押しつける。
月光の下でよく見てみても、剣は新品みたいにきれいだった。
そして、やっぱり軽い。長さは全然違うが、重さ的には包丁だ。
「とりあえず、武村くん」
布と鞘を左腕に抱えた皆本が、今度は空を指さした。
「あの魔王城に向かって振ってみたら?」
「魔王城に向かって?」
「魔王城に向かって」
「えーと。……どんなふうに?」
「武村くんは剣道はやったことある?」
「剣道……体育でやったかな。覚えてねえな」
「じゃあ、野球のバットを振ったことは?」
「バットはねえけど、バットみたいに木刀を振ったことならある」
もちろん、布団相手にだ。あるとき、ベランダに干しきれなかった布団を物干し竿に引っかけて、鬱憤晴らしに木刀でぶっ叩いていたら、これは便利とばかりに母親にやらされるようになった――とは、さすがに皆本には言えない。
皆本は不審そうに眉をひそめていた。が、溜め息を一つつくと、眼鏡の真ん中を人差指で押し上げた。
「まあ、木刀でも振ったことがあるんならいいよ。とにかく、そんな感じで振ってみて」
「わかった」
理由を突っこまれなかったことに内心ほっとしながら、俺は馬車のかなり前方に移動した。
すぐに帰るものとばかり思っていたアルガスは、あのうさんくさい笑顔のまま、右側の馬の近くに立っていた。皆本はもちろんのこと、こいつも誤って切りたくはない。
しょせん、俺は小心者だ。でも、皆本なら俺の分まで毒を吐いてくれるだろう。そう期待していたら、何も言わずに俺の後に続いて降りてきた。
そういや、じいさんや王様には毒を吐きまくってたけど、このアルガスに対しては普通に受け答えしてたような気がする。――イケメンだからか?
馬車の外は砦にいたときより涼しかった。森の中だからだろうか。空気も澄んでいるような感じがする。
降りてみて初めてわかったが、ここは道ではなく駐車場みたいに造られていた。この馬車なら馬つきで、縦に二台、横に五台くらい駐められそうだ。
来た方向を振り返れば、馬車一台分の幅しかない道は途中まで見えるが、森の入口も砦もまったく見えない。
前に向き直れば、城門の外に出た直後よりは、ちょっとだけ大きくなったように見える魔王城と月。
しかし、その手前にあるのは、まともに歩ける道なんてなさそうな樹海。魔王城にたどりつく前に遭難する未来しか見えない。
「絶対無理だろ、これ……」
途方に暮れて呟くと、腕組みをして魔王城を見上げていた皆本が、ふいに「武村くん」と俺を呼んだ。
「先に進む前に、ここで素振りしてみないか?」
「は?」
「素振り」
真顔でそう言って、〝勇者の剣〟を提げている俺の左手を右の人差指で指す。
「森の中じゃ思いきり振り回せないだろ? ここなら邪魔になるものは何もないから」
「そうか。それもそうだな」
確かにあの中じゃ練習もできなそうだ。俺は剣から布を取ったが、その布をどうしておくかでものすごく悩んだ。
「預かっておくよ」
見かねたらしい皆本が、俺のそばに来て両手を広げる。
「あ、悪い」
「あと、その剣の鞘も」
「さらに悪い」
こんなことなら、砦の兵隊たちがつけてた、剣を吊すベルトみたいなのももらってくるんだった。そう後悔しながら、皆本に布も鞘も押しつける。
月光の下でよく見てみても、剣は新品みたいにきれいだった。
そして、やっぱり軽い。長さは全然違うが、重さ的には包丁だ。
「とりあえず、武村くん」
布と鞘を左腕に抱えた皆本が、今度は空を指さした。
「あの魔王城に向かって振ってみたら?」
「魔王城に向かって?」
「魔王城に向かって」
「えーと。……どんなふうに?」
「武村くんは剣道はやったことある?」
「剣道……体育でやったかな。覚えてねえな」
「じゃあ、野球のバットを振ったことは?」
「バットはねえけど、バットみたいに木刀を振ったことならある」
もちろん、布団相手にだ。あるとき、ベランダに干しきれなかった布団を物干し竿に引っかけて、鬱憤晴らしに木刀でぶっ叩いていたら、これは便利とばかりに母親にやらされるようになった――とは、さすがに皆本には言えない。
皆本は不審そうに眉をひそめていた。が、溜め息を一つつくと、眼鏡の真ん中を人差指で押し上げた。
「まあ、木刀でも振ったことがあるんならいいよ。とにかく、そんな感じで振ってみて」
「わかった」
理由を突っこまれなかったことに内心ほっとしながら、俺は馬車のかなり前方に移動した。
すぐに帰るものとばかり思っていたアルガスは、あのうさんくさい笑顔のまま、右側の馬の近くに立っていた。皆本はもちろんのこと、こいつも誤って切りたくはない。
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