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第一話 召喚・勇者・そしてチート
07 下の名前は知らなかった
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不機嫌さを隠そうともしなくなった王様の前から、まるで罪人のように引っ立てられた俺たちは、またコミコスじいさんに先導されて(もちろん兵隊の監視つきで)、今度は地下にある秘密の武器庫とやらに案内された。
「勇者様専用の武器庫です。お好きなものをお一つだけお選びください」
うやうやしくじいさんに言われたが、正直言って俺は途方に暮れた。
「お好きなものって言われても……」
剣だの槍だの鎧だの、とにかく武器類には興味がない。有名なファンタジー映画の小道具展示会とかだったら、まだ真剣に見る気になったかもしれないが。
ここは王様と会った部屋よりははるかに狭いが、魔法円があったあの部屋よりはずっと広い。地下だから当然窓は一つもなく、明かりは壁に灯された松明とじいさんの素通し提灯だけだ。って言うか、地下じゃなくても、今んとこまだこの城内で窓は一つも見かけていない。寒いというほどではないが部屋の空気はひんやりしていて、防虫剤みたいな臭いもした。
ただでさえ興味も知識もないのに、炎の淡い光だけじゃ、何が何だかよくわからない。
でも、皆本ならわかるかも。とりあえず、俺より頭はいい。俺は俺以上に気のない様子で腕組みをしている皆本に声をかけた。
「おい、皆本」
皆本は一拍おいて俺を見た。
「僕の名前、知ってたんだ」
「はあ?」
てっきり皆本お得意の嫌味だと思って顔をしかめたが、よくよく観察してみれば、本気で驚いているようだった。
「そりゃ知ってるに決まってるだろ。同じクラスだぞ」
「そう? じゃあ、クラスメイトの名前、全員言える?」
もちろんだと答えようとしたが、手はじめに皆本の後ろの席にいた奴の名前を言おうと思った瞬間、俺はその気を失った。
「悪い。全員は無理だ」
「正直……いや、馬鹿正直だね」
「おまえこそ、俺の名前知ってるのか?」
ふと思いついて訊ね返したら、蔑むような眼差しを向けられた。
「君が僕の名前を知ってるなら、僕が知らないわけないじゃないか。……武村くんだろ。武村慶くん」
「ええ!?」
驚きのあまり、俺は二、三歩後ずさった。
「おまえ、俺の下の名前まで知ってるのか? 何で?」
「何でって……」
そんなことを訊かれるほうがわからないと言いたげな顔をしていた皆本だったが、急に合点がいったようにうなずいた。
「そうか。君は僕の下の名前は知らないんだね」
頭のいい奴はこれだから嫌いだ。
「まあ、知らないなら知らないでいいけど。僕、自分の名前は好きじゃないから」
そう言われたら、かえって知りたくなるのが人情だと思う。押すな押すなって言われたら、押してやるのがお約束ってもんだろう。
「じゃあ、呼ばないから教えてくれ」
俺としては最大限譲歩したつもりだったが、皆本はこの薄暗い部屋の中でもわかるくらい不愉快そうな表情を浮かべた。
「君は日本語もわからないの?」
「だから、呼ばないって言ってるじゃねえかよ」
「呼ばないなら知らなくてもいいじゃないか」
「おまえは俺の名前知ってるのに、俺が知らないのは不公平だろ」
そう反論してしまってから、自分でも頭の悪いことを言っているなと反省したが、意外なことに皆本は俺を馬鹿にはしなかった。
「まあ、一理あるね。なら教えるけど、約束どおり、絶対に呼ばないように」
真顔で念押しした後、いかにも不本意そうに皆本は言った。
「勇者様専用の武器庫です。お好きなものをお一つだけお選びください」
うやうやしくじいさんに言われたが、正直言って俺は途方に暮れた。
「お好きなものって言われても……」
剣だの槍だの鎧だの、とにかく武器類には興味がない。有名なファンタジー映画の小道具展示会とかだったら、まだ真剣に見る気になったかもしれないが。
ここは王様と会った部屋よりははるかに狭いが、魔法円があったあの部屋よりはずっと広い。地下だから当然窓は一つもなく、明かりは壁に灯された松明とじいさんの素通し提灯だけだ。って言うか、地下じゃなくても、今んとこまだこの城内で窓は一つも見かけていない。寒いというほどではないが部屋の空気はひんやりしていて、防虫剤みたいな臭いもした。
ただでさえ興味も知識もないのに、炎の淡い光だけじゃ、何が何だかよくわからない。
でも、皆本ならわかるかも。とりあえず、俺より頭はいい。俺は俺以上に気のない様子で腕組みをしている皆本に声をかけた。
「おい、皆本」
皆本は一拍おいて俺を見た。
「僕の名前、知ってたんだ」
「はあ?」
てっきり皆本お得意の嫌味だと思って顔をしかめたが、よくよく観察してみれば、本気で驚いているようだった。
「そりゃ知ってるに決まってるだろ。同じクラスだぞ」
「そう? じゃあ、クラスメイトの名前、全員言える?」
もちろんだと答えようとしたが、手はじめに皆本の後ろの席にいた奴の名前を言おうと思った瞬間、俺はその気を失った。
「悪い。全員は無理だ」
「正直……いや、馬鹿正直だね」
「おまえこそ、俺の名前知ってるのか?」
ふと思いついて訊ね返したら、蔑むような眼差しを向けられた。
「君が僕の名前を知ってるなら、僕が知らないわけないじゃないか。……武村くんだろ。武村慶くん」
「ええ!?」
驚きのあまり、俺は二、三歩後ずさった。
「おまえ、俺の下の名前まで知ってるのか? 何で?」
「何でって……」
そんなことを訊かれるほうがわからないと言いたげな顔をしていた皆本だったが、急に合点がいったようにうなずいた。
「そうか。君は僕の下の名前は知らないんだね」
頭のいい奴はこれだから嫌いだ。
「まあ、知らないなら知らないでいいけど。僕、自分の名前は好きじゃないから」
そう言われたら、かえって知りたくなるのが人情だと思う。押すな押すなって言われたら、押してやるのがお約束ってもんだろう。
「じゃあ、呼ばないから教えてくれ」
俺としては最大限譲歩したつもりだったが、皆本はこの薄暗い部屋の中でもわかるくらい不愉快そうな表情を浮かべた。
「君は日本語もわからないの?」
「だから、呼ばないって言ってるじゃねえかよ」
「呼ばないなら知らなくてもいいじゃないか」
「おまえは俺の名前知ってるのに、俺が知らないのは不公平だろ」
そう反論してしまってから、自分でも頭の悪いことを言っているなと反省したが、意外なことに皆本は俺を馬鹿にはしなかった。
「まあ、一理あるね。なら教えるけど、約束どおり、絶対に呼ばないように」
真顔で念押しした後、いかにも不本意そうに皆本は言った。
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