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【06】始まりの終わり(下)
07 個人面談をしていました【一日目】(前)
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許可を得て、アルスターの元執務室に入室したコリンズは、一瞬、自分が訪ねる部屋を間違えてしまったのではないかと蒼白になった。
パラディンがにこやかに笑って立っていたのにも驚いたが、室内の雰囲気がすっかり明るくなっていたのだ。心なしか、空気も澄んでいるような気がする。
「ああ、ちょっとだけ模様替えさせてもらったんだ」
コリンズの表情で察したのか、パラディンは少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げると、ほっそりとした左手で応接セットを指した。
「とにかくまあ、座って座って。私はともかく、君たちは暇じゃないだろう?」
今日の午後を使って、これから五人の班長と面談する予定のパラディンも暇ではないだろうが、コリンズはあえて否定はせず、見覚えのない濃茶色のソファに腰を下ろした。
明らかに新品。しかも高級品。応接セットの入れ替えは、パラディンにとっては〝ちょっとだけ模様替え〟程度であるらしい。
改めて室内を見渡せば、副官用の執務机には昨日の初顔合わせで簡単に紹介された褐色の髪の青年――モルトヴァンがいて、その傍らにはどう見ても運転手兼護衛とは思えない金髪の中佐――エリゴールが相変わらず無表情に立っていた。
あの初顔合わせの後、コリンズたちは持てるコネをすべて使い、このエリゴールが例の転属騒動でダーナ大佐隊からパラディン大佐隊に転属させられた隊員たちの一人であり、元マクスウェル大佐隊では四班長をしていたことを突き止めた。やはり、ただ者ではなかったのである。
確かに、運転手も護衛もしているのだろう。しかし、それはついでで、実質パラディンの右腕だろうというのがコリンズたちの一致した見解だった。こうして自分たちの面談にも立ち会わせているところを見ると、その見解は合っていたようだ。それにしても。
(俺たちと同じ中佐とは思えないほど顔面偏差値が高い……)
パラディンやモルトヴァンも高いが、元護衛隊だから納得はできる。だが、エリゴールは最初から砲撃隊員なのだ。もしあんな隊員が同僚にいたら、気になりすぎて仕事ができない。
「さてと、それではさっそく話そうか」
パラディンは一人掛けのソファに座ると、猫のような金色の目を細めた。
「次の出撃では、君たち第五軍港隊には前衛に戻ってもらう予定でいるんだけど、君たちはあの配置での背面攻撃をどう思っていた? 遠慮なく、正直に答えてね。今後の作戦の参考にさせてもらうから」
* * *
顔色をなくして退室したコリンズを執務机から見送ったモルトヴァンは、パラディンの無言の命令に従い、給湯室で二人分の紅茶を淹れた。
無論、パラディンとエリゴールの分である。ソファと一緒に入れ替えた黒いローテーブルの上に並べると、すみやかに自分の席に撤収した。
「エリゴール中佐、ちょっと来て。二班長が来る前に、軽くミーティングをしようよ」
さすがにパラディンも学習したのか、エリゴールが断りづらい誘い文句をかけて手招きする。
まだモルトヴァンの執務机のそばに立っていたエリゴールは、見るからに嫌そうに眉をひそめたが、結局何も言わずに応接セットに向かい、つい先ほどまでコリンズが座っていた席に腰を下ろした。
「ふう。腹の探り合いは本当に疲れるねえ」
わざとらしく溜め息をつきながら、パラディンは優雅に紅茶を飲んだ。
モルトヴァンだけでなく、エリゴールも何を言っているんだと思ったに違いないが、お疲れ様ですと軽く頭を下げた。一緒に紅茶は飲みたくないけれども、多少は労ってやろうという気になったのだろう。確かに、今日のパラディンはエリゴールよりも仕事をしている。
「まあ、私以上にコリンズ一班長のほうが精神的に疲れたんじゃないかと思うけど。……エリゴール中佐。昨日の徹底出迎えなし作戦。発案者はコリンズ一班長ではないね?」
「違いますね」
間髪を入れず、エリゴールは断言した。
「元ウェーバー大佐隊……失礼、第四軍港隊のハワード一班長と似たタイプではないかと思います。班長たちのまとめ役であって、牽引役ではない」
「私も同意見だよ。でも、コリンズ一班長には、フィリップス副長ほど気の利く補佐はいないようだ」
「そうですね。補佐が必要なほど弱ってはいないようです」
エリゴールは真顔だ。自分でも言っていたが、やはり元ウェーバー大佐隊のほうに思い入れがあるのだろう。
「いっそ単刀直入に、誰が発案者か訊ねてみないか?」
ティーカップを持ったまま、パラディンがにやにやする。
そんなパラディンを一瞥してから、エリゴールは珍しくティーカップに手を伸ばした。
「訊ねたが最後、余計な対策を立てられますよ。どうしても訊ねてみたければ、最後の十班長のときにお願いします」
「まあ、そうなるよね」
パラディンはおどけて肩をすくめた。
「今頃、コリンズ一班長は私とした話の内容を次のチェスタトン二班長に伝えているだろうしね」
「他の班長たちにも伝えているでしょう」
紅茶を啜ってから、エリゴールがぼそりと呟く。
「良くも悪くも、この隊の結束力は強そうです」
「確かにねえ。あの人払いは徹底してたよねえ」
「しかし、考えは浅い。……何か問題があれば、また同じ手を使って大佐殿も〝栄転〟にできると思ったのでしょう」
「ほう。私は試されているのか。これはよりいっそう頑張らないと。今度は私がドレイク大佐に〝栄転〟判定されてしまう」
パラディンは冗談のように笑っていたが、間違いなく本気で言っている。
自分がドレイクに気に入られている自覚はあるが、この艦隊――否、司令官の足を引っ張る存在と見なされれば、容赦なく切られる。かつてのウェーバー、マクスウェル、そしてアルスターのように。
(逆に言うと、こういう人だから、ドレイク大佐と意気投合したんだろうなあ……)
モルトヴァンには背筋の寒くなる話だが、エリゴールがパラディンの部下でいる間は〝栄転〟の心配だけはなさそうだ。
モルトヴァンは端末で時刻を確認すると、そろそろ二班長が来そうですよと二人に声をかけた。
パラディンがにこやかに笑って立っていたのにも驚いたが、室内の雰囲気がすっかり明るくなっていたのだ。心なしか、空気も澄んでいるような気がする。
「ああ、ちょっとだけ模様替えさせてもらったんだ」
コリンズの表情で察したのか、パラディンは少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げると、ほっそりとした左手で応接セットを指した。
「とにかくまあ、座って座って。私はともかく、君たちは暇じゃないだろう?」
今日の午後を使って、これから五人の班長と面談する予定のパラディンも暇ではないだろうが、コリンズはあえて否定はせず、見覚えのない濃茶色のソファに腰を下ろした。
明らかに新品。しかも高級品。応接セットの入れ替えは、パラディンにとっては〝ちょっとだけ模様替え〟程度であるらしい。
改めて室内を見渡せば、副官用の執務机には昨日の初顔合わせで簡単に紹介された褐色の髪の青年――モルトヴァンがいて、その傍らにはどう見ても運転手兼護衛とは思えない金髪の中佐――エリゴールが相変わらず無表情に立っていた。
あの初顔合わせの後、コリンズたちは持てるコネをすべて使い、このエリゴールが例の転属騒動でダーナ大佐隊からパラディン大佐隊に転属させられた隊員たちの一人であり、元マクスウェル大佐隊では四班長をしていたことを突き止めた。やはり、ただ者ではなかったのである。
確かに、運転手も護衛もしているのだろう。しかし、それはついでで、実質パラディンの右腕だろうというのがコリンズたちの一致した見解だった。こうして自分たちの面談にも立ち会わせているところを見ると、その見解は合っていたようだ。それにしても。
(俺たちと同じ中佐とは思えないほど顔面偏差値が高い……)
パラディンやモルトヴァンも高いが、元護衛隊だから納得はできる。だが、エリゴールは最初から砲撃隊員なのだ。もしあんな隊員が同僚にいたら、気になりすぎて仕事ができない。
「さてと、それではさっそく話そうか」
パラディンは一人掛けのソファに座ると、猫のような金色の目を細めた。
「次の出撃では、君たち第五軍港隊には前衛に戻ってもらう予定でいるんだけど、君たちはあの配置での背面攻撃をどう思っていた? 遠慮なく、正直に答えてね。今後の作戦の参考にさせてもらうから」
* * *
顔色をなくして退室したコリンズを執務机から見送ったモルトヴァンは、パラディンの無言の命令に従い、給湯室で二人分の紅茶を淹れた。
無論、パラディンとエリゴールの分である。ソファと一緒に入れ替えた黒いローテーブルの上に並べると、すみやかに自分の席に撤収した。
「エリゴール中佐、ちょっと来て。二班長が来る前に、軽くミーティングをしようよ」
さすがにパラディンも学習したのか、エリゴールが断りづらい誘い文句をかけて手招きする。
まだモルトヴァンの執務机のそばに立っていたエリゴールは、見るからに嫌そうに眉をひそめたが、結局何も言わずに応接セットに向かい、つい先ほどまでコリンズが座っていた席に腰を下ろした。
「ふう。腹の探り合いは本当に疲れるねえ」
わざとらしく溜め息をつきながら、パラディンは優雅に紅茶を飲んだ。
モルトヴァンだけでなく、エリゴールも何を言っているんだと思ったに違いないが、お疲れ様ですと軽く頭を下げた。一緒に紅茶は飲みたくないけれども、多少は労ってやろうという気になったのだろう。確かに、今日のパラディンはエリゴールよりも仕事をしている。
「まあ、私以上にコリンズ一班長のほうが精神的に疲れたんじゃないかと思うけど。……エリゴール中佐。昨日の徹底出迎えなし作戦。発案者はコリンズ一班長ではないね?」
「違いますね」
間髪を入れず、エリゴールは断言した。
「元ウェーバー大佐隊……失礼、第四軍港隊のハワード一班長と似たタイプではないかと思います。班長たちのまとめ役であって、牽引役ではない」
「私も同意見だよ。でも、コリンズ一班長には、フィリップス副長ほど気の利く補佐はいないようだ」
「そうですね。補佐が必要なほど弱ってはいないようです」
エリゴールは真顔だ。自分でも言っていたが、やはり元ウェーバー大佐隊のほうに思い入れがあるのだろう。
「いっそ単刀直入に、誰が発案者か訊ねてみないか?」
ティーカップを持ったまま、パラディンがにやにやする。
そんなパラディンを一瞥してから、エリゴールは珍しくティーカップに手を伸ばした。
「訊ねたが最後、余計な対策を立てられますよ。どうしても訊ねてみたければ、最後の十班長のときにお願いします」
「まあ、そうなるよね」
パラディンはおどけて肩をすくめた。
「今頃、コリンズ一班長は私とした話の内容を次のチェスタトン二班長に伝えているだろうしね」
「他の班長たちにも伝えているでしょう」
紅茶を啜ってから、エリゴールがぼそりと呟く。
「良くも悪くも、この隊の結束力は強そうです」
「確かにねえ。あの人払いは徹底してたよねえ」
「しかし、考えは浅い。……何か問題があれば、また同じ手を使って大佐殿も〝栄転〟にできると思ったのでしょう」
「ほう。私は試されているのか。これはよりいっそう頑張らないと。今度は私がドレイク大佐に〝栄転〟判定されてしまう」
パラディンは冗談のように笑っていたが、間違いなく本気で言っている。
自分がドレイクに気に入られている自覚はあるが、この艦隊――否、司令官の足を引っ張る存在と見なされれば、容赦なく切られる。かつてのウェーバー、マクスウェル、そしてアルスターのように。
(逆に言うと、こういう人だから、ドレイク大佐と意気投合したんだろうなあ……)
モルトヴァンには背筋の寒くなる話だが、エリゴールがパラディンの部下でいる間は〝栄転〟の心配だけはなさそうだ。
モルトヴァンは端末で時刻を確認すると、そろそろ二班長が来そうですよと二人に声をかけた。
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