無冠の皇帝

有喜多亜里

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【06】始まりの終わり(下)

08 個人面談をしていました【一日目】(後)

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 本日最後の面談者、五班長ライトが退室すると、さすがにパラディンも疲れきった様子で一人掛けのソファにもたれかかった。

「いやー、まるで同一人物が一回ずつ変装して面談しに来ているようだったねー」

 モルトヴァンが給湯室に入ったとき、パラディンはエリゴールに向かってそんなことを愚痴っていた。

「彼らは回答も統一しているのかな? 最初のコリンズ一班長とほとんど一緒だ。まあ、顔色は彼ほど悪くはなかったけれども」
「コリンズ一班長から面談の内容を知らされていたからでは?」

 面談中の定位置に立ったまま、淡々とエリゴールが受け答える。

「こちらも、あえて同じ内容にしましたからね。反応の違いを見るために」
「結果、ほとんど違わないことがわかったわけだ」

 モルトヴァンは自己判断で、紅茶ではなくコーヒーを二人分淹れた。ドレイクのコーヒー豆茶ほどではないが薄めである。ついでに、茶菓子も適当に見繕って菓子皿に盛った。この執務室には未開封のクッキー缶――おそらく、ドレイクがアルスターに渡したもの――もあったが、今はまだ出すべきときではないだろう。

「大佐。どうぞ」

 声をかけてから、ローテーブルの上にコーヒーと菓子皿とを並べると、パラディンは満足げに口角を上げた。

「ありがとう。ちょうど小腹が空いていた。……エリゴール中佐、今日の総括をするからここに座って」

 例によってエリゴールは嫌そうな顔をしたが、目的自体は真っ当なため、コリンズが退室した後と同様に、同じソファに腰を下ろした。
 それとすれ違うように、モルトヴァンは自分の執務机に戻り、今日の面談内容を記した書類を改めて見返した。

「エリゴール中佐。一班長から五班長まで、面談を傍聴してみてどう思った?」

 パラディンに呼ばれた時点で、何を訊かれるかは予測していたのだろう。エリゴールはよどみなく意見を述べた。

「少なくとも、彼らも前衛での背面攻撃は愚策とわかっていたようですね。しかし、後衛に配置換えされるまで、その愚策を遂行しつづけた」
「それはまあ、アルスター大佐にそう命令されたから……」
「そうですね。あの命令に従っていれば、命の危険はまずありません。我々は自分たちの命を守るため、上官命令を無視しましたが」

 パラディンは少し考え、なるほど、と苦笑した。

「ウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊が強制撤収されたあの戦闘のときだね。……そうか。君がアルスター大佐隊を嫌っているのは、そういう理由もあるのか」

 無表情のまま、エリゴールはパラディンを一瞥したが、否定も肯定もしなかった。
 今のエリゴールなら、完全に的外れだったら訂正するはずだ。ということは、パラディンの推察は間違ってはいなかったのだろう。モルトヴァンも思わず納得した。

「しかし、彼らももう私の部下だ。この艦隊の勝利のため、有効活用しなくては。まあ、どうしても使い物にならなかったら、班を二つ、〝留守番〟にすることもできるけどね」

 これは予想外だったのか、エリゴールは暗緑色の目を見張った。

「確かに、こちらを減らしても問題ありませんね。今は同じパラディン大佐隊です」
「私も不本意ではあるけどね。殿下の命令には逆らえない」

 パラディンはおどけたように笑うと、コーヒーではなく茶菓子を手に取った。小腹が空いていたというのは本当だったようだ。

 本日、パラディンが個人面談をした〝第五軍港隊〟の班長は五人。
 一班長・コリンズ。髪色は金。大柄でがっしりとしていて、見かけだけなら威風堂々としていた。一班長に任命されたのも、それが理由かもしれない。
 二班長・チェスタトン。髪色は黒。中肉中背。コリンズよりも落ち着いていたのは、もともとそういう性格だからなのかもしれないが、面談前にコリンズからいろいろ伝達されていたせいでもあるだろう。
 三班長・ベントリー。髪色は褐色。長身でひょろりとしていた。物腰は柔らかかったが、パラディンに対してそういう態度がとれること自体、他の四人よりも強心臓だと思われる。
 四班長・クロフツ。髪色は黒。身長は低めだが筋肉質。四角い顎が特徴的で、モルトヴァンは班長というよりも職人のような雰囲気を感じた。
 五班長・ライト。髪色は金。長身痩躯。これといった特徴がないのが特徴かもしれない。

 パラディンが言っていたとおり、表現に多少の違いはあれど、発言内容はほぼ同じ。上官命令には逆らえなかったと切々と訴えつつも、アルスターを批判するようなことは口にしなかった。パラディンの心証をよくするためにそうしたのだとしたら、確かに〝小賢しい〟と言わざるを得ない。

「コリンズ一班長は確実に発案者ではないだろうが、他は何とも言えないな」

 パラディンは茶菓子を片手に、コーヒーをごくごくと飲んだ。
 普段は紅茶派だが、疲れるとコーヒー派になる。そして、優雅さが激減する。

「エリゴール中佐。君はどう思う?」

 エリゴールは横目でパラディンを見やってから、まだ手をつけていないコーヒーに視線を戻した。

「おそらく、今日の五人の中にはいないと思います」
「ほう。その根拠は?」
「昨日の出迎えをしなかった件について、一言も触れませんでした」
「言われてみればそうだが……触れたら藪蛇になるからでは?」
「それも確かにあるでしょう。しかし、発案者は大佐殿がどう感じたか知りたいと思っているはずです。出迎えの件に関しては大佐殿もまったく言及していません」
「なるほど。せっかく悪戯したのに、私が無反応だったら、それは面白くないよね」

 パラディンはにやにや笑うと、残りの茶菓子を口に放りこんだ。
 あれが悪戯と言えるかどうかは別として、エリゴールの根拠には説得力がある。……ような気がする。
 明日の午後には、六班長から十班長と個人面談を行う予定だ。エリゴールの推測が当たっているなら、明日の五人の中に発案者はいる。
 しかし、そもそもパラディンには、これほど早く個人面談をするつもりはなかった。それを曲げさせたのは、言うまでもなくエリゴールである。もしパラディンがこの執務室の模様替えをしたいと言い張らなかったら、〝第五軍港隊〟の班長たちは今日の午前中から個人面談をさせられていたかもしれない。
 なお、明日も午後に行うのは、班長たちを気遣ったわけではなく、せめて午前中はゆっくりしたいというパラディンの自己都合からである。エリゴールはあっさり認めたが、単に午前よりも午後のほうが使える時間が長いからではないかとモルトヴァンは勘繰っている。
 ちなみに、パラディンの執務椅子には、純白の分厚いカバーが掛けてある。もちろん、モルトヴァンが用意したもので、パラディンもよくやったと褒めてくれたが、それでも新調した応接セットのソファにばかり座っているところをみると、執務椅子も交換したほうがいいかもしれない。将来的に、この執務室はパラディン以外の人間が使うことになるかもしれないが、その人間もアルスターの使っていた執務椅子に座りたいとは思わないだろう。

「いずれにせよ、本日の予定は消化した。君がそのコーヒーを飲み終わったら、我が第四軍港に帰ろうか」

 パラディンはにっこり笑うと、運転手兼護衛に早くコーヒーを飲めと圧をかけた。
 別に無理に飲ませなくてもとモルトヴァンは思ったが、ドレイクの〝飲み残しは許さない〟が頭に残っていたのだろう。エリゴールは了解しましたと従順に答えると、コーヒーを一気飲みして、自分の分だけさっさと片づけたのだった。

 * * *

 五班長ライトが〝中央棟〟のミーティング室に戻ると、面談に出かける前と同じように、自分以外の班長たちがたむろっていた。

「どうだった?」

 一班長コリンズに性急に訊ねられたライトは、自分の席に着いてから冷静に答えた。

「やはり、同じだった。……昨日の出迎えの件については何も言われなかった」
「それはそれでつまらないな」

 そう口を挟んできたのは、ライトの隣席に座っていた六班長クリスティだった。

「おい、クリスティ。大佐に余計なことは言うなよ?」

 嫌な予感がして、ライトはすかさず釘を刺した。

「次の出撃で、また前衛に戻るのは確定してるんだ。さすがにもう背面攻撃はさせないだろうが」
「そりゃそうだ。まともな〝大佐〟ならしないだろ」

 クリスティは鼻で笑ってから、机上にあったコーヒーをぐびりと飲んだ。

「まあ、まともじゃない上官の命令に大人しく従う部下もまともじゃないけどな」
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