無冠の皇帝

有喜多亜里

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【05】始まりの終わり(中)

07 ストーカーが語っていました

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 ドレイクからアーウィン宛てに送信された二通のメール――二通目のメールは確実にドレイクの副官の代筆――を立ち読みしたとき、正直言ってヴォルフは困惑した。
 一通目の、元マクスウェル大佐隊の七班長――ヴァラク中佐を〝大佐〟にしたらどうかというのはまだわかる。実質、もう隊長のようなものだったし、今のアルスターより〝大佐〟の仕事をしている。アルスターの穴埋めとしては最適だろう。
 しかし、二通目の大佐同士の直接交流解禁の件に書き添えられていた希望理由が、ヴォルフには取ってつけたもののように感じられたのだ。
 おそらく、真の狙いは別にある。だが、メールを一読したアーウィンは愉快げに笑うと、キャルの手を煩わせることなく、すべて自分で処理してしまった。
 すなわち、ヴァラクを〝大佐〟に昇進させ、同時に元マクスウェル大佐隊をダーナの指揮下から外し、大佐同士の直接交流を解禁した。
 それらをまたメール一本で済ませてしまったのにはもう何も言う気はないが、なぜドレイクが大佐同士が自由に会えることを望んだのか、その理由が気にかかる。
 確かに、メールでやりとりするより、直接会ったほうが連携はしやすくなるだろう。
 そのため、幹部会議や大佐会議も、リモート会議で行われていなかったのだ。一応。

「ドレイクは、大佐同士が自由に会えるようにして、何がしたいんだ?」

 いろいろ考えてはみたが、これといった答えを見つけられなかったヴォルフは、明らかに上機嫌で事務仕事をしているアーウィンに、自分専用の頑丈なソファから腕組みをしたまま訊ねた。

「とりあえず、話がしたいんだろう」

 ディスプレイから目は離さなかったが、すぐにアーウィンは答えた。
 やはり、ものすごく機嫌がよさそうだ。一通目は確実にドレイクが書いたとわかる文面だったからだろう。さすがに箇条書きではなかったが、ほとんど用件のみだった。アルスターとはまさに真逆である。

「あれは文章を書くのが苦手なようだからな。それに……メールだと私に覗き見される」

 ヴォルフは一瞬納得しかけて、アーウィンを二度見した。
 アーウィンの視線は、相変わらずディスプレイに向けられている。

「おまえ……覗き見できなくてもいいのか?」

 ヴォルフとしては当然のことを訊いたまでだったが、アーウィンは不快そうに眉をひそめた。

「私を変態のように言うな」
「いや、おまえはある意味、ドレイクより変態だから。ドレイクは今んとこ口だけだが、おまえは本当にストーカー行為しまくってるから」
「私は盗撮も盗聴も付きまといもしていない」
「でも、ドレイクの携帯にGPSは仕込んであるよな?」
「居場所を常に把握するためだ。やはり、元『連合』の軍人だからな。何かあったとき、私が全責任を取らねばならない」
「物は言いようだな。じゃあ、ドレイクが誰と会って何を話すかには興味ないのか?」
「誰と会うかさえわかれば、話の内容もだいたい見当はつく」

 まだ若干不機嫌そうだったが、アーウィンは迷いなく断言した。
 再び、ヴォルフはアーウィンを凝視する。

「……電話の盗聴はしていないんだよな?」
「しようと思えばできるがしていない。通話記録がわかれば充分だ。それと、防犯カメラの映像があれば」

 それだけしていれば充分ストーカーだろうが! という罵倒は心の中だけに留めておいた。
 ドレイクは「連合」を嫌っているが、彼がその「連合」しかもザイン星系の軍人であったことは紛れもない事実だ。実際問題、〝帝都〟の上層部の一部には、アーウィンも含めて危険視されている。
 よって、もともとドレイクには監視の必要があるのだが、アーウィン自身が誰にも任せず熱心にやっているところが、やはりストーカーである。

「なら、ドレイクがいきなりあの〝七班長〟を〝大佐〟にしろって言い出したのは、今日、〝七班長〟にそう頼まれたからか?」

 この際、盗撮と盗聴と付きまといさえしていなければそれでよし。そう割り切ったヴォルフは、ドレイク限定ストーカーならわかるだろうことを質問した。

「まず間違いないな」

 案の定、ストーカーは即答した。

「私もあの〝七班長〟はすでに〝大佐〟クラスだと思っていたから、すぐに希望どおりにしてやった。ただ、なぜこのタイミングでとは思ったがな。〝大佐〟の数を減らしたくないから、アルスターを〝栄転〟にしなかったと思われたか」
「数じゃないのか?」
「最低限の損失で〝全艦殲滅〟できるなら、私は何人だろうがかまわない」
「ドレイクには五人がいいと思われてたみたいだけどな」
「まあ、五人でいいならそのほうがいい」
「やっぱりこだわってんじゃねえかよ」
「しかし、直接ドレイクに頼みにいくとは、本当に〝七班長〟は豪胆だな。しかも、そのことを私に知られてもかまわないと思っている」

 ヴォルフのツッコミは無視して、アーウィンは感心したように言った。
 ヴォルフは唖然としてアーウィンを見た。自分の出世のためにドレイクを利用したヴァラクをアーウィンが褒めるとは、明日は雨どころか雪でも降るかもしれない。ちなみに、この地で雪が降ったことは一度もない。

「そんな男を〝大佐〟にしてやって、本当によかったのか?」

 本当は、パラディンよりヴァラクを敵視するべきではないかとヴォルフは言いたかった。が、ここでパラディンの名前を出したら、また彼に理不尽な仕打ちをするかもしれない。これ以上パラディンに無用な負担をかけないため、ヴォルフはヴァラクだけをじょうに載せた。

「いくら直接頼まれようが、あの変態がそれだけで〝大佐〟にしてやれなどと言うと思うか?」

 しかし、アーウィンは逆にそう問い返してきた。
 結局、それが理由らしい。ヴォルフは思わず苦笑いをこぼした。

「……まったく思わないな」
「私もだ。だから〝大佐〟にしてやった。それに、ダーナの指揮下にいようがいまいが、あの〝七班長〟は自分の仕事をするだろう」
「そういや……ダーナはこのこと、知っているのか?」

 ダーナの名前を出されて、初めてヴォルフはそのことに思い至った。
 だが、すぐに知らないだろうなと自分で結論を出す。あのダーナがドレイクに頼る真似を許すはずがない。

「知るまいな。知っていたらこんな時間に、元マクスウェル大佐隊の軍港へ向かったりはしないだろう」

 アーウィンの顔に底意地の悪い笑みが浮かぶ。このストーカーは、ドレイク以外の人間の行動も、コンピュータ経由で捕捉できるのだ。
 パラディンとは違い、ダーナにはいろいろ便宜をはかってやっているが、アーウィンは決して彼を気に入っているわけではない。なぜかドレイクが気にかけているのと、それに応えるように結果を出しているから許容しているだけだ。

「ああ、今日はダーナが来ない日だから、〝七班長〟はドレイクのところに行ったのか」
「来ていたらさすがに行けまい。ダーナも、大佐同士の直接交流が解禁されていなければ、これまでのように〝七班長〟の軍港には行けないぞ?」

 そういえばそうかとうなずいてから、ヴォルフの頭に一つの疑惑が浮かんだ。

「もしかして……直接交流解禁のほうも〝七班長〟がドレイクに……?」
「さあな。言ったかもしれんし、言わなかったかもしれん。だが、ほぼ同時に両件を進言してきたのはあの変態だ。……私は直接交流解禁のほうは、あれがもともと望んでいたことだと思うがな。かつては、大佐同士の作戦会議を希望していたこともある」
「ああ……そういやそんなこともあったっけな。副官の名前で他の副官たちに探りを入れていた」
「ダーナは副官に返信させず、自分であれに〝馬鹿野郎〟と返信していたがな。しかし、それであれに見直されたようだから、何が幸いするかわからんな」

 基本的に、アーウィンはドレイク関連では驚くほど饒舌だ。
 しかし、今回はドレイクにメールで〝お願い〟されたのが、ことのほか嬉しかったのだろう。
 わかりやすい。恥ずかしいくらいわかりやすい。

「マスター。お話中、失礼いたします」

 そのとき、自分の執務机で黙々と業務をこなしていたキャルが、手は休めないまま割って入ってきた。

「ヴァラク大佐の隊名ですが、〝元マクスウェル大佐隊〟のままになっております。こちらで〝ヴァラク大佐隊〟に改名してもよろしいでしょうか?」
「ああ、それは少し待ってやれ」

 すぐにそうしろと言うかと思いきや、アーウィンは薄く笑いながらそう返した。

「わざわざそんな名称にしたくらいだからな。何かこだわりがあるのかもしれん。明日あたり、本人に直接メールで確認しよう。――個人的には、〝七班長隊〟がいちばんしっくり来るのだが」
「そうだよな。どうしても〝ヴァラク〟じゃなく〝七班長〟と呼んじまうよな。ドレイクがそう呼んでるから」

 現に、アーウィン宛てのメールでも、〝ヴァラク〟という名前は一度しか使わず、あとはすべて〝七班長〟だった。理由は本人のみぞ知るだが、ドレイクの中ではヴァラクは〝元マクスウェル大佐隊の七班長〟で固定化してしまっているのかもしれない。

「そういえばキャル。〝元マクスウェル大佐隊〟で思い出したが、〝返品〟と〝転属〟は完了しているか?」

 外部の人間が聞いていたら、さっぱりわけがわからなかっただろうが、もちろんキャルはよどみなくアーウィンの問いに答えた。

「完了しております。マスターのご命令どおり、不備のある書類も受理いたしました」
「そうか。では、あとは元ウェーバー大佐隊に〝優しく〟してやるだけだな」

 アーウィンは満足げにうなずいた。おそらくは、パラディンがドレイクの助言を守ったことに満足しているのだろう。なお、元ウェーバー大佐隊はパラディンに確認することなく自動的に〝パラディン大佐隊〟に改名されているが、元ウェーバー大佐隊であったことを忘れないために、アーウィンたちは今でもそう呼んでいる。

「〝優しく〟ねえ。まあ、それは必要不可欠だろうが、〝返品〟と〝転属〟の意味がまったくわからねえな。人数はかなり違うが、結局、どちらも〝元マクスウェル大佐隊〟だろ? 丸々入れ替えるようなことをする意味があったのか?」
「あの変態とパラディンにとってはあったのだろう。同じ〝元マクスウェル大佐隊〟でも、出来不出来にかなり差があるようだからな。その最たる例が〝七班長〟だろう」
「でも、パラディンのところには、いちばん馬鹿が大量に転属させられてなかったか?」

 おまえの命令で――というのは、もう言い飽きたので省略した。

「では、パラディンに〝ビシバシ調教〟されたのだろう」

 すまし顔でそう返されて、ヴォルフは噴き出した。

「いや、それ……ドレイクの冗談だろ?」
「そうか? 私は本気だと思ったが」
「……そう言われると否定できねえな」

 いちばん穏和で良識的な〝大佐〟はパラディンだとヴォルフは思っているが、ドレイクとアーウィンの見解は一致して違うらしい。
 だが、たぶんパラディンなら、ドレイクの執務室を訪ねることはしないだろう。いや、絶対にしないでくれ。
 ヴォルフは眉間に皺を寄せて瞑目すると、自らの保身のためにパラディンに念を送った。
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