無冠の皇帝

有喜多亜里

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【05】始まりの終わり(中)

プロローグ

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「終わったね」

 パラディンが薄ら笑いを浮かべてそう言えば。

「はい。終わりました」

 その左横に立っているエリゴールは、無表情のまま同意した。

「まさか、彼がこんな終わり方をするとは。元ウェーバー大佐隊の指揮官に任命されるまで、思ってもみなかったよ」

 艦長席でモニタを眺めながら、パラディンはしみじみと述懐する。
 と、何が引っかかったのか、エリゴールは横目でパラディンを見やった。

「任命された後は、そう思われていたわけですか」

 パラディンは金色の目を細めて答えた。

「〝邪魔〟だったからね」

 それは、〝栄転〟となった二大佐――ウェーバーとマクスウェルに対して、パラディンたちが大佐会議で下した評価でもあった。
 相変わらず、〝いい性格〟をしている。副官席から彼らを盗み見ていたモルトヴァンは苦笑いしたが、あえて何も言わなかった。自分もまったく同感だったからだ。
 あの場にはいなかったエリゴールはそのことを知らないはずだが、少しの間を置いてから、正面に視線を戻した。

「なるほど。……確かにそうでした」
「とにかく、これでドレイク大佐がこちらに来る前にいた砲撃の〝大佐〟は全員消えた。殿下は今、どう思われているかな?」

 〈オートクレール〉のブリッジは、比喩的な意味で凍りついた。
 さすがにここでその発言はまずかろう。にやにやしているパラディンにモルトヴァンが注意しようとしたとき、エリゴールが眉をひそめて言った。

「本当に、〝いい性格〟をしてらっしゃいますね」

 あくまでパラディンの臆測ではある。が、これまで司令官から下された命令を振り返るに、考えすぎだと一蹴もできない。まったくもって理不尽だが、この世は理不尽なことで溢れかえっている。……あ、目から汗が。

「そうかな? みんな口には出していないだけで、同じことを思っているんじゃないかな? 時間がなかったからとはいえ、殿下は残す〝大佐〟を安易に決めすぎた。まあ、それは私も含めてだけど」
「一応、謙遜はなさるんですね」
「一応ね。面倒事は全部君に丸投げしているし」

 だが、それを悪いとは思っていないのか、パラディンはにやりと笑って肩をすくめた。
 確かに、パラディンはエリゴールにあらゆることを丸投げしまくっている。しかし、パラディンの肩を持つわけではないが、そうしたからこそ、今のこの状況がある。
 今現在、砲撃担当の大佐隊の中で、元マクスウェル大佐隊の班長が在籍しなかった隊は、もう終わりが確定したアルスター大佐隊、ただ一隊しか存在しない。

「あの三人の中では、アルスター大佐が唯一まともな〝大佐〟だと思っていました」

 珍しく、エリゴールが自分から口を切った。
 きわめて端整なその顔には表情らしき表情は浮かんでいなかったが、耳触りのいいその声には感慨のようなものが含まれていた。

「うん。私も左翼と右翼が二〇〇隻になる前まではそう思っていたよ」

 パラディンが静かに微笑んで同意する。

「でも、それは他の二人と比べたら〝まとも〟というだけのことだったらしい。あのとき、ダーナ大佐が砲撃に立候補したから実現しなかったけど、もしアルスター大佐が砲撃艦三〇〇隻を指揮することになっていたらどうなっていただろうね? もっと早く〝退場〟していただけたかな?」
「……そうですね。たぶん、そうなっていたでしょう」

 エリゴールは黙祷するかのように暗緑色の目を閉じた。

「ドレイク大佐はもっと早く、アルスター大佐を〝退場〟させていたでしょう」
「結局のところ、我々はいつも彼頼みだね。まあ、メール一本で殿下を動かせるのは彼だけだから、仕方ないと言えば仕方ないけれども。……私たちでは君たちをマクスウェル大佐から解放できなかった」

 自嘲するようにパラディンが笑う。その〝解放〟の真の意味を知っているモルトヴァンは、自分が余計なことを言ってしまわないよう、ぎゅっと口を引き結んだ。

「以前にも申し上げましたが、外から来た人間にしか変えられないこともあります」

 いろいろありすぎて、パラディンには塩対応をしつづけているエリゴールだが、この問題に関してだけは、パラディンを責めたことは一度としてない。
 両目を開けると、前を向いたまま、諭すように言った。

「そもそも、殿下も〝外から来た人間〟の一人でしょう。殿下がここの司令官になっていなかったら、大佐殿は一生砲撃担当にはなれませんでした」
「……それって、ものすごく遠回しな私への嫌味かな?」

 口ではそう言っていたが、パラディンの笑みは冗談めいたものに変わっていた。
 エリゴールは彼を一瞥すると、かすかに口元をゆるめた。

「いえ。〝ものすごく遠回しな〟はいりません。あからさまに嫌味です」
「自分から平然とそう言ってしまえるのが、まさに君だよね。……アルスター大佐が〝栄転〟になっても、まだ私を護衛に戻したいと思っているのかい?」
「愚問です。自分が退役願を提出したいのは、あくまで護衛の大佐殿にですので」
「そうか。しかし、君にとっては残念ながら、殿下が私を護衛に戻すことはもう二度となさそうだ」
「……本当に、何をしでかしたんですか?」

 呆れたようなエリゴールに、パラディンはしかつめらしく答える。

「さあ……と言いたいところだが、心当たりはある。しかし、それを言ったが最後、私も〝栄転〟になるだろう」
「……ドレイク大佐がらみですね」
「ノーコメントだ」
「承知しました。引き続き、ドレイク大佐の執務室には何があっても行かないようにしてください。代わりに自分が伺います」
「それはそれで複雑なんだが……」

 パラディンとエリゴールの会話を聞いていると、すでに戦闘は終了しているかのようだが、実はまだ継続中である。
 指揮官の指示がなくても動けるのは、エリゴールの調の成果だろうが、に気づいた隊員たちは、少なからず動揺しているのではないだろうか。
 皇帝軍護衛艦隊の砲撃隊として、最も屈辱的かつ合理的な〝懲罰〟。
 アルスター大佐隊は今、無人護衛艦群一〇〇隻の代わりに、自らの意志では動くことも攻撃することもできない〝壁〟にされていた。
 アルスターに憐憫は覚えない。しかし、その部下たちにはモルトヴァンは同情する。
 彼らは今、あの軍艦の中で、ようやく終わったと安堵しているのだろうか。
 今はパラディン大佐隊員となった、元ウェーバー大佐隊員たちのように。
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