無冠の皇帝

有喜多亜里

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【04】始まりの終わり(上)

10 予想外すぎました

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 ヴォルフの予想どおり、モニタの中のドレイクは呆れ果てたような顔をしていた。

『殿下……』

 その顔で深い溜め息を吐き出す。

『粒子砲で宇宙塵の除去は冗談だって、あれほど言ったじゃないですか……しかも、撤収後じゃなくて戦闘終了直後……背面攻撃してたうちの〈旧型〉まで、あやうく除去されるところでしたよ……』

 ――すまん。俺には命令撤回まではさせられなかった。
 心の中でヴォルフは謝罪する。
 地上ではともかく、〈フラガラック〉内でのキャルはアーウィンの命令にのみ従う。〝ヴォルくん〟と呼ばれたとしても、今回だけは甘んじて受け入れよう。今回だけは。

「事前に通告はしただろう」

 しかし、アーウィンはまったく悪びれず、艦長席でふんぞり返っている。
 それはそうだろう。ドレイクにはとても言えないが、あの粒子砲発射は憂さ晴らしだった。
 ドレイクに言われたとおり後退し、無人艦の壁も三枚作った。結局、「連合」は一枚目の壁にかすり傷すらつけられず、ヴォルフとブリッジクルーたちは徒労に終わってよかったと安堵した。だが、罰当たりなことにアーウィンは、どちらも必要なかったではないかと不満に思った。そして、前回ドレイクがポロッと言った、粒子砲で宇宙塵の除去という冗談を思い出し、実験の建前でキャルに粒子砲の発射を命じたのだった。
 もちろん、ヴォルフは止めた。何も今、そんな無駄で危険なことをしなくてもいいだろうと。しかし、後退させられた分、アーウィンの疎外感はいつも以上に強かったようだ。ヴォルフの制止は完全に無視され、キャルもヴォルフの声には耳を貸さず、〝実験〟は強行された。
 結果的には、ドレイクの冗談は冗談になっていなかったことが証明された。が、そんな証明はいらなかったと、知ればドレイクは言うだろう。
 だからヴォルフはあえて言わない。アーウィンを放置して、ドレイクに〝説教〟してもらう。それがいちばんアーウィンには効く。

『それはして当たり前です。しなかったら公開処刑でしょうが』

 案の定、ドレイクが少し語気を荒らげると、とたんにアーウィンはばつが悪そうに視線をそらした。――本当に、悔しいほどに効果覿面である。

『でもまあ、撃ってしまったものは仕方ありません。謝罪はしなくていいですから、アルスター大佐隊以外の砲撃隊に特別手当ください。不要な恐怖を与えた慰謝料がわりに』
「金か。金だけでいいのか」
『殿下はそう簡単に謝っちゃいけません』

 ただいま絶賛説教中の中年男は、大真面目にそう言った。

『たとえ本当はただの鬱憤晴らしだったとしても、殿下がそう言わなければ、隊員たちは何か理由があって戦闘終了後に粒子砲を使ったのだと勝手に解釈してくれるでしょう』

 ――あー……言われなくても見抜いていたか。
 アーウィンの背後でヴォルフは生ぬるく笑ったが、言われた当人は表情をなくして固まっていた。

『それはともかく殿下。今日が最後の一回です。お考えはもうお決まりですか?』

 一転してドレイクは、高級レストランで注文を取りにきたウェイターのようににこやかに微笑んだ。
 ドレイクの説教タイムはいつも短い。だらだら長く続けてもあまり意味はない――かえって逆効果になることを、彼もよく知っているのだろう。
 無駄な粒子砲撃ちはしても、無駄な時間を嫌うのはアーウィンも同じだ。まだ多少ショックは残っているようだったが、ドレイクにつられるようにして口元をゆるめた。

「ああ。決まっている。基地に戻りしだい、すぐに通達を出す」
『基地に戻りしだいですか。それはまた早いですね。でも、今回はそのほうがいいでしょう。早ければ早いほど、修復も早くできます』
「通達の内容は訊かないのか?」
『殿下が俺以外の〝大佐〟にも今すぐ知らせるのであれば』
「いや。そんな面倒なことはしない」
『なら訊きません。基地に戻るまで楽しみにとっておきます』

 ドレイクはすまして答えたが、先ほど〝アルスター大佐隊以外の砲撃隊〟と口にした時点で、彼がいま何を期待しているのかはヴォルフにもわかる。
 アルスターにそのつもりはまったくなかったにしろ、今回は戦闘放棄をしたと言われても言い逃れはできない。おまけに、それでも護衛艦隊は粒子砲を使わずに〝全艦殲滅〟できてしまった。いまやアルスター大佐隊に砲撃隊としての存在価値は皆無である。

「ドレイク。念のため訊いておくが、本当に私の判断で決めていいのだな?」

 アーウィンに探るようにそう問われても、ドレイクの悠然とした表情は変わらなかった。

『もちろん。ここの大将は殿下なんですから』
「……そうか」

 心なしかほっとしたようにアーウィンは呟くと、ああ、そういえばと思い出したように付け足した。

「〈新型〉の改装が完了している。この後、寄れたらソフィアに寄って、〈旧型〉と交換していけ。だが、別に今日でなくともいいぞ。いつ行っても対応できるようにしてある」
『……え?』

 省略が多すぎたのか、話題転換が急すぎたのか(おそらく両方)、ドレイクは眉間に皺を寄せた。しかし、アーウィンは言うべきことはすべて言ったとばかりに、さっさと通信を切ってしまった。

『え、それ、今言うこと?』

 最後にそんな非難の声が聞こえたが、もちろんアーウィンが通信をつなぎ直すことはなく、〈新型〉二隻ではこれまでのような呼び分けはできなくなるな、いったいどうするつもりだ? などと独りごちていた。
 ドレイクでなくとも『それ、今言うこと?』と言いたくなる。だが、ヴォルフはそう言うかわりに別のことを訊ねた。

「今度こそ、アルスターは〝栄転〟だよな?」

 もう決まっているとアーウィンは言ったが、その内容は側近であるヴォルフにもまだ明かしていなかった。

「無論そうだと言いたいところだが」

 アーウィンは苦々しそうに顔をしかめると、コンソールを操作して、まだ本隊に合流できていないアルスター大佐隊を一瞥した。

「今、アルスターを〝栄転〟させてしまっては、左翼に砲撃経験のある〝大佐〟は一人もいなくなってしまう。今回はあの変態が左翼に行ったが、あくまで今回限定のことだろうしな。元ウェーバー大佐隊も合わせて二〇〇隻の面倒はとても見ていられまい」
「じゃあ、どうする気だよ?」

 てっきりアルスターは〝栄転〟になるものと思いこんでいたヴォルフはあせったが、それを面白がるようにアーウィンは薄く笑った。

「〝たった一人の人間を入れ替えるだけで、見違えるほどよくなることも時にはある〟。以前、あの変態はそのようなことを言っていた。ならば、たった一人の人間を異動させるだけで、見違えるほどよくなることも時にはあるはずだ」

 このとき、ヴォルフは猛烈に嫌な予感を覚えた。
 たった一人の人間を異動。――左翼のどこにいったい誰を?

「とにかく、今はおまえにも教えるつもりはない。文句を言われるのは一度で充分だ」
「ということは、俺に文句をつけられるとわかっている人事異動なんだな? いったい誰だ?」
「今は教えるつもりはないと言っただろう。……キャル、全速力で基地に帰るぞ。アルスターの合流は待たなくていい。時間の無駄だ」
「承知しました」

 ――鬱憤晴らしに粒子砲撃つのは無駄じゃないのかよ。
 思わずそう突っこみたくなったが、実際口には出さなかったのは、アーウィンが膝の上で組んだ手に爪を立てているのを見たからだ。
 アーウィンが憤っているのはアルスターに対してだけではない。そのアルスターを砲撃担当にした自分にも憤っている。今回は見送ったようだが、もしもこの先、アルスターも〝栄転〟になったとしたら、アーウィンが選んだ砲撃担当は全員〝栄転〟したことになってしまう。

(皇帝陛下の侍従を選んだときには、あんなに慎重だったのにな。無人艦重視のツケが今になって回ってきたか)

 しかし、アーウィンを批判することはヴォルフにはできない。ヴォルフもまた、無人艦導入に賛成している〝大佐〟なら、とりあえず誰でもいいと思っていた。まさか、無人艦を有効活用するのにも才覚がいるとは、この艦隊にドレイクが来るまで、夢にも思わなかった。
 〈フラガラック〉がゆっくりと反転する。その間に、無人護衛艦群一〇〇隻が飛んできて、〈フラガラック〉の左舷・右舷・後方を囲うように整然と隊列を組んでいく。やや遅れて、コールタン大佐隊一〇〇隻とパラディン大佐隊一〇〇隻も到着した。そうなるよう計算して移動を開始したのだろう。いつものことながら絶妙である。
 アーウィンの人事で唯一救いがあるとすれば、護衛担当は砲撃担当よりも真剣に検討したことである。公私ともに大切な〈フラガラック〉のいちばん近くに(本当は置きたくないが)置かなければならないのだ、とりあえず誰でもいいというわけにはいかなかった。
 その結果、砲撃担当とは逆に、なぜか若い〝大佐〟ばかりになってしまったが、そのうちの一人、ダーナの砲撃転向後の働きぶりを見るに、やはり彼らは砲撃担当よりも優秀だったのだろう。
 護衛艦隊の護衛は置物とよく言われる。だが、〈フラガラック〉の邪魔にならない置物でいるのも、実はかなり難しいことなのだ。

(あのとき、護衛担当と同じくらい真剣に砲撃担当を選んでいたら……)

 そう考えかけて、ヴォルフはやめた。
 あのとき、違う〝大佐〟を選んでいたとしても、今よりよい状況になっていたとは限らない。
 しかし、今よりよい状況になるように、選び直すことはできる。

(と、こいつも考えてくれてたらいいんだが)

 戦闘終了後のアーウィンは、艦長室に引きこもり、事務仕事をしていることが多い。実は仮眠をとっているのではないかと思われる節もあるが、今回は移動するのも面倒になったのか、艦長席の端末で事務仕事を始めていた。
 戦闘中は例外として、何もせずに座っているのは苦手な男である。それだけやることが多いのだろうが、今回の場合は事務仕事で気を紛らわせているようだ。

(でもまあ、粒子砲でゴミ掃除やられるよりはずっといいか)

 ヴォルフもまたいつものようにブリッジの隅に移動すると、スイッチを押して壁からソファを出し、そこに腰を下ろした。
 ちなみに、キャルはいつもの定位置に立ちつづけたままである。別にアーウィンにそうするよう命じられたわけではなく、それがキャルのポリシーらしい。あるいは、そのほうが無人艦を遠隔操作しやすいのか。

(あいつは――というか、〈フラガラック〉は、本当は後退したくなかったのかもしれないな)

 そもそも「連合」と戦うために武装化したわけではないが、今はこの艦隊の旗艦である。あの後退は旗艦として屈辱だったのかもしれない。
 キャルが粒子砲の発射命令には素直に従ったのも、キャルもまた鬱憤晴らしがしたかったからではないか。顔は相変わらず無表情だが、そう勘繰りたくなるほど、今のキャルからは感情のようなものを感じる。

(でも、俺の苦労は二倍に増えた気がする……)

 ヴォルフは両腕を組むと、ソファにもたれて瞑目し、アーウィンに名前を呼ばれるまで現実から一時逃避した。

 * * *

 最終的に、ソフィアで〈旧型〉を〈新型〉二号(仮称)と交換するのは、今回は見送られた。
 ドレイクが早く執務室に戻って司令官からの通達を見たいと思ったからというのもあるが、あわや「連合」の残骸と一緒に粒子砲で除去されそうになった〈旧型〉の乗組員たちが、今日はまっすぐ基地おうちに帰りたいと訴えたからでもある。

 ――「連合」を背面撃ちしていた間、フォルカスが狂ったように上げていた高笑いが耳をついて離れません……

 スミスの英断により、戦闘前に〝船頭〟に復帰したキメイスは、震える声でドレイクに告げたという。

 ――あと、このまま〈旧型〉とお別れするのも寂しいかなと。〈孤独に〉ほどではないですが、いろいろあった軍艦ふねですし。マシムがかっ飛ばしたとか、フォルカスがキレたとか……あれ? いい思い出がない……?

 何にせよ、〈旧型〉を手放すのは、いい思い出を上書きしてからのほうがよさそうである。
 一方、〈新型〉の乗組員たちも、できれば今日はまっすぐ帰りたいと、オールディスを介して回答した。

 ――ソフィアには久しぶりに行ってみたいですけどねえ。さすがに今日は、うちの操縦士と砲撃手が疲弊しきっているので。

 〈旧型〉にも〈新型〉にも、すでに『よくやった』と労いの言葉はかけていた。しかし、何かを察したドレイクは、オールディスに『〝大丈夫、問題ない〟って六班長に伝えておいて』と伝言した。
 実際、今日の〈新型〉は、完全に無人艦になりきっていた。戦闘中、ドレイクが指示を出していたのは、もっぱら〈旧型〉に対してである。背面攻撃をするよう命じたのもドレイクで、それにより〈旧型〉の乗組員たちは新たな精神的ダメージを負う羽目になったのだった。
 そのようなわけで、ドレイク大佐隊は他の大佐隊と同様、まっすぐ自分たちのドックに帰還した。そこでイルホンは、フォルカス以外は心底疲れきった顔をしている〈旧型〉と〈新型〉の乗組員たちを目の当たりにし、改めて今回の戦闘の特殊さを思い知らされた。が、『解散!』の一言と共にドレイクに腕を引っ張られ、移動車の中に放りこまれて、執務室がある〝ドレイク棟〟まで運転させられた。
 セキュリティ上の措置なのだろうが、総司令部や他の大佐(とその副官)からのメールは、執務室の端末でしか見られない。
 もちろん不便である。しかし、イルホンたちが不便と感じるのは、執務室とドックとが中途半端に離れているからで、他の大佐たちは支障ないのかもしれない。

「さあ! 答え合わせだ!」

 〈ワイバーン〉の中でちゃっかり仮眠をとったせいか、ドレイクはフォルカス以上に元気だった。執務室に入ると、すぐさま自分の執務机に向かい、端末を立ち上げる。

「珍しいですね。いつもだったら、先に俺に見させるのに」

 それだけ早く確認したいのだろう。冷やかすように笑いつつ、イルホンも座らずに自分の端末を立ち上げた。
 通達の内容予想は、もちろんアルスターの〝栄転〟である。
 確かに、彼はドレイクの邪魔はしていない。そこはウェーバーやマクスウェルとは違う。
 だが、この艦隊の足はすでにさんざん引っ張っている。今日にいたっては、ほとんど戦闘放棄のような状態で、その穴埋めを〈ワイバーン〉と〈旧型〉と無人艦がした。
 しかし、そのおかげで今日の元ウェーバー大佐隊はスムーズに動けていたような気がする。〈ワイバーン〉と同じく、戦闘開始前に中央から左翼へと完全退避した彼らを見て、さすがに生き残った奴らは違うなとドレイクは感心していた。
 そのドレイクは、執務机に両手をついた格好で、端末のディスプレイを凝視していた。
 これまでの例から考えると、司令官はもう通達を出しているはずだ。ドレイクが今見ているのは、その通達だろう。
 だが、彼の顔には、激薄コーヒーだと思って飲んだら紅茶だったかのような、何とも形容しがたい驚きの表情が浮かんでいた。

「やっぱり、いつもと違うことはするもんじゃねえなあ……」

 ディスプレイを見つめたまま、淡々と独りごちる。

「どうしました? まさか、アルスター大佐は〝栄転〟にはならなかったんですか?」

 そんなはずはとイルホンも端末を操作しはじめたとき、まあ、結論から言うとそうなるなとドレイクは苦笑した。

「アルスターじゃなくて、パラディン大佐が飛ばされちゃったよ。……左翼へ」
「え?」

 意味がわからなかった。
 しかし、説明を求めるより通達を見たほうが早い。端末のディスプレイには、要約すれば次のようなことが書かれていた。
 
 一、本日〇時をもって、元ウェーバー大佐隊の指揮権をアルスター大佐より剥奪する。
 二、本日〇時をもって、パラディン大佐隊の指揮権をパラディン大佐より剥奪し、コールタン大佐に移譲する。
 三、本日〇時をもって、元ウェーバー大佐隊の指揮官をパラディン大佐とする。
 
「つまり……?」
「つまり、アルスターは〝栄転〟にはならなかったけど、元ウェーバー大佐隊の指揮権を取り上げられて、パラディン大佐はその元ウェーバー大佐隊の隊長にされちゃったんだよ。このメール一本で」

 呆れたように笑うドレイクを見て、イルホンは思わず声を張り上げた。

「はぁぁぁぁ?」
「さすが殿下。ここぞというところで俺の予想を飛び越えてくる。こんなゴーマン命令、俺には一生かけても思いつけねえ」
「いや、飛び越えすぎでしょ! アルスター大佐から元ウェーバー大佐隊の指揮権を取り上げたのは非常にグッジョブだと思いますが、何で指揮官を右翼で護衛をしているパラディン大佐にしてしまうんですか? せめて左翼のコールタン大佐でしょう!」
「それはまあ、コールタン大佐には向いていないと思ったからだろうね。単純に」

 ドレイクは苦笑いすると、椅子の背もたれを引いてようやく座った。

「やっぱり、左翼を〝大佐〟不在にはできなかったんだろうなあ。でも、アルスター一人に任せたらどうなるかは、もう嫌になるほどよくわかったから、苦肉の策でパラディン大佐を異動させた。正直、ここの護衛はお飾りみたいなもんだから、コールタン大佐一人でも、二〇〇隻は動かせるだろ」
「それはそうかもしれませんが、パラディン大佐は護衛ですよ!」
「おや。それを言うなら、今、右翼で砲撃やってる〝大佐〟も元は護衛よ?」

 からかうようにそう返され、イルホンは真顔で呟いた。

「そういえばそうでした」
「もっとも、ダーナは自分から名乗り出て、自分の隊ごと砲撃に転向した。今回のパラディン大佐のケースとは全然違う。殿下もなあ。あそこに誰か〝大佐〟を異動させるんなら、そりゃパラディン大佐しかいないが、こないだも、元マクスウェル大佐隊員を大量に引き取らせただろ? ダーナの尻拭いさせられたと思ったら、今度はアルスターの尻拭い。パラディン大佐があまりにも気の毒すぎる……」
「本当にそうですね……」

 しみじみと語るドレイクに、イルホンも神妙にうなずいた。
 ドレイクいわく、基本、護衛担当の〝大佐〟は司令官に信頼されているそうだが、この人事異動もパラディンを信頼しているから……なのだろうか。パラディン一人を元ウェーバー大佐隊に飛ばしたあたり、信頼以外の何かがこめられているような気がしてならない。
 と、そこでイルホンは、ドレイクが端末のキーボード(本人の希望でかなりの旧式)を叩いていることに気がついた。入力速度が小学生よりも遅いのは、考えながら打鍵しているからだということにしておこう。

「大佐、何してるんですか?」

 よかったら自分が代筆しましょうかという含みを持たせて訊ねると、ドレイクは下を向いたまま、うーんと生返事をした。

「パラディン大佐にお手紙書いてる。殿下の決定には逆らえないけど、パラディン大佐は俺の命の恩人だからさ。できるかぎりのことはしてあげたいじゃない?」
「はあ……」

 逆らえないというのには同意しかねるが、パラディンの手助けをしたいという気持ちはよくわかる。ただ、その〝お手紙〟によって、さらに司令官がパラディンに鞭打つような真似をしでかさないか、それだけがとても心配だ。

「やっぱ俺、文章書くの苦手だわ。でも、今は時間がないから許してね!」

 質より早さを重視したらしい。ドレイクはディスプレイにざっと目を走らせると、発射ボタンを押すようにパラディン宛てのメールを送信した。

「いったい何を書いたんですか?」

 戦闘終了後よりも疲れた顔をしているドレイクに好奇心からそう問えば、彼はにやりと笑って「俺なりのアドバイス」と答えた。

「余計なお世話だったかなと思わないでもないが、まあ、パラディン大佐ならそのへんの取捨選択はうまくやるだろう。何にせよ、元ウェーバー大佐隊がアルスターから解放されたのは本当によかった。彼らがアルスターの指揮下に入ることになったのは、俺のせいでもあるからな。ずっと責任は感じてた」

 それはイルホンも察していた。明言はしていないが、ウェーバー大佐隊の一部が無人艦にかばってもらえず戦死したのも自分のせいだと思っているようだ。オールディスを通して〝在庫処分〟のことを伝えたのも、そういう後ろめたさがあったからに違いない。
 確かに、どちらもドレイクがいなければ起こらなかっただろう。だが、そのどちらも最終判断は司令官がしている。さらに言うなら、ウェーバーもアルスターも、砲撃担当に任命したのは司令官だ。
 しかし、その点に関して、ドレイクは決して司令官を非難しない。イルホンからしてみれば、ドレイクが司令官の尻拭いをしているように見える。

「大佐。コーヒーを淹れますが、飲みますか?」

 しかし、イルホンはドレイクの責任発言はあえて聞き流し、いつものようにそう声をかけた。
 笑みの消えた顔でディスプレイを眺めていたドレイクは、イルホンに視線を向けると、いつものように快活に笑った。

「ああ、お願い。ついでに徳用チョコもつけて」

 パラディン宛てのメールを書くのに、かなり頭を使ったようだ。ドレイクは珍しくそんなリクエストをした。

「はいはい」

 イルホンは軽く答えて給湯室に入る。
 建前上は経費削減のため、砂糖もミルクも置いていないこの執務室において、徳用チョコレートは貴重な甘味である。徳用であってもドレイクには充分うまく感じられるらしい。「連合」時代の彼の食生活は相当貧しかったようだ。もっとも、ほとんど最前線にいたようだから、そのせいなのかもしれないが。

(この激薄コーヒーも、最初は仕方なく飲んでたのかもしれないなあ……)

 どんな事情があるにせよ、ドレイクが望むなら、激薄コーヒーでも徳用チョコでもいくらでも差し出そう。
 「帝国ここ」に来てよかったと、少しでも思ってもらえるように。
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