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【03】マクスウェルの悪魔たち(下)
16 上官は面倒な人でした
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今回、先に口を開いたのは司令官だった。
『で、どうする?』
前置きがないのはもはや当たり前だが、その美しい顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。不機嫌そうな表情をしているときよりかえって怖い。
「どうするとは?」
一方、つい先ほどまで気乗りしない様子だったドレイクは、まるでそのことを感じさせない笑顔を艦長席のモニタに向けていた。
ドレイクのこんな態度を見るたびに、本当にこの司令官に〝告白言い逃げ〟したのだろうかとイルホンは疑いたくなるのだが、一見何もかも正反対なようなこの二人が、実は根本的なところはよく似ているというのはまぎれもない事実である。
『〝実現可能であれば〟とおまえは言っていただろう』
ドレイクがしらばっくれても、モニタの中の司令官は笑みを消さなかった。想定内の反応だったらしい。
『おまえの目から見て、今日の両翼は〝実現〟できていたか?』
「俺にそれを訊ねる前に、殿下はどう思われたんですか?」
だが、ドレイクの笑顔も崩れない。イルホンは何となく〝狐と狸の化かし合い〟という慣用句を思い出した。
『先におまえの意見を訊きたいのだが』
「いやいや。そこは先に殿下でしょ。俺は三隻までしか指揮できない〝ダメ大佐〟ですよ?」
『その〝ダメ大佐〟に、今日は特に助けられていたようだったがな』
司令官は青い瞳を細め、赤い唇の端を吊り上げた。
『次から左翼は無人艦だけにしてやろうかと思った』
――あ……やっぱりわかってたんだ……
艦長席にあるカメラの死角でイルホンはぬるく笑った。さすが、初代レクス公は別枠として、歴代最強(〝最凶〟かもしれない)と陰で囁かれるだけのことはある。
「なるほど。そいつはいいですね」
しかし、ドレイクはまったく動じず、呑気な調子でそう返した。
「それならこっちも安心だ。……と言いたいところですが、そういうわけにもいかんでしょ。有人艦二〇〇隻、左翼に置かないでどこに置くんですか? 〈フラガラック〉の前?」
『邪魔だ。それなら〈ワイバーン〉の前に置いてやる』
「……嫌がらせ?」
『冗談だ。では、おまえは左翼はあのままでかまわないと言うのか?』
「かまわなくはないですよ。ただ、今日のあれ一回で配置換えはちと厳しいでしょ。一応、仕事はしてましたしね。せめて〝在庫処分〟が終わるまで、猶予を与えてあげたらどうですか?」
『〝在庫処分〟。……あと二回か』
「そうですね。でも、できたらあともう一回、増やしていただきたいんですが」
ドレイクの表情は相変わらず穏やかなままだったが、司令官は怪訝そうに眉をひそめた。
『増やす?』
「〝突撃〟するだけなら、別に突撃艦じゃなくても、砲撃艦でも護衛艦でもかまわないでしょ?」
他愛もない世間話のように、飄々とドレイクは言葉を連ねる。
「そもそも、俺は前々から突撃艦の存在意義に疑問を持っていましてね。これはまあ、『連合』にいたときの話ですけど。実弾砲中心でレーザー砲の性能も精度も悪かった一昔前ならともかく、今じゃ完全に〝盾〟か〝ミサイル〟です。……あれにも人は乗ってるのにね」
『…………』
「いや、これはあくまで『連合』の突撃艦の話ですよ?」
怒るのではなく逆に沈みこんでしまった司令官を見て、ドレイクはあわてて言い足した。
「『帝国』の突撃艦なら、そういう使い方もありでしょ。何しろ〝無人〟ですから」
おそらく、ドレイク以外の人間にこのような発言をされていたら、司令官は即刻相手を処罰していただろう。しかし、彼はあからさまなくらいほっとした顔をした。時々この二人はどちらが上官なのかわからなくなる。
『わかった。あと三回だな。で、その三回目でも今回と同じ、あるいはそれ以下だったらどうする?』
「そこは殿下のご判断で」
ドレイクは待っていましたとばかりににんまりした。
「それこそ、左翼を全部無人艦にされてもいいでしょう。ただ、有人艦二〇〇隻総入れ替えしなくても、たった一人の人間を入れ替えるだけで、見違えるほどよくなることも時にはあります。あくまで時には、ですけど」
『それで婉曲に言っているつもりなのか?』
名前こそ出していないものの、アルスターの〝入替〟を示唆しているドレイクに、司令官は呆れたように苦笑いする。
『まあいい。覚えておこう。ところで、〈新型〉をもう一隻造らせるが、何か要望はあるか?』
「特には。今の〈新型〉と同じで結構です。……あ、それは無理に急がせなくてもいいですからね。それより、普通の無人艦の増産、優先してください」
『おまえに言われるまでもない』
司令官はむっとしたような表情を見せたが、本気で機嫌を損ねたわけではないことはイルホンにもわかる。わかりたくはなかったが、わかるようになってしまった。
『完成したらまた連絡する。ソフィアで〈旧型〉と乗り替えていけ』
「ああ、なるほど」
感心したようにドレイクが言った。と、司令官はさっさと通信を切ってしまった。
これももういつものことだが、誰に対してもこうなのか、ドレイクだからあえてこうなのか。
何となく後者のような気はするが、たとえ前者だとしても、あの司令官に文句が言える人間は、少なくともこの「帝国」内には存在しないだろう。皇太子ではなくなったが、現皇帝の後見人をしているのだから。
「はぁー、あの人と話すの、ほんとに緊張するなー」
ドレイクはわざとらしく溜め息をつくと、厚い胸をそらせて両肩を何度か回した。
「ええ!? 緊張してるんですか!?」
どう見てもそうは思えない。イルホンは言外にそう訴えたが、ドレイクは真顔でうなずいた。
「うん。だって、あの人怒らせたら、俺、減給されるかもしれないじゃん」
「え! そんな理由で!?」
「俺にとっては一大事だよ。絶対減給されないんなら、いくらでも殿下に怒られたいよ? 『この変態がっ!』ってエンドレスで罵ってもらいたいよ?」
「ああ……殿下はもう、大佐がいちばん恐れているのは減給だと知っていますからね……」
「かと言って、媚びられるのも大嫌いだし。そのへんのさじ加減が実にめんど……いや、難しいのよ」
「ええと……もう何度も訊いてますけど、殿下のことは好きなんですよね?」
「もちろん大好きだよー。でも、俺は殿下の部下で〝大佐〟だから、職分超えたことは言いたくないんだよねー」
困ったように苦笑して、つい先ほどまで司令官が映っていたモニタを見やる。
「仮にも同僚の配置換えなんて、俺の口から言えるわけないじゃない。だけどあの人はそれを言わせようとするんだよ。いやー、ほんとに気ィ遣うわー」
* * *
アーウィンがドレイクとの映像通信を一方的に打ち切った直後、ヴォルフは思わず口走った。
「おい。右翼はいいのか?」
アーウィンは少々面倒くさそうにヴォルフを振り返った。今のアーウィンの機嫌は通常よりやや上である。ドレイクから最終的にどうしたいかという意向らしきものは聞き出せたが、それ以外のことは軽くかわされてしまったので〝やや上〟なのだ。
「では逆に訊ねるが、今日の右翼に何か問題があったか?」
質問に質問で返されてしまった。それでもヴォルフの言葉に応えただけ、やはり〝やや上〟なのだろう。下回っていたらたぶん睨まれて無視されている。
「いや、俺には特に問題はなかったように思えたが……」
「私も今回に限ってはないと思った。あの変態もそう判断したのだろう。何かあれば、私が左翼のことを口に出した時点で、右翼のことにも言及していたはずだ」
「うまく逃げられて残念だったな」
にやにやしながらヴォルフが嫌味を言うと、さすがにアーウィンも渋い顔になった。
「〝言い逃げ〟はあれの得意技だ」
「ああ。そういやそうだった」
「本当に、自分の言いたいことだけいつもしっかり言っていく。あれの言う〝猶予〟とは、アルスターに対してのものではなく、アルスターが排除された後のことを考えるための〝猶予〟だ。〝在庫処分〟を一回増やしてくれと言ってきたのも、その〝猶予〟を延長したかっただけのことだろう。あれもまだ〝対応策〟を考えている途中らしい」
「そう言うおまえはどうなんだ? 〝粒子砲ありき〟の今の編制、ドレイクに見直せって言われてただろ?」
これももちろん嫌味だったが、今度はアーウィンは薄く笑って答えた。
「変態の〝対応策〟待ちだ」
「おいおい。また冗談か?」
「いや、半分以上本気だ。……あれは今回、〝在庫処分〟の対応策を挙げてきた。確かに〝在庫処分〟の対象を旧型の突撃艦だけに限定する必要はまったくない。遠隔操作と自爆。それさえできれば、あれの言うとおり、砲撃艦でも護衛艦でもかまわないわけだ。突撃艦以外の無人艦を流用すれば、その分、突撃艦の造船数を減らすことができる。〝在庫処分〟と同時にコストカットもできて一石二鳥。さらに言うなら、無人艦だけでなく有人艦であってもかまわない。人さえ乗っていなければな」
よどみなく語るアーウィンを、ヴォルフはあっけにとられて見つめていた。
あのとき――ドレイクが「連合」の突撃艦のことを話題にしたとき、ヴォルフは内心、この男は「連合」の批判をしているふりをして、実は遠回しにアーウィンのことを責めているのだろうかと困惑した。無人突撃艦を〝ミサイル〟がわりにして、「連合」の有人突撃艦を全滅させているアーウィンを。
しかし、アーウィンはあれを〝対応策〟と受け止めた。ドレイクの真の意図が何であれ(きっと改めて訊ねてみても、あの男はまたのらりくらりとかわして、まともに答えようとはしないだろう)、旧型の無人突撃艦しか〝ミサイル〟として使えないわけではない――たとえば廃棄予定の有人艦でもかまわないとアーウィンに気づかせるきっかけを与えたのだ。
(何と言うか……部下というより教師みたいだな)
それも、公式や例題を暗記させるのではなく、随時ヒントを与えて自分で考えさせるタイプの教師。〝そこは殿下のご判断で〟などと逃げつつも、その判断材料となることはちゃっかり言っている。実に抜け目ない。
「マスター。帰還準備、整いました」
アーウィンのいる艦長席の左横から、キャルが淡々と声をかけてくる。彼もまたアルスターのせいでいつも以上に負担を強いられたはずだが、その美少女めいた小さな顔にはもちろん何の表情も浮かんではいない。
「わかった。帰還しろ」
「承知しました」
いったんそう答えてから、キャルは思い出したようにこう付け加えた。
「マスター。今回はいつもどおり全艦自爆させてしまいましたが、今後は修理すれば動かせそうな無人艦は牽引して回収したほうがよろしいですか?」
数秒、アーウィンとヴォルフは沈黙した。そして、同時に叫んだ。
「それだ!」
「帝国」皇帝軍護衛艦隊旗艦〈フラガラック〉の専属オペレータは、どこまでも冷静に自分の主人とその側近に問い返した。
「どれでしょうか?」
* * *
「いやー、今日ほど俺らは右翼でよかったって思ったことはねえなあー」
ダーナ大佐隊所属元マクスウェル大佐隊七班長ヴァラクは、七班第一号の艦長用シートにだらしなくもたれかかったまま、アイスティーの入ったコップ(Lサイズ)を両手で持ち、赤いL字型ストローをくわえて啜った。
本人は普通に飲んでいるだけなのだろうが、ただでさえ訓練生に見えるほど童顔(しかも可愛い系)なヴァラクがそうしていると、妙に幼く見える。口調はべらんめえで中身はアレだが、その姿を見ているだけで、ヴァラクの左横に立っている七班長補佐クロケルや第一号ブリッジクルーの心はなごむ。そのためならブリッジ内での飲食は厳禁になっていることなど、平気で無視できるのだった。
「うちの〝馬鹿大佐〟は、指揮官としてならかろうじて馬鹿じゃねえからな。あれはひでえわ。元ウェーバー大佐隊が気の毒すぎる」
ヴァラクは細めの黒い眉をひそめたが、本心から〝気の毒〟と思っているかどうかは〝演技派〟なのでさだかではない。唯一確かなのは、彼が指揮官としてはアルスターよりもダーナのほうが上だと考えているということだけだ。
「アルスター大佐、〝栄転〟になりますかね?」
クロケルがそう訊ねると、ヴァラクは上目使いでにやりと笑った。
「まだならねえな。ドレイク大佐の邪魔すりゃあ、マクスウェルやウェーバーみてえに一発退場なんだが、それはあの大佐もよーくわかってる。それだけは絶対回避で、これからもあの〝追いこみ漁〟、続けるつもりでいるんじゃねえのか?」
「追いこみ漁……」
「それ以外の何物でもねえだろ。自分らは後ろから追い立てるだけ追い立てといて、肝心の網役は元ウェーバー大佐隊と無人艦にまるっと押しつけ。うちの無人艦が有人艦より優秀でほんと助かったな。でも、そんな有人艦ならわざわざ戦場に出す意味がねえ。無人艦の足引っ張られて、かえって大迷惑」
「班長の見立てでは、あと何回くらい、その〝追いこみ漁〟されそうですか?」
「さあてねえ。〝三度目の正直〟で、あと二回は見逃してもらえるかもしれねえが、〝二度あることは三度ある〟もあるからなあ。〝四度目の正直〟期待して、あと三回ってとこか? でも、それで〝栄転〟までされるかどうかはわかんねえな。アルスターの後釜に据えられそうなのが今のところいねえ」
「後釜ですか……」
「ま、そのへんはドレイク大佐がどうにかするだろうさ。元ウェーバー大佐隊を中央から左翼に押しやった責任とって」
「え? ドレイク大佐がですか? 殿下ではなく?」
「今の編制考えてみろよ。完全ドレイク大佐仕様じゃねえか。殿下はドレイク大佐に都合がいいように配置決めてんだよ。でもまあ、うちの〝馬鹿大佐〟にとっても都合はよかったんじゃねえのか? 今日のあのはしゃぎっぷり見てたらよ」
「はしゃぎっぷりって……まあ、確かにアルスター大佐隊よりよっぽど砲撃らしかったですけどね。とても元護衛とは思えないほど」
「ああいうのが好きなら、最初から砲撃になっときゃよかったのにな。くじ引きで決めたのかね?」
「いや、いくら何でも、それはないと思いますが」
「そうかあ? でも、殿下は砲撃のほうの人選はミスったな。今日のあれで確定した」
いかにも楽しげに笑うヴァラクに、クロケルは思わず苦笑いを漏らす。
「ここでしかできない発言ですね」
「だから今ここでしてんだろ。基地戻ったらセイルにメールしよ。今日の戦闘終わるまではって、ずっと我慢してたんだ」
「班長が我慢。……それはすごい」
「俺だってたまには遠慮もするんだよ。セイル、俺らのこと、ちゃんと見ててくれてたかな!」
「……たぶん」
たぶん、今日のセイルは操縦士をしていただろうから、そんな余裕はなかっただろう。クロケルはそう続けたかったが、ヴァラクの〝アゲ要員〟として、その先を言うことも〝見ていましたよ〟と心にもないことを言うこともできなかった。
息するように嘘をつくこの上官は、嘘をつかれるのを何より嫌う。だから、嘘をつくのが苦手な人間を好むのだ。たとえばセイル、ダーナのような。
『で、どうする?』
前置きがないのはもはや当たり前だが、その美しい顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。不機嫌そうな表情をしているときよりかえって怖い。
「どうするとは?」
一方、つい先ほどまで気乗りしない様子だったドレイクは、まるでそのことを感じさせない笑顔を艦長席のモニタに向けていた。
ドレイクのこんな態度を見るたびに、本当にこの司令官に〝告白言い逃げ〟したのだろうかとイルホンは疑いたくなるのだが、一見何もかも正反対なようなこの二人が、実は根本的なところはよく似ているというのはまぎれもない事実である。
『〝実現可能であれば〟とおまえは言っていただろう』
ドレイクがしらばっくれても、モニタの中の司令官は笑みを消さなかった。想定内の反応だったらしい。
『おまえの目から見て、今日の両翼は〝実現〟できていたか?』
「俺にそれを訊ねる前に、殿下はどう思われたんですか?」
だが、ドレイクの笑顔も崩れない。イルホンは何となく〝狐と狸の化かし合い〟という慣用句を思い出した。
『先におまえの意見を訊きたいのだが』
「いやいや。そこは先に殿下でしょ。俺は三隻までしか指揮できない〝ダメ大佐〟ですよ?」
『その〝ダメ大佐〟に、今日は特に助けられていたようだったがな』
司令官は青い瞳を細め、赤い唇の端を吊り上げた。
『次から左翼は無人艦だけにしてやろうかと思った』
――あ……やっぱりわかってたんだ……
艦長席にあるカメラの死角でイルホンはぬるく笑った。さすが、初代レクス公は別枠として、歴代最強(〝最凶〟かもしれない)と陰で囁かれるだけのことはある。
「なるほど。そいつはいいですね」
しかし、ドレイクはまったく動じず、呑気な調子でそう返した。
「それならこっちも安心だ。……と言いたいところですが、そういうわけにもいかんでしょ。有人艦二〇〇隻、左翼に置かないでどこに置くんですか? 〈フラガラック〉の前?」
『邪魔だ。それなら〈ワイバーン〉の前に置いてやる』
「……嫌がらせ?」
『冗談だ。では、おまえは左翼はあのままでかまわないと言うのか?』
「かまわなくはないですよ。ただ、今日のあれ一回で配置換えはちと厳しいでしょ。一応、仕事はしてましたしね。せめて〝在庫処分〟が終わるまで、猶予を与えてあげたらどうですか?」
『〝在庫処分〟。……あと二回か』
「そうですね。でも、できたらあともう一回、増やしていただきたいんですが」
ドレイクの表情は相変わらず穏やかなままだったが、司令官は怪訝そうに眉をひそめた。
『増やす?』
「〝突撃〟するだけなら、別に突撃艦じゃなくても、砲撃艦でも護衛艦でもかまわないでしょ?」
他愛もない世間話のように、飄々とドレイクは言葉を連ねる。
「そもそも、俺は前々から突撃艦の存在意義に疑問を持っていましてね。これはまあ、『連合』にいたときの話ですけど。実弾砲中心でレーザー砲の性能も精度も悪かった一昔前ならともかく、今じゃ完全に〝盾〟か〝ミサイル〟です。……あれにも人は乗ってるのにね」
『…………』
「いや、これはあくまで『連合』の突撃艦の話ですよ?」
怒るのではなく逆に沈みこんでしまった司令官を見て、ドレイクはあわてて言い足した。
「『帝国』の突撃艦なら、そういう使い方もありでしょ。何しろ〝無人〟ですから」
おそらく、ドレイク以外の人間にこのような発言をされていたら、司令官は即刻相手を処罰していただろう。しかし、彼はあからさまなくらいほっとした顔をした。時々この二人はどちらが上官なのかわからなくなる。
『わかった。あと三回だな。で、その三回目でも今回と同じ、あるいはそれ以下だったらどうする?』
「そこは殿下のご判断で」
ドレイクは待っていましたとばかりににんまりした。
「それこそ、左翼を全部無人艦にされてもいいでしょう。ただ、有人艦二〇〇隻総入れ替えしなくても、たった一人の人間を入れ替えるだけで、見違えるほどよくなることも時にはあります。あくまで時には、ですけど」
『それで婉曲に言っているつもりなのか?』
名前こそ出していないものの、アルスターの〝入替〟を示唆しているドレイクに、司令官は呆れたように苦笑いする。
『まあいい。覚えておこう。ところで、〈新型〉をもう一隻造らせるが、何か要望はあるか?』
「特には。今の〈新型〉と同じで結構です。……あ、それは無理に急がせなくてもいいですからね。それより、普通の無人艦の増産、優先してください」
『おまえに言われるまでもない』
司令官はむっとしたような表情を見せたが、本気で機嫌を損ねたわけではないことはイルホンにもわかる。わかりたくはなかったが、わかるようになってしまった。
『完成したらまた連絡する。ソフィアで〈旧型〉と乗り替えていけ』
「ああ、なるほど」
感心したようにドレイクが言った。と、司令官はさっさと通信を切ってしまった。
これももういつものことだが、誰に対してもこうなのか、ドレイクだからあえてこうなのか。
何となく後者のような気はするが、たとえ前者だとしても、あの司令官に文句が言える人間は、少なくともこの「帝国」内には存在しないだろう。皇太子ではなくなったが、現皇帝の後見人をしているのだから。
「はぁー、あの人と話すの、ほんとに緊張するなー」
ドレイクはわざとらしく溜め息をつくと、厚い胸をそらせて両肩を何度か回した。
「ええ!? 緊張してるんですか!?」
どう見てもそうは思えない。イルホンは言外にそう訴えたが、ドレイクは真顔でうなずいた。
「うん。だって、あの人怒らせたら、俺、減給されるかもしれないじゃん」
「え! そんな理由で!?」
「俺にとっては一大事だよ。絶対減給されないんなら、いくらでも殿下に怒られたいよ? 『この変態がっ!』ってエンドレスで罵ってもらいたいよ?」
「ああ……殿下はもう、大佐がいちばん恐れているのは減給だと知っていますからね……」
「かと言って、媚びられるのも大嫌いだし。そのへんのさじ加減が実にめんど……いや、難しいのよ」
「ええと……もう何度も訊いてますけど、殿下のことは好きなんですよね?」
「もちろん大好きだよー。でも、俺は殿下の部下で〝大佐〟だから、職分超えたことは言いたくないんだよねー」
困ったように苦笑して、つい先ほどまで司令官が映っていたモニタを見やる。
「仮にも同僚の配置換えなんて、俺の口から言えるわけないじゃない。だけどあの人はそれを言わせようとするんだよ。いやー、ほんとに気ィ遣うわー」
* * *
アーウィンがドレイクとの映像通信を一方的に打ち切った直後、ヴォルフは思わず口走った。
「おい。右翼はいいのか?」
アーウィンは少々面倒くさそうにヴォルフを振り返った。今のアーウィンの機嫌は通常よりやや上である。ドレイクから最終的にどうしたいかという意向らしきものは聞き出せたが、それ以外のことは軽くかわされてしまったので〝やや上〟なのだ。
「では逆に訊ねるが、今日の右翼に何か問題があったか?」
質問に質問で返されてしまった。それでもヴォルフの言葉に応えただけ、やはり〝やや上〟なのだろう。下回っていたらたぶん睨まれて無視されている。
「いや、俺には特に問題はなかったように思えたが……」
「私も今回に限ってはないと思った。あの変態もそう判断したのだろう。何かあれば、私が左翼のことを口に出した時点で、右翼のことにも言及していたはずだ」
「うまく逃げられて残念だったな」
にやにやしながらヴォルフが嫌味を言うと、さすがにアーウィンも渋い顔になった。
「〝言い逃げ〟はあれの得意技だ」
「ああ。そういやそうだった」
「本当に、自分の言いたいことだけいつもしっかり言っていく。あれの言う〝猶予〟とは、アルスターに対してのものではなく、アルスターが排除された後のことを考えるための〝猶予〟だ。〝在庫処分〟を一回増やしてくれと言ってきたのも、その〝猶予〟を延長したかっただけのことだろう。あれもまだ〝対応策〟を考えている途中らしい」
「そう言うおまえはどうなんだ? 〝粒子砲ありき〟の今の編制、ドレイクに見直せって言われてただろ?」
これももちろん嫌味だったが、今度はアーウィンは薄く笑って答えた。
「変態の〝対応策〟待ちだ」
「おいおい。また冗談か?」
「いや、半分以上本気だ。……あれは今回、〝在庫処分〟の対応策を挙げてきた。確かに〝在庫処分〟の対象を旧型の突撃艦だけに限定する必要はまったくない。遠隔操作と自爆。それさえできれば、あれの言うとおり、砲撃艦でも護衛艦でもかまわないわけだ。突撃艦以外の無人艦を流用すれば、その分、突撃艦の造船数を減らすことができる。〝在庫処分〟と同時にコストカットもできて一石二鳥。さらに言うなら、無人艦だけでなく有人艦であってもかまわない。人さえ乗っていなければな」
よどみなく語るアーウィンを、ヴォルフはあっけにとられて見つめていた。
あのとき――ドレイクが「連合」の突撃艦のことを話題にしたとき、ヴォルフは内心、この男は「連合」の批判をしているふりをして、実は遠回しにアーウィンのことを責めているのだろうかと困惑した。無人突撃艦を〝ミサイル〟がわりにして、「連合」の有人突撃艦を全滅させているアーウィンを。
しかし、アーウィンはあれを〝対応策〟と受け止めた。ドレイクの真の意図が何であれ(きっと改めて訊ねてみても、あの男はまたのらりくらりとかわして、まともに答えようとはしないだろう)、旧型の無人突撃艦しか〝ミサイル〟として使えないわけではない――たとえば廃棄予定の有人艦でもかまわないとアーウィンに気づかせるきっかけを与えたのだ。
(何と言うか……部下というより教師みたいだな)
それも、公式や例題を暗記させるのではなく、随時ヒントを与えて自分で考えさせるタイプの教師。〝そこは殿下のご判断で〟などと逃げつつも、その判断材料となることはちゃっかり言っている。実に抜け目ない。
「マスター。帰還準備、整いました」
アーウィンのいる艦長席の左横から、キャルが淡々と声をかけてくる。彼もまたアルスターのせいでいつも以上に負担を強いられたはずだが、その美少女めいた小さな顔にはもちろん何の表情も浮かんではいない。
「わかった。帰還しろ」
「承知しました」
いったんそう答えてから、キャルは思い出したようにこう付け加えた。
「マスター。今回はいつもどおり全艦自爆させてしまいましたが、今後は修理すれば動かせそうな無人艦は牽引して回収したほうがよろしいですか?」
数秒、アーウィンとヴォルフは沈黙した。そして、同時に叫んだ。
「それだ!」
「帝国」皇帝軍護衛艦隊旗艦〈フラガラック〉の専属オペレータは、どこまでも冷静に自分の主人とその側近に問い返した。
「どれでしょうか?」
* * *
「いやー、今日ほど俺らは右翼でよかったって思ったことはねえなあー」
ダーナ大佐隊所属元マクスウェル大佐隊七班長ヴァラクは、七班第一号の艦長用シートにだらしなくもたれかかったまま、アイスティーの入ったコップ(Lサイズ)を両手で持ち、赤いL字型ストローをくわえて啜った。
本人は普通に飲んでいるだけなのだろうが、ただでさえ訓練生に見えるほど童顔(しかも可愛い系)なヴァラクがそうしていると、妙に幼く見える。口調はべらんめえで中身はアレだが、その姿を見ているだけで、ヴァラクの左横に立っている七班長補佐クロケルや第一号ブリッジクルーの心はなごむ。そのためならブリッジ内での飲食は厳禁になっていることなど、平気で無視できるのだった。
「うちの〝馬鹿大佐〟は、指揮官としてならかろうじて馬鹿じゃねえからな。あれはひでえわ。元ウェーバー大佐隊が気の毒すぎる」
ヴァラクは細めの黒い眉をひそめたが、本心から〝気の毒〟と思っているかどうかは〝演技派〟なのでさだかではない。唯一確かなのは、彼が指揮官としてはアルスターよりもダーナのほうが上だと考えているということだけだ。
「アルスター大佐、〝栄転〟になりますかね?」
クロケルがそう訊ねると、ヴァラクは上目使いでにやりと笑った。
「まだならねえな。ドレイク大佐の邪魔すりゃあ、マクスウェルやウェーバーみてえに一発退場なんだが、それはあの大佐もよーくわかってる。それだけは絶対回避で、これからもあの〝追いこみ漁〟、続けるつもりでいるんじゃねえのか?」
「追いこみ漁……」
「それ以外の何物でもねえだろ。自分らは後ろから追い立てるだけ追い立てといて、肝心の網役は元ウェーバー大佐隊と無人艦にまるっと押しつけ。うちの無人艦が有人艦より優秀でほんと助かったな。でも、そんな有人艦ならわざわざ戦場に出す意味がねえ。無人艦の足引っ張られて、かえって大迷惑」
「班長の見立てでは、あと何回くらい、その〝追いこみ漁〟されそうですか?」
「さあてねえ。〝三度目の正直〟で、あと二回は見逃してもらえるかもしれねえが、〝二度あることは三度ある〟もあるからなあ。〝四度目の正直〟期待して、あと三回ってとこか? でも、それで〝栄転〟までされるかどうかはわかんねえな。アルスターの後釜に据えられそうなのが今のところいねえ」
「後釜ですか……」
「ま、そのへんはドレイク大佐がどうにかするだろうさ。元ウェーバー大佐隊を中央から左翼に押しやった責任とって」
「え? ドレイク大佐がですか? 殿下ではなく?」
「今の編制考えてみろよ。完全ドレイク大佐仕様じゃねえか。殿下はドレイク大佐に都合がいいように配置決めてんだよ。でもまあ、うちの〝馬鹿大佐〟にとっても都合はよかったんじゃねえのか? 今日のあのはしゃぎっぷり見てたらよ」
「はしゃぎっぷりって……まあ、確かにアルスター大佐隊よりよっぽど砲撃らしかったですけどね。とても元護衛とは思えないほど」
「ああいうのが好きなら、最初から砲撃になっときゃよかったのにな。くじ引きで決めたのかね?」
「いや、いくら何でも、それはないと思いますが」
「そうかあ? でも、殿下は砲撃のほうの人選はミスったな。今日のあれで確定した」
いかにも楽しげに笑うヴァラクに、クロケルは思わず苦笑いを漏らす。
「ここでしかできない発言ですね」
「だから今ここでしてんだろ。基地戻ったらセイルにメールしよ。今日の戦闘終わるまではって、ずっと我慢してたんだ」
「班長が我慢。……それはすごい」
「俺だってたまには遠慮もするんだよ。セイル、俺らのこと、ちゃんと見ててくれてたかな!」
「……たぶん」
たぶん、今日のセイルは操縦士をしていただろうから、そんな余裕はなかっただろう。クロケルはそう続けたかったが、ヴァラクの〝アゲ要員〟として、その先を言うことも〝見ていましたよ〟と心にもないことを言うこともできなかった。
息するように嘘をつくこの上官は、嘘をつかれるのを何より嫌う。だから、嘘をつくのが苦手な人間を好むのだ。たとえばセイル、ダーナのような。
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―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
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