無冠の皇帝

有喜多亜里

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【03】マクスウェルの悪魔たち(下)

01 作戦説明室できました

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「ようやく、この作戦説明室を使えるときが来たな」

 午後一時半。イルホンと〝六班長〟セイルを引き連れて待機室へとやってきたドレイクは、壁に設置されたディスプレイパネルを見て悦に入った。

「作戦説明室っていうより、作戦説明コーナーですけどね……」

 ドレイクの命令で、他の隊員たちと共にこの〝作戦説明室〟を作ったスミスは複雑な笑みを浮かべる。
 通常、待機室は軍艦の数に合わせて十部屋に分かれている。その点はこのドックも同じだったが、エントランスにいちばん近いこの待機室だけは、なぜか他のそれよりも広かった。
 ドレイク大佐隊は隊員数が少ないため、普段はこの待機室のみを使用している。スミスたちはその部屋のいちばん端をアコーディオンドアで仕切り、〝作戦説明室〟としたのだった。
 とは言っても、パネルは最初からその場所に設置されていた。スミスたちがしたことと言えば、アコーディオンドアを取りつけたことと、パネル前に椅子を人数分並べたことくらいである。

「まあ、何でもいいさ。端末と連動して説明できるってことだけでも俺には感動もんだよ。おまけに魔法のステッキが。ニュースキャスターにでもなった気分だな」

 パネルのタッチ棒を笑顔で振り回すドレイクを見て、イルホンたちは改めて思った。
 ――子供みたいな人だ……

「おっと忘れてた。〝新入生〟紹介しなくちゃな。六班長、ちょっと来て」
「はあ……」

 〝作戦説明室〟の隅であっけにとられたように立ちつくしていたセイルが、ドレイクに呼ばれてその隣に移動する。
 ちなみに、フォルカスはマシムの背後に退避中である。それだけでは不充分だと思ったのか、マシムの隣にはギブスンも立っていた。
 イルホンが気づいたくらいだから、当然セイルも気づいていただろうが、ドレイクに言われたように無理に声はかけないことにしたのか、マシムのほうには見向きもしなかった。

「もうみんな知ってると思うが、今日付でダーナ大佐隊から転属になったセイル中佐だ。どうしてうちに転属されたのかは諸事情により秘密。名前では呼びづらいだろう人間も一部いるから〝六班長〟って呼んで。いろいろな意味でかわいそうな人だから、優しくしてあげてね」
「何ですか、その紹介は」

 さすがにセイルは異を唱えたが、イルホンはドレイクにしてはまともな紹介だと思った。

「俺は嘘はついてない。とりあえず、みんなに挨拶しときなさいよ。対上官用スマイルで」
「対上官用スマイル?」

 訝しそうな顔はしたものの、セイルは隊員たちに向き直ると、別人のように爽やかに微笑みかけた。

「理由を説明できなくて申し訳ありませんが……これからよろしくお願いいたします」

 隊員たちは一瞬茫然としてから、我に返ったように拍手した。――フォルカス以外。

「ここはドレイク大佐のハーレムか?」

 拍手しつつも、ディックは自分の隣にいたオールディスにぼやいた。

「だとしたら、俺たちは何だ?」
「……引き立て役?」
「おまえにしては的確な判断だ。確かに六班長、〝びっくり〟だったな」
「何だそりゃ?」
「ダーナ大佐隊班長情報。ちなみに七班長は〝超びっくり〟だったそうだ」
「あれ以上の男前だったのか?」
「その班長いわく、〝訓練生がまぎれこんでいるのかと思った〟」
「……若く見えたってことか?」
「ってことなんだろうな。六班長、七班長の写真持ってないかな」
「持ってたとしたら、俺、引くな……」
「それじゃ作戦説明に入る。みんな、適当なとこに適当に座って。……イルホンくん、このパネルに今度の配置図、映してちょうだい」

 パネルの右側――隊員たちから見れば左側に置かれたテーブルにすでに着席していたイルホンは、端末を操作しながら答えた。

「了解しました」

 * * *

 作戦説明終了後、すぐに〈新型〉の操縦席を見たがったセイルは、実際それを目の当たりにして、秀麗な顔を曇らせた。

「これまでのとは、まるで別物だな」
「俺も初めて見たとき、そう思った」

 ドレイクにセイルの教官役を命じられたスミスが、何度も首を縦に振る。

「かえって、若い奴らのほうが余計な知識がないぶん覚えがいい。でも、うちの大佐はこれの操縦を三日で習得して、四日目に飛ばしたっていうからなあ。年齢じゃないのかもしれん」
「ドレイク大佐が?」
「いや、実際にはこのじゃなくて、これの元になっただけどな。今はシミュレーターとしてドックに置いてある」
「シミュレーター?」
「ああ、でも、今はシミュレーターとしても使われてないな。うちのはみんなシミュレーション機能が充実してるから。このもそうだ」
「しかし、なぜ無人艦と同じ外装に?」

 セイルのもっともな疑問に、スミスは呆れたように眉を吊り上げた。

「うちの大佐いわく。〝贖罪〟だそうだ」
「贖罪?」
「今まで無人艦を盾にしてきたが、かわいそうになったから、今度は自力でって言うんだが……わけわかんないだろ?」

 セイルは生真面目に答えた。

「ああ。まったくわからない」
「俺は他の隊にはわからないように無人艦を動かしたいからじゃないかと勝手に思ってるんだが……大佐だけに、本気で〝贖罪〟と考えているような気もする」
「無人艦を動かす?」

 〝贖罪〟よりも、そちらのほうがセイルには気になったようだ。

「ああ。基本的に無人艦は有人艦を護衛して飛ぶようにできてるだろ? 殿下に〝お願い〟しなくても、有人艦を動かせば、勝手に無人艦はついてくる。その有人艦が外装は無人艦と同じなら、外からは無人艦群が遠隔操作されてるようにしか見えない」
「なるほど。確かに」
「まあ、他にも、無人艦の外装してれば、戦闘中はどこの隊にも怪しまれずに潜りこめるとかあるけどな。いずれにしろ、うち以外手に入れられないし、うち以外欲しがらないだろ、こんな
「だろうな。……とりあえず、一度手本を見せてくれないか? それからシミュレーションを始めてみる」
「わかった」

 軽くスミスは応じると、操縦席に座り、一からセイルに説明しはじめた。

「さすがだなあ、スミス先輩」

 転属仲間四人と共に、ブリッジの隅からその様子を見ていたディックが、一応声を潜めて感心した。

「あんな男前相手でも、まったく気後れしていない」
「おまけに、今はあの〝六班長〟がここの隊員の中ではいちばん高身長で、いちばん年上なんだけどな」

 オールディスがにやにやして情報を補足する。と、バラードがすぐに反応した。

「え、あの班長、俺より年上なのか?」
「まあ、年上って言っても、たった一歳だけだけどな。見た目はおまえのほうが全然老けてるから心配するな」
「俺は別にそんな心配はしていない」
「……実は俺、ずっと思ってたんだけど」

 ふと、ディックが真顔になって切り出した。

「スミスも含めて、ここの隊員、妙に美形慣れしすぎてないか?」
「は?」

 ラッセルは唖然としたが、他の同僚たちはディックの指摘に深くうなずいていた。

「ああ、それは俺も思ってた。ここの美形在籍率、異常に高すぎ。俺たちが入って下がったが、あの六班長のせいでまた上がった」
「自虐的な……でも、それはそれでいいことなんじゃないのか?」
「男の美形が増えてもな。自分の顔を鏡で見て、落ちこむ回数が増えるだけだ」
「割りきれ割りきれ。鏡さえ見なければ、目にはとても優しい環境だ」

 そのとき、今度はスターリングが決定的一言を口にした。

「〈新型〉って、名前は〈新型〉だけど、乗組員の平均年齢は〈旧型〉だよな」
「あ、今まであえて触れずにいたことを!」
「確かに。ためしに〈旧型〉の乗組員の平均年齢を計算してみたら、〈新型〉よりも若かった」
「計算したのか、バラード」
「〈ワイバーン〉は、大佐の年齢がはっきりしないので計算できなかった」
「たぶん、まだ四十代前半だと思うが、この場合、大佐は含めなくてもいいんじゃないか?」
「それなら、〈ワイバーン〉が断トツで若い」
「そりゃそうなるよな。訓練生二人入ってるし」
「自分の乗艦だから、乗組員の平均年齢、若くしてんのかな」
「おまえらと大佐を一緒にするな」
「……今日、ここに転属されてきたばかりの俺が、こんなことを言うのも何なんだが」

 スミスと交替して操縦席についたセイルが、コンソールを操作しながら小声で話す。

「乗組員があんな調子で、このは大丈夫なのか?」
「ああ……ここに来るまでは、あいつらもまともだったんだけどなあ……」

 懐かしい思い出話を語るかのように、スミスは遠い目をした。

「いや、今のが本性なのかな。まだ一週間しか経ってないのに、あっというまにここに馴染んじまって……あいつらと同僚だった俺の立場としては、喜んだほうがいいのか、恥じたほうがいいのか……」
「さっきの作戦説明のときにも思ったが……いろいろな意味で恐ろしいな、この隊は」
「まあな」

 スミスはニッと笑って白い歯を剥き出した。

「でも、はまるともうどこにも行きたくなくなる。……俺の元同僚の中では、ラッセルがいちばんまともだ。オールディスは頼りになるが、その分遊ぶ。あいつらの会話に嫌気がさしたら、ラッセルに声をかけてみてくれ。たぶんそのとき、あいつも孤立してる」
「わかった。操作方法と一緒に覚えておく」

 どこまでも真面目にそう答えると、セイルは大きな手で操縦桿を握った。

 * * *

「フォルカス。今のおまえ、完全に〈フラガ〉状態だな」

 セイルがスミスたちと一緒に待機室を出ていっても、まだマシムの背後に隠れて立っていたフォルカスを、ドレイクがにやにやしながら冷やかした。

「大佐……俺、あの人のこと、ほんとは嫌いっていうより怖いんです……」

 げっそりした顔でフォルカスは訴える。

「どうして怖いかっていう理由ははしょりますがね。俺はこれからどうしたらいいんすか?」
「そのはしょった理由がかなめだと俺は思うがね。今の状態でいいんじゃないか? 怖くなくなるまで、そんなふうにマシムとギブスンを盾にしてろよ」
「頼んでおいて何ですけど、今の自分、すげえ情けないです……」
「普段、面倒見てやってるんだから、こういうときくらい頼ったっていいだろ。特にギブスン。おまえが操縦士しなくて済むようになったのは、元をたどればフォルカスのおかげだ。よーく感謝してお仕え申し上げろ」
「イエッサー。でも、どう元をたどればフォルカスさんに……?」
「そのへんが〝諸事情〟だ。マシムは……はっきり言って、今までと変わんないよな?」

 珍しく不満そうに自分を見ているマシムに、ドレイクは決まり悪げに苦笑をこぼした。

「そんな顔するなよ。フォルカスが六班長怖がってるのは、暴力振るわれたからでも嫌がらせされたからでもないぞ?」
「え?」

 マシムはフォルカスを振り返り、フォルカスは嫌々といった様子で何度かうなずいた。

「じゃあ、何で……」
「六班長はおまえほど〝護衛〟がうまくなかったのさ。ああ見えて不器用な男なんだ。そう目のかたきにするな」
「はあ……」
「それじゃイルホンくん。〈新型〉、抜き打ちチェックしてくるか。きっとスミスと六班長以外、真面目に訓練してないぞ」
「大佐に〝真面目に訓練〟って言う資格、ないと思いますけど」

 ドレイクとイルホンはドック側のドアから待機室を出た。それを見送ってから、キメイスが軽く苦笑いする。

「やっぱり、六班長が気がかりなんだろうな。うちの、特殊だから。ベテランほど操縦しにくいって、前にスミスさんが言ってた」
「もし、出撃までに六班長がマスターしきれなかったら、やっぱりギブスンが〈旧型〉の操縦することになるんですか?」

 にこりともしないでマシムが訊ね、ギブスンが「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。

「いや、そしたらきっと大佐が〈新型〉の操縦するだろ。でも、六班長なら意地でも間に合わせてくると思うな。……いいとこ見せたいから」
「誰に?」
「そこを突っこむなよ、マシム」
「何でマシム、あんなに怒ってるんだろ?」

 腕組みをして首をひねっているシェルドンに、ティプトリーは呆れ半分諦め半分の笑みを向ける。

「怒ってるのはわかっても、理由はわからないんだね。さすがシェルドン」
「とりあえず、当分の間、六班長は〈新型〉に缶詰だな?」

 ようやくマシムの陰から出てきたフォルカスが、両腕を上げて伸びをした。

「よし、それなら今のうちに〈旧型〉に行くぞ。グイン、ラス、ウィルヘルム。一緒に来い。〈旧型〉と〈新型〉、ほとんど変わんないから、〈旧型〉で説明する」
「あ、ああ……」
「キメイスとギブスンも一緒に行こうぜ。マシム、かくまってくれてありがとな。また六班長がいるとき、よろしく頼む」
「はあ……」
「じゃあ俺、先行ってるな!」

 フォルカスは叫ぶと、ドレイクたちが使ったドアから走って出ていった。

「俺たちに指導するっていうより、班長からの退避だよな、あれは」
「でも、俺たちは整備だから。フォルカスに仕切られるのが仕事だから」

 整備三人組はそろって溜め息をついてから、フォルカスの後を小走りに追いかけていく。
 そして、待機室には、憮然と立ちつくしているマシムと、それを同情の目で眺めているキメイス、ギブスン、ティプトリー、不可解そうに首をかしげているシェルドンが残された。

「マシム……ミーティングと昼飯のときには、フォルカス、必ずまたおまえに頼んでくるから……」

 シェルドン以外を代表して、キメイスが腫れ物に触るように声をかける。

「はあ……たぶんそうでしょうけど……」

 マシムはそう前置きしてから、その場の誰もが想像していなかったことを答えた。

「俺、今の今まで気づかなかったんですけど、整備三人入ったら、フォルカスさんの手伝い、もうできなくなるんですね……」

 キメイスはマシムを見つめたまま、一歩後ずさった。

「俺も気づかなかった……確かに整備の手伝い名目なら、堂々とそばにいられるし、おまけに褒めてもらえる……!」
「だから妙に整備に熱心だったんだ……」

 腑に落ちたようにティプトリーが呟く。

「なんて知能犯……シェルドンと違って!」

 ギブスンがそう言った瞬間、ティプトリーはキッと彼を睨んだが、すぐにそのシェルドンがのんびりとこう言った。

「それは否定しないけど、キメイスさんたちはそろそろ〈旧型〉に行ったほうがいいんじゃないですか? フォルカスさんが二人にも声をかけたのは、〈旧型〉を動かしてもらいたかったからなんじゃ……」
「しまった!」

 たちまち、キメイスとギブスンの表情が一変する。

「フォルカスに切れられる……!」
「どうせ言うならもっと早く言え、シェルドン!」
「いや、俺も今、気づいたから……」

 シェルドンがあっけらかんと言い訳している間に、キメイスとギブスンは待機室から飛び出していってしまっていた。

「〈ワイバーン〉に会いにいく」

 誰にともなくそう宣言したマシムは、ごく普通に歩いて待機室を後にする。

「やっぱり……俺たちも行かないとまずいよな」
「今日のマシムとは、あまり一緒にいたくないけどね」

 ティプトリーは苦笑しながら、いつものようにシェルドンにエスコートしてもらい、二人一緒に待機室を出た。
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