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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
23 もてあそばれていました
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翌週。ダーナ大佐隊はまた慌ただしい朝を迎えた。
まず、ドレイク大佐隊に転属願を出した四十六人は、ダーナ大佐隊に異動してきたばかりなのにもかかわらず、再び元マクスウェル大佐隊のそれぞれが属していた班に戻るよう命じられた。
そのとき、ヴァラク以外の班長はすべて入れ替えられ、セイルに至ってはドレイク大佐隊に転属となったと知らされて、彼らはしばし呆然とした。
「そんな……あの六班長が、どうして……」
「いや、俺は希望した理由はわかるけど……よく転属させてもらえたな」
「でもいい。七班長が実質隊長になって、班長も変わったんなら、俺は喜んで元マクスウェル大佐隊に帰る」
それに対して、ダーナ大佐隊に転属願を出した約三〇〇人は、そのまま希望どおりダーナ大佐隊内に留まることを許された。
彼らを統括する班長として、ヴァッサゴ、エリゴール、ムルムスの三人が元マクスウェル大佐隊から異動してきたが、実際のところ、ヴァラクに放逐されてここに来たのだということは、〝馬鹿中の馬鹿〟である三〇〇人にも見当はついた。
わずか六日前には〝馬鹿〟と見下していた同僚たちに、にやにやされながら周りを取り囲まれ、ヴァッサゴ、ムルムスはすっかり顔色を失っていたが、エリゴールだけはまったく動じていなかった。それが気に食わなかったのか、元五班長アンドラスがエリゴールを嘲笑った。
「結局、てめえも〝人員整理〟されてんじゃねえかよ、バーカ」
しかし、エリゴールは怯むことなく冷然と答えた。
「おまえらは〝平〟だが、俺らはまだ〝班長〟だ。おまえらの〝人員整理〟するために〝人事異動〟されてきたんだよ、この低能」
――ヴァラクに、三人の中でいちばんましなのはおまえだと言われた。
それだけが、今のエリゴールに残された最後のプライドだった。
一方、先の四十六人はダーナ大佐隊の各班にほぼ均等に配属されていたが、その三〇〇人は最初から現在に至るまで、予備のドックにまとめて放りこまれていた。
そのドックのいちばん近くに自分のドックがあるダーナ大佐隊所属第十班班長は、ダーナ大佐隊のミーティング室において、深い溜め息を吐き出した。
「あの四十六人ではなく、三〇〇人のほうを帰してもらいたかった……」
その気持ちは痛いほどよくわかったが、それは絶対ないだろうと他の九人の班長たちは全員思っていた。
「仕方ない。あの三〇〇人はマクスウェル大佐隊の〝廃棄物〟だ。現に、隊員数が半分になっても、マクスウェル大佐隊は演習で俺たちに勝ったじゃないか」
「ああ……悔しいな。大佐は何もおっしゃらなかったが……あの負け方は屈辱だ」
「護衛をしていた俺たちが、旗艦を護衛しきれないとは……」
「ウェーバー大佐隊の皆さんに申し訳が……」
ダーナ大佐隊の班長たちには、自虐的な人間が多かった。
さらに、ダーナの執務室では、麦藁色の髪をした〝副官補佐〟のフォーガル中尉が一人、副官の執務机で腕組みをして唸っていた。
(まさか……こちらに立ち寄られないで、あちらに直行されるとは……)
〝副官補佐〟とは、ようするに〝電話番〟である。当分の間、こことマクスウェルの元執務室とを一日おきに使用するとダーナが決めた際、あちらを使用する日のみ、ここでフォーガルは仕事をすることになったのだが、それでも朝夕はここにダーナは立ち寄るものとフォーガルは思っていた。
初日は確かにそうだった。だが、翌日は〝直帰〟で、今朝は〝直行〟。
時々、ダーナか副官のマッカラルが電話をかけてくるから、こちらのことも気には留めているのだろうが、何だかあちらが〝主執務室〟になりつつあるような気がする。
(そもそも〝当分の間〟って、どれくらいの間なんだろうな?)
元マクスウェル大佐隊が、完全に落ち着くまでの間だろうか。
(それではまだ〝当分の間〟、この状態が続きそうだな)
本当に一日おきに使用するつもりでいるのだろうかという不安を抱きつつも、フォーガルはいつ確認の電話を入れられてもいいように、マッカラルの仕事の代行を再開した。
* * *
マクスウェルの元執務室に入った瞬間、マッカラルはヴァラクとクロケル――セイルがヴァラクのお守り目的で自分の後任に推していった男――の二人をここに呼び出すようダーナに命じられた。
先週のあの様子からして、呼び出しに応じないかと思いきや、ヴァラクはクロケルを伴って執務室に入室してきた。しかも、クロケルと共にまともに敬礼をして挨拶もした。
(いったいどうしたんだ)
それが当たり前なのだが、先日の衝撃があまりにも強すぎて、マッカラルは違和感を覚えてしまった。
灰褐色の髪と灰青色の目をしたクロケルは、顔はセイルより格段に落ちるが――と思わない者も中にはいるだろうが――セイル並みに背が高く頑強だった。
マッカラルは一目見て、セイルが彼を推薦していったのは、お守り役というより護衛役としてではないかと思った。
「班長・副班長リストの回答だ」
ダーナはマッカラルに打ち直しさせたリストをヴァラクに差し出した。表面上は以前どおり、顔も態度も沈着である。
ヴァラクはそれを黙って受け取り、じっと目を通して、ふと眉をひそめた。
「大佐殿。この〝七班長補佐〟というのは何ですか? しかも、この男を」
「え?」
クロケルがヴァラクの背後からリストを覗きこむ。さすが、あのセイルに公認されていただけのことはあって、密着されてもヴァラクは平然としていた。
「七班長。おまえの肩書は〝班長〟でも、実質ここの〝隊長〟だ。それなら〝副官〟が必要だが、そのまま〝副官〟とするわけにもいかん。そこで、とりあえず〝補佐〟とした。おそらく、一両日中に作戦説明ができる。そのときにはその男も同席させろ。実質おまえの〝副官〟だからな」
「この男には事務仕事はほとんどできませんが」
仏頂面でヴァラクが言うと、クロケルはばつが悪そうに笑って頭を掻いた。
「かまわん。その男はおまえのそばにいるだけでいい。おまえの風よけのようなものだ。もしくは弾よけ」
「なるほど、弾よけなら」
「は、班長……」
「他にそのリストについて、疑問や不満はないか?」
「ありません。こちらの希望を汲んでいただき、ありがとうございます」
――希望って……あれは命令……
マッカラルはあっけにとられていたが、ダーナに名前を呼ばれて我に返った。
「修正はないそうだ。〝七班長補佐〟に渡してやれ」
「は、はい」
あわててマッカラルは立ち上がると、事前に用意しておいた書類袋をクロケルに預けた。
「何ですか、これは?」
ヴァラクが怪訝そうな眼差しをその書類袋に向ける。
「そのリストの班長・副班長への辞令が入っている。一人一人に手渡すのは面倒だ。おまえが代わりに配っておけ」
ダーナの投げやりな口調に、ヴァラクは呆れたような顔をした。
「そこで手抜きをしますか。向こうの馬鹿どもへの辞令はどうしたんですか?」
「やはり面倒なので、今日中に十一班長たちにまとめて渡しておくように言ってある」
「もともとそうだったんですか。それとも、ここに関わるようになってからそうなったんですか」
「もともとそうだ」
「そうですか。それならよかった」
「それから、おまえが言っていた例の四十六人には、今朝、こちらの元の班に戻るよう通達した。班も五班から十班に戻したことだし、また隊員を振り分けなおす必要があるだろう。決定方法はおまえに任せるが、元マクスウェル大佐隊の隊員名簿を作り直して、私に再提出しろ」
「いつまでに、どこへ、どんな方法で?」
「本日十七時までに、ここへ、プリントアウトした状態で届けにこい」
「今回は十五時じゃないんですね。何か理由でも?」
「十五時にしても間に合うのか?」
「充分間に合いますが?」
けろりとヴァラクは答えた。ダーナは目を見張ったが、すぐに尊大に命じ直す。
「では、十五時までに変更する。一分一秒でも遅れるな」
「了解いたしました。必ず本日十五時までに、この〝七班長補佐〟に届けさせます」
「……え?」
ヴァラク以外、全員がそう言った。
「それでは、失礼いたします」
ヴァラクは真顔で敬礼すると、さっさと踵を返し、自動ドアの外に出ていった。
それを見送ってしまってから、〝七班長補佐〟もあわてて敬礼をし、彼の後を追った。
自動ドアが閉まった瞬間、ダーナは嘆息して、自分の頭を抱えこんだ。
(……しばらくそっとしておいてあげよう)
マッカラルは下を向いて、仕事に没頭しているふりをした。
* * *
「……班長」
執務室を出てしばらく歩いたところで、クロケルは自分の少し前方を歩くヴァラクに声をかけた。
「本当に、あのダーナ大佐に暴言しまくったんですか? ……本当に?」
「ああ、言った言った。むちゃくちゃ言った」
かすかに振り返って、ヴァラクはにやにやする。
「あのときはもう、除隊になってもかまいやしねえって思ってたからな」
「でも、そのことには全然触れてきませんでしたね。班長・副班長の任命も、班長の要求どおりにしてくれたんでしょう?」
「おまえの〝補佐〟は予想外だったけどな。セイルが言ってたとおり〝六班長〟にしてやがったら、また怒鳴り散らしてやろうと思ってたのに」
「班長……」
「まあ、俺に何も言わなかったのは、自分でも馬鹿なことしでかしちまったと後悔してるからなんだろうが……そういうとこ見ると、完全に馬鹿ってわけでもないんだよな。馬鹿っていうより間抜けなのかね。詰めが甘いんだよな、詰めが」
「ほんとにすごいですね、班長……俺、あの人の前にいるだけで、ものすごく緊張しましたよ……」
「気に入られようと思ってるからだ。気に入られようが気に入られまいがどうだっていいって思いきっちまえば、案外気に入られることのほうが多い。ただし、保証はしない」
「なるほど。でも、俺にはできそうもありません……」
「おいおい。今日、おまえが隊員名簿、またあそこに届けにいかなきゃならねえんだぞ?」
「あ、その隊員名簿。まるですぐに作れちゃうみたいに言ってましたけど、ほんとに大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。何しろもう作ってある」
「え?」
「班長五人になって、隊員名簿作るように言われたとき、こっそり十班バージョンも作っておいた。さらに、ドレイク大佐隊が親切設計な四十九人分のリスト、こっちに送ってきてくれたからな。そいつらを班別に追加して、修正もしてある。直すとこっていったら、おまえの〝補佐〟くらいか」
「すごい……班長、やっぱりすごい……」
「別にすごかねえ。単に暇だっただけだ。その気になれば午前中にも提出できるが、今回はそんなに急ぐ必要もねえだろ。辞令配りとチェックの時間を考えたら、十四時くらいでちょうどいいか」
「もしかして、そこまで計算して十五時に繰り上げさせたんですか?」
「いんや、別に。今までずっと十五時締め切りで、今回だけ十七時って、何か気持ち悪くねえ?」
「いや、俺にはその、気持ち悪いって感覚はわかりませんけど」
クロケルは苦笑いして、自分のいかつい顎を撫でた。
「ただ……大佐は班長に隊員名簿を届けにきてもらいたかったんじゃないですかね……」
「何で? 届けるだけなら誰だっていいだろ。どうせその場ですぐに全部はチェックできねえんだしよ」
「それはまあそうですけど……班長が俺に届けさせるって言ったとき、俺もびっくりしましたけど、大佐もびっくりしてたような……」
「指定しなかった向こうが悪い」
「班長……」
恨みがましくクロケルはヴァラクを睨んだ。
「わかってましたね? わかってて、わざと俺にしましたね?」
「言っただろ。そういうとこが詰めが甘いんだよ」
ヴァラクはにやっと笑うと、外に出る前にクロケルを自分の前に立たせ、さっそく風よけに使用した。
まず、ドレイク大佐隊に転属願を出した四十六人は、ダーナ大佐隊に異動してきたばかりなのにもかかわらず、再び元マクスウェル大佐隊のそれぞれが属していた班に戻るよう命じられた。
そのとき、ヴァラク以外の班長はすべて入れ替えられ、セイルに至ってはドレイク大佐隊に転属となったと知らされて、彼らはしばし呆然とした。
「そんな……あの六班長が、どうして……」
「いや、俺は希望した理由はわかるけど……よく転属させてもらえたな」
「でもいい。七班長が実質隊長になって、班長も変わったんなら、俺は喜んで元マクスウェル大佐隊に帰る」
それに対して、ダーナ大佐隊に転属願を出した約三〇〇人は、そのまま希望どおりダーナ大佐隊内に留まることを許された。
彼らを統括する班長として、ヴァッサゴ、エリゴール、ムルムスの三人が元マクスウェル大佐隊から異動してきたが、実際のところ、ヴァラクに放逐されてここに来たのだということは、〝馬鹿中の馬鹿〟である三〇〇人にも見当はついた。
わずか六日前には〝馬鹿〟と見下していた同僚たちに、にやにやされながら周りを取り囲まれ、ヴァッサゴ、ムルムスはすっかり顔色を失っていたが、エリゴールだけはまったく動じていなかった。それが気に食わなかったのか、元五班長アンドラスがエリゴールを嘲笑った。
「結局、てめえも〝人員整理〟されてんじゃねえかよ、バーカ」
しかし、エリゴールは怯むことなく冷然と答えた。
「おまえらは〝平〟だが、俺らはまだ〝班長〟だ。おまえらの〝人員整理〟するために〝人事異動〟されてきたんだよ、この低能」
――ヴァラクに、三人の中でいちばんましなのはおまえだと言われた。
それだけが、今のエリゴールに残された最後のプライドだった。
一方、先の四十六人はダーナ大佐隊の各班にほぼ均等に配属されていたが、その三〇〇人は最初から現在に至るまで、予備のドックにまとめて放りこまれていた。
そのドックのいちばん近くに自分のドックがあるダーナ大佐隊所属第十班班長は、ダーナ大佐隊のミーティング室において、深い溜め息を吐き出した。
「あの四十六人ではなく、三〇〇人のほうを帰してもらいたかった……」
その気持ちは痛いほどよくわかったが、それは絶対ないだろうと他の九人の班長たちは全員思っていた。
「仕方ない。あの三〇〇人はマクスウェル大佐隊の〝廃棄物〟だ。現に、隊員数が半分になっても、マクスウェル大佐隊は演習で俺たちに勝ったじゃないか」
「ああ……悔しいな。大佐は何もおっしゃらなかったが……あの負け方は屈辱だ」
「護衛をしていた俺たちが、旗艦を護衛しきれないとは……」
「ウェーバー大佐隊の皆さんに申し訳が……」
ダーナ大佐隊の班長たちには、自虐的な人間が多かった。
さらに、ダーナの執務室では、麦藁色の髪をした〝副官補佐〟のフォーガル中尉が一人、副官の執務机で腕組みをして唸っていた。
(まさか……こちらに立ち寄られないで、あちらに直行されるとは……)
〝副官補佐〟とは、ようするに〝電話番〟である。当分の間、こことマクスウェルの元執務室とを一日おきに使用するとダーナが決めた際、あちらを使用する日のみ、ここでフォーガルは仕事をすることになったのだが、それでも朝夕はここにダーナは立ち寄るものとフォーガルは思っていた。
初日は確かにそうだった。だが、翌日は〝直帰〟で、今朝は〝直行〟。
時々、ダーナか副官のマッカラルが電話をかけてくるから、こちらのことも気には留めているのだろうが、何だかあちらが〝主執務室〟になりつつあるような気がする。
(そもそも〝当分の間〟って、どれくらいの間なんだろうな?)
元マクスウェル大佐隊が、完全に落ち着くまでの間だろうか。
(それではまだ〝当分の間〟、この状態が続きそうだな)
本当に一日おきに使用するつもりでいるのだろうかという不安を抱きつつも、フォーガルはいつ確認の電話を入れられてもいいように、マッカラルの仕事の代行を再開した。
* * *
マクスウェルの元執務室に入った瞬間、マッカラルはヴァラクとクロケル――セイルがヴァラクのお守り目的で自分の後任に推していった男――の二人をここに呼び出すようダーナに命じられた。
先週のあの様子からして、呼び出しに応じないかと思いきや、ヴァラクはクロケルを伴って執務室に入室してきた。しかも、クロケルと共にまともに敬礼をして挨拶もした。
(いったいどうしたんだ)
それが当たり前なのだが、先日の衝撃があまりにも強すぎて、マッカラルは違和感を覚えてしまった。
灰褐色の髪と灰青色の目をしたクロケルは、顔はセイルより格段に落ちるが――と思わない者も中にはいるだろうが――セイル並みに背が高く頑強だった。
マッカラルは一目見て、セイルが彼を推薦していったのは、お守り役というより護衛役としてではないかと思った。
「班長・副班長リストの回答だ」
ダーナはマッカラルに打ち直しさせたリストをヴァラクに差し出した。表面上は以前どおり、顔も態度も沈着である。
ヴァラクはそれを黙って受け取り、じっと目を通して、ふと眉をひそめた。
「大佐殿。この〝七班長補佐〟というのは何ですか? しかも、この男を」
「え?」
クロケルがヴァラクの背後からリストを覗きこむ。さすが、あのセイルに公認されていただけのことはあって、密着されてもヴァラクは平然としていた。
「七班長。おまえの肩書は〝班長〟でも、実質ここの〝隊長〟だ。それなら〝副官〟が必要だが、そのまま〝副官〟とするわけにもいかん。そこで、とりあえず〝補佐〟とした。おそらく、一両日中に作戦説明ができる。そのときにはその男も同席させろ。実質おまえの〝副官〟だからな」
「この男には事務仕事はほとんどできませんが」
仏頂面でヴァラクが言うと、クロケルはばつが悪そうに笑って頭を掻いた。
「かまわん。その男はおまえのそばにいるだけでいい。おまえの風よけのようなものだ。もしくは弾よけ」
「なるほど、弾よけなら」
「は、班長……」
「他にそのリストについて、疑問や不満はないか?」
「ありません。こちらの希望を汲んでいただき、ありがとうございます」
――希望って……あれは命令……
マッカラルはあっけにとられていたが、ダーナに名前を呼ばれて我に返った。
「修正はないそうだ。〝七班長補佐〟に渡してやれ」
「は、はい」
あわててマッカラルは立ち上がると、事前に用意しておいた書類袋をクロケルに預けた。
「何ですか、これは?」
ヴァラクが怪訝そうな眼差しをその書類袋に向ける。
「そのリストの班長・副班長への辞令が入っている。一人一人に手渡すのは面倒だ。おまえが代わりに配っておけ」
ダーナの投げやりな口調に、ヴァラクは呆れたような顔をした。
「そこで手抜きをしますか。向こうの馬鹿どもへの辞令はどうしたんですか?」
「やはり面倒なので、今日中に十一班長たちにまとめて渡しておくように言ってある」
「もともとそうだったんですか。それとも、ここに関わるようになってからそうなったんですか」
「もともとそうだ」
「そうですか。それならよかった」
「それから、おまえが言っていた例の四十六人には、今朝、こちらの元の班に戻るよう通達した。班も五班から十班に戻したことだし、また隊員を振り分けなおす必要があるだろう。決定方法はおまえに任せるが、元マクスウェル大佐隊の隊員名簿を作り直して、私に再提出しろ」
「いつまでに、どこへ、どんな方法で?」
「本日十七時までに、ここへ、プリントアウトした状態で届けにこい」
「今回は十五時じゃないんですね。何か理由でも?」
「十五時にしても間に合うのか?」
「充分間に合いますが?」
けろりとヴァラクは答えた。ダーナは目を見張ったが、すぐに尊大に命じ直す。
「では、十五時までに変更する。一分一秒でも遅れるな」
「了解いたしました。必ず本日十五時までに、この〝七班長補佐〟に届けさせます」
「……え?」
ヴァラク以外、全員がそう言った。
「それでは、失礼いたします」
ヴァラクは真顔で敬礼すると、さっさと踵を返し、自動ドアの外に出ていった。
それを見送ってしまってから、〝七班長補佐〟もあわてて敬礼をし、彼の後を追った。
自動ドアが閉まった瞬間、ダーナは嘆息して、自分の頭を抱えこんだ。
(……しばらくそっとしておいてあげよう)
マッカラルは下を向いて、仕事に没頭しているふりをした。
* * *
「……班長」
執務室を出てしばらく歩いたところで、クロケルは自分の少し前方を歩くヴァラクに声をかけた。
「本当に、あのダーナ大佐に暴言しまくったんですか? ……本当に?」
「ああ、言った言った。むちゃくちゃ言った」
かすかに振り返って、ヴァラクはにやにやする。
「あのときはもう、除隊になってもかまいやしねえって思ってたからな」
「でも、そのことには全然触れてきませんでしたね。班長・副班長の任命も、班長の要求どおりにしてくれたんでしょう?」
「おまえの〝補佐〟は予想外だったけどな。セイルが言ってたとおり〝六班長〟にしてやがったら、また怒鳴り散らしてやろうと思ってたのに」
「班長……」
「まあ、俺に何も言わなかったのは、自分でも馬鹿なことしでかしちまったと後悔してるからなんだろうが……そういうとこ見ると、完全に馬鹿ってわけでもないんだよな。馬鹿っていうより間抜けなのかね。詰めが甘いんだよな、詰めが」
「ほんとにすごいですね、班長……俺、あの人の前にいるだけで、ものすごく緊張しましたよ……」
「気に入られようと思ってるからだ。気に入られようが気に入られまいがどうだっていいって思いきっちまえば、案外気に入られることのほうが多い。ただし、保証はしない」
「なるほど。でも、俺にはできそうもありません……」
「おいおい。今日、おまえが隊員名簿、またあそこに届けにいかなきゃならねえんだぞ?」
「あ、その隊員名簿。まるですぐに作れちゃうみたいに言ってましたけど、ほんとに大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。何しろもう作ってある」
「え?」
「班長五人になって、隊員名簿作るように言われたとき、こっそり十班バージョンも作っておいた。さらに、ドレイク大佐隊が親切設計な四十九人分のリスト、こっちに送ってきてくれたからな。そいつらを班別に追加して、修正もしてある。直すとこっていったら、おまえの〝補佐〟くらいか」
「すごい……班長、やっぱりすごい……」
「別にすごかねえ。単に暇だっただけだ。その気になれば午前中にも提出できるが、今回はそんなに急ぐ必要もねえだろ。辞令配りとチェックの時間を考えたら、十四時くらいでちょうどいいか」
「もしかして、そこまで計算して十五時に繰り上げさせたんですか?」
「いんや、別に。今までずっと十五時締め切りで、今回だけ十七時って、何か気持ち悪くねえ?」
「いや、俺にはその、気持ち悪いって感覚はわかりませんけど」
クロケルは苦笑いして、自分のいかつい顎を撫でた。
「ただ……大佐は班長に隊員名簿を届けにきてもらいたかったんじゃないですかね……」
「何で? 届けるだけなら誰だっていいだろ。どうせその場ですぐに全部はチェックできねえんだしよ」
「それはまあそうですけど……班長が俺に届けさせるって言ったとき、俺もびっくりしましたけど、大佐もびっくりしてたような……」
「指定しなかった向こうが悪い」
「班長……」
恨みがましくクロケルはヴァラクを睨んだ。
「わかってましたね? わかってて、わざと俺にしましたね?」
「言っただろ。そういうとこが詰めが甘いんだよ」
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