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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
17 演習していたそうです(後)
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マクスウェルがいたときから、各班の配置と役割は決まっていた。
マクスウェルはいたほうが邪魔だったから、今回は自分の役割を忠実に果たすだけでいいとヴァラクは言った。ただ、動かす軍艦が二倍になっただけだと。
(簡単に言ってくれる)
元マクスウェル大佐隊所属第四班第一号の艦長席で、エリゴールは整った顔を盛大にしかめた。
セイルはいい。足手まといの隣の班長――元五班長がいなくなってくれた。だが、自分の隣にはまだヴァッサゴがいる。しかも、元一班長、元二班長がいない今、先陣は彼が切ることになった。
(遅い遅い遅い。思わず追いこしたくなるぜ)
コールタンの指揮下にいたときには、退屈ではあったが、このような苛立ちは覚えずに済んだ。できることならずっと護衛でいたかったのに、コールタンの下に入ったマクスウェル大佐隊には、あまりにも馬鹿が多すぎた。だから元の砲撃に戻されてしまったのだ。
コールタンにはダーナの指揮下に入る前に〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言われたが、正直、重荷に感じただけだった。他にろくな班長がいなかったから、仕方なく自分に言っただけのことだ。もし、ヴァラクがいたら、間違いなく彼にそう言っていただろう。
ヴァラクとセイルは、砲撃と同時にマクスウェルの乗艦の護衛もしていた。つまり、彼らは他の班長たちより一つ多く仕事をこなしていたことになる。悔しいが、それが可能だったのは、マクスウェル大佐隊の中では彼らだけだっただろう。自分の命に直接かかわることだけに、あのマクスウェルにもそれはわかったらしく、護衛役を彼ら以外に任せることは最後までなかった。
しかし、マクスウェルはもういない。自分たちの新たな上官はダーナである。そのダーナに取り入る一端として、謎の多いドレイク大佐隊に部下を送りこみ、そこから得た内部情報をダーナに提供しようとしたが、失敗に終わってしまった。
それどころか、その魂胆をヴァラクに見抜かれた。正直、もう後がない。何としても、ここで結果を残しておかなければならない。無論、よい結果を。
エリゴールは、ヴァッサゴの二十隻を〝無人艦の盾〟がわりにすることにして、以前この右翼で戦っていたときのように自班を展開させた。演習なので、今回もあの模擬戦のときのようにレーザー砲は最小出力で使用し、被弾したら〝墓場〟に行くことになっている。案の定、ヴァッサゴの二十隻はあっというまに〝墓場〟送りにされていた。
(せめてもっと粘ってから逝けよ)
思わず舌打ちしたが仕方がない。エリゴールたちは「仮想・連合」――ダーナ大佐隊と対峙した。
ダーナ大佐隊は、配置は確かに「連合」のやり方を踏襲していた。だが、その攻撃方法は、完全に「帝国」だった。
(そうか、ダーナ大佐隊は、元ウェーバー大佐隊から砲撃の〝指導〟を受けてたんだった)
エリゴールは暗緑色の目を見張る。仮想とはいえ、「連合」と戦うつもりでいたので、これには完全に意表を突かれた。
第一宙域へ送りこまれてくる「連合」の艦隊は、いかにも即席艦隊らしく、攻守ともに稚拙である。しかし、「仮想・連合」は、修練を重ねたとおぼしき完璧な連動で、元マクスウェル大佐隊の艦艇数を確実に減らしていた。
こういう不測の事態が起こったとき、頼りはやはりヴァラクだ。だが、通信士はヴァラクの軍艦と交信できないと青い顔で回答した。
「くそ!」
エリゴールは艦長席のコンソールを殴った。
見限られたのだ。
あの男は、ダーナ大佐隊に勝つことよりも、班長をさらに減らすことのほうを選んだ。
「こっちと向こうの残存戦力は!」
何とか気持ちを切り替えて、オペレータに訊ねる。
「こちらは六十二隻、あちらは八十三隻! うちは現在十隻です!」
「セイルとヴァラクの班は何隻残ってる!」
「十三班も十四班も二十隻……全部残っています!」
――あいつら……わかってやがった。
ダーナ大佐隊がどのような攻撃を仕掛けてくるかわかったうえで、それを回避する対策を立てていた。自分たちを除け者にして。
「班長!」
「全艦一斉掃射! 一隻でも多く道連れにする!」
「りょ、了解!」
――なんて様だ。
あの男の指示がないだけで、自分はこんなにも何もできないのか。
(いっそ、ダーナ大佐隊の中に突っこんでいってやろうか)
エリゴールがそう思ったとき、被弾したことを知らせる警告音が鳴り響いた。
(命拾いしたな)
エリゴールは苦く笑った。
(向こうも、俺も)
* * *
「十一班に続いて十二班も全滅。十五班も残り八隻です」
クロケルの報告を聞いて、ヴァラクはにんまりした。
「ムルムス、頑張ってるじゃねえか。特に右側攻めなかったのがすごくいい」
「向こうの残存戦力は六十六隻。こちらはもう四十八隻です。……いつまで逃げ回ってるんですか?」
「そりゃあ、向こうさんしだいだが。目安は十五班の全滅だな」
「ひどい人たちですね、班長たちは」
クロケルは太い眉をひそめたが、ヴァラクは悪びれるどころか、さらににやついた。
「何を言う。俺がひどいのはそのとおりだが、セイルとは何の打ちあわせもしてねえよ」
「え?」
「言ったろ。もともとあいつは頭のいい男なんだよ。おまけに、向こうにゃ馬鹿でも俺たちのやり方を知ってる奴らがわんさかいる。いつもと同じことしてたら、こういう結果になるのは目に見えてる」
「わかっていたのに、いつもと同じでいいと言ったんですか?」
「わかる奴にはわかる。いつもと同じじゃ勝てないって」
そのとき、オペレータの一人がヴァラクを振り返った。
「班長! 十五班全滅しました!」
「残存戦力は?」
「こちらが四十隻、あちらが五十六隻です」
「よし、ムルムス、よく頑張った。……ダーナ大佐の軍艦の位置、変わらないか?」
「変わりません。こちらに合わせて、隊形は横長に変えてきました」
「まるで無人艦みたいに動かしてくるよな。あれじゃここの護衛はつまんなかっただろ」
同情したように言ってから、右の人差指をブリッジの天井に向ける。
「上に行け。ウェーバー大佐隊とは違う砲撃の仕方を教えてさしあげろ」
ブリッジクルーたちは嬉しくてたまらないように斉唱した。
「了解!」
* * *
――右翼の砲撃が、こんなものか。
十五班全滅の報を聞いて、ダーナの副官マッカラルがそう思った、そのとき変化は起こった。
それまでこちらの攻撃を回避しつづけるだけだった十三班と十四班が、突如、攻撃に転じたのだ。
十三班二十隻は、各艦艇の正面にいるダーナ大佐隊を砲撃した。油断していたダーナ大佐隊があわててそれに対応している隙に、十四班二十隻は上からダーナ大佐隊を砲撃した。
退避する時間も与えなかった。十四班の中のその一隻は、まるで挨拶でもするかのように、マッカラルが乗艦している旗艦〈ブリューナク〉にレーザー砲を放ち、あの模擬戦のときに聞いた警告音を鳴らしていった。
「残存戦力」
誰もが呆然としている中で、ダーナが艦長席から冷静にそう言った。
その声で我に返ったオペレータが、あせりながらモニタを見る。
「あ、あちらは三十二隻……こちらは……ゼロになりました……」
「そうか。では、全艦に演習終了を宣言して、帰還命令を出せ」
「は、はい……」
「その前に、この音を止めろ。うるさくてかなわん」
「了解いたしました……」
警告音が消えると、ブリッジ内は一気に静寂に包まれた。
――大佐は今、何を考えているのだろうか。
ブリッジクルーたちはダーナを盗み見たが、彼はいつもと同じように無表情のままだった。
「十三班長と十四班長は生き残ったのか?」
ふいにダーナがマッカラルに訊ねてきた。マッカラルは驚いて体を震わせたが、すばやくオペレータに確認して回答する。
「はい。生き残っています。残存数は、十三班が十二隻、十四班が二十隻です」
「十四班だけが一隻も欠けることなく生き残ったのか。……この軍艦を撃ったのは十四班長だな」
「は……今、確認を……」
「いや、いい。確認するまでもない。あの班長なら部下の軍艦にはやらせまい」
「もしかして、後悔しておられますか?」
「何をだ?」
「元ウェーバー大佐隊の班長たちを残留させなかったことを」
叱責覚悟でマッカラルは言ったのだが、意外なことにダーナはかすかに苦笑いした。
「そうだな。あの五人がいたら、三十二隻は生き残らせなかったかもしれない。……あの男の言うとおり、確かに私は〝浅はか〟だ」
* * *
「本当に勝ててしまいましたね……」
あっけにとられてクロケルが言うと、ヴァラクはすまして答えた。
「『勝てて当然だろう』」
「え?」
「って、ダーナ大佐は最初から言ってたぜ?」
「でも、向こうだって、負けるつもりで戦ってはいないでしょう」
「そりゃまそうだがな。いま冷静に考えてみると、わざと負けて、ダーナ大佐に徹底的にこの隊を改革してもらったほうが面倒がなくてよかったような気がしないでもない」
「結局どっちですか」
「俺はどっちでもよかったんだがな。セイルがダーナ大佐と同じことを言った。『勝って当たり前だ』。ついでに『勝てなかったら、何のために右翼に戻されたのかわからない』」
「相変わらず、班長は十三班長には弱いですね」
「今までいろいろ尻ぬぐいしてもらっちゃってるからなあ。隊員無駄死にさせないようにしてくれと頼まれればそうするしかない。いやー、めんどくさかった! マクスウェル筆頭に馬鹿ばっかりだったから!」
それを聞いて、ふとクロケルは不安を覚えた。
「班長……その中には俺たちも含まれてるんでしょうか……?」
「安心しろ。俺の班の中には救いようのない馬鹿はいねえ」
「そうですか。とりあえず、救いがあるんならいいです」
「問題は、この先この隊をどうするかだな」
「ダーナ大佐は勝てたらこの隊を残すと言ったんでしょう? それなら当然、班長が隊長になって維持していくしかないでしょう。結局、今までと全然変わりませんけど」
「当然じゃない。誰にするかは班長間で決めるんだ」
「だったら余計に班長でしょう。まず十二班長はないでしょう?」
「ああ。それだけは何があっても絶対ありえねえな」
「……班長は、本当はこの隊自体をなくしたかったんですか?」
「そうだなあ。とにかくマクスウェルが〝栄転〟になれば、マクスウェルよりはましな〝大佐〟の指揮下に入れると思ってたんだがなあ。ましはましでも護衛の〝大佐〟の指揮下に入れられて、そこもすぐに追ん出されて、結局、元の右翼で護衛に配置換えされる原因になった〝大佐〟の指揮下に入ることになるとは思いもしなかったなあ」
「何か、そんなふうに言われると、俺たち、本当に厄介者扱いですね」
「厄介者扱いじゃなくて、厄介者」
「馬鹿が多くて風紀が乱れてるのは、俺たちのせいじゃないのに……」
「だからもう〝大佐〟にぶっ壊してもらうしかなかったんだよ。その意味ではダーナ大佐は派手に傍迷惑にぶっ壊してくれたな。あれだけの騒ぎ起こしておいて、よく殿下に処罰されないもんだ」
「護衛してたくらいですから、殿下に気に入られてるんじゃないんですか?」
「嫌われてはいないだろうが、それより、ドレイク大佐が絡んでるからのような気がするな。この前の元ウェーバー大佐隊の班長五人も、今度の整備三人も、形式上はダーナ大佐隊から転属になったことになるからな」
「あ……そういえば」
「……俺も駄目元でドレイク大佐隊に転属願出してみるかな」
ヴァラクが小さく呟いたとき、クロケルだけでなくブリッジクルー全員が叫んだ。
「班長! 出しちゃ駄目! 絶対駄目!」
* * *
「今頃、班長たち、この空のはるか彼方で、ダーナ大佐隊と演習やってるんだろうな……」
ドックの障壁の前であぐらをかきながら、グインはよく晴れた青い空を見上げた。
〝(ドレイク大佐隊の)七班長〟フォルカスは、『昼飯のときまで元同僚と一緒にいたくねえ』とグインたち三人をドックに置き去りにして、現同僚の何人かと隊員食堂に行ってしまった。正直ひどいと思ったが、三人だけで話したいこともあったので、彼らは昼食後半組に回ることにした――というか、回らざるを得なかった。
もっとも、今の彼らを傍目から見たら、ドック前でそよ風に吹かれながら日光浴をしているとしか思えないだろう。
「演習かあ……何か、申し訳ないな。俺たちだけ、こんなにのんびりさせてもらって……」
グインと同じくあぐらをかいているラスの口調は本当にのんびりしていて、まったく申し訳なさそうには聞こえなかった。
「俺、思ったんだけど」
ふと、ウィルヘルムが真剣な顔をして切り出した。
「班長へのせめてもの恩返しに、〝七班長〟を隠し撮りして送信したら……」
最後まで言い切る前に、顔色を一変させたグインとラスが、よってたかってウィルヘルムの口をふさいだ。
「馬鹿なこと言うな! やっとあきらめてくれたんだぞ? そんなもん送りつけたら、寝た子を叩き起こすようなもんだろうが!」
「それに恩返しどころか、逆に嫌がらせだと思われるわ! それくらい想像つかんか! この馬鹿もんが!」
「え……俺はよかれと思ったのに……」
「全然よくないわ、この馬鹿たれ!」
「じゃあ、いったいどうすれば……」
三人はしばらく考えこんだが、グインが吐き出すようにして叫んだ。
「駄目だ! 〝七班長〟に関すること以外で、班長が喜びそうなものが何一つ思い浮かばない!」
「以下同文!」
「じゃあ……せめて声だけとか。あの人、今まで〝七班長〟がまともにしゃべってるの、聞いたことないだろうし」
「そうだな……こっそり録音して、あたりさわりのないところを抜き出して……」
「あたりさわりのない……」
「たとえば何だ?」
「〝ここに転属させてもらえて、本当によかった!〟」
「あたりさわりありすぎだろ!」
「え? どこが?」
結局、昼食から〝七班長〟が戻ってくるまでに結論は出なかった。
マクスウェルはいたほうが邪魔だったから、今回は自分の役割を忠実に果たすだけでいいとヴァラクは言った。ただ、動かす軍艦が二倍になっただけだと。
(簡単に言ってくれる)
元マクスウェル大佐隊所属第四班第一号の艦長席で、エリゴールは整った顔を盛大にしかめた。
セイルはいい。足手まといの隣の班長――元五班長がいなくなってくれた。だが、自分の隣にはまだヴァッサゴがいる。しかも、元一班長、元二班長がいない今、先陣は彼が切ることになった。
(遅い遅い遅い。思わず追いこしたくなるぜ)
コールタンの指揮下にいたときには、退屈ではあったが、このような苛立ちは覚えずに済んだ。できることならずっと護衛でいたかったのに、コールタンの下に入ったマクスウェル大佐隊には、あまりにも馬鹿が多すぎた。だから元の砲撃に戻されてしまったのだ。
コールタンにはダーナの指揮下に入る前に〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言われたが、正直、重荷に感じただけだった。他にろくな班長がいなかったから、仕方なく自分に言っただけのことだ。もし、ヴァラクがいたら、間違いなく彼にそう言っていただろう。
ヴァラクとセイルは、砲撃と同時にマクスウェルの乗艦の護衛もしていた。つまり、彼らは他の班長たちより一つ多く仕事をこなしていたことになる。悔しいが、それが可能だったのは、マクスウェル大佐隊の中では彼らだけだっただろう。自分の命に直接かかわることだけに、あのマクスウェルにもそれはわかったらしく、護衛役を彼ら以外に任せることは最後までなかった。
しかし、マクスウェルはもういない。自分たちの新たな上官はダーナである。そのダーナに取り入る一端として、謎の多いドレイク大佐隊に部下を送りこみ、そこから得た内部情報をダーナに提供しようとしたが、失敗に終わってしまった。
それどころか、その魂胆をヴァラクに見抜かれた。正直、もう後がない。何としても、ここで結果を残しておかなければならない。無論、よい結果を。
エリゴールは、ヴァッサゴの二十隻を〝無人艦の盾〟がわりにすることにして、以前この右翼で戦っていたときのように自班を展開させた。演習なので、今回もあの模擬戦のときのようにレーザー砲は最小出力で使用し、被弾したら〝墓場〟に行くことになっている。案の定、ヴァッサゴの二十隻はあっというまに〝墓場〟送りにされていた。
(せめてもっと粘ってから逝けよ)
思わず舌打ちしたが仕方がない。エリゴールたちは「仮想・連合」――ダーナ大佐隊と対峙した。
ダーナ大佐隊は、配置は確かに「連合」のやり方を踏襲していた。だが、その攻撃方法は、完全に「帝国」だった。
(そうか、ダーナ大佐隊は、元ウェーバー大佐隊から砲撃の〝指導〟を受けてたんだった)
エリゴールは暗緑色の目を見張る。仮想とはいえ、「連合」と戦うつもりでいたので、これには完全に意表を突かれた。
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こういう不測の事態が起こったとき、頼りはやはりヴァラクだ。だが、通信士はヴァラクの軍艦と交信できないと青い顔で回答した。
「くそ!」
エリゴールは艦長席のコンソールを殴った。
見限られたのだ。
あの男は、ダーナ大佐隊に勝つことよりも、班長をさらに減らすことのほうを選んだ。
「こっちと向こうの残存戦力は!」
何とか気持ちを切り替えて、オペレータに訊ねる。
「こちらは六十二隻、あちらは八十三隻! うちは現在十隻です!」
「セイルとヴァラクの班は何隻残ってる!」
「十三班も十四班も二十隻……全部残っています!」
――あいつら……わかってやがった。
ダーナ大佐隊がどのような攻撃を仕掛けてくるかわかったうえで、それを回避する対策を立てていた。自分たちを除け者にして。
「班長!」
「全艦一斉掃射! 一隻でも多く道連れにする!」
「りょ、了解!」
――なんて様だ。
あの男の指示がないだけで、自分はこんなにも何もできないのか。
(いっそ、ダーナ大佐隊の中に突っこんでいってやろうか)
エリゴールがそう思ったとき、被弾したことを知らせる警告音が鳴り響いた。
(命拾いしたな)
エリゴールは苦く笑った。
(向こうも、俺も)
* * *
「十一班に続いて十二班も全滅。十五班も残り八隻です」
クロケルの報告を聞いて、ヴァラクはにんまりした。
「ムルムス、頑張ってるじゃねえか。特に右側攻めなかったのがすごくいい」
「向こうの残存戦力は六十六隻。こちらはもう四十八隻です。……いつまで逃げ回ってるんですか?」
「そりゃあ、向こうさんしだいだが。目安は十五班の全滅だな」
「ひどい人たちですね、班長たちは」
クロケルは太い眉をひそめたが、ヴァラクは悪びれるどころか、さらににやついた。
「何を言う。俺がひどいのはそのとおりだが、セイルとは何の打ちあわせもしてねえよ」
「え?」
「言ったろ。もともとあいつは頭のいい男なんだよ。おまけに、向こうにゃ馬鹿でも俺たちのやり方を知ってる奴らがわんさかいる。いつもと同じことしてたら、こういう結果になるのは目に見えてる」
「わかっていたのに、いつもと同じでいいと言ったんですか?」
「わかる奴にはわかる。いつもと同じじゃ勝てないって」
そのとき、オペレータの一人がヴァラクを振り返った。
「班長! 十五班全滅しました!」
「残存戦力は?」
「こちらが四十隻、あちらが五十六隻です」
「よし、ムルムス、よく頑張った。……ダーナ大佐の軍艦の位置、変わらないか?」
「変わりません。こちらに合わせて、隊形は横長に変えてきました」
「まるで無人艦みたいに動かしてくるよな。あれじゃここの護衛はつまんなかっただろ」
同情したように言ってから、右の人差指をブリッジの天井に向ける。
「上に行け。ウェーバー大佐隊とは違う砲撃の仕方を教えてさしあげろ」
ブリッジクルーたちは嬉しくてたまらないように斉唱した。
「了解!」
* * *
――右翼の砲撃が、こんなものか。
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「残存戦力」
誰もが呆然としている中で、ダーナが艦長席から冷静にそう言った。
その声で我に返ったオペレータが、あせりながらモニタを見る。
「あ、あちらは三十二隻……こちらは……ゼロになりました……」
「そうか。では、全艦に演習終了を宣言して、帰還命令を出せ」
「は、はい……」
「その前に、この音を止めろ。うるさくてかなわん」
「了解いたしました……」
警告音が消えると、ブリッジ内は一気に静寂に包まれた。
――大佐は今、何を考えているのだろうか。
ブリッジクルーたちはダーナを盗み見たが、彼はいつもと同じように無表情のままだった。
「十三班長と十四班長は生き残ったのか?」
ふいにダーナがマッカラルに訊ねてきた。マッカラルは驚いて体を震わせたが、すばやくオペレータに確認して回答する。
「はい。生き残っています。残存数は、十三班が十二隻、十四班が二十隻です」
「十四班だけが一隻も欠けることなく生き残ったのか。……この軍艦を撃ったのは十四班長だな」
「は……今、確認を……」
「いや、いい。確認するまでもない。あの班長なら部下の軍艦にはやらせまい」
「もしかして、後悔しておられますか?」
「何をだ?」
「元ウェーバー大佐隊の班長たちを残留させなかったことを」
叱責覚悟でマッカラルは言ったのだが、意外なことにダーナはかすかに苦笑いした。
「そうだな。あの五人がいたら、三十二隻は生き残らせなかったかもしれない。……あの男の言うとおり、確かに私は〝浅はか〟だ」
* * *
「本当に勝ててしまいましたね……」
あっけにとられてクロケルが言うと、ヴァラクはすまして答えた。
「『勝てて当然だろう』」
「え?」
「って、ダーナ大佐は最初から言ってたぜ?」
「でも、向こうだって、負けるつもりで戦ってはいないでしょう」
「そりゃまそうだがな。いま冷静に考えてみると、わざと負けて、ダーナ大佐に徹底的にこの隊を改革してもらったほうが面倒がなくてよかったような気がしないでもない」
「結局どっちですか」
「俺はどっちでもよかったんだがな。セイルがダーナ大佐と同じことを言った。『勝って当たり前だ』。ついでに『勝てなかったら、何のために右翼に戻されたのかわからない』」
「相変わらず、班長は十三班長には弱いですね」
「今までいろいろ尻ぬぐいしてもらっちゃってるからなあ。隊員無駄死にさせないようにしてくれと頼まれればそうするしかない。いやー、めんどくさかった! マクスウェル筆頭に馬鹿ばっかりだったから!」
それを聞いて、ふとクロケルは不安を覚えた。
「班長……その中には俺たちも含まれてるんでしょうか……?」
「安心しろ。俺の班の中には救いようのない馬鹿はいねえ」
「そうですか。とりあえず、救いがあるんならいいです」
「問題は、この先この隊をどうするかだな」
「ダーナ大佐は勝てたらこの隊を残すと言ったんでしょう? それなら当然、班長が隊長になって維持していくしかないでしょう。結局、今までと全然変わりませんけど」
「当然じゃない。誰にするかは班長間で決めるんだ」
「だったら余計に班長でしょう。まず十二班長はないでしょう?」
「ああ。それだけは何があっても絶対ありえねえな」
「……班長は、本当はこの隊自体をなくしたかったんですか?」
「そうだなあ。とにかくマクスウェルが〝栄転〟になれば、マクスウェルよりはましな〝大佐〟の指揮下に入れると思ってたんだがなあ。ましはましでも護衛の〝大佐〟の指揮下に入れられて、そこもすぐに追ん出されて、結局、元の右翼で護衛に配置換えされる原因になった〝大佐〟の指揮下に入ることになるとは思いもしなかったなあ」
「何か、そんなふうに言われると、俺たち、本当に厄介者扱いですね」
「厄介者扱いじゃなくて、厄介者」
「馬鹿が多くて風紀が乱れてるのは、俺たちのせいじゃないのに……」
「だからもう〝大佐〟にぶっ壊してもらうしかなかったんだよ。その意味ではダーナ大佐は派手に傍迷惑にぶっ壊してくれたな。あれだけの騒ぎ起こしておいて、よく殿下に処罰されないもんだ」
「護衛してたくらいですから、殿下に気に入られてるんじゃないんですか?」
「嫌われてはいないだろうが、それより、ドレイク大佐が絡んでるからのような気がするな。この前の元ウェーバー大佐隊の班長五人も、今度の整備三人も、形式上はダーナ大佐隊から転属になったことになるからな」
「あ……そういえば」
「……俺も駄目元でドレイク大佐隊に転属願出してみるかな」
ヴァラクが小さく呟いたとき、クロケルだけでなくブリッジクルー全員が叫んだ。
「班長! 出しちゃ駄目! 絶対駄目!」
* * *
「今頃、班長たち、この空のはるか彼方で、ダーナ大佐隊と演習やってるんだろうな……」
ドックの障壁の前であぐらをかきながら、グインはよく晴れた青い空を見上げた。
〝(ドレイク大佐隊の)七班長〟フォルカスは、『昼飯のときまで元同僚と一緒にいたくねえ』とグインたち三人をドックに置き去りにして、現同僚の何人かと隊員食堂に行ってしまった。正直ひどいと思ったが、三人だけで話したいこともあったので、彼らは昼食後半組に回ることにした――というか、回らざるを得なかった。
もっとも、今の彼らを傍目から見たら、ドック前でそよ風に吹かれながら日光浴をしているとしか思えないだろう。
「演習かあ……何か、申し訳ないな。俺たちだけ、こんなにのんびりさせてもらって……」
グインと同じくあぐらをかいているラスの口調は本当にのんびりしていて、まったく申し訳なさそうには聞こえなかった。
「俺、思ったんだけど」
ふと、ウィルヘルムが真剣な顔をして切り出した。
「班長へのせめてもの恩返しに、〝七班長〟を隠し撮りして送信したら……」
最後まで言い切る前に、顔色を一変させたグインとラスが、よってたかってウィルヘルムの口をふさいだ。
「馬鹿なこと言うな! やっとあきらめてくれたんだぞ? そんなもん送りつけたら、寝た子を叩き起こすようなもんだろうが!」
「それに恩返しどころか、逆に嫌がらせだと思われるわ! それくらい想像つかんか! この馬鹿もんが!」
「え……俺はよかれと思ったのに……」
「全然よくないわ、この馬鹿たれ!」
「じゃあ、いったいどうすれば……」
三人はしばらく考えこんだが、グインが吐き出すようにして叫んだ。
「駄目だ! 〝七班長〟に関すること以外で、班長が喜びそうなものが何一つ思い浮かばない!」
「以下同文!」
「じゃあ……せめて声だけとか。あの人、今まで〝七班長〟がまともにしゃべってるの、聞いたことないだろうし」
「そうだな……こっそり録音して、あたりさわりのないところを抜き出して……」
「あたりさわりのない……」
「たとえば何だ?」
「〝ここに転属させてもらえて、本当によかった!〟」
「あたりさわりありすぎだろ!」
「え? どこが?」
結局、昼食から〝七班長〟が戻ってくるまでに結論は出なかった。
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