無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

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 今回、ドレイクはいったん転属願(原本)を返すと同時に、二つの質問を面接者五人全員にした。
 一つ。なぜダーナの命令どおりに整列しなかったのか。
 二つ。元マクスウェル大佐隊の班長の中でいちばんましなのは誰か。
 一つめの質問には、五人ともダーナに反感を持っていたからと回答した。だが、二つめの質問に対しては、フォルカスのように人間的にか能力的にかと問い返した者はいなかったが、所属している班ごとに回答が真っ二つに割れた。
 四班所属の操縦士二人は、迷わず〝七班長〟と答え、二番手には自分たちの班長でもある〝四班長〟を挙げた。この二人は無条件に〝能力的にいちばんまし〟と解釈したらしい。
 しかし、六班所属の整備三人は、当たり前のように〝六班長〟と答え、二番手はわからないと誰も挙げなかった。驚きのあまり、ドレイクとイルホンは思わず顔を見合わせてしまった。

「うちのフォルカスは、その六班長をずいぶん嫌ってるみたいなんだけど……」

 ドレイクがそう言うと、三人が三人とも複雑な表情をした。

「ああ、あれは誤解というか思いこみというか……六班長はフォルカスに気を遣いまくってたんですけど、それすら裏目に出て、さらに逆効果というか……」

 褐色の髪と緑色の目をした最初の面接者――グインは、そんな要領を得ない説明をした。

「えーと……まず、六班長が〝いちばんまし〟な理由を教えてくれる?」
「はい。実はうちの隊は、マクスウェル大佐がいたときから、七班長が〝大佐〟してたようなもんなんですが、うちの班長は、それがマクスウェル大佐にはわからないようにごまかしてたんです。もしマクスウェル大佐にバレたら、七班長切ろうとするのは目に見えてるんで。隊を維持するために、うちの班長は七班長のサポート役に徹してました。話のわかる人でしたよ。……話をしさえすれば」
「なるほど。マクスウェル大佐隊のために、あえて裏方に回ってたわけだ。ところで、俺の聞いたところでは、四班長に対する評価も高かったんだけど、君はどう思う?」
「四班長ですか? 確かにできる人らしいですけど、その分、部下にも厳しいらしいですね。俺は班違いの整備だから、直接会う機会はほとんどなかったんですけど、少なくとも、うちの班内でいい噂は聞いたことがないです」
「七班長もそう?」
「あの人はもう別格です。何と言うか……あの人もあの人の班も、すでに俺たちとは別次元にいるみたいな……違いすぎて、批判の対象にもなってません」
「うーん。そんなにすごいのか、七班長。しかし、君の話を聞いてると、六班長は〝人間的にいちばんまし〟な班長に思えるんだけど、それなら、どうしてうちのフォルカスにあんなに嫌われてるんだろうね?」

 再びフォルカスのことを口にされると、グインはまたあの何とも言えない微妙な表情を見せた。

「その……マクスウェル大佐隊自体が大嫌いだったみたいなんで、いくら〝まし〟でも、そこの班長をしてるうちの班長も、好きになれなかったんじゃないでしょうか……」
「六班長は別に、フォルカスをいじめてたりとかはしてなかったんだろ? むしろ逆に〝気を遣いまくってた〟」
「……あいつが話らしい話をしてた相手は、自分と同じ整備仲間くらいだったんです」

 観念したように、グインは白状した。

「それ以外にはほんとにもう、しゃべんなくて愛想悪くて。それでも整備だったからどうにか勤まってたんですが、うちの班長にはそれがものすごく気になったみたいで。何とかコミュニケーションをとろうとしてたんですけど、フォルカスのほうはシャッターどころか障壁下ろしちゃってますから、そうされればされるほど嫌悪感が増していって。二ヶ月前、ある日突然こちらに転属になりました」

 ――これは本当に、あのフォルカスさんの話なんだろうか。
 グインの話を聞きながら、イルホンは自分の執務机で鉛筆を動かしつづけていた。
 とても信じられない。イルホンが知っているフォルカスは、コミュニケーションの塊だ。

「ああ、そう……せめて自分の班長くらいには挨拶してきたかと思ってたけど……あいつ、何にも言わずにこっち来ちゃったんだ……」
「はい……荷物は取りに来ましたけど、絶対に班長がいない時間を狙って来ました」
「さすがに君らには挨拶していったの?」
「挨拶というか……〝ドレイク大佐隊に転属になった、じゃあな〟程度……」
「こう言ったら何だけど……本当にあいつ、マクスウェル大佐隊が大嫌いだったんだね。こっちでは同僚と毎日楽しくおしゃべりしてるよ」
「ええっ!」

 グインは大仰なくらい驚いた。

「あのフォルカスがですか!?」
「うん。だから君の話のほうが信じられなくて。その六班長には申し訳ないことをしたね。フォルカスの代わりに謝っとくよ」
「いえ……フォルカスの気持ちもわからなくもないんで……」

 その後、黒髪黒目のラス、金髪碧眼のウィルヘルムとも面接をしたが、話の内容はおおむねグインと同じだった。事前に打ちあわせでもしてあったのだろうか。
 何はともあれ、このグイン、ラス、ウィルヘルムの三人だけを採用することを決めたドレイクは、昨日、この三人に連絡する直前になって、執務室への集合時間を明日の午後五時から午後四時四十五分に繰り上げるよう、イルホンに命じなおした。
 そして今日、午後四時四十七分。
 がちがちに緊張して自分の前のソファに座っている三人に、ドレイクは諭すようにこう言った。

「君たち。転属願を再提出する前に正直に言いなさい。……君たちは自分の意志ではなく、六班長に命令されて、うちを転属希望先にして転属願を出したね?」

 三人はソファの上で跳び上がり、ローテーブルに額をぶつけそうな勢いで、深く頭を垂れた。

「ドレイク大佐! 申し訳ありませんでした!」
「いや、怒ってるわけじゃないから。班長に命令されたら、そりゃ断れないよね。それに、うちもちょうど整備に人欲しかったところだったし。だから、採用取り消してくれって言われても、もう取り消さないよ」

 ドレイクはにやっと笑うと、普通濃度のコーヒーを三人分淹れるようイルホンに命じた。

「フォルカスは五時にここに来ることになってる。その前にやばい話は全部済ませちまおう。……結局、六班長は何が目的で、ここに君たちを送りこんできたの?」

 三人は困惑したように互いの顔を見合わせたが、やがてグインがおそるおそる口を開いた。

「あの……フォルカスには絶対言わないでもらえますか?」
「言わないよ。フォルカスに転属願出されたくないから」

 ドレイクの返事を聞いたグインは、一度大きく唾を飲みこんだ。

「……うちの班長……フォルカスのことが好きなんです……」

 そう語るグインの顔はこわばっていて、まるで怪談話をしているかのようだった。

「二ヶ月前、突然転属されたときも、怒るどころかめちゃくちゃ落ちこんでて……前からあの人のフォルカスに対する執着ぶりは尋常じゃないとは思ってたんですが、おまえたちだったら絶対採用されるから、俺の代わりにフォルカスのことをよろしく頼むと頭を下げられて……正直、出撃したときよりも怖いと思いました……」

 グインのセリフに他の二人も黙ってうなずいている。イルホンは表面上は普通にコーヒーを並べながら心の中で絶叫していた。
 ――ほんとにあったんだ怖い話っ!

「ああ……やっぱりね」

 しかし、ドレイクは平然としている。

「あいつ、笑わないでいると、実はかなりの美形だしね」
「ええっ!」

 三人組だけでなく、イルホンも驚愕の声を上げた。

「あれ? イルホンくんはともかく、君たちは気づいてなかった? さすが六班長、人を選ぶ目も確かだね」
「フォルカス……美形ですか?」

 そう訊ねてきたラスは、いかにも信じられないといった顔をしていた。

「少なくとも、六班長には激ツボだったんじゃないの? 話もろくにしたことないのに、そこまで執着してるってことは、完全にそとだけでしょ。フォルカスって三年前に六班に配属されたんだっけ? じゃあ、そのときから一目惚れだ。一途だねえ」

 ドレイクはそう言って、豪快に笑った。

(さすが、あの殿下に〝告白言い逃げ〟した男。真実を知っても動じない)

 自分の上官が〝変態〟であることを、このときイルホンは初めて頼もしく思った。

「〝一途〟……ああ、そういう言い方もできたんだ……」
「俺には〝妄執〟という言葉しか思いつけなかった……」
「ひどいな、君たち。六班長はフォルカスに嫌われつづけても、パワハラもセクハラもしなかっただろ? 逆に、フォルカスの身辺を守ってやってたんじゃないのかい?」
「な、何でわかったんですか?」

 ウィルヘルムがあせり顔でドレイクを見つめる。

「そりゃわかるよ。もしそんなことまでされてたら、〝嫌い〟程度じゃ済んでないから。六班長もそれはよくわかってるから、せめてフォルカスを自分の配下において、君たちみたいな〝安全牌〟で周りを固め、安全じゃないのはあらゆる手を使って排除してきたんじゃないの? それなのに、突然うちに転属されちゃって、そりゃあショックだったろうねえ。しかも、うちは少数精鋭って公言してるから、人を送りこむこともできない。でも、今回の転属騒ぎで、これならいけると思って、君たち三人、厳選して転属願出させたんでしょ。俺は六班長のそのひたむきさに心打たれて、君たちの採用を決めました」

 にたにたしながらそう説明するドレイクに、整備三人組はすっかり言葉を失っていた。

「おっと。また冷めたコーヒー一気飲みさせちまうところだった。訂正あったら聞くから、とりあえずコーヒー飲んでちょうだい」
「あ、はい」

 三人はあわててコーヒーに手を伸ばし、ゴクゴク飲んだ。きっと飲み頃の温度になっていたのだろう。

「……訂正はまったくないです」

 コーヒーを飲んで一息ついた後、グインが怪談話の続きのように切り出した。

「時々、フォルカスに絡んでくるバカもいたんですが、そういうのは六班長が自分で〝排除〟して、フォルカスには感謝されるどころか、逆に暴力的な班長だとよりいっそう嫌われてました……」
「かわいそう……六班長、かわいそう……」

 ドレイクは自分の口元を覆って呟いた。その大きな手の下ではきっと笑っている。イルホンはそう思った。

「本当は自分がここに転属されたかったろうにねえ。いちばんましな班長で、あんなにフォルカスにも嫌われてるようじゃ、君たちに行ってもらって託すしかないよねえ」
「いつからわかっていたんですか?」

 グインがそう訊ねたとき、訪ねる先を間違えているのではないかと疑いたくなるくらい緊張感のない若い男の声が、インターホンから流れてきた。

『大佐ー。来ましたー。喉渇いたからコーヒー飲ませてー』

 目を剥いている三人に、室内に掲げられている時計を一瞥してから、ドレイクはにやりと笑った。

「残念。午後四時五十九分。時間切れだ。ちなみに俺、あの男だけを特別に甘やかしてるわけじゃないんで、六班長にそうチクらないでね。……イルホンくん、開けてやって」
「はい」

 イルホンの執務机からも自動ドアの開閉はできる。自動ドアが完全に開くのを待ちきれず、隙間から体を滑りこませるようにして入室してきたフォルカスは、ドレイクの向かいのソファに座っている元同僚三人を見て、露骨に嫌そうな顔をした。

「やっぱり選ばなきゃよかった」
「そしたら強制的に整備士連れてこさせてたからな。一人一人に当たるより、こっちのほうが楽だろ。うちに転属希望したってことは、イコール〈ワイバーン〉が好きってことだ」
「それはどうですかね」
「まあ、とにかくおまえは俺の隣座れや。……イルホンくーん。俺専用と普通濃度のコーヒー、一つずつお願いしまーす」
「了解しました」

 イルホンは執務机から立ち上がった。が、その心は、ドレイクの隣に腰を下ろしかけている白金の髪をした男の顔を今すぐ正面から凝視したいという欲求に駆られていた。
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