無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

12 面接しました

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 元マクスウェル大佐隊の軍港内は、転属が決まった上官命令違反者たちの〝引っ越し〟でごった返していた。
 彼らの表情は一様に明るかったが――コールタン大佐隊、パラディン大佐隊に転属される者たちは特に――それを五人の班長たちは、ミーティング室の窓から冷淡に眺めていた。

「まあ、何はともあれ、これで転属願を出した馬鹿のほとんどは一掃された」

 だらしなく椅子に身を預けたヴァラクは皮肉げに笑った。

「転属希望先を〝ダーナ大佐隊〟にした救いようのない馬鹿も引き取ってもらえた。あとは〝ドレイク大佐隊〟にした少しは賢い馬鹿だけだ」
「ドレイク大佐隊こそ、すぐに転属受け入れ不可と回答してくると思ってたけどな」

 一人だけまだ窓の前に立っていたムルムスが独り言のように呟く。
 何台もの移動車に分乗して転属先へと向かう元同僚たちは、まるで戦場の最前線に送りこまれる陸軍兵士のようにも見えた。

「ということは、何人か採用するつもりでいるのかね」

 さりげなくヴァラクが言い、他の班長たちは一拍おいて彼を見た。

「え?」
「ムルムスの言うとおりだ。あそこなら採用しないなら採用しないと昨日のうちに決定してる。そうしなかったってことは、選考する時間が必要だったってことだ。たぶん、もう結論は出してるんじゃないか? 誰を採用するか。それとも、やっぱり誰も採用しないか」
「採用するとしたら、何人くらいだ?」

 真剣な表情でセイルがヴァラクに訊ねる。

「さあな。ドレイク大佐の気分しだいだ。たった一人かもしれないし、また五人かもしれない」

 ヴァラクがそう答えたとき、ミーティング室の端末にメールが届いた。

「もしかして、ダーナ大佐の督促か?」

 〝責任者〟のヴァッサゴはあわてて端末に向かったが、メールを開いた瞬間、精巧な蝋人形と化した。

「どうした? やっぱり督促だったか?」

 エリゴールが声をかける。それでようやくヴァッサゴは人間に戻ることができた。

「いや。俺たちには関係のない通達だ。……ドレイク大佐隊を転属希望先にした者は、今日の午後三時までに総務に自分の転属願を取りにこい。時間までに取りにこなかった者は、最初から転属願を提出しなかったものとする。……ドレイク大佐からダーナ大佐のところにそう連絡が入ったそうだ。ご丁寧に提出者のリストまでついてる」

 リストと聞いて、ヴァッサゴ以外の班長たちも端末に群がった。
 そのリストによると、提出者は全部で四十九人。所属していた班ごとにまとめられていて、転属希望者が一人もいなかったのは、元三班、元七班、元九班の三班しかなかった。

「ダーナ大佐のことだから、これは全ドックの待機室に送信してるな」

 ヴァラクのその言葉を裏づけるかのように、窓の外では手ぶらで移動車に飛び乗る者が続出していた。

「いったい、どういうことだ?」

 混乱したようにヴァッサゴは口元を覆った。

「つまり、ドレイク大佐は誰も採用しないってことなのか?」
「いや。採用は考えてる。たぶん、候補者も決めてあるだろ」

 リストをスクロールしながら、ヴァラクが否定する。

「ただ、まだ決定はしてないし、誰を採用しようとしているかも知られたくない」
「そんなこと、何でわかる?」
「誰も採用しないなら、総務からダーナ大佐に転属願をまとめて送ってもらえばいい。そうしないでわざわざ本人に取りにこさせるってことは、転属願以外のものも渡したい人間がいるってことだ。たぶん、転属願は一つ一つ封筒にでも入れられてるんじゃねえのか?」
「候補者の封筒には、当たりクジでも入ってるのか?」

 呆れたようにセイルが言うと、ヴァラクは人差指で彼を指した。

「ありうる」
「当たりクジはともかく、何でそんな面倒な真似を……」
「好意的に考えれば優しさかね。そうすれば、誰を候補者に選んだかは、現時点では本人とドレイク大佐にしかわからない。もしその候補者が不採用になったとしても、本人が口を割らなきゃ誰にもわからないままだ」
「あの超攻撃的な砲撃艦の艦長とは思えない、繊細な心遣い……」

 思わずそう呟いたムルムスに、ヴァラクがそっけなく切り返す。

「だから、フォルカスとキメイスは、とっととドレイク大佐隊に行っちまったんだろ」

 その二人の元上官――セイルとエリゴールは、そろって気まずそうに顔をしかめた。

「まあとにかく、俺らは俺らのやるべきことをさっさと片づけちまおう。……責任者。ダーナ大佐には、メールで報告と隊員名簿を送っとけ」

 急に話を振られてヴァッサゴは驚いたようだったが、すぐに訝しげにヴァラクに訊ねる。

「俺はダーナ大佐の執務室に直接届けに行こうと思ってたが……メールのほうがいいのか?」
「ああ。ダーナ大佐はうちが今の隊員数で本当に一〇〇隻動かせるかどうかを一刻も早く知りたがってる。それがはっきりしなきゃ隊の編制もできないからな。何か問題があれば、ダーナ大佐のほうから言ってくるだろ。だから、とりあえずメールで送っちまえ」
「あ、ああ……」

 ヴァラクの勢いに押されたように、ヴァッサゴは端末の前でメール送信の準備をした。
 エリゴール、セイル、ムルムスの三人は、複雑な表情で視線を交わしあった。
 マクスウェル大佐隊内では、万事が万事、こんな調子だった。何の間違いか、砲撃担当の〝大佐〟となってしまったマクスウェルに代わって、このヴァラクが隊全体を取りしきってきたのだ。

 ――この男は、ダーナ大佐の下ではどうふるまうつもりでいるのだろう。

 それが、かつて四班長、六班長、九班長と呼ばれた班長たちの、ひそかな共通の懸念だった。

 * * *

 午後二時三十分。
 グインは総務部の人事課におもむき、昨日提出したばかりの自分の転属願を取りにきた旨を伝えた。
 窓口の男は、グインが間違いなく本人であることをIDカードなどで確認した上で、しっかり封をされた中身が見えない封筒を一通、彼に手渡した。その封筒には、彼の名前の代わりに「19」という数字が大きく書かれていた。

 ――ドレイク大佐より、必ずこの場で開封して中身を確認するようにとの指示が出ています。

 そう担当者に言われたグインは、親切にもその場に用意されていたペーパーナイフを使い、封筒を開封した。
 中には転属願らしい紙が一枚、折りたたまれて入っていた。当然だろう。しかし、その紙を広げてみて、グインは緑色の目を大きく見張った。

 ――面接します 今日の午後三時十五分ぴったりに俺の執務室に来てね ドレイク

 そんな文章が、赤字で大きく書かれていた。
 よくよく見れば、この転属願はコピーである。グインはすばやくそれを封筒の中に戻すと、ドレイク大佐の執務室がどこにあるか担当者に訊ねた。

 ――ここからすぐ近くです。

 そう言われて渡された名刺大の地図上では、確かにドレイクの執務室は総務部棟の〝すぐ近く〟にあったが、実際にはかなり距離があった。
 グインはその場所を確認してから、適当に周辺を歩き回って時間を潰し、指定時刻ぴったりにドレイクの執務室の自動ドアの前に立った。

「あの……転属願……」

 インターホンに向かってそう言いかけると、いきなりドアが開いた。

「いらっしゃーい」

 ドアの向こうに立っていた黒髪の中年男は、にやにやしながらグインを見下ろした。

「あ、敬礼はしなくていいよ。めんどくさいから。……俺が」

 * * *

 午後四時二十五分。
 最後の面接者が出ていった後、ドレイクはソファにもたれたまま、ぽつりと言った。

「イルホンくん。……衝撃だったね」

 面接中、自分の執務机で面接内容をメモっていたイルホンは、こわばった顔でうなずく。

「はい。……衝撃でした」
「今日は慣れない事務仕事して、ただでさえ疲れてたのに。……イルホンくん、コーヒー飲んで休憩しようよ」
「はいはい。いま淹れます」

 イルホンはドレイクのために激薄コーヒーを、自分のために普通濃度コーヒーを淹れて、彼の向かいのソファに腰を下ろした。

「ありがとうございます、闇の人事官様」
「それ、いいかげんやめてくださいよ」
「えー、気に入ってるのに。じゃあ、影の人事官様。お疲れ様でした」
「それなら〝闇の人事官〟のほうがいいです。……大佐こそ、お疲れ様でした」

 それからしばらく、二人は黙ってコーヒーを飲みつづけた。
 今日、ドレイクがした、というか、イルホンがさせた事務仕事といえば、封筒に「1」から「49」までの数字を書いて、隊員候補者の転属願のコピーに面接案内を書いたことくらいだが――転属希望者に数字を振ったリストを見て、その数字の書かれた封筒に転属願を封入する作業は、間違えられるのが怖かったので、イルホンが自分でやった――仮にも〝大佐〟にそんなことをさせた副官は、この艦隊史上、自分が初めてかもしれない。そして、きっと最後だろう。

「しかし、人によって人の評価は、ここまで違っちゃうもんなんだねえ……」

 先に沈黙を破ったのは、副官に封筒の数字書きをさせられた〝大佐〟のほうだった。

「そうですね。考えてみれば当たり前のことなんですけど……でも、あそこまで見事にズレるもんなんでしょうか」
「悲劇的というか……喜劇的だね」
「そこまで言っちゃあ……でも、俺もそう思います」
「その喜劇的な献身に免じて、整備三人は全員採用しようと思うんだけど、闇の人事官様はどう思う?」
「いいと思います。さすがにフォルカスさんも自分一人で三隻の整備はきついと思って、今回消去法でも選択したんでしょうし」
「ほんとは三人でも足りないくらいなんだけど、あいつはキメイス以上にうちに人を入れたくないみたいなんだよね。整備士連れてこいって言っても、いっこうに連れてこないし。きっと今回みたいな機会がなかったら、一人で整備続けてたと思うよ。顎で使える子分たちもいることだし」
「まさに〝喜劇的な献身〟が功を奏したわけですね」
「ちょっとスパイ目的もあるかなって思うけど」
「スパイ?」
「でも、知りたいのはうちの作戦とかじゃなくて、あくまでフォルカスの日常」
「……そこまでいくと、喜劇的じゃなくなりますね」
「変態的?」
「大佐に〝変態〟と言われちゃあ……でも、俺もそう思います」
「問題はキメイスが選んだ操縦士二人だな。確かに今は操縦士が最高に欲しいが……こっちはフォルカスの場合と違って、愛が感じられない」
「愛って……感じられるほうが普通じゃないでしょう」
「普通じゃないから、あえて採用するんじゃない。こっちの二人は、本来の意味でスパイかなあって思っちゃうんだよね。いくらバレバレでも、〈旧型〉〈新型〉のことは他の隊には知られたくないじゃない。こっちはどうしようねえ、闇の人事官様」
「うーん、そうですね。俺も整備三人の場合とは違って、こっちは引っかかります。でも、操縦士、欲しいんですよね?」
「まあ、適当な人材が見つかるまで、ギブスンを操縦士に転向させるっていう裏技もあるけどね」
「ギブスンにとっては悲劇的……」
「スミスの元同僚の中に操縦士がいればよかったんだけど。そしたら、スミスとギブスンを左翼の〈旧型〉に回して……」
「いずれにしろ、その二人は〈旧型〉に回されてしまうんですね……」
「うん。マシムは言うまでもないだろうけど、本来の〈ワイバーン〉に向いてるのはシェルドンのほうなんだ。ギブスンはね、狙撃手なんだよ。〝息吹ブレス〟だけならシェルドンより上だ。だから必然的に〈旧型〉に乗って、〈ワイバーン〉の代わりに旗艦を落としてもらうことになる」
「でも、もしギブスンが操縦士に転向したら、今度はいったい誰がギブスンの代わりに砲撃を?」
「採用条件を破って申し訳ないが、スミスの元同僚の誰かに出向してもらおう」
「え?」
「あそこ、無駄に砲撃出身者がいるから。そうだな。ディックあたりがいいんじゃないか? いちばんダーナにこだわりがなさそう」
「何か……〈旧型〉内の雰囲気、重くなりそうですね……」
「大丈夫。フォルカスがいる。俺があいつを整備専業にできないのはさ、うちの隊員まとめるのが異常にうまいからだ。二十代前半組と後半組のつなぎ役してるの、あいつだぞ?」
「確かに……あの人がいなかったら、分断してたかもしれませんね」
「闇の人事官様は、それを狙ってリストアップしたわけじゃないのね」
「採用したのは大佐じゃないですか。大佐こそ、それを狙っていたのでは?」
「まさか。頭の回転の速い男だなとは思ったけど、整備も一人くらい欲しかったし、それに、今いる隊が嫌で嫌でしょうがないって言うからさ、俺んとこでよかったら来るって訊いたら〝すぐに行きます〟と」
「あんなに気遣われていたのに……」
「それも含めて、フォルカスには嫌だったんだろうね。……たぶん」
「では、今回は操縦士のほうの採用は見送りますか?」
「キメイスには悪いけど、『フィーリングが合わなかった』で納得してくれないかな」
「たぶん、ものすごく納得してくれますよ」
「それじゃあ、さっそく連絡して、明日、フォルカスと引き合わせるか。……闇の人事官様、電話してくれる?」
「はいはい。俺の表の顔は大佐の副官ですから。ここに来る前に、元六班長とダーナ大佐に挨拶させるんでしたよね?」
「うん。挨拶した証拠に転属願にサインをもらってくる。それができなかったら採用取り消し。ここに来てもらうのは、何時くらいにしておいたほうがいいだろね?」
「そうですね。班長のほうはともかく、ダーナ大佐は大佐と違って本当に忙しいでしょうから、遅めにして午後五時ではどうですか?」
「そうだね。ところで今、さらっとワルなことを言ったね?」
「そうですか? 幻聴でしょう」

 純真ではないイルホンは真顔で答え、ソファから立ち上がった。

 * * *

 午後四時四十五分。
 グインが同僚のラスと共に、元マクスウェル大佐隊所属第六班第一号の整備をしているふりをしていると、同じく同僚のウィルヘルムが深刻そうな面持ちで二人に近づいてきた。

「……おまえもか?」

 ラスが声を潜めてウィルヘルムに訊ねると、彼は黙ってうなずいた。

「すごい。百発百中だ」
「もう報告はしたのか?」

 ウィルヘルムに問い返されて、グインはラスと一緒に首を横に振った。

「いや、まだ面接受けただけだから。採否結果は今日の午後五時までに携帯で知らせるって言ってたから、それわかってからにしようと思って。……おまえもそう言われなかったか?」
「ああ、言われた。でも……もし、もし万が一採用になっちまったら、おまえら、いったいどうする? 本当にあそこに行くか?」

 三人は腕組みをすると、そろって唸り声を上げた。

「俺自身は行ってもいいかなって思ってるけど。……あの人のことを抜きにしても」
「まさか、ドレイク大佐にそのことまで話してないだろうな?」
「話してない話してない。でも……もう勘づかれてるような気はする」
「ああ、する。ものすごくする。いきなり『フォルカスの同僚だろ』って言われたときには、心臓が止まりそうになった」
「……よさそうなところなんだけどな」
「うん。いい意味で〝大佐〟らしくない〝大佐〟。フォルカスがすぐに向こうに行ったのものもよくわかる」
「フォルカス、荷物ここに取りにきたとき、別人のように晴れやかに笑ってたもんな」
「マクスウェル大佐はともかく、班長にも挨拶してかなかっただろ」
「それで転属ができてしまうドレイク大佐隊の不思議」
「そもそも、この艦隊に来たばかりだったドレイク大佐が、どうやってフォルカスを知ったのかも不思議」
「考え出すとあそこ、不思議ばかりだよな。何でドレイク大佐の執務室は、隊の軍港の敷地内にないんだ?」
「その軍港が他よりも小規模だから……っていうのは理由になってないか」

 彼らはふと互いの顔を見合わせると、同時に溜め息をついた。

「よさそうなところなんだけどな」

 * * *

 午後四時五十五分。
 グイン、ラス、ウィルヘルムは、それぞれの携帯電話を握りしめたまま固まっていた。

「本当に採用されちまったよ……」

 呆然とグインは呟いた。

「今度こそ、マジでどうする? どっちにしろ、報告はしなきゃなんないけど……サインもらってドレイク大佐隊に行くか?」

 ウィルヘルムが蒼白な顔で他の二人に訊ねる。

「そうするしかないだろ。あの人が俺たちに転属願出させたのはそのためなんだから。俺たち、ちゃんと整列してたのに」

 そう答えたラスの目は、他の二人ではなく、自分の携帯に向けられていた。

「とにかく……報告するぞ。グイン、代表して電話しろ」
「何で俺!」
「おまえが最初に面接を受けた!」
「そんな……それは単なる氏名順だろ!」
「氏名順でも何でもおまえが最初だ! 最初に面接と採用連絡受けた、おまえが報告すべきだ!」
「理不尽だ……」

 そうぼやきながらも、同僚二人に言い負かされたグインは、いやいや報告先に電話をかけたのだった。
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