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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
07 新型訓練航行しました
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「ラッセル」
ディックはフォークを置くと、何の前置きもなく、真顔で切り出した。
「あそこは〝オアシス〟じゃない。〝パラダイス〟だ」
ラッセルだけでなく、元ウェーバー大佐隊出身者五人もあっけにとられて彼を見た。
「は?」
ドレイク大佐隊では、ドックを無人にしないために、隊員は前半と後半の二組に分かれて昼食をとることになっている。
特に順番もメンバーも決まっていないのだが――中には毎日待機室で自分の好きな映像を見ながら昼食をとっている隊員もいる――転属初日(正確には二日目)の今日だけは、前半にスミスとその元同僚五人が、ドックにいちばん近い隊員食堂で昼食をとるよう、ドレイクに強制されたのだった。
「パラダイスって……」
ラッセルが困惑していると、ディックは拳を握りしめて力説した。
「隊員が……みんな若い! ドレイク大佐とバラード以外、みんな二十代!」
「悪かったな、もう三十代で」
バラードがいじけてそっぽを向く。
「若いのは確かだが……それだけでパラダイス……?」
怪訝な顔をしているスミスに、オールディスが決まり悪そうに笑って答える。
「悪いな。ウェーバーのせいか、俺たち、若さに飢えててな。それだけでも、ダーナ大佐はよかったんだ」
「見かけによらず……おまえら、病んでるな」
スミスの眼差しには、哀れみと蔑みが入りまじっていた。
「でも、一つだけ注意しておく。ティプトリーだけには絶対ちょっかいは出すな」
ラッセル以外の元同僚たちは、そろって声を上げた。
「ええッ!?」
「やっぱり」
スミスは呆れたように溜め息を吐き出す。
「一見おとなしそうに見えるがな、あれは猫かぶってるだけだ。特に自分の女顔にものすごくコンプレックス持ってるから、それに触れたら即アウトだ。あと、ティプトリーの前でシェルドンの悪口は絶対に言うな。その瞬間からティプトリーに敵視される」
「シェルドン? ……誰だっけ?」
「砲撃手の一人だ。まだ訓練生の。砲撃手がいちばん若い訓練生二人っていうのもすごいが……ティプトリーくんと仲がいいのか?」
「仲がいい……まあ、そんなもんだ。おまえらもティプトリーには猫かぶりつづけてもらいたいだろ? だから、ティプトリーには不用意に近づくな」
「くそ……眺めて楽しむしかないのか……」
「ディック……おまえ、何のためにうちに来たんだ……」
「そんな不純なこと考えてるから、砲撃の成績、最下位になるんだよ。俺らの中ではいちばん若いくせに」
「あれは年齢じゃない! ブランクだ!」
「それを言うなら、何でオールディスが二位なんだ?」
「……ゲーセンで練習でもしてきたか?」
バラードとスターリングは、期せずして同じ言葉を叫んだ。
「その手があったか!」
「そんなわけあるか。とにかく、次の出撃ではラッセルが砲撃担当。今日の午後には〈新型〉の訓練航行参加だ。まあ、大佐の操縦する〈新型〉に搭乗するだけだけどな」
そう言いながらも、スミスはとても楽しみにしているようだった。
「部下のために軍艦操縦してくれる〝大佐〟か。それは確かに激レアだ」
「おまえ以外の三人も、えらい喜んでたな」
「この前、俺たち四人だけが乗りたかったのに乗れなかったんだ。もう一生乗れないかと思ってたが……何が幸いするかわからないな」
「ドレイク大佐は、自分で砲撃もするのか?」
「殿下に〝採用試験〟出されたときにはしたらしいが、ここの〝大佐〟になってからはさすがにないな。でも、余興で一度、中央突破のシミュレーションをしてみせてくれたことがある。船を操縦しながら砲撃するってやつだ。本人は腕が鈍ってるって言ってたが、とんでもなく早かった」
「余興でそんなことまでしてくれるのか。サービス精神旺盛な〝大佐〟だな」
「……〝部下たらし〟だな」
ラッセルがぼそりと呟く。
「昨日も思った。あの人はこのスミスにもだが、副官にもかなり気を遣ってた。〝スミスが気に入らない人間なら俺もいらない〟って断言するような人だぞ? 〝部下たらし〟以外の何者でもない」
「まあ……確かにな」
ラッセルのこの意見には、多少不本意そうながらもスミスはうなずいた。
「アメとムチの使い方が凶悪にうまい。時々とんでもないことを命じられたりもするが、完遂すれば、必ず〝よくやった〟と褒めてくれる。いい年をしてと思われるかもしれないが、年をとればとるほど言われなくなる言葉だから、かえって効くのかもな。……ダーナ大佐はそうじゃなかったのか?」
「うーん……ドレイク大佐ほどじゃないが、似たところはあったな」
代表してオールディスが答える。
「普段は表情の少ない人だが、たまにちょっと笑ってくれる。それが妙に嬉しい」
「……ひょっとして、俺たち、〝大佐〟の愛情に飢えてたんじゃないのか?」
スミスの指摘に、元ウェーバー大佐隊員たちは愕然とした。
「そうか……そうだったのか……!」
「マクスウェル大佐隊はアルスター大佐のとこに入れて、ウェーバー大佐隊はダーナ大佐のとこに入れたほうがよかったんじゃないのかね」
そう言ってスミスがコーヒーを飲むと、ラッセルが口惜しそうに応じた。
「スミス。……俺も同感だ」
* * *
〈新型〉に搭乗する都合上、スミスと同様、フォルカス、キメイス、マシムも前半組にされていたが、食堂で食べるのを面倒くさがった彼らは、待機室内で昼食をとっていた。
ちなみに、マシムにとってはいつものことである。彼の楽しみの一つは〝〈ワイバーン〉ライブラリー〟を待機室で鑑賞することだった。
「さすが、スミスさんが入隊を認めた元同僚たち。……まともだったな」
サンドイッチを少しずつかじりながらキメイスが言う。
「類は友を呼ぶってやつだな。俺の勝手な臆測だけど、〝まともじゃない〟のはあのとき一掃されちまったんじゃないか?」
一方、フォルカスはホットドッグを豪快に頬張っていた。
「ああ、なるほど。いずれにしろ、マクスウェル大佐隊よりずっと優等生的な印象」
「あそこと比較したら、うちだって〝優等生〟だって」
「えー、さすがにうちは無理なんじゃないか? 敬礼も満足にできなくなってる隊だぞ?」
「それは大佐のせいだから。大佐の命令に忠実という意味では〝優等生〟」
「そうか。俺たちはここに来て、初めて〝優等生〟になれたんだな」
「そうだ。ここ以外では〝劣等生〟」
「でも、訓練生トリオは、これが〝普通〟だと思ってるんじゃないのか?」
菓子パンをかじりながら端末のディスプレイにかじりついているマシムを、キメイスは苦笑いして親指で指す。
「そうかもな。〝普通〟を知らずにいきなり〝特殊〟だもんな。一度、アルスター大佐隊に体験入隊させてもらったほうがいいんじゃないか。ここがいかに〝天国〟か、泣きたくなるくらいよくわかるぞ」
「うわあ……俺なら最初の敬礼で挫折して、泣いて逃げ帰る」
「敬礼でもう挫折かよ」
「映像の殿下になら抵抗なくできたんだけどな。何だろうな、これは」
「〝うちの大佐をお願いします〟っていう、いじらしい部下心」
「今じゃすっかり失せてるな」
「だって、わざわざお願いしなくても、殿下は最初から大佐しか見てないしい」
「そいつは言えてる」
「でもって、こいつは〈ワイバーン〉しか見てないしい」
フォルカスもマシムを親指で指したが、彼はまったく反応しなかった。
「この前、ソフィアから帰ってきたときにも撮ったから、また〈ワイバーン〉ライブラリーが増えたな」
「俺はやっぱり、あの整備殺しのレーザー砲列フル回転させて、敵船撃ち落としまくる〈ワイバーン〉がいちばん好きだけどな」
笑いながらフォルカスが言った。と、いきなりマシムがフォルカスたちのほうを振り返った。
「フォルカスさん。俺もです」
驚いている年上の同僚にそれだけ主張すると、マシムはディスプレイに目を戻した。
* * *
ドレイクは長身である。おそらく、隊の中でいちばん背が高いだろう。
だが、ポケットに両手を突っこんで、少し前屈みになって歩く癖があるせいか、そのことは気づかれにくい。寡黙な訓練生のマシム――しかし、驚くべきことに、彼があの〈ワイバーン〉の〝正操縦士〟だという――と同じくらいの身長に見える。
「ラッセルくんは砲撃席。フォルカスとキメイスはいつもの席。スミスは俺の隣の席。マシム、喜べ。今日はおまえが艦長席だ」
ドレイクに人差指で指されたマシムは、冷静にこう返した。
「たぶん、俺がその席に座るのは、今日が最初で最後ですね」
普段の言動はああだが、さすがに操縦は基本に忠実で慎重だった。
隣席のスミスに説明しながら、ドレイクは専門の操縦士のように〈新型〉を発進させた。
「ギブスンとシェルドンが言ってましたけど、本当に普通の操縦士みたいっすね」
大気圏外に出てから、ラッセルの右隣にいたフォルカスが、感心したようにドレイクに言った。
「普通の操縦士みたいって、それ、褒め言葉?」
「一応、褒めてます」
「物足りなかったら、いつでもマシムと代わってやるぜ」
これにはフォルカスだけでなく、キメイスも同時に頭を下げた。
「すいません。それだけは勘弁してください」
「ドレイク大佐は、操縦士をされていたことがあるんですか?」
ラッセルが訊ねると、ドレイクは正面を向いたまま答えた。
「大昔、戦闘機乗りしてたことはあるけどな。あとは必要に迫られて仕方なく。俺はやっぱり操縦より砲撃のほうが好き。でも、もうしんどいからやらない」
「戦闘機乗り……」
「ああ、なるほど。ものすごく納得」
「マシム。スミスにこれの操縦のコツ、教えてやってくれ」
「コツですか?」
マシムは艦長席を下りると、ドレイクとスミスの間に立った。
「俺は大佐に『突っ走れ』と言われたら、ただひたすら突っ走ります」
「それ、コツか?」
スミスが顔をしかめてマシムを見上げる。
「あと、障害物があったら、ギリギリでかわします」
「ギリギリってとこが、かろうじてコツか?」
「それと、これは〈ワイバーン〉じゃない、多少傷つけても大丈夫、と開き直ります」
「あー、やっぱりこいつ、そう思っていやがった!」
整備担当だというフォルカスが、ドレイクのようにマシムを人差指で指さす。
「軍艦差別するな! みんなうちの軍艦だ!」
「スミス。参考になったか?」
どこがコツだとラッセルは思ったが、スミスが生真面目にこう答えるのを聞いて、コンソールに額をぶつけそうになった。
「〝〈ワイバーン〉じゃない〟と開き直る、というのがとても参考になりました」
「ああ、俺も〈ワイバーン〉は怖くて操縦できねえ」
真顔でドレイクは言った。
「〈ワイバーン〉じゃないから、今こうして操縦できてるんだ」
「大佐、もっとスピード出さないんですか?」
マシムの屈託のない声に、フォルカスとキメイスがひいっと悲鳴を上げた。
「スピード出ますよ。面白いくらい。それでいて制動いいです」
「ふむふむ。量産には向いてそうだな。でも、俺は普通の操縦士なんで安全運転します」
ドレイクのおどけた返事を耳にして、フォルカスとキメイスだけでなく、スミスも安堵の溜め息をついていた。
(これが、ドレイク大佐隊か)
当然のことかもしれないが、〝大佐〟が違うと、ここまで隊内の雰囲気も違ってくるものなのか。
彼らは実に気軽にドレイクに話しかけ、ドレイクもまた気軽にそれに応える。緊張感がないと言ってしまえばそれまでだが、軍艦の中からこれほど安らいだ気持ちで宇宙空間を眺めたことはなかったような気がする。
考えてみれば、今のこの軍艦は、マシムを操縦席に座らせればそのまま戦えてしまうのだ。
不安要素は、今日この軍艦に初めて乗った、砲撃担当の自分だけ。
そのとき、ラッセルは今、自分がとてつもなく貴重な体験をしていることにようやく気がついた。
ドレイクはもうこの〈新型〉に乗ることはない。
彼の本来の乗艦は、あの〈ワイバーン〉だ。
〈新型〉の専属操縦士にされてしまったスミスは、だからあれほど落ちこんでいたのだ。彼は自分たちが転属を希望したために、当分の間――もしかしたらずっと――同じ軍艦の中でドレイクと会話することができなくなった。
(すまないことをしたな)
今さらながらそう思った。ここへ先に来たのはスミスなのに、後から来た自分たちが彼の〝オアシス〟を荒らしてしまった。
――今日が最初で最後。
〈ワイバーン〉の正操縦士が何気なく口にした言葉を、ラッセルは心の中で反芻した。
ディックはフォークを置くと、何の前置きもなく、真顔で切り出した。
「あそこは〝オアシス〟じゃない。〝パラダイス〟だ」
ラッセルだけでなく、元ウェーバー大佐隊出身者五人もあっけにとられて彼を見た。
「は?」
ドレイク大佐隊では、ドックを無人にしないために、隊員は前半と後半の二組に分かれて昼食をとることになっている。
特に順番もメンバーも決まっていないのだが――中には毎日待機室で自分の好きな映像を見ながら昼食をとっている隊員もいる――転属初日(正確には二日目)の今日だけは、前半にスミスとその元同僚五人が、ドックにいちばん近い隊員食堂で昼食をとるよう、ドレイクに強制されたのだった。
「パラダイスって……」
ラッセルが困惑していると、ディックは拳を握りしめて力説した。
「隊員が……みんな若い! ドレイク大佐とバラード以外、みんな二十代!」
「悪かったな、もう三十代で」
バラードがいじけてそっぽを向く。
「若いのは確かだが……それだけでパラダイス……?」
怪訝な顔をしているスミスに、オールディスが決まり悪そうに笑って答える。
「悪いな。ウェーバーのせいか、俺たち、若さに飢えててな。それだけでも、ダーナ大佐はよかったんだ」
「見かけによらず……おまえら、病んでるな」
スミスの眼差しには、哀れみと蔑みが入りまじっていた。
「でも、一つだけ注意しておく。ティプトリーだけには絶対ちょっかいは出すな」
ラッセル以外の元同僚たちは、そろって声を上げた。
「ええッ!?」
「やっぱり」
スミスは呆れたように溜め息を吐き出す。
「一見おとなしそうに見えるがな、あれは猫かぶってるだけだ。特に自分の女顔にものすごくコンプレックス持ってるから、それに触れたら即アウトだ。あと、ティプトリーの前でシェルドンの悪口は絶対に言うな。その瞬間からティプトリーに敵視される」
「シェルドン? ……誰だっけ?」
「砲撃手の一人だ。まだ訓練生の。砲撃手がいちばん若い訓練生二人っていうのもすごいが……ティプトリーくんと仲がいいのか?」
「仲がいい……まあ、そんなもんだ。おまえらもティプトリーには猫かぶりつづけてもらいたいだろ? だから、ティプトリーには不用意に近づくな」
「くそ……眺めて楽しむしかないのか……」
「ディック……おまえ、何のためにうちに来たんだ……」
「そんな不純なこと考えてるから、砲撃の成績、最下位になるんだよ。俺らの中ではいちばん若いくせに」
「あれは年齢じゃない! ブランクだ!」
「それを言うなら、何でオールディスが二位なんだ?」
「……ゲーセンで練習でもしてきたか?」
バラードとスターリングは、期せずして同じ言葉を叫んだ。
「その手があったか!」
「そんなわけあるか。とにかく、次の出撃ではラッセルが砲撃担当。今日の午後には〈新型〉の訓練航行参加だ。まあ、大佐の操縦する〈新型〉に搭乗するだけだけどな」
そう言いながらも、スミスはとても楽しみにしているようだった。
「部下のために軍艦操縦してくれる〝大佐〟か。それは確かに激レアだ」
「おまえ以外の三人も、えらい喜んでたな」
「この前、俺たち四人だけが乗りたかったのに乗れなかったんだ。もう一生乗れないかと思ってたが……何が幸いするかわからないな」
「ドレイク大佐は、自分で砲撃もするのか?」
「殿下に〝採用試験〟出されたときにはしたらしいが、ここの〝大佐〟になってからはさすがにないな。でも、余興で一度、中央突破のシミュレーションをしてみせてくれたことがある。船を操縦しながら砲撃するってやつだ。本人は腕が鈍ってるって言ってたが、とんでもなく早かった」
「余興でそんなことまでしてくれるのか。サービス精神旺盛な〝大佐〟だな」
「……〝部下たらし〟だな」
ラッセルがぼそりと呟く。
「昨日も思った。あの人はこのスミスにもだが、副官にもかなり気を遣ってた。〝スミスが気に入らない人間なら俺もいらない〟って断言するような人だぞ? 〝部下たらし〟以外の何者でもない」
「まあ……確かにな」
ラッセルのこの意見には、多少不本意そうながらもスミスはうなずいた。
「アメとムチの使い方が凶悪にうまい。時々とんでもないことを命じられたりもするが、完遂すれば、必ず〝よくやった〟と褒めてくれる。いい年をしてと思われるかもしれないが、年をとればとるほど言われなくなる言葉だから、かえって効くのかもな。……ダーナ大佐はそうじゃなかったのか?」
「うーん……ドレイク大佐ほどじゃないが、似たところはあったな」
代表してオールディスが答える。
「普段は表情の少ない人だが、たまにちょっと笑ってくれる。それが妙に嬉しい」
「……ひょっとして、俺たち、〝大佐〟の愛情に飢えてたんじゃないのか?」
スミスの指摘に、元ウェーバー大佐隊員たちは愕然とした。
「そうか……そうだったのか……!」
「マクスウェル大佐隊はアルスター大佐のとこに入れて、ウェーバー大佐隊はダーナ大佐のとこに入れたほうがよかったんじゃないのかね」
そう言ってスミスがコーヒーを飲むと、ラッセルが口惜しそうに応じた。
「スミス。……俺も同感だ」
* * *
〈新型〉に搭乗する都合上、スミスと同様、フォルカス、キメイス、マシムも前半組にされていたが、食堂で食べるのを面倒くさがった彼らは、待機室内で昼食をとっていた。
ちなみに、マシムにとってはいつものことである。彼の楽しみの一つは〝〈ワイバーン〉ライブラリー〟を待機室で鑑賞することだった。
「さすが、スミスさんが入隊を認めた元同僚たち。……まともだったな」
サンドイッチを少しずつかじりながらキメイスが言う。
「類は友を呼ぶってやつだな。俺の勝手な臆測だけど、〝まともじゃない〟のはあのとき一掃されちまったんじゃないか?」
一方、フォルカスはホットドッグを豪快に頬張っていた。
「ああ、なるほど。いずれにしろ、マクスウェル大佐隊よりずっと優等生的な印象」
「あそこと比較したら、うちだって〝優等生〟だって」
「えー、さすがにうちは無理なんじゃないか? 敬礼も満足にできなくなってる隊だぞ?」
「それは大佐のせいだから。大佐の命令に忠実という意味では〝優等生〟」
「そうか。俺たちはここに来て、初めて〝優等生〟になれたんだな」
「そうだ。ここ以外では〝劣等生〟」
「でも、訓練生トリオは、これが〝普通〟だと思ってるんじゃないのか?」
菓子パンをかじりながら端末のディスプレイにかじりついているマシムを、キメイスは苦笑いして親指で指す。
「そうかもな。〝普通〟を知らずにいきなり〝特殊〟だもんな。一度、アルスター大佐隊に体験入隊させてもらったほうがいいんじゃないか。ここがいかに〝天国〟か、泣きたくなるくらいよくわかるぞ」
「うわあ……俺なら最初の敬礼で挫折して、泣いて逃げ帰る」
「敬礼でもう挫折かよ」
「映像の殿下になら抵抗なくできたんだけどな。何だろうな、これは」
「〝うちの大佐をお願いします〟っていう、いじらしい部下心」
「今じゃすっかり失せてるな」
「だって、わざわざお願いしなくても、殿下は最初から大佐しか見てないしい」
「そいつは言えてる」
「でもって、こいつは〈ワイバーン〉しか見てないしい」
フォルカスもマシムを親指で指したが、彼はまったく反応しなかった。
「この前、ソフィアから帰ってきたときにも撮ったから、また〈ワイバーン〉ライブラリーが増えたな」
「俺はやっぱり、あの整備殺しのレーザー砲列フル回転させて、敵船撃ち落としまくる〈ワイバーン〉がいちばん好きだけどな」
笑いながらフォルカスが言った。と、いきなりマシムがフォルカスたちのほうを振り返った。
「フォルカスさん。俺もです」
驚いている年上の同僚にそれだけ主張すると、マシムはディスプレイに目を戻した。
* * *
ドレイクは長身である。おそらく、隊の中でいちばん背が高いだろう。
だが、ポケットに両手を突っこんで、少し前屈みになって歩く癖があるせいか、そのことは気づかれにくい。寡黙な訓練生のマシム――しかし、驚くべきことに、彼があの〈ワイバーン〉の〝正操縦士〟だという――と同じくらいの身長に見える。
「ラッセルくんは砲撃席。フォルカスとキメイスはいつもの席。スミスは俺の隣の席。マシム、喜べ。今日はおまえが艦長席だ」
ドレイクに人差指で指されたマシムは、冷静にこう返した。
「たぶん、俺がその席に座るのは、今日が最初で最後ですね」
普段の言動はああだが、さすがに操縦は基本に忠実で慎重だった。
隣席のスミスに説明しながら、ドレイクは専門の操縦士のように〈新型〉を発進させた。
「ギブスンとシェルドンが言ってましたけど、本当に普通の操縦士みたいっすね」
大気圏外に出てから、ラッセルの右隣にいたフォルカスが、感心したようにドレイクに言った。
「普通の操縦士みたいって、それ、褒め言葉?」
「一応、褒めてます」
「物足りなかったら、いつでもマシムと代わってやるぜ」
これにはフォルカスだけでなく、キメイスも同時に頭を下げた。
「すいません。それだけは勘弁してください」
「ドレイク大佐は、操縦士をされていたことがあるんですか?」
ラッセルが訊ねると、ドレイクは正面を向いたまま答えた。
「大昔、戦闘機乗りしてたことはあるけどな。あとは必要に迫られて仕方なく。俺はやっぱり操縦より砲撃のほうが好き。でも、もうしんどいからやらない」
「戦闘機乗り……」
「ああ、なるほど。ものすごく納得」
「マシム。スミスにこれの操縦のコツ、教えてやってくれ」
「コツですか?」
マシムは艦長席を下りると、ドレイクとスミスの間に立った。
「俺は大佐に『突っ走れ』と言われたら、ただひたすら突っ走ります」
「それ、コツか?」
スミスが顔をしかめてマシムを見上げる。
「あと、障害物があったら、ギリギリでかわします」
「ギリギリってとこが、かろうじてコツか?」
「それと、これは〈ワイバーン〉じゃない、多少傷つけても大丈夫、と開き直ります」
「あー、やっぱりこいつ、そう思っていやがった!」
整備担当だというフォルカスが、ドレイクのようにマシムを人差指で指さす。
「軍艦差別するな! みんなうちの軍艦だ!」
「スミス。参考になったか?」
どこがコツだとラッセルは思ったが、スミスが生真面目にこう答えるのを聞いて、コンソールに額をぶつけそうになった。
「〝〈ワイバーン〉じゃない〟と開き直る、というのがとても参考になりました」
「ああ、俺も〈ワイバーン〉は怖くて操縦できねえ」
真顔でドレイクは言った。
「〈ワイバーン〉じゃないから、今こうして操縦できてるんだ」
「大佐、もっとスピード出さないんですか?」
マシムの屈託のない声に、フォルカスとキメイスがひいっと悲鳴を上げた。
「スピード出ますよ。面白いくらい。それでいて制動いいです」
「ふむふむ。量産には向いてそうだな。でも、俺は普通の操縦士なんで安全運転します」
ドレイクのおどけた返事を耳にして、フォルカスとキメイスだけでなく、スミスも安堵の溜め息をついていた。
(これが、ドレイク大佐隊か)
当然のことかもしれないが、〝大佐〟が違うと、ここまで隊内の雰囲気も違ってくるものなのか。
彼らは実に気軽にドレイクに話しかけ、ドレイクもまた気軽にそれに応える。緊張感がないと言ってしまえばそれまでだが、軍艦の中からこれほど安らいだ気持ちで宇宙空間を眺めたことはなかったような気がする。
考えてみれば、今のこの軍艦は、マシムを操縦席に座らせればそのまま戦えてしまうのだ。
不安要素は、今日この軍艦に初めて乗った、砲撃担当の自分だけ。
そのとき、ラッセルは今、自分がとてつもなく貴重な体験をしていることにようやく気がついた。
ドレイクはもうこの〈新型〉に乗ることはない。
彼の本来の乗艦は、あの〈ワイバーン〉だ。
〈新型〉の専属操縦士にされてしまったスミスは、だからあれほど落ちこんでいたのだ。彼は自分たちが転属を希望したために、当分の間――もしかしたらずっと――同じ軍艦の中でドレイクと会話することができなくなった。
(すまないことをしたな)
今さらながらそう思った。ここへ先に来たのはスミスなのに、後から来た自分たちが彼の〝オアシス〟を荒らしてしまった。
――今日が最初で最後。
〈ワイバーン〉の正操縦士が何気なく口にした言葉を、ラッセルは心の中で反芻した。
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