無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

25 ひそかに進展していました

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 休憩時間中に〝孤独に〟砲撃の自主練習をしようと、シェルドンが〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟のブリッジを訪れると、そこにはすでに先客がいた。

「ティプトリー。こんなところで〝孤独に〟何してるんだ?」

 今、隊内では〝孤独に〟がブームになっていた。
 操縦席の左隣に簡易椅子を置いて座っていたティプトリーは、特に驚いた様子もなくシェルドンを振り返る。金髪の人形のような女顔。だが、心の中でそう思ってはいても、それを本人の前で口にするような隊員は、ドレイク大佐隊の中には一人もいなかった。

「〝孤独に〟思考実験」
「はあ?」

 操縦席の右隣のシートに座りながら、シェルドンは怪訝な声を上げる。

「思考実験? 何だかわかんないけど、それ、ここじゃないとできないのか?」
「ここなら〝孤独に〟なれるから」
「俺は砲撃の自主練に来たんだけど、そっちの〝思考実験〟のほうがすごく気になる」

 ティプトリーは少しためらった後、照れくさそうに小声で答えた。

「大佐が言ってた〝クレー射撃〟」
「ああ……あの無人砲撃艦を一〇〇〇隻近く撃ち落としたってやつ。それがどうした?」
「あの殿下があれほど見たがるんだから、よっぽどすごかったんだろうなって」
「そりゃあすごいだろ。一〇〇〇隻近くも撃ち落としつづけられたら」
「いや、数だけの問題じゃなくて、他の艦艇で攻撃しようなんて気も起こさせないほど、芸術的に美しかったんじゃないかな。殿下はそれで元祖〈ワイバーン〉に〝一目惚れ〟しちゃったんだと思うんだ。あの映像の編集には、マシム以上のマニア魂を感じた」

 隊内では〈ワイバーン〉の映像編集をしたのは殿下だとすでに断定されていた。

「確かに、マシムも相当だけど、殿下には到底かなわないな。殿下は元祖〈ワイバーン〉に似せた軍艦ふねを造らせちまったんだから。乗ってる俺らも〝クレイジー〟だけど、造らせた殿下はもっと〝クレイジー〟な気がする」
「だから、〝クレイジー〟になるくらい綺麗だったんだろうなって。大佐によると、無人砲撃艦が砲撃してくる前に、一発で急所を撃ち抜いていったんだそうだ」
「……一発で?」
「そう、一発で。大佐、無駄撃ちするの大嫌いだから」
「でも、それならこの前のレーザー乱射と変わらない気がするけど……あれだってほとんど一発で落としてる」
「この前のは四方八方に撃ってただろ。このときは前方のみ。無人砲撃艦の動きを予測して、レーザー砲撃していったんだそうだ。おそらくだけど、図にしたらこんな感じ?」

 ティプトリーは自分の前にあったノートを持って立ち上がると、シェルドンの近くのコンソールの上に広げて見せた。
 最初から誰かに見せるつもりだったのか、もともとそういう性質なのか、ドレイク推奨の鉛筆できっちりと描かれている。

「そのとき、元祖〈ワイバーン〉は左翼にいて、殿下は無人砲撃艦だけで攻撃した。元祖は無人砲撃艦をこんなふうに撃ち落としていったらしい」

 ティプトリーはそう言いながら、ノートに薄く描きこまれているゆるやかな曲線を細い指先でなぞった。

「なるほど、〝クレー射撃〟」
「ただし、このクレーは自分のほうに向かって飛んでくる。しかも、撃ち落としそこねたら砲撃してくる」
「……恐ろしい」
「でも、見てみたくないか? 俺、思ったんだけど、これは〈フラガ〉からより〈ワイバーン〉から見たほうが絶対すごく綺麗だよ。せめてシミュレーションで再現してみたいんだけど……」
「ティプトリー……おまえもマニアだったんだな……」

 呆れてシェルドンが言うと、ティプトリーは心外そうな顔をした。

「俺はマニアじゃないよ。ただ、大佐が〝計算地獄〟って言ったから」
「確かに言ってたけど……?」
「計算でできることなら、経験がなくてもどうにかなるんじゃないかと思って」
「は?」
一昨日おとといの出撃のとき、俺は〈ワイバーン〉のあの席に座れなかった」

 ティプトリーは今まで自分が座っていた席を指さした。
 あのとき、そこにはスミスが座っていた。

「ようは、大佐が俺よりスミスさんのほうが適任だって判断したってことだけど、じゃあ、俺には何が足りなかったのかって考えてみた」
「おまえは経験だって考えたのか?」
「もちろん、それだけじゃないとは思ってるよ。ただ、今までの俺は、〈フラガ〉が一斉配信してくる残存戦力とかデータを読み上げることしかできてなかったなって」
「俺はそこは訓練で二、三度座っただけだからなあ。……他に何かあるのか?」
「あそこでわかるのは残存戦力だけじゃない。レーダーやセンサーからでも、あらゆる情報を収集できる。その中から、今必要な情報を拾い出して伝達する。必要に応じて、予測や解析もする。それがあの席に座る人間の仕事だ。この〝必要〟の判断のもとになってるのが経験だと思う。でも、経験は今すぐ身につけられるものじゃないだろ? 〝クレー射撃〟が経験じゃなくて計算でできるものなら再現してみたい。……大佐なら〝おっさんの勘〟だけでできそうな気もするけど」
「ティプトリー……おまえ、あの席に座れなかったのが、そんなに悔しかったのか?」
「悔しかったよ。〈ワイバーン〉の初陣で座れなかったのがものすごく。シェルドンは? 〈ワイバーン〉のその席に座りたいとは思ってないのか?」
「俺はおまえも知ってのとおり、ビビリで単純バカだからなあ。ギブスンみたいに冷静に〝息吹ブレス〟はたぶん撃てない。そのかわり、機械みたいにレーザー砲を撃ちつづけるのは大好きだ。俺のひそかな目標は、第二段階を俺一人でやらせてもらえるようになることだ」
「だから、休憩時間に自主練に来てるわけか」
「でも、今日はもう無理……」

 そう言いかけてから、シェルドンは薄茶色の目をティプトリーに向けた。

「〝自主練〟で思い出したけど。〝クレー射撃〟に似た光景、作れるかもしれないぞ」
「え?」
「砲撃の初級レベルのシミュレーションが〝クレー射撃〟のときみたいな感じなんだ。こっちは静止してて、敵船が次々飛んでくる」
「ああ、それ、俺もやった。あんまり結果がひどいんで、大佐に〝人には向き不向きがあるから〟って慰められた。以来、砲撃訓練は一度もさせられてない」
「確かに、向き不向きはあるな。……で、そのシミュレーションだけど、かなり細かく設定いじれるんだ。ためしに状況だけでも作ってみるか?」
「頼む! やってくれ!」

 ティプトリーが青い瞳を輝かせて叫ぶ。

「まさか設定変更できるなんて……知ってたら自分で試したのに……」
「俺はここで〝孤独に〟やりこんでるからな。……設定画面出したぞ。とりあえず、敵船との距離だけもっと長くしてみるか?」
「どんな感じになるのか見てみたいから、まずはそれで」
「わかった」

 シェルドンはよどみなくコンソールを操作して、コントローラーを握った。

「じゃ、始めるぞ」
「ああ」

 モニタを覗きこんだまま、ティプトリーが真剣な表情でうなずく。
 モニタの中の擬似宇宙空間には、黒い床にばらまかれた豆粒のように敵船が何隻も浮かんでいた。それらはまたたくまに大きくなるが、射程圏内に入ると自動的にロックオンされていく。

「これで発射ボタン押しちまうと」

 と、シェルドンは言葉どおり、発射ボタンを押した。

「オートで全部撃ち落とせちまうんだよな」

 やはり、シェルドンの言葉どおり、敵船はロックオンされた順に撃墜されていく。

「これじゃいつもと同じ……っていうか、どうして俺はあんなにすぐ撃ち落とされてたんだ?」
「ロックオンしてから発射ボタン押すまでの時間が長すぎたんじゃないか?」

 話しながらもシェルドンは呼吸するように敵船を撃ち落としていく。彼にとってこのシミュレーションは簡単すぎるゲームも同然なのだった。

「……オートだからいけないのかな」

 ティプトリーが眉をひそめて首をかしげる。

「大佐はこの型は親切すぎるって言ってた。元祖〈ワイバーン〉は不親切ヽヽヽだったのかもしれない」
「手動でやってみるか。……ああ、でも時間切れタイム・オーバーだ」

 自分の腕時計に目をやって、シェルドンは顔をしかめた。

「休憩時間、終わっちまった」

 * * *

 昼間、時間切れで途中になってしまった〝実験〟のことが気になって、勤務時間終了後、シェルドンは再び〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟のブリッジを訪れた。
 昼間もいた先客が、今度は砲撃担当シートを占拠していた。

(どうしても見てみたいんだな……)

 自分が入ってきたことにも気づかないほど集中しているらしい先客――ティプトリーに声をかけるかどうかシェルドンは迷ったが、その間にティプトリーが唸り声を上げて、ふと後ろを振り返った。

「わ、いたのか」
「同じことを俺もおまえに言いたい。……一人でできたのか?」
「オートで撃ち落としつづけられるようにはなった」
「そいつはすごい」
「でも、手動では全然駄目だ。シェルドン、代わってくれ」

 ティプトリーは立ち上がると、隣の操縦担当シートに座った。

「ああ、わかった」

 最初からそのつもりで来たのだ。シェルドンは座り慣れたシートに腰を下ろしたが、自分以外の人間の体温ですでに温まっているシートは、なぜか妙に緊張させられた。

「設定は昼間に変更したままか?」
「うん」
「手動には……なってるか。じゃあ、このまま始めればいいんだな」

 そう呟いてから、シェルドンは昼間のシミュレーションを再開させた。

「あ」

 ティプトリーが短い叫びを上げて、隣から身を乗り出してくる。

「たぶん、そんな感じだ。でも、何でロックオンする前に撃てるんだ?」
「パターンを覚えてるから」
「パターン?」
「これ、本当に初心者用だから、敵船の攻撃パターンが数パターンしかないんだ。最初の配置と動き出しで、どのパターンかだいたいわかるから、このへんに来るだろうって予測して撃ってれば当たる」

 それを裏づけるように、シェルドンはティプトリーと話しながらでも、一隻も撃ちもらすことはなかった。

「ほんとにやりこんでるな……」
「毎日〝孤独に〟やってるからな。でも、これって〝美しい〟か? 俺には普段とたいして変わらないように思えるんだけど」
「……うん。確かに。元祖〈ワイバーン〉が無人砲撃艦を撃ち落とせた理屈は、今、シェルドンが言ったので合ってると思うんだけど、なぜか美しくは見えないよな。いったい何がいけないんだろ」
「やっぱり、シミュレーションだからじゃないか?」
「しょせん、本物にはかなわないか」

 ティプトリーが悔しそうに嘆息する。その顔を一瞥して、ふとシェルドンは思いついた。

「いつになるかはわかんないけど、無人艦のデータ収集はするんだろ? そのとき、試し撃ちさせてもらえないかな」
「試し撃ち?」
「〝若造の山勘〟で、とりあえず撃ってみる」

 あくまで真面目にシェルドンは発言したのだが、ティプトリーは一瞬あっけにとられてから噴き出した。

「それでもし成功しちゃったら、俺の仕事がなくなるよ!」
「そうか? 何で成功したか、分析したらいいんじゃないか?」

 ティプトリーは笑うのをやめて、しげしげとシェルドンを見る。

「何だよ?」
「いや……案外そうなのかなと」
「何が?」
「とりあえずやってみたら、たまたま芸術になっちゃった」
「……よくわかんないけど、たまたま芸術になっちゃったのを再現するのって、難しくないか?」
「よくわかってるじゃないか」
「ところで、俺はいつまでこれをやりつづければいいんだ?」
「今度は敵船の数増やして、速度上げてみたら? ……芸術になるかもしれない」
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