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【01】連合から来た男
21 ワイバーン初出撃しました
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指定された配置に〈ワイバーン〉をつけた後、独り言のようにマシムが言った。
「ああ……今、外からこの軍艦を見てみたい……」
そんなマシムに、今日はまだ艦長席に座っていたドレイクが応える。
「もしかしたら、殿下が撮影してるかもよ」
「えっ?」
マシムだけでなく、他の隊員もドレイクに注目した。
「いや、『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』って言ってたくらいだからさ、どっかから見てて、さらに録画もしてるんじゃないかって。そもそもこれの外装も、元祖〈ワイバーン〉の映像持ってなきゃ絶対造れるわけないし」
「確かに……でも、どうやって撮ったんだ、元祖〈ワイバーン〉」
「〝違いは高難度間違い探し級〟って大佐が言ってるくらいだから、舐めるように接写してるぞ」
「可能性としては、無人艦かねえ。あれにカメラをつけてるだろうから、それを利用すれば、見れるし、撮れる」
「あ、なるほど。その手があったか」
「大佐……」
マシムは前に向き直ると、やはり独り言のように、ぼそぼそと呟いた。
「もし殿下が撮ってるんなら、あとでその映像、ダビングさせてもらえませんかね……」
「マシム……おまえ、そんなにこの軍艦のデザインが好きなのか……?」
マシムの右隣から、ギブスンが引き気味に訊ねる。
「というより、宇宙空間で動いてるとこが見たいんだ」
前を向いたまま、マシムは淡々と答えた。
「デザインだけなら、ドックの中でいくらでも見られる」
「そりゃそうだ」
真剣にドレイクはうなずいた。
「よし、戦闘終了後、隊の資料として使いたいから、撮影してたらその映像くださいって殿下に頼んでみよう。この理由なら殿下もばっくれられまい」
おおっと隊員たちがどよめく。
(結局、みんな〈ワイバーン〉マニアなんだな)
だが、その気持ちはイルホンにもわかる。ということは、自分も同類なのだろう。
(そういえば大佐、〈ワイバーン〉の〝本当の姿〟は何か、答えは出したのかな)
あれから立ち消えのような状態になってしまったが、きっととっくの昔に答えは出していて、それにのっとって今回の作戦を立てたに違いない。
ドレイクは今回も八人すべて乗艦させた。あの三人組は自分たちが設置した〝サブシート〟ではなく〝メインシート〟に全員座ることができた。今〝サブシート〟にいるのは、ティプトリー、イルホン、シェルドンである。しかし、ドレイクは艦長席の横に立つと、〝サブシート〟を振り返った。
「シェルドン。もうここに座っとけ」
乗艦前から青い顔をしていたシェルドンは、大仰なくらい肩をすくませたが、ドレイクの命令どおり、艦長席に腰を下ろした。
「大佐……本当にやるんですか?」
おそるおそるドレイクを窺う。ドレイクはにこりともしないで答えた。
「もちろん、本当にやるんだ」
「うまくいくんですか?」
「うまくいくかどうかはわからんが、できることは訓練でわかってる。おまえの出番は第二段階だけだ。それまでは、ここで好きなだけ怯えてろ」
「……大佐は、どうして俺にこれを?」
「おまえがいちばん適任だと思ったからだ。自分は信じられなくても、このおっさんの勘なら信じられるだろ?」
ドレイクににやりと笑われて、シェルドンはまだ多少こわばり気味ながらも、ほっとした笑みをこぼした。
「いいか。最後にもう一度言っておく。俺たちは後ろのウェーバー大佐隊じゃなくて、前の無人艦群に属してる。ウェーバーが何を言ってきてもオール無視。キメイス、適当にあしらえ」
「イエッサー」
キメイスは苦笑いして、自分のインカムの最終調整をする。
「俺らの仕事は、無人艦の犠牲と努力を無駄にしないこと。敵艦艇を一隻でも多く撃ち落とすこと。最後に、これがいちばん大事だが、生きて基地に帰ることだ。殿下にせっかく〈ワイバーン〉撮ってもらってても、生きて帰らにゃ見られねえぞ」
「殿下、本当に撮ってるかな」
隣のティプトリーに囁かれて、イルホンは断言した。
「撮ってる。間違いない」
「大佐。ゼロ・アワーです」
マシムの左隣に座っているスミスが、厳かに告げた。
「おう。それじゃあ、まずは第一段階。どこよりも早く〝旗艦〟をとれ」
「イエッサー」
* * *
二年前、「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任して以来、アーウィンがこれほど楽しげに艦長席のモニタを眺めているのを、ヴォルフは見たことがなかった。
(無人艦のカメラをそんなことに利用するとは……おまえもどんだけあの軍艦が好きなんだよ)
ヴォルフは親友でもある主人を呆れて見下ろしたが、彼の尊厳を守るため、あえて沈黙を通した。
今回の異様ともいえる編制に、アルスターとパラディン、そして間接的にドレイクの三人は、作戦会議の申請など何らかの形で反応を見せた。だが、アーウィンは作戦会議の申請を却下し、幹部会議も行わなかった。
人員整理のために作戦会議を行わせないなど、他の艦隊ではありえないだろう。しかし、ここではありえる。その気になれば、この艦隊は無人艦とこの〈フラガラック〉だけで戦える。ただ、リスクとコストを考えて実行していないだけだ。
「キャル」
モニタを見つめたまま、ふいにアーウィンが口を開いた。
「一瞬でもいい。確実に通せる〝穴〟を作ってやれ。それさえできれば、今日のおまえの仕事はほとんど終わりだ。あとは、邪魔をしないように。させないように」
ヴォルフには理解不能な命令だったが、定位置に控えていたキャルは、前を向いたままいつものように従順に答えた。
「はい、マスター」
* * *
今回は三隊に分割された無人艦群は、それぞれほぼ正面をめざして突っこんでいった。
〈ワイバーン〉が配置されている中央は、敵艦隊の守りがいちばん堅い。しかし、ドレイクは言いきった。
「キャルちゃんなら、必ず〝旗艦〟までの道を作ってくれる。でも、その道は長くは持たない。チャンスは一回。あっても二回。しかし、〈ワイバーン〉なら一回でとれ」
「イエッサー」
ギブスンが低く答える。と、マシムは前方の無人砲撃艦の後を追って〈ワイバーン〉を発進させた。無人艦の後をつけるのは、前回の出撃で学習済みだ。マシムはドレイクの指示なく〝乗替〟もこなした。
「シェルドン。ギブスンが撃ったら同時にだ。……わかってるな?」
スクリーンを見つめたまま、ドレイクが言った。
「……はい」
シェルドンの声はかすかに震えていたが、その表情にもう迷いはなかった。
「まもなく、射程圏内に入ります」
スミスが冷静に報告する。
「畜生、有人艦が俺らだけだったらなあ。無人艦、全部回してもらえるのに」
悔しそうにドレイクが呟いた、そのとき、スミスがあせった声を上げた。
「大佐! 後方からウェーバー大佐隊の軍艦が! このままだと十秒後に追い抜かれます!」
ブリッジ内にざわめきが起こったが、ドレイクは驚かなかった。
「想定の範囲内。うちの真似して、旗艦とりにいこうとしてるんだ」
「しかし、それでは」
「大丈夫。たぶんキャルちゃんは、というか、殿下は奴らは守らない」
スミスの予告どおり、ウェーバー大佐隊の砲撃艦が数隻、〈ワイバーン〉を追い抜いていく。だが、無人艦は彼らの盾になることは拒否し、砲撃艦は次々と敵に撃墜されていった。
「どうして……」
呆然と呟くスミスに、ドレイクは苦笑いした。
「旗艦とれない奴らを守るのは、無人艦の無駄。……そう判断されたんだろ」
転属前はウェーバー大佐隊にいたスミスは息を呑んだ。
――無人艦が、どの有人艦でも無条件に守ってくれるものではなくなった。
イルホンはぞっとしたが、同時にこの〈ワイバーン〉に乗っていてよかったと心の底から思った。
「後ろは気にするな。俺らは前の敵にだけ集中する。今、敵艦艇数は?」
「約二四〇〇隻です」
「無人艦わけた分、今回は減りが悪いな」
その間にも、ウェーバー大佐隊の砲撃艦は、〈ワイバーン〉を追い越しては撃ち落とされていく。自分たちが無人艦に嫌われていることを、ウェーバーはまだ理解できずにいるらしい。焦躁に駆られたイルホンとティプトリーは、〝サブシート〟を離れて艦長席のモニタの一つを覗きこんだ。
当然のことながら、陣形は戦闘開始時から大きく変化していた。イルホンがいちばん驚いたのは、ミニ艦隊の旗艦とその護衛艦群にあたるコールタン大佐隊、ダーナ大佐隊、パラディン大佐隊が、無人護衛艦を間に挟んで、それぞれいつもの隊形で〈フラガラック〉を護衛していたことだった。つまり、ミニ艦隊の形態はすでに崩壊していたのだ。
アルスター大佐隊は無人艦群と共に敵の右翼を攻撃していたが、マクスウェル大佐隊は左翼ではなくウェーバー大佐隊に合流するような形で中央を攻め上ろうとしていた。〝旗艦〟が欲しいのはウェーバーだけではないらしい。陣形を一瞥して、ドレイクがぼそりと言った。
「無人艦がもったいねえ」
おそらく、敵の左翼のことを言っているのだろう。それが聞こえでもしたかのように、左翼を攻撃していた無人艦群は攻撃目標を中央へと変更した。
「スミス、道はできそうか?」
「……守りは薄くなってきました。いけそうです」
「せっかく射程が長くなっても、これじゃ意味ねえな。……マシム、いったん無人艦の陰から出ろ。下にだ。ギブスン、今回は無理にブリッジを狙う必要はない。とにかく当てろ、ど真ん中に」
「イエッサー」
マシムとギブスンは同時に答え、ドレイクの指示に従った。
――わずかに、ほんのわずかに、敵旗艦が姿を見せていた。
ギブスンは一瞬で照準を合わせ、〝息吹〟の発射ボタンを押した。
「シェルドン、切替!」
ドレイクが叫んだとき、シェルドンはすでにコンソールを操作して、砲撃用のコントローラーを上昇させ、右手で握っていた。
「ギブスンは左、シェルドンは右! 訓練どおり撃ちまくれ! スミス、カウンターチェック! 一〇〇〇隻切ったら離脱するぞ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉が発した〝息吹〟は、敵艦艇を焼きながら一直線に伸びていき、敵旗艦を爆発させた。しかし、それを確認しても、〈ワイバーン〉の乗組員は一人も歓声を上げなかった。彼らにとって、それはもはや当たり前のことになっていた。
「第一段階はクリア」
淡々とドレイクは言った。
「残るは第二段階。……スミス! 今何隻だ!」
「二〇〇〇隻切りました!」
「残存戦力、逐一読み上げてやれ! ティプトリーもシェルドンに!」
「イエッサー!」
ギブスンもシェルドンも、まるで〈ワイバーン〉と一体化したかのように、レーザー砲で周囲の敵艦艇を撃ち落としつづけている。特にシェルドンは、それまでの弱気な態度が信じられないほど、無表情にコントローラーを動かしていた。
――緊急モードにして、砲撃機能の半分だけを艦長席に移し、ギブスンは船体左側の砲列、シェルドンは右側の砲列を操作して、敵艦艇を砲撃する。しかも手動で。
〝連弾〟とドレイクは称したが、彼は経験不足と持久力不足を補うために、第二段階の砲撃を二人の隊員に分担させた。まさにこの軍艦でしかできない、そして砲撃手が若いこの隊だからこそとらざるを得なかった〝奇策〟だった。
「ああ、それにしても、ウェーバーとマクスウェルが邪魔!」
ドレイクは苛立って、艦長席のモニタを睨みつける。〈ワイバーン〉に〝旗艦〟をとられたウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊は、次はどうしたらいいのか途方に暮れているように、〈ワイバーン〉の後方に散開していた。
「そのままじっとしててくれりゃまだいいが、下手に前に出てこられたらこっちが迷惑だ。……よし、キメイス、〈フラガ〉に至急連絡して……」
「ちょっと待ってください!」
あわててイルホンは割って入った。
「この前、〈フラガ〉にお願い通信したら、大佐だったら直接殿下とお話しくださいと怒られました!」
「え?」
キメイスの顔が一瞬にして凍りつく。
「まあ、前に〈フラガ〉とインカム回線で話したことはあるけどさ。今日はどうなってんの? そのインカムでも〈フラガ〉と話せんの?」
ドレイクにふてくされたように指をさされたキメイスは、無言でコンソールを操作し、自分がつけていたインカムをはずして、マイク部分だけをドレイクの顔の前に持っていった。
「お願いだけで、殿下とお話したいわけではないですよね? これに向かって、殿下に呼びかけてください」
ドレイクはマイクに口を近づけると、真顔でこう〝お願い〟した。
「殿下ー、ドレイクですぅ。ウェーバー大佐とマクスウェル大佐が邪魔でーす。どうにかしてくださーい」
「ああ……今、外からこの軍艦を見てみたい……」
そんなマシムに、今日はまだ艦長席に座っていたドレイクが応える。
「もしかしたら、殿下が撮影してるかもよ」
「えっ?」
マシムだけでなく、他の隊員もドレイクに注目した。
「いや、『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』って言ってたくらいだからさ、どっかから見てて、さらに録画もしてるんじゃないかって。そもそもこれの外装も、元祖〈ワイバーン〉の映像持ってなきゃ絶対造れるわけないし」
「確かに……でも、どうやって撮ったんだ、元祖〈ワイバーン〉」
「〝違いは高難度間違い探し級〟って大佐が言ってるくらいだから、舐めるように接写してるぞ」
「可能性としては、無人艦かねえ。あれにカメラをつけてるだろうから、それを利用すれば、見れるし、撮れる」
「あ、なるほど。その手があったか」
「大佐……」
マシムは前に向き直ると、やはり独り言のように、ぼそぼそと呟いた。
「もし殿下が撮ってるんなら、あとでその映像、ダビングさせてもらえませんかね……」
「マシム……おまえ、そんなにこの軍艦のデザインが好きなのか……?」
マシムの右隣から、ギブスンが引き気味に訊ねる。
「というより、宇宙空間で動いてるとこが見たいんだ」
前を向いたまま、マシムは淡々と答えた。
「デザインだけなら、ドックの中でいくらでも見られる」
「そりゃそうだ」
真剣にドレイクはうなずいた。
「よし、戦闘終了後、隊の資料として使いたいから、撮影してたらその映像くださいって殿下に頼んでみよう。この理由なら殿下もばっくれられまい」
おおっと隊員たちがどよめく。
(結局、みんな〈ワイバーン〉マニアなんだな)
だが、その気持ちはイルホンにもわかる。ということは、自分も同類なのだろう。
(そういえば大佐、〈ワイバーン〉の〝本当の姿〟は何か、答えは出したのかな)
あれから立ち消えのような状態になってしまったが、きっととっくの昔に答えは出していて、それにのっとって今回の作戦を立てたに違いない。
ドレイクは今回も八人すべて乗艦させた。あの三人組は自分たちが設置した〝サブシート〟ではなく〝メインシート〟に全員座ることができた。今〝サブシート〟にいるのは、ティプトリー、イルホン、シェルドンである。しかし、ドレイクは艦長席の横に立つと、〝サブシート〟を振り返った。
「シェルドン。もうここに座っとけ」
乗艦前から青い顔をしていたシェルドンは、大仰なくらい肩をすくませたが、ドレイクの命令どおり、艦長席に腰を下ろした。
「大佐……本当にやるんですか?」
おそるおそるドレイクを窺う。ドレイクはにこりともしないで答えた。
「もちろん、本当にやるんだ」
「うまくいくんですか?」
「うまくいくかどうかはわからんが、できることは訓練でわかってる。おまえの出番は第二段階だけだ。それまでは、ここで好きなだけ怯えてろ」
「……大佐は、どうして俺にこれを?」
「おまえがいちばん適任だと思ったからだ。自分は信じられなくても、このおっさんの勘なら信じられるだろ?」
ドレイクににやりと笑われて、シェルドンはまだ多少こわばり気味ながらも、ほっとした笑みをこぼした。
「いいか。最後にもう一度言っておく。俺たちは後ろのウェーバー大佐隊じゃなくて、前の無人艦群に属してる。ウェーバーが何を言ってきてもオール無視。キメイス、適当にあしらえ」
「イエッサー」
キメイスは苦笑いして、自分のインカムの最終調整をする。
「俺らの仕事は、無人艦の犠牲と努力を無駄にしないこと。敵艦艇を一隻でも多く撃ち落とすこと。最後に、これがいちばん大事だが、生きて基地に帰ることだ。殿下にせっかく〈ワイバーン〉撮ってもらってても、生きて帰らにゃ見られねえぞ」
「殿下、本当に撮ってるかな」
隣のティプトリーに囁かれて、イルホンは断言した。
「撮ってる。間違いない」
「大佐。ゼロ・アワーです」
マシムの左隣に座っているスミスが、厳かに告げた。
「おう。それじゃあ、まずは第一段階。どこよりも早く〝旗艦〟をとれ」
「イエッサー」
* * *
二年前、「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任して以来、アーウィンがこれほど楽しげに艦長席のモニタを眺めているのを、ヴォルフは見たことがなかった。
(無人艦のカメラをそんなことに利用するとは……おまえもどんだけあの軍艦が好きなんだよ)
ヴォルフは親友でもある主人を呆れて見下ろしたが、彼の尊厳を守るため、あえて沈黙を通した。
今回の異様ともいえる編制に、アルスターとパラディン、そして間接的にドレイクの三人は、作戦会議の申請など何らかの形で反応を見せた。だが、アーウィンは作戦会議の申請を却下し、幹部会議も行わなかった。
人員整理のために作戦会議を行わせないなど、他の艦隊ではありえないだろう。しかし、ここではありえる。その気になれば、この艦隊は無人艦とこの〈フラガラック〉だけで戦える。ただ、リスクとコストを考えて実行していないだけだ。
「キャル」
モニタを見つめたまま、ふいにアーウィンが口を開いた。
「一瞬でもいい。確実に通せる〝穴〟を作ってやれ。それさえできれば、今日のおまえの仕事はほとんど終わりだ。あとは、邪魔をしないように。させないように」
ヴォルフには理解不能な命令だったが、定位置に控えていたキャルは、前を向いたままいつものように従順に答えた。
「はい、マスター」
* * *
今回は三隊に分割された無人艦群は、それぞれほぼ正面をめざして突っこんでいった。
〈ワイバーン〉が配置されている中央は、敵艦隊の守りがいちばん堅い。しかし、ドレイクは言いきった。
「キャルちゃんなら、必ず〝旗艦〟までの道を作ってくれる。でも、その道は長くは持たない。チャンスは一回。あっても二回。しかし、〈ワイバーン〉なら一回でとれ」
「イエッサー」
ギブスンが低く答える。と、マシムは前方の無人砲撃艦の後を追って〈ワイバーン〉を発進させた。無人艦の後をつけるのは、前回の出撃で学習済みだ。マシムはドレイクの指示なく〝乗替〟もこなした。
「シェルドン。ギブスンが撃ったら同時にだ。……わかってるな?」
スクリーンを見つめたまま、ドレイクが言った。
「……はい」
シェルドンの声はかすかに震えていたが、その表情にもう迷いはなかった。
「まもなく、射程圏内に入ります」
スミスが冷静に報告する。
「畜生、有人艦が俺らだけだったらなあ。無人艦、全部回してもらえるのに」
悔しそうにドレイクが呟いた、そのとき、スミスがあせった声を上げた。
「大佐! 後方からウェーバー大佐隊の軍艦が! このままだと十秒後に追い抜かれます!」
ブリッジ内にざわめきが起こったが、ドレイクは驚かなかった。
「想定の範囲内。うちの真似して、旗艦とりにいこうとしてるんだ」
「しかし、それでは」
「大丈夫。たぶんキャルちゃんは、というか、殿下は奴らは守らない」
スミスの予告どおり、ウェーバー大佐隊の砲撃艦が数隻、〈ワイバーン〉を追い抜いていく。だが、無人艦は彼らの盾になることは拒否し、砲撃艦は次々と敵に撃墜されていった。
「どうして……」
呆然と呟くスミスに、ドレイクは苦笑いした。
「旗艦とれない奴らを守るのは、無人艦の無駄。……そう判断されたんだろ」
転属前はウェーバー大佐隊にいたスミスは息を呑んだ。
――無人艦が、どの有人艦でも無条件に守ってくれるものではなくなった。
イルホンはぞっとしたが、同時にこの〈ワイバーン〉に乗っていてよかったと心の底から思った。
「後ろは気にするな。俺らは前の敵にだけ集中する。今、敵艦艇数は?」
「約二四〇〇隻です」
「無人艦わけた分、今回は減りが悪いな」
その間にも、ウェーバー大佐隊の砲撃艦は、〈ワイバーン〉を追い越しては撃ち落とされていく。自分たちが無人艦に嫌われていることを、ウェーバーはまだ理解できずにいるらしい。焦躁に駆られたイルホンとティプトリーは、〝サブシート〟を離れて艦長席のモニタの一つを覗きこんだ。
当然のことながら、陣形は戦闘開始時から大きく変化していた。イルホンがいちばん驚いたのは、ミニ艦隊の旗艦とその護衛艦群にあたるコールタン大佐隊、ダーナ大佐隊、パラディン大佐隊が、無人護衛艦を間に挟んで、それぞれいつもの隊形で〈フラガラック〉を護衛していたことだった。つまり、ミニ艦隊の形態はすでに崩壊していたのだ。
アルスター大佐隊は無人艦群と共に敵の右翼を攻撃していたが、マクスウェル大佐隊は左翼ではなくウェーバー大佐隊に合流するような形で中央を攻め上ろうとしていた。〝旗艦〟が欲しいのはウェーバーだけではないらしい。陣形を一瞥して、ドレイクがぼそりと言った。
「無人艦がもったいねえ」
おそらく、敵の左翼のことを言っているのだろう。それが聞こえでもしたかのように、左翼を攻撃していた無人艦群は攻撃目標を中央へと変更した。
「スミス、道はできそうか?」
「……守りは薄くなってきました。いけそうです」
「せっかく射程が長くなっても、これじゃ意味ねえな。……マシム、いったん無人艦の陰から出ろ。下にだ。ギブスン、今回は無理にブリッジを狙う必要はない。とにかく当てろ、ど真ん中に」
「イエッサー」
マシムとギブスンは同時に答え、ドレイクの指示に従った。
――わずかに、ほんのわずかに、敵旗艦が姿を見せていた。
ギブスンは一瞬で照準を合わせ、〝息吹〟の発射ボタンを押した。
「シェルドン、切替!」
ドレイクが叫んだとき、シェルドンはすでにコンソールを操作して、砲撃用のコントローラーを上昇させ、右手で握っていた。
「ギブスンは左、シェルドンは右! 訓練どおり撃ちまくれ! スミス、カウンターチェック! 一〇〇〇隻切ったら離脱するぞ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉が発した〝息吹〟は、敵艦艇を焼きながら一直線に伸びていき、敵旗艦を爆発させた。しかし、それを確認しても、〈ワイバーン〉の乗組員は一人も歓声を上げなかった。彼らにとって、それはもはや当たり前のことになっていた。
「第一段階はクリア」
淡々とドレイクは言った。
「残るは第二段階。……スミス! 今何隻だ!」
「二〇〇〇隻切りました!」
「残存戦力、逐一読み上げてやれ! ティプトリーもシェルドンに!」
「イエッサー!」
ギブスンもシェルドンも、まるで〈ワイバーン〉と一体化したかのように、レーザー砲で周囲の敵艦艇を撃ち落としつづけている。特にシェルドンは、それまでの弱気な態度が信じられないほど、無表情にコントローラーを動かしていた。
――緊急モードにして、砲撃機能の半分だけを艦長席に移し、ギブスンは船体左側の砲列、シェルドンは右側の砲列を操作して、敵艦艇を砲撃する。しかも手動で。
〝連弾〟とドレイクは称したが、彼は経験不足と持久力不足を補うために、第二段階の砲撃を二人の隊員に分担させた。まさにこの軍艦でしかできない、そして砲撃手が若いこの隊だからこそとらざるを得なかった〝奇策〟だった。
「ああ、それにしても、ウェーバーとマクスウェルが邪魔!」
ドレイクは苛立って、艦長席のモニタを睨みつける。〈ワイバーン〉に〝旗艦〟をとられたウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊は、次はどうしたらいいのか途方に暮れているように、〈ワイバーン〉の後方に散開していた。
「そのままじっとしててくれりゃまだいいが、下手に前に出てこられたらこっちが迷惑だ。……よし、キメイス、〈フラガ〉に至急連絡して……」
「ちょっと待ってください!」
あわててイルホンは割って入った。
「この前、〈フラガ〉にお願い通信したら、大佐だったら直接殿下とお話しくださいと怒られました!」
「え?」
キメイスの顔が一瞬にして凍りつく。
「まあ、前に〈フラガ〉とインカム回線で話したことはあるけどさ。今日はどうなってんの? そのインカムでも〈フラガ〉と話せんの?」
ドレイクにふてくされたように指をさされたキメイスは、無言でコンソールを操作し、自分がつけていたインカムをはずして、マイク部分だけをドレイクの顔の前に持っていった。
「お願いだけで、殿下とお話したいわけではないですよね? これに向かって、殿下に呼びかけてください」
ドレイクはマイクに口を近づけると、真顔でこう〝お願い〟した。
「殿下ー、ドレイクですぅ。ウェーバー大佐とマクスウェル大佐が邪魔でーす。どうにかしてくださーい」
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これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
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