無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

13 キャルに会いました

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 もともと軍艦として作られたわけではない〈フラガラック〉は、広い居住スペースを備えている。
 アーウィンはそちらの方向に目をやったが、結局、ドレイクをまっすぐブリッジへと案内した。

「言っちゃあ何ですが、無駄に広いブリッジですね」

 ブリッジを一目見て遠慮なくそう言ったドレイクは、艦長席の近くに立っていたキャルに気づいて歓声を上げた。

「わあ、可愛い。殿下のお稚児さん?」

 これにはアーウィンだけでなく、ヴォルフもひっくり返りそうになった。

「違うっ! この船の専属オペレータの〝キャル〟だっ!」

 アーウィンが必要以上にむきになって否定する。

「〝専属オペレータ〟ねえ……」

 独りごちながら、ドレイクはすたすたとキャルに向かって歩いていく。キャルは透き通った緑色の瞳でじっとドレイクを見つめていた。

「初めまして、こんにちは。おじさんはエドガー・ドレイク。これからよろしくね、キャルちゃん」

 ドレイクは愛想よく笑うと、少し身を屈めてキャルの栗色の頭を撫でた。と、アーウィンの激しい怒声が飛ぶ。

「キャルに触るな、この変態っ!」

 ドレイクはぱっと手を離し、降参ですとでもいうように両手を挙げた。

「はい、すみませんでした。そして、ありがとうございます。殿下の罵倒、やっぱり最高です」
「この変態がっ!」
「うんうん、やっぱりいい」
「変態変態変態っ!」
「今度は三連ですか。新技しんわざですね」

 子供の喧嘩のようなやりとりをする上官と部下をヴォルフは呆れて見ていたが、キャルが歩み寄ってきて一言言った。

「マスター、楽しそうですね」
「楽しそう……」

 ヴォルフはしばらく絶句していた。
 楽しそう……なのだろうか、あれは。
 アーウィンが一方的に叫びつづけて、それをドレイクがにやにやしながら適当に受け流している。

「そろそろ……止めたほうがいいよな?」
「止めるのですか?」

 冷静に問い返すと、キャルはヴォルフの返事を聞かず、ドレイクに近づいた。

「ドレイク
「はい?」

 呼びかけられたドレイクだけでなく、ヴォルフもアーウィンもキャルに目を向けた。

 ――何で〝様〟づけ?
 ヴォルフだけでなく、他の二人もそう思ったに違いないが、キャルは淡々と言葉を重ねる。

「私の癖は、わかりやすかったですか?」
「え?」

 意味がわからず、ドレイクはたった今までからかっていた(のだろう)上官に、助けを求めるような視線を投げた。

「……無人艦の遠隔操作の話をしている」

 まだ興奮冷めやらない様子だったが、アーウィンは律義にキャルの質問の補足をした。

「無人艦? ……まさか」
「そうだ。うちの無人艦の遠隔操作は、すべてこのキャルがしている。より正確に言うなら、キャルとこの〈フラガラック〉がしている」
「殿下……」

 ドレイクは真剣な顔になってキャルを見下ろした。

「この船……〝ノン・オペレータ・システム〟で動いてるんですか?」

 アーウィンとヴォルフは驚愕してドレイクを見た。

「なぜ……」
「って訊き返すってことはそうなんですね。なぜ俺が知ってるのかって? 簡単ですよ。『連合』でも同じ研究をしてたからです。でも、実戦に導入されることはまずないでしょ。何度かテストに協力させられましたが、まったく使えない代物でした」

 そう答えてから、ドレイクはさらにキャルを凝視する。

「でも、それじゃおかしいな。〝オペレータ〟のキャルちゃんがいるんなら、〝ノン・オペレータ〟じゃなくなっちまう」
「そうだな。確かに、正確な意味では〝ノン・オペレータ・システム〟ではない」

 アーウィンは嘆息すると、手近なシートに腰を下ろした。

「〝ノン・オペレータ・システム〟の変型だ。本来なら船本体と一体化している人工知能が人間の体を持っている。それがキャルだ」
「……どうしても、そうしなければならなかったんですか?」

 わずかにだが、ドレイクの声は怒気どきをはらんでいた。ヴォルフはとっさに違うと言おうとしたが、その前にキャルがドレイクの袖を引っ張った。
 ヴォルフもおそらくアーウィンも、キャルが自分たち以外の人間に自ら触れるのを、このとき初めて見た。

「ドレイク様。違います」
「え?」
「私は三年前に脳死しました。私はマスターの友人で、〝ノン・オペレータ・システム〟の研究をしていたそうです。マスターは私のこの体を生かすために、脳を人工脳と入れ替えました。ですから――マスターを責めないでください」

 アーウィンは深くうつむいていた。当時、彼がどれほど悩んでその決断をしたか、ヴォルフは知っている。
 キャルは体は生きながらえたが、それと引き替えに、人格と記憶をすべて失った。
 ドレイクは痛ましげにキャルを見下ろしてから、アーウィンに頭を下げた。

「殿下。……申し訳ありませんでした」
「いや、いい」

 うつむいたまま、アーウィンは小さく首を横に振った。

「私はキャルを兵器にしている。それは厳然たる事実だ。非難は甘んじて受ける」
「俺にはそんな資格はないですよ。『連合』さえ侵攻してこなければ、キャルちゃんに無人艦の遠隔操作なんてさせる気もなかったんでしょうから。……ああ、そういや無人艦の癖について訊かれてたんだっけね」

 思い出したようにドレイクは言い、改めてキャルに向き直る。

「正直に言わせてもらうと、わかりやすかったよ」

 キャルは無表情に呟いた。

「……ショックです」
「いや、あれだけ頻繁に来られちゃね、固定化しちゃうのも無理ないよ。そもそもキャルちゃん、いっぺんに何千隻まで遠隔操作できるの?」
「三〇〇〇隻程度までは可能です」
「……それじゃ艦隊、キャルちゃん一人で動かせちゃうじゃないの」
「動かすことはできますが、〝全艦殲滅〟することはできません」
「そりゃそうだ。じゃあ、あの最後の締めに使う粒子砲。あれは一回に最大何隻まで掃射できるの?」
「確実に掃射できるのは、現在のところ、一〇〇〇隻程度です」
「なるほど。ということはだ、二〇〇〇隻以上減らしてからじゃないと、あの粒子砲は使いたくても使えないってわけだ」
「帰還のことを考慮しますと、一度の戦闘で一回の使用が限度です」
「ああ、やっぱりね。連続して何回も撃てるんだったら、三回撃ったら〝全艦殲滅〟できちゃうことになるもんね」
「ドレイク様。私は無人艦の攻撃パターンを、毎回変えるべきでしょうか?」
「いや。その必要はまったくない」

 それまで二人の話を黙って聞いていたヴォルフとアーウィンは、期せずして顔を見合わせた。

「なぜでしょうか?」
「もう『連合』に〈ワイバーン〉はいないからさ。万が一、真似する軍艦ふねが現れたとしても、今度は砲撃艦以外の艦艇も使って攻撃すればいい。キャルちゃんはいつもどおりやってればいいんだよ。改めるべきは、せっかくキャルちゃんが道を作ってやってるのに、それを活かせないでいる有人艦のほうだ」

 ――〈ワイバーン〉はいないから……か。すごい自信だな。
 ヴォルフは冷やかしたくなったが、そのこと以外では素直にうなずけた。
 もしかしたらこの男は、アーウィンの性格も見抜いていて、あんな攻撃の仕方――いきなり突撃艦を撃墜して、〈ワイバーン〉に砲撃艦を集中させる――をしたのかもしれない。

「そういや殿下」

 ふいに、その男が恨みがましそうにアーウィンを振り返った。

「うちの砲撃艦を無人砲撃艦群の中にぶっこんだのは、あのときの仕返しですか?」

 いきなり話しかけられて、アーウィンは一瞬たじろいだが、すぐに薄く笑んだ。

「まさか。不満なようなら、ダーナ大佐隊に入れてやろうか?」
「そうですね。次はそうしてください。ダーナ大佐隊があったら」
「覚えておこう」

 ――こいつら、怖い……
 少なくとも、戦闘に関することではこの二人は似た者同士のようだ。
 ヴォルフはドレイクの傍らに立っているキャルに目を移した。
 記憶と共に感情も失ったはずの彼は、かすかに口元をゆるめて、自分の主人とその部下とを交互に眺めていた。

 * * *

 執務室に戻ってきたドレイクは、いまいち腑に落ちないような顔をしていた。

「減給は?」

 イルホンが挨拶がわりに訊ねると、ドレイクは力強く答えた。

「なかった!」
「よかったです! じゃあ、用件は何だったんですか?」
「それがなあ。どうもよくわからんのよ」

 珍しく、ドレイクは困惑の表情でソファに腰を下ろした。
 彼は執務室に帰ってくると、まずソファで一休みする癖がある。イルホンはそれに合わせて、ドレイク好みの薄すぎるコーヒーを淹れて出す。

「よくわからない?」
「イルホンくんは、〈フラガラック〉の専属オペレータのこと知ってた?」
「ああ、〝キャルさん〟ですか? 名前だけは聞いたことがあります。この艦隊で会ったことがあるのは、総司令部所属のブリッジクルーくらいじゃないですかね」
「ふうん。実はさっき、〈フラガラック〉でその子と会ったんだ」
「……え? 〈フラガラック〉に入れてもらったんですか? 何で?」
「ほら、イルホンくんも〝何で?〟って思うだろ? とりあえず、この艦隊で無人艦を撃墜したのは俺だけだから、その子に直接その話を聞かせたかったのかなあって思ったんだけど。俺のタイプ外だが、可愛い少年ではあった」
「……大佐のタイプって、ひたすら殿下なんですか?」
「今はそう」
「今はって、時期によって変わるんですか?」
「基本、ヒト型で華奢すぎないで未成年じゃなければOK」
「間口広いですね」
「でも、部下には絶対手は出さないよー。パワハラになるから」
「……本当に、変態だけどまともですよね、大佐って」
「人殺し以外の犯罪はなるべくしたくないだけだよ」

 ドレイクはさらりと言って、コーヒーを啜った。
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