無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

08 復讐してやりました

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 ランプトン大佐の〝未来予想図〟は、自分の後ろ盾だったモア中将が「帝国」第一宙域方面艦隊の司令官に任命されたときから、完全修正を余儀なくされた。
 この艦隊の司令官に任命されたということは、「連合」上層部に見捨てられたということを意味する。つまり〝死んでこい〟ということだ。逆に言えば、あの護衛艦隊を撃破することができれば、中央復帰どころか昇進も間違いないが、それはまず不可能に近い。
 〝全艦殲滅〟。
 二年前、「連合」が第一宙域に侵入したとき、当時「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任したばかりの若くて美しすぎる元皇太子は、たった一度だけ警告を発した。

 ――今後、この宙域を侵した「連合」の船は、一隻残らず殲滅する。

 その宣言どおり、あの艦隊はこれまで送りこまれてきた「連合」の艦隊を、すべて〝全艦殲滅〟しつづけてきている。いつしか、皇帝軍護衛艦隊は〝死の艦隊〟と呼ばれ、「帝国」第一宙域方面艦隊への異動は〝死刑場送り〟と言われるようになった。
 あの艦隊の恐ろしさを上層部はまったく理解していない。「連邦」に〝ファイアー・ドレイク〟と恐れられながらも一目置かれていたエドガー・ドレイク大佐でさえ、愛艦〈ワイバーン〉と共に戦死した。――いな。ランプトン自身が戦死するように仕向けた。
 あの〝死刑場〟からどうやって永久に逃れるか。そればかりをランプトンはかなり後退してきた金髪の頭の中で考えつづけてきた。だが、そうして考え抜いた末に実行した計画は破綻した。次の手はまだ打てていない。

「大佐。正体不明船アンノウンが一隻、こちらへ向かってきています」

 艦長席で黙考もっこうしていたランプトンに、ブリッジクルーの一人が報告してきた。

「正体不明? 『帝国』ではないのか?」

 一瞬あせったが、一隻と聞いてランプトンは安堵した。こちらは約二〇〇〇隻いるのだ。あの護衛艦隊の旗艦〈フラガラック〉でもなければ、〝全艦殲滅〟されることはない。

「今まで見たことがない型です。『帝国』の新型の可能性はあります。画像、スクリーンに映します」

 確かにそれはランプトンも初見はつみの船だった。しかし、俗に「帝国」風と呼ばれる流線形のフォルムをしていて、しかも、明らかに砲撃艦だった。

「呼びかけに応じなければ撃ち落とせ」

 そう命じた直後に、通信士が顔をこわばらせてランプトンを見た。

「大佐……あちらから通信が入ってきています……発信者コードは……〝エドガー・ドレイク〟……」

 ありえない名前だった。ブリッジ中が息を呑み、苦しくなってから息を吐き出した。
 ランプトンは目を閉じて命じる。

「……つなげ」
「了解しました……」

 ――何者かがドレイクの名をかたっている。
 そう思いたかったし、そうあるべきだった。だが、それが自分の願望でしかないことを、ランプトンはクルーのどよめきで知った。

『よう、ビビリのランプトンくん、久しぶり。無事にあの戦場から抜け出せたみたいでおめでとう。飼い主を見捨てたかいがあったな』

 目を開けると、あの黒髪の男がスクリーンの中でにやついていた。

 * * *

「音声だけの傍受となりますが、よろしいですか?」

 キャルがそう確認すると、アーウィンは不満そうだったが渋々うなずいた。

「この場合、仕方あるまい」
「アーウィン……おまえ、いま自分が盗み聞きしてるっていう自覚はあるか?」

 ヴォルフが苦言を呈したとき、ドレイクに〝ランプトン〟と呼ばれた男が怯えた声を上げた。

『ありえない! おまえはもう死んだはずだ!』
『ああ、死んだ。〝連合〟のエドガー・ドレイクは、あのとき〈ワイバーン〉と一緒に死んだ。ここにいるのは幽霊だ。おまえが恨めしいって化けて出てきてやったんだよ』

 ドレイクのこのセリフで、ヴォルフは彼がわざわざ「連合」の軍服を着ていった理由を知った。同時に、アーウィンがそのことに気づいていたことに驚かされた。
 アーウィンはドレイクの〝変態〟なところは嫌っているが、それ以外の部分では理解や共感を示している。こうして〝ストーカー〟もしていることだし、実は似た者同士なのかもしれない。

『め、命令だった! 戦闘中の〈ワイバーン〉を撃てと! 命じられれば……やるしかない』

 ――この男だったのか。
 そう思った瞬間、ヴォルフは反射的にアーウィンを見た。
 アーウィンは無表情だったが、その手は肘掛けを強く握りしめていた。

『〝やるしかない〟か。だったら、どうしてレーザー砲一発撃っただけで逃げ出した? 俺がおまえだったら、沈むまで何度でも撃ちつづけるぜ?』
『それは……』
『〝全艦殲滅〟が怖かったからだろ? あの戦場から一刻も早く離脱したかった。だから掠っただけでも義理は果たしたとばかりにとっとと逃げた。確かにその判断は正しい。おまえの飼い主は、あのとき撤退命令を出すべきだった。そうすりゃ、おまえ以外の艦艇も逃げられたかもしれなかった。……俺はおまえのあの一発で、もう〝連合〟には戻れないってわかったけどな』
『……そうだ。どのみちあの艦隊に飛ばされた時点で、おまえはもう死ぬしかなかった。おまえの才能を惜しむ勢力が、一年ばかりおまえを生きながらえさせたが、結局は敗れた』
『それはおまえも同じだったはずだろ、ランプトンくん。おまえも飼い主と一緒にあの戦場で死ぬ運命だったはずだ。それが今、どうしてこんなところを二〇〇〇隻なんて中途半端な艦隊ひきいて飛んでるんだ?』
『幽霊のおまえにわざわざ説明する必要はない』
『それもそうだな。でも、俺は幽霊だから勝手に勘繰らせてもらうよ。……三日前、おまえが二〇〇〇隻の艦隊を率いて第二宙域外縁を航行してるって知らされたとき――今、俺がいるとこにゃ、それはそれは綺麗で親切な神様がいるんだよ――俺はまずおかしいと思った。何もかもがおかしいが、いちばんおかしいのが、おまえの軍艦ふねが旗艦だってことだ。言っちゃあ悪いが、おまえはたとえ二〇〇〇隻でも、艦隊の旗艦なんてやれる器じゃない。そこでいろいろ考えた。そしてこんなことを思いついた。あの後――俺の軍艦ふねを仕留め損ねて逃げた後、普通だったら所属先の第一基地に帰投する。でも、おまえはそこじゃなく、隣の第二基地に逃げこんだ。モア司令官の命令でとか何とか言って。無人艦の情報はいい手土産になったかい?』
『…………』
『間違ってたらいつでも訂正入れていいぜ。幽霊でも誤りは認める。……ないってことは合ってるんだな。そういうことで話を続けさせてもらうぜ。
 今さら説明するまでもないことだが、第一基地が次々と艦隊を送りこめるのは、基地と第一宙域の間に〝ゲート〟があるからだ。一度に最大三〇〇〇隻程度しか通れないって欠点はあるが、まともに行ったら一ヶ月はかかるところを、そこを通れば一日で行ける。俺の部下たちは〈ワイバーン〉から脱出した後、ここを通って第一基地に帰投したはずだ。……当然だよな? あいつらは、俺が〈ワイバーン〉と一緒に戦死したこと、戦闘中におまえが〈ワイバーン〉を撃ったことを触れ回っただろう。
 あの戦場から第二基地までは、どんなに急いでも五日はかかる。おまえは俺の部下たちも死んだとばかり思いこんでたんだろうな。でも、意気揚々と第二基地に逃げこんだときには、第一基地からおまえが〈ワイバーン〉を撃ったって報告が入ってた。第二基地は不自然すぎる行動をしたおまえの話より、うちの奴らの証言のほうを信じたはずだ。本来なら軍法会議ものだが、ここではそんな悠長なことをやってる暇なんてない。
 ここからはちと自信がないが、第二基地はおまえを罰するかわりに、おまえに二〇〇〇隻のお供をつけて、〝死刑場〟に送り返すことにしたんじゃないのか? それに合わせて、第一基地からいつものとおり三〇〇〇隻の艦隊を送りこめば、合計五〇〇〇隻の艦隊になる。その前におまえの艦隊が先に〝全艦殲滅〟される可能性もあるが、それはそれでかまわない。むしろ戦力消耗した〝死の艦隊〟になら、もしかしたら勝てるかもしれない。
 以上、あくまで幽霊の想像話だ。本当は合っていようがいまいがどうでもいいんだよ。俺の目的はおまえへの復讐ならびに二〇〇〇隻の殲滅だ』
『お……おまえたち、何をしている! あの正体不明船アンノウンを撃て! 撃ち落とせ!』
『おいおい、ちゃんと名乗ってるのに正体不明はないだろ? それからこの通信、言い忘れてたけど一斉通信だぜ。つまり、今した話は全部、おまえの軍艦ふね以外にも伝わってる』
『…………!』
『まず〈ウィルム〉のブリッジクルー諸君。俺が殺したいのはそのビビリ男一人だけだが、残念ながらここからその男一人を撃ち殺すことはできない。今から三十分だけ待つから、その男をブリッジに閉じこめて、君らを含む乗組員全員、〈ウィルム〉から脱出しろ。
 次に他の艦艇の乗組員諸君。俺が殲滅したいのはその艦艇だけだ。〈ウィルム〉と同じく、三十分以内に脱出しろ。俺は脱出艇にはいっさい手出しはしない。
 ここで逃げるも自由、攻撃するも自由。だが、俺は俺に向かってくる奴は容赦なく殺す。それでもよかったら攻撃してこい。俺はどちらでもかまわない』
「すごいはったりだ!」

 思わずヴォルフは叫んだが、アーウィンは生真面目に否定した。

「いや。本気だろう」
「いやいや。この前のあのときは、おまえがあえて無人砲撃艦でしか攻撃しなかったから対抗できたんだぞ? 他の軍艦ふねにも攻撃させてたら、絶対あそこまで持たなかったはずだ。今回は有人艦二〇〇〇隻。一斉に攻撃されたらひとたまりもない」
「一斉に攻撃されればな」
「まさか」
『おい……何をする……何をするつもりだ……私はおまえたちの上官――』

 ランプトンの声は恐怖に震えている。まるでホラー映画の音声だけを聞いているようだとヴォルフは思った。

『あんたが……あんたが上官だったから、俺たちは〝死刑場送り〟になったんだよ!』

 ブリッジクルーの一人らしき男の切れた声がして、しばらく無音状態が続いた。

『いやあ……よってたかってシートに縛りつけられるとは……おまえ、部下にも恨まれてたんだね。まあ、当然だけど』

 面白がるような哀れむようなドレイクの声で、今ランプトンがどのような状態でいるのか、ヴォルフたちにもわかった。

『あと残り二十分。……まだ脱出考慮中の諸君。この先はあの〝死刑場〟だ。俺の部下たちはたまたま逃げきれたが、まず生きては戻れない。あそこでは脱出艇でさえ殲滅される。命が惜しかったら、ここで船を捨てて、第二基地に引き返せ。途中でエドガー・ドレイクの幽霊が現れて、自分たちを皆殺しにしようとしたが、ランプトン大佐が我が身を犠牲にして逃がしてくれたと言ってやれ。……嘘じゃあない』

 通信映像は見られなかったが、ドレイクの砲撃艦がとらえている映像は、同調によって見ることができた。
 まず、〈ウィルム〉から脱出艇が三隻発進して、元来た航路を逆走した。
 それを皮切りに、二〇〇〇隻の艦艇から次々と脱出艇やシャトルが飛び出し、〈ウィルム〉の脱出艇の後を追っていく。

『逃げろ、逃げろ、どんどん逃げろ』

 ドレイクが歌うように呟いていた。

『第二ならまだ望みはある……第一には、ない』

 ヴォルフはスクリーンに表示されたままになっている、ドレイクの〝航行予定図〟に目をやった。

(だから、三日と言ったのか?)

 それ以上経ったら、この艦隊が第一宙域に入ってしまうから?

(そんな馬鹿な。あの短時間でそこまで計算できるはずがない。適当に三日と言ったんだろう)

 そう思いたかったが、その一方で、すでにドレイクならやってのけそうだと考えてしまっている。
 ――約束の三十分が過ぎた。
 約二〇〇〇隻の艦艇の周囲には、脱出する船の姿はもう一隻もなかった。

『時間だ。まだ誰か残ってても、もう知らないよ』

 おどけたようにドレイクが言い、護衛艦群に囲まれた護衛艦〈ウィルム〉に接近する。

『ランプトンくん。まだ話はできそうかい?』
『ドレイク……おまえ、〝帝国〟に寝返ったな』

 覚悟を決めたのか、ランプトンの口調は別人のように落ち着いていた。

『寝返ったなんて人聞きの悪い。幽霊がどこに行こうと自由だろ。……なあ、ランプトン。俺はおまえがやらかしてきたことはほとんど許せねえがな、いちばん許せなかったのは、俺があいつらを生きて帰すために重ねてきた努力を、あの一発ですべて無駄にしようとしやがったことだ。〈ワイバーン〉を撃ったのは、モアに命令されたからだけじゃねえだろ? おまえも俺たちをあそこから生きて帰したくなかったんじゃねえのか? ……皮肉なもんだな。あの中途半端な一発を撃ったせいで、おまえはまた〝死刑場送り〟になった』
『……結局、〝死ぬ〟以外にあの〝死刑場〟から逃れることはできないのか』
『俺は生きて帰るつもりでいたよ。何度〝死刑場〟に送られても。……ランプトン。俺の想像話、ほんとはどこまで合ってた?』
『一つだけ間違っていた』
『どこだ?』
『第一から、三〇〇〇隻の援軍は来ない』

 ドレイクはしばらく沈黙してから、苦笑まじりの声で言った。

『まったく……つくづく〝連合〟は馬鹿だな。それとも、まだ〝人身御供ひとみごくう〟が集まってないのか。……かわいそうだな、ランプトンくん』
『〝あの世〟の居心地はいいか?』
『最高だね。少なくとも、無駄で無意味で愚かな命令はされない』
『……うらやましい』
『今度はまともな飼い主を選びな』
『いや。もう飼われるのはたくさんだ』
『だからって、野良でいるのも楽じゃないがな。……さよなら、ランプトン。モアとは違うところに行けたらいいな』
『そいつはたぶん無理そうだ……』

 ランプトンがかすかに笑いを含んだ声で答えたとき、ドレイクの砲撃艦からレーザー砲が発射され、〈ウィルム〉を正面からまっすぐに撃ち抜いた。一瞬大きなノイズが上がり、その後、何の音もしなくなった。

「ブリッジを狙って撃ったのだろうな。しかも艦長席を」

 ぽつりとアーウィンが言った。
 「連合」の軍人だったドレイクなら、外からはわからないブリッジの位置を知っていてもおかしくはないが、艦長席を狙って撃つことなどできるものだろうか。
 ヴォルフが首をひねっている間に、ドレイクの砲撃艦は約二〇〇〇隻の艦隊の左舷側に移動した。

「今度は何をする気だ?」

 ヴォルフの疑問に、アーウィンが答える。

「私が命じたのは、二〇〇〇隻の殲滅だ。あの変態はまだ旗艦一隻しか撃っていない。今から残りすべてを撃ち落とすつもりなのだろう」
「もう無人なのにか? 必要ないんじゃないか?」
「無人とは限らんし、ここに『連合』の艦艇を放置していくわけにもいかん」
「それはそうだが……砲撃艦一隻で、どうやって二〇〇〇隻、撃ち落とすつもりだ?」
「それを見るために、わざわざここまで来たんだろう」

 アーウィンは少し表情をゆるませた。心の内ではとても楽しみにしているに違いない。

(採用試験なんだか、見せ物なんだか)

 ヴォルフは呆れて〝ストーカー〟を見下ろした。
 ドレイクの砲撃艦のスクリーンは二分割され、そのうちの一つは艦隊の真横を映していた。脱出の際、他の艦艇とぶつからないようにするためだろう。艦隊全体が静止状態になっている。攻撃してくる無人砲撃艦を撃ち落とすことに比べれば、はるかに楽で安全だろうが、これからいったいどうするつもりなのか。
 その答えは、ドレイク自身が行動で示した。
 レーザー砲列を艦艇に向けると、砲撃艦を艦隊の後方へ航行させながら、横から撃ち抜いていったのだ。撃たれた艦艇は爆発炎上し、時に近くの艦艇を巻き添えにした。

「エンジンを狙って撃っているのか」

 感嘆したようにアーウィンが言う。しかし、それ以前にヴォルフには、この速度で一度に複数の艦艇を撃てることのほうが不思議だった。
 砲撃艦は艦隊の最後尾まで走り抜けると、今度は折り返して、艦隊の前方に向かって同じことを繰り返した。だが、それは先ほど撃ちもらした艦艇を撃つためで、ドレイクが同じ艦艇を二度撃ちすることはなかった。

「この前の無人艦のときにも思ったが、あいつのやることには無駄がないな」

 ヴォルフが感心していると、アーウィンはかすかに笑った。

「無駄なエネルギーは遣いたくないんだろう。生きて帰るために」

 ――生きて帰る。
 自分の部下はもちろん、自分自身も。
 それがあの男の原動力であり、強さのみなもとなのだろう。
 あのとき、アーウィンは〝全艦殲滅〟の原則を曲げて、〈ワイバーン〉の脱出艇だけは見逃した。
 そこにドレイクも乗っていると思ったからか。〈ワイバーン〉と運命を共にしたと思ったからか。
 アーウィンはその点については何も語らなかったが、もしもドレイクが「連合」のあの艦隊に居続けていたら、皇帝軍護衛艦隊はいつか窮地に追いこまれていたかもしれない。ドレイクが「連合」から離れるきっかけを作った〝故ランプトン大佐〟に、ヴォルフはこっそり感謝の祈りを捧げた。
 ドレイクの砲撃艦は、再び艦隊の先頭に戻ると、そのまま離脱した。その背後を映すスクリーンの中では、二〇〇〇隻の艦隊が、鬼火の群れのように燃え上がっていた。

『殿下ー。どうせどっかから見てんでしょー? 採用試験合格ですかぁー?』

 ドレイクの声だった。ヴォルフは巨体が跳び上がるほど驚いたが、アーウィンは平然としていた。

「インカムの回線を使っているのか。……生きて謁見の間に戻ってきたらな」
『遠足は家に帰るまでが遠足です、みたいだな。……殿下、ありがとうございました』
「何がだ?」
『あんたは俺に二〇〇〇隻を殲滅しろと言った。〝全艦殲滅〟しろとは言わなかった』

 はっとしてアーウィンを見る。彼は涼しい顔でそっけなく返した。

「おまえ一人で〝全艦〟は無理だと思っただけだ」
『そうですか。まあいいや。じゃあ、先に帰って待っててくださいよ。〝生きて帰ってきました〟って報告しにいきますから』
「おまえが先に帰れ。私は少しやることがある」
『はあ? まあ、殿下がそう言うなら帰りますけど』

 不審そうにしながらも、ドレイクはコクマーに向かって飛び去っていく。

「……びっくりした。インカム回線? 艦内放送みたいに聞こえたぞ?」

 それと、ドレイクにアーウィンのストーカー行為がばれていたことに、ヴォルフは内心あせっていた。

「キャルがそうした。しかしあの変態、本当にもうあの軍艦ふねを使いこなしているな。今回はあえてあれは使わなかったのか」
「あれ?」

 しかし、アーウィンは今度はヴォルフの疑問には答えず、ドレイクの砲撃艦が同調可能域を出てから、一言キャルに命じた。

「船を動かせ」
「はい、マスター」

 端的すぎる主人の命令を正しく理解したキャルは、それまで小惑星の陰に潜ませていた〈フラガラック〉を二〇〇〇隻の艦艇のむくろの山の近くまで移動させる。
 やることとは何かとヴォルフが訊ねる前に、アーウィンはスクリーンを見ながら冷然と言った。

「あれが〈ワイバーン〉を撃ったのか」

 その視線の先には、あの〈ウィルム〉があった。

「そのようです」
「あれを粒子砲で焼き尽くせ」
「はい、マスター」

 アーウィンなら言い出しそうなことだとヴォルフは思ったが、キャルが粒子砲すべてを使って〈ウィルム〉だけを破壊し、それにまたアーウィンがまったく文句をつけなかったことには驚くというより呆れた。〈ウィルム〉は文字どおり焼き尽くされ、残骸すら残らなかった。

「アーウィン。あいつと違って、おまえのやることには無駄が多いな」

 ヴォルフが嫌味を言うと、アーウィンは頬杖をついてそっぽを向いた。

「あのときできなかったことを、今しただけだ」
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