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【01】連合から来た男
01 告白言い逃げしました
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「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官レクス公アーウィンは、元皇太子という出自にふさわしく、艶やかな金の髪とサファイアブルーの瞳を持つ、きわめて美しい青年だったが、その表情は普段から乏しかった。
決して感情がないわけではない。それを表に出す必要性を感じていないだけだ。彼は徹底した合理主義者だった。
「いつまで続ける気だ」
旗艦〈フラガラック〉の艦長席から見慣れた惨状を眺めながら、アーウィンは独り言のように言った。省略の多い発言だったが、その傍らに立っていた彼の皇太子時代からの側近ヴォルフは、正確にその意味を汲みとった。
「それは『連合』に言ってやれ。これだけやられつづけても、まだあきらめないのかとな」
とても側近とは思えない言葉遣いだが、それを許したのはアーウィンだった。
長身のアーウィンよりもさらに頭一個分以上上背のあるこの大男は、かつて彼の従者であり護衛でもあった。同時に、幼なじみでもあり親友でもある。短く刈り上げた白銀の髪と獣のような金色の目のために、一見強面そうに見えるが、アーウィンの周囲では彼よりも話しかけやすいとその存在をありがたく思われていた。
「まあ、それはそうだが。いいかげん、別の方法を考えればいいものを」
「たとえば?」
「結局、奴らが欲しいのは、〝帝都〟と皇帝陛下だろう。それなら武力など使わなくとも、何とか〝帝都〟に潜りこんで、陛下に取り入ればいいだけのことだ」
「あっさり言うな。まずその〝帝都〟に潜りこむのが不可能に近いだろうが。おまけに、おまえが陛下の後見人をしている間は、滅多な人間は近づけさせないだろう」
「当たり前だ。それが私の仕事だからな。今の『連合』は自ら火の中に飛びこんでいる虫のようなものだ」
「そのほうがおまえは楽なんじゃないのか?」
「そんな愚かしい相手につきあわされたあげく、損失まで出させられているかと思うと、腹立たしくてたまらない」
冷然とアーウィンが言い捨てた、そのとき艦内に警戒音が鳴り響いた。
しかし、アーウィンはあわてた様子もなく、ヴォルフとは反対側に立っていた人物を振り返る。
「キャル、どうした?」
栗色の髪を長めに伸ばした、一見美少女かと思える少年である。アーウィンたちと同じく濃紺の軍服を着てはいるが、やはり同じく軍人ではない。
だが、この少年がアーウィンより年上だったことを、アーウィンとヴォルフだけは知っている。感情を持たない緑色の目が、アーウィン以上に冷静に彼を見つめ返した。
「マスター。戦闘不能になった無人艦が五隻、こちらに向かって急速接近中です」
一瞬、アーウィンは言葉を失ったが、すぐに鋭く命じた。
「撃ち落とせ!」
動くはずのない無人艦五隻に即時に反応したのは、〈フラガラック〉を守る護衛艦たちではなく、〈フラガラック〉自身だった。
しかし、〈フラガラック〉は撃墜することはできなかった。
「マスター。自軍が邪魔で撃てません」
「無人艦をぶつけて止めろ!」
「承知しました」
キャルが無感情に答えた。同時に護衛艦の外側にいた無人艦が、体当たりで五隻の〝元味方〟をはじき飛ばす。と、スクリーンに見知らぬ男が映った。
『〝殿下〟、初めまして』
四十代とおぼしき黒髪の男は、にやにやしながら挨拶する。
『エドガー・ドレイクと申します。突然ですが、あんたが好きだーっ! 以上!』
唐突に男は消え、スクリーンはまた元の映像を映した。
しばらく、アーウィンは呆然としていた。が、我に返って叫ぶ。
「キャル! 奴はどこだ!」
「本艦隊後方高速離脱中。……もう間に合いません」
それはもう撃ち落とせないということを意味していた。
いったい何が起こったのか、ヴォルフもブリッジクルーもわからなかった。しかし、そっとアーウィンの様子を窺えば、苛立たしげに髪を掻きむしっている。
あれが「連合」の人間であることは、かなり着崩してはいたが、あのカーキ色の軍服で間違いなかった。〝全艦殲滅〟できなかったのだ、よほど悔しいのだろうと思っていると、アーウィンはヴォルフが予想もしていなかったことを言った。
「あの……変態がっ……!」
* * *
「よし、噛まなかったぞ、俺!」
それが安全圏まで離脱した後のドレイクの第一声だった。
「さすが大佐、本番強いっすね」
「あれ以上話してたら、撃墜されてましたね、きっと」
「〝殿下〟の映像も録っときましたから」
「いやー、大佐が力説するだけあって、やっぱ〝美人〟だ」
上官も上官なら、部下も部下だ。
バーリーは呆れて彼らを眺めていたが、彼らが〝死の艦隊〟から逃げきったことは事実だった。
作戦――あえて命名するなら〝告白作戦〟か――自体は、単純といえば単純だ。
普段は自軍の艦艇の運搬に用いているブースターを、「帝国」の戦闘不能になった無人艦に取りつけ、敵艦隊の中に突っこませる。人間でいうなら、味方の死体が生き返って襲いかかってきたようなものだ。時間の長短はあれ、敵は動揺するだろうとドレイクは言った。
――あの艦隊の最大の強みは、約八割が無人艦だってことだ。だから奴らはミサイルがわりに無人艦を使い捨てにすることもできる。でも、奴らも〝死んだ〟無人艦を動かすことはできない。得意の遠隔操作で止めることはできないのさ。
そして、敵が操れない無人艦に対処している隙に、以前、彼らが「連合」に警告を発した際に使用した通信コードで〝告白〟、ただちに離脱する。
ドレイクから聞かされたときには馬鹿馬鹿しい〝作戦〟だと感じたが、こうして成功してみると、低コスト――何しろ、敵が放棄した無人艦を利用するのだから――で相手にダメージを与えられる、非常に優れた作戦のように思える。
これを大規模に行われたら、さしもの〝死の艦隊〟も苦戦するのではないか。というより、今回この作戦を敢行したせいで、こういう方法もあると教えてしまったことになるのではないか。バーリーがそんなことを考えていると、まるでそれを読んだかのようにドレイクが言った。
「〝全艦殲滅〟された直後だからできたんだ」
「え?」
「そうでなきゃ、戦闘不能の無人艦なんか手に入るわけがねえだろ。あちらさんの無人艦は、旗艦から遠隔操作できない距離まで離れると勝手に自爆しちまう。機密保持のために」
「あ……」
「まあ、これで少しは無人艦の無駄遣いはやめてくれるかな。あれはほんとに厄介だからなあ。回収業の俺らにとっちゃ、時限爆弾みたいなもんだ」
「はあ……」
「さて、今日はこのまま帰投するか。〝殿下〟が追っかけてくるかもしれねえからな」
ふざけて笑うドレイクに、古参の部下の一人も笑って応じた。
「そりゃおっかねえ。つかまる前にあの世行きだ」
* * *
「あの男の正体はわかったか?」
キャルが閉じていた目を開いたとたん、アーウィンは艦長席から身を乗り出すようにして性急に訊ねた。しかし、キャルは動じず、淡々と主人の質問に答える。
「やはり『連合』の軍人です。『エドガー・ドレイク』で検索しましたら、宇宙軍のデータベースの中にありました。階級は『大佐』。乗艦は〈ワイバーン〉。ザイン星系の第一宙域方面艦隊所属です」
ヴォルフは驚いて、思わず問い返した。
「『大佐』なのか? あれで?」
「データベースでは、そのようになっています」
「それなら、私たちがいつも殲滅している艦隊だな。最近、異動してきたのか?」
「データベースでは、一年前からと推定されています」
「それはおかしいだろう」
アーウィンが怪訝そうに柳眉をひそめる。
「では、なぜ今まで私たちの前に現れなかった?」
「現れたら、殲滅されるからでは?」
「なら、なぜ今日になって私にあんなことを叫びにきた!」
珍しく悲鳴に似た声を上げる。よほど嫌だったらしい。
「マスター、申し訳ありません。それは私にはわかりかねます」
「アーウィン。俺にもわかりかねる」
「変態め……まだ悪寒がする」
忌々しげにアーウィンが自分の両腕を抱く。
「おまえにそれだけの精神的ダメージを与えられるなんてすごいな」
「ヴォルフ。おまえもあいつに私と同じことを言われたと想像してみろ」
ヴォルフは少し黙って、軽く頭を下げた。
「アーウィン。俺が悪かった」
「しかも、変態なくせに頭は回るのが、よけい癪に障る……」
「え?」
「無人艦の弱点を逆手にとられた。戦闘不能となった無人艦は遠隔操作もできなくなって、そのまま巨大なゴミと化してしまう。しかし、人間はそのゴミをとっさに撃ち落とすことができない。まだ自軍の無人艦だと思ってしまうからだ。かといって、あの状態で〈フラガラック〉で撃ち落としていたら、うちの艦艇を巻き添えにしてしまっていた」
「あの男はそこまで計算していたのか?」
「していた」
そこで、アーウィンは見るからに嫌そうに顔をしかめた。
「そして、混乱に乗じて私にあんなことを……!」
「あー……じゃあ、あんな通信してなかったら、〈フラガラック〉を攻撃することもできたんじゃないのか?」
「できたかもしれないが、自動防御機能が働いて、逆に撃ち落とされていただろう。攻撃しなかったからこそ、あの軍艦は逃げきることができた。あのスクラップの間を超高速ですりぬけて」
「結局、あの男の目的は、おまえに告白することだったのか?」
「今、それ以外の目的を見出そうとしているところだ」
「……嫌がらせとか?」
「ずいぶん命がけの嫌がらせだが、私はそうであったと思いたい」
「本当に嫌がらせだったとしたら大成功だな。そこまで嫌がってるおまえは初めて見るぞ。悔しくはないのか?」
「悔しい?」
ヴォルフの指摘に、アーウィンが意外そうな顔をする。ヴォルフには、彼のその反応のほうが意外に思えた。
「おまえの見解をまとめると、意表を突かれてまんまと逃げられたってことだろ?」
「それは私の怠慢が招いたことだ。早急に無人艦の改良を考える。少なくとも、敵に利用されるわけにはいかん」
「それはそうだが……何だかおまえ、楽しそうだな」
アーウィンは軽く驚いた後、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「おまえの目には、私が楽しそうに見えるのか?」
「充分見えるが?」
「キャルは?」
「私には、楽しそうというより、嬉しそうに見えます」
「嬉しそう……」
アーウィンとヴォルフは声をそろえて呟いた。
「マスターは無人艦の弱点を誰かに見抜いてもらいたかったのではないのですか?」
「ふむ。できれば敵より先に味方に見抜いてもらいたかったが」
アーウィンは薄く笑って両手を組む。
「変態め。殺す前には必ず真意を問いただしてやる」
――真意ねえ……
それでもし、本当に本気の告白だったら、この男はどうするつもりなのだろう。
ヴォルフは思ったが、アーウィンに実際にそう訊ねることは、さすがに彼にもできなかった。
決して感情がないわけではない。それを表に出す必要性を感じていないだけだ。彼は徹底した合理主義者だった。
「いつまで続ける気だ」
旗艦〈フラガラック〉の艦長席から見慣れた惨状を眺めながら、アーウィンは独り言のように言った。省略の多い発言だったが、その傍らに立っていた彼の皇太子時代からの側近ヴォルフは、正確にその意味を汲みとった。
「それは『連合』に言ってやれ。これだけやられつづけても、まだあきらめないのかとな」
とても側近とは思えない言葉遣いだが、それを許したのはアーウィンだった。
長身のアーウィンよりもさらに頭一個分以上上背のあるこの大男は、かつて彼の従者であり護衛でもあった。同時に、幼なじみでもあり親友でもある。短く刈り上げた白銀の髪と獣のような金色の目のために、一見強面そうに見えるが、アーウィンの周囲では彼よりも話しかけやすいとその存在をありがたく思われていた。
「まあ、それはそうだが。いいかげん、別の方法を考えればいいものを」
「たとえば?」
「結局、奴らが欲しいのは、〝帝都〟と皇帝陛下だろう。それなら武力など使わなくとも、何とか〝帝都〟に潜りこんで、陛下に取り入ればいいだけのことだ」
「あっさり言うな。まずその〝帝都〟に潜りこむのが不可能に近いだろうが。おまけに、おまえが陛下の後見人をしている間は、滅多な人間は近づけさせないだろう」
「当たり前だ。それが私の仕事だからな。今の『連合』は自ら火の中に飛びこんでいる虫のようなものだ」
「そのほうがおまえは楽なんじゃないのか?」
「そんな愚かしい相手につきあわされたあげく、損失まで出させられているかと思うと、腹立たしくてたまらない」
冷然とアーウィンが言い捨てた、そのとき艦内に警戒音が鳴り響いた。
しかし、アーウィンはあわてた様子もなく、ヴォルフとは反対側に立っていた人物を振り返る。
「キャル、どうした?」
栗色の髪を長めに伸ばした、一見美少女かと思える少年である。アーウィンたちと同じく濃紺の軍服を着てはいるが、やはり同じく軍人ではない。
だが、この少年がアーウィンより年上だったことを、アーウィンとヴォルフだけは知っている。感情を持たない緑色の目が、アーウィン以上に冷静に彼を見つめ返した。
「マスター。戦闘不能になった無人艦が五隻、こちらに向かって急速接近中です」
一瞬、アーウィンは言葉を失ったが、すぐに鋭く命じた。
「撃ち落とせ!」
動くはずのない無人艦五隻に即時に反応したのは、〈フラガラック〉を守る護衛艦たちではなく、〈フラガラック〉自身だった。
しかし、〈フラガラック〉は撃墜することはできなかった。
「マスター。自軍が邪魔で撃てません」
「無人艦をぶつけて止めろ!」
「承知しました」
キャルが無感情に答えた。同時に護衛艦の外側にいた無人艦が、体当たりで五隻の〝元味方〟をはじき飛ばす。と、スクリーンに見知らぬ男が映った。
『〝殿下〟、初めまして』
四十代とおぼしき黒髪の男は、にやにやしながら挨拶する。
『エドガー・ドレイクと申します。突然ですが、あんたが好きだーっ! 以上!』
唐突に男は消え、スクリーンはまた元の映像を映した。
しばらく、アーウィンは呆然としていた。が、我に返って叫ぶ。
「キャル! 奴はどこだ!」
「本艦隊後方高速離脱中。……もう間に合いません」
それはもう撃ち落とせないということを意味していた。
いったい何が起こったのか、ヴォルフもブリッジクルーもわからなかった。しかし、そっとアーウィンの様子を窺えば、苛立たしげに髪を掻きむしっている。
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「あの……変態がっ……!」
* * *
「よし、噛まなかったぞ、俺!」
それが安全圏まで離脱した後のドレイクの第一声だった。
「さすが大佐、本番強いっすね」
「あれ以上話してたら、撃墜されてましたね、きっと」
「〝殿下〟の映像も録っときましたから」
「いやー、大佐が力説するだけあって、やっぱ〝美人〟だ」
上官も上官なら、部下も部下だ。
バーリーは呆れて彼らを眺めていたが、彼らが〝死の艦隊〟から逃げきったことは事実だった。
作戦――あえて命名するなら〝告白作戦〟か――自体は、単純といえば単純だ。
普段は自軍の艦艇の運搬に用いているブースターを、「帝国」の戦闘不能になった無人艦に取りつけ、敵艦隊の中に突っこませる。人間でいうなら、味方の死体が生き返って襲いかかってきたようなものだ。時間の長短はあれ、敵は動揺するだろうとドレイクは言った。
――あの艦隊の最大の強みは、約八割が無人艦だってことだ。だから奴らはミサイルがわりに無人艦を使い捨てにすることもできる。でも、奴らも〝死んだ〟無人艦を動かすことはできない。得意の遠隔操作で止めることはできないのさ。
そして、敵が操れない無人艦に対処している隙に、以前、彼らが「連合」に警告を発した際に使用した通信コードで〝告白〟、ただちに離脱する。
ドレイクから聞かされたときには馬鹿馬鹿しい〝作戦〟だと感じたが、こうして成功してみると、低コスト――何しろ、敵が放棄した無人艦を利用するのだから――で相手にダメージを与えられる、非常に優れた作戦のように思える。
これを大規模に行われたら、さしもの〝死の艦隊〟も苦戦するのではないか。というより、今回この作戦を敢行したせいで、こういう方法もあると教えてしまったことになるのではないか。バーリーがそんなことを考えていると、まるでそれを読んだかのようにドレイクが言った。
「〝全艦殲滅〟された直後だからできたんだ」
「え?」
「そうでなきゃ、戦闘不能の無人艦なんか手に入るわけがねえだろ。あちらさんの無人艦は、旗艦から遠隔操作できない距離まで離れると勝手に自爆しちまう。機密保持のために」
「あ……」
「まあ、これで少しは無人艦の無駄遣いはやめてくれるかな。あれはほんとに厄介だからなあ。回収業の俺らにとっちゃ、時限爆弾みたいなもんだ」
「はあ……」
「さて、今日はこのまま帰投するか。〝殿下〟が追っかけてくるかもしれねえからな」
ふざけて笑うドレイクに、古参の部下の一人も笑って応じた。
「そりゃおっかねえ。つかまる前にあの世行きだ」
* * *
「あの男の正体はわかったか?」
キャルが閉じていた目を開いたとたん、アーウィンは艦長席から身を乗り出すようにして性急に訊ねた。しかし、キャルは動じず、淡々と主人の質問に答える。
「やはり『連合』の軍人です。『エドガー・ドレイク』で検索しましたら、宇宙軍のデータベースの中にありました。階級は『大佐』。乗艦は〈ワイバーン〉。ザイン星系の第一宙域方面艦隊所属です」
ヴォルフは驚いて、思わず問い返した。
「『大佐』なのか? あれで?」
「データベースでは、そのようになっています」
「それなら、私たちがいつも殲滅している艦隊だな。最近、異動してきたのか?」
「データベースでは、一年前からと推定されています」
「それはおかしいだろう」
アーウィンが怪訝そうに柳眉をひそめる。
「では、なぜ今まで私たちの前に現れなかった?」
「現れたら、殲滅されるからでは?」
「なら、なぜ今日になって私にあんなことを叫びにきた!」
珍しく悲鳴に似た声を上げる。よほど嫌だったらしい。
「マスター、申し訳ありません。それは私にはわかりかねます」
「アーウィン。俺にもわかりかねる」
「変態め……まだ悪寒がする」
忌々しげにアーウィンが自分の両腕を抱く。
「おまえにそれだけの精神的ダメージを与えられるなんてすごいな」
「ヴォルフ。おまえもあいつに私と同じことを言われたと想像してみろ」
ヴォルフは少し黙って、軽く頭を下げた。
「アーウィン。俺が悪かった」
「しかも、変態なくせに頭は回るのが、よけい癪に障る……」
「え?」
「無人艦の弱点を逆手にとられた。戦闘不能となった無人艦は遠隔操作もできなくなって、そのまま巨大なゴミと化してしまう。しかし、人間はそのゴミをとっさに撃ち落とすことができない。まだ自軍の無人艦だと思ってしまうからだ。かといって、あの状態で〈フラガラック〉で撃ち落としていたら、うちの艦艇を巻き添えにしてしまっていた」
「あの男はそこまで計算していたのか?」
「していた」
そこで、アーウィンは見るからに嫌そうに顔をしかめた。
「そして、混乱に乗じて私にあんなことを……!」
「あー……じゃあ、あんな通信してなかったら、〈フラガラック〉を攻撃することもできたんじゃないのか?」
「できたかもしれないが、自動防御機能が働いて、逆に撃ち落とされていただろう。攻撃しなかったからこそ、あの軍艦は逃げきることができた。あのスクラップの間を超高速ですりぬけて」
「結局、あの男の目的は、おまえに告白することだったのか?」
「今、それ以外の目的を見出そうとしているところだ」
「……嫌がらせとか?」
「ずいぶん命がけの嫌がらせだが、私はそうであったと思いたい」
「本当に嫌がらせだったとしたら大成功だな。そこまで嫌がってるおまえは初めて見るぞ。悔しくはないのか?」
「悔しい?」
ヴォルフの指摘に、アーウィンが意外そうな顔をする。ヴォルフには、彼のその反応のほうが意外に思えた。
「おまえの見解をまとめると、意表を突かれてまんまと逃げられたってことだろ?」
「それは私の怠慢が招いたことだ。早急に無人艦の改良を考える。少なくとも、敵に利用されるわけにはいかん」
「それはそうだが……何だかおまえ、楽しそうだな」
アーウィンは軽く驚いた後、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「おまえの目には、私が楽しそうに見えるのか?」
「充分見えるが?」
「キャルは?」
「私には、楽しそうというより、嬉しそうに見えます」
「嬉しそう……」
アーウィンとヴォルフは声をそろえて呟いた。
「マスターは無人艦の弱点を誰かに見抜いてもらいたかったのではないのですか?」
「ふむ。できれば敵より先に味方に見抜いてもらいたかったが」
アーウィンは薄く笑って両手を組む。
「変態め。殺す前には必ず真意を問いただしてやる」
――真意ねえ……
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