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第3章 シェルビリーヌ
Devil of the sound
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シェーンベルガー国の第二王子、フリードリヒ・フォン・シュレージェンと国王の弟、グランベルト公爵の葬儀が密やかに行われたその年の冬、かねてからの予定通り、国内で最も歴史の古い大聖堂で婚礼の儀が行われた。
北側が大海に面するトスカーラ国から来た、シェルビリーヌ王女は、ジークレッドより三歳年上で、白い肌、細身の体に婚礼の純白のドレスがよく似合っていた。婚礼用に飾られた馬車から王女が降りてきたとき、民衆はこの可憐な、頬に赤みのさした王女を感嘆のため息で祝福して迎えた。
知性豊かで美貌に満ちたと誉れの高いジークレッドとの婚礼が決まった時、シェルビリーヌ姫は、あまりの嬉しさに喜びの悲鳴を上げたほどだった。
年頃を迎えたジークレッドの婚儀は、西方諸国の注目の的だった。誰が王妃に選ばれるのか、国内外の王侯貴族の中で、妃の座をめぐって競い合いが繰り広げられたものだ。
シェーンベルガーの国王が、トスカーラ国を選んだのは、その海軍力と貿易の繁栄だった。また、シェーンベルガー国王には、密かに西方随一の大国、アルメニス国を牽制(けんせい)する目的もあった。
婚礼の儀には、トスカーラの国王の体調が思わしくない、ということで、代わりに王位継承者である、シェルビリーヌの兄、アロイス王子が、実妹である花嫁に連れ添って参列した。大聖堂に集った王侯貴族は若い二人への祝福を惜しまなかったが、ほとんどの女性のため息は、豪華な式への感嘆からではなく、ジークレッド王子の結婚への嫉妬と諦めの混じった複雑なものだった。
司祭の前に、王家の紋章の入った白いガウンと、王冠を身に着けたジークレッドが立ったとき、人々はあまりの神々しい彼の美貌に騒然とした。陶器のような美しい肌に、精悍でありながら、端正で人を魅了せずにいられない中性的な美しさと気品、体から満ち溢れるような堂々とした風格。大聖堂に集う人々は、神の創造物の完成された人間の姿としか思えないジークレッド王子の神秘的な美しさに思わずため息をもらした。
大聖堂の扉が開き、アロイス王子に伴われた、シェルビリーヌ王女が現れた。ジークレッドの深い碧色の瞳が二人を迎えた。アロイス王子でさえ、神父の前に立つジークレッドの姿に息をのんだほどだった。祭壇へと続く赤い絨毯の上を歩く、白いベールをかぶったシェルビリーヌ王女は、人々の感嘆の声が自分に向けられていると思っていた。しかし、緊張と鼓動が高まる興奮の中で、何か違和感を覚えていた。
祭壇の前に立ち、儀式が進む中で、いよいよベールを取り、ジークレッドと対面した王女は、自分の目の前に立つジークレッドの姿に目がくらむようだった。そして自分が感じていた違和感が何かを知った。人々の関心は、今日世界で一番幸せな花嫁であるはずの自分ではなく、ジークレッド王子その人に一心に向けられていたのだ。
彼は十五歳とは思えぬ憂いに満ちた穏やかな眼で、王女を見つめながら、微笑を浮かべた。それがさらに彼の美しさを際立たせた。その一瞬で、シェルビリーヌ王女は、彼に身も心も捕らわれてしまった。心臓の鼓動が速くなり、そのあとの儀式に集中することが出来なかった。
王子の腕に手をかけ、大聖堂の外へ歩く時も、彼女はめまいがするような激しい感情を自制することが難しかった。ただ自分も含めて、人々の視線が隣のジークレッドに集まっていることは感じられた。聖堂の外では二人のための馬車が用意されていた。民衆たちの大歓声の中、二人は馬車の中に乗り込んだ。
婚礼の馬車の中では、ジークレッドと二人だけであり、距離が近い。王女は緊張と恥ずかしさのあまり、会話をすることが出来なかった。ちらりと王子に目をやると、彼は時々窓の外へ、民衆に向かって優雅な仕草で手を振っている。王女も彼と同じように、満面の笑みを民衆に向けていたが、心は上の空だった。油断すると、ジークレッドに見入ってしまいそうで、外ばかり見ていた。彼は自分よりも年下だし、きっと同じような気持ちなのだろうと、彼女は自分に言い聞かせていた。
馬車が城に近づくころ、彼女は思い切って、ジークレッドを見た。彼はいたわるような目で彼女を見ていた。彼女は彼の視線に合うと、思わず目を伏せてしまった。
「お疲れになったでしょう?」
彼は大人びた声で静かに尋ねた。声もその姿のように美しかった。
「……いいえ。大丈夫です」
彼女は頬を染めてかすれた様な小さい声で答えた。
「シェーンベルガー国は山と深い森にかこまれています。貴女はきっと海が恋しくなるだろう」
彼はとても年下とは思えない落ち着いた声で言った。
「ひと月後に、私は北方へ、父王の代理の大使として向かうことになっています。もしよければ貴女を伴い、トスカーラ国に寄ることもできます」
彼女は目を見張った。なんと優しい言葉だろう。シェルビリーヌはこの年若い王子の心遣いに心から驚いた。
「お心遣い、ありがとございます」
彼女はほとんど目の奥が熱くなり、泣き出しそうだった。
「部屋の準備が出来ているので、今宵はゆっくり休まれるといい」
ジークレッドは穏やかに笑みを浮かべると、また窓の外へ目をやった。
彼女は思いがけない彼の優しさに、今日一日の緊張が解けていくようだった。シェルビリーヌは、彼の落ち着き払ったジークレッドという人物に心の底から心服した。まばゆい美貌に加え、彼は思いやりにあふれた温かい少年だった。
噂通り、彼は生まれながらの王なのだ。ジークレッドが自分の兄上よりずっと年下の男性であるとは思えなかった。彼は式の間も始終落ち着き払った態度を崩さない。自分とは、まるで雲泥の差だ。ジェルビリーヌは自分がジークレッドには不釣り合いなのではないかという不安に駆られた。あの式での賞賛が彼に集まっていたのも、仕方のないことだったのだろうか。
彼女は自分とジークレッドとの差に、妙に自分だけが置き去りにされたような気分だった。こんな孤独感は初めてだ。周りの者に甘やかされ、何の苦労もなく育ってきた王女は、自分の夫となったジークレッド王子にどうやって近づいたらよいのか見当がつかなかった。
婚礼の儀の後、日常的には二人は、必ず一緒に食卓を囲み、午後のお茶の時間には、ジークレッドが王女の部屋を訪れ、時には狩りに王女が同行するなど、仲の良い関係が築かれたかのように見えた。しかし、両家の国王同士で話し合ったこともあり、実弟と叔父の喪に服すため、ジークレッドが王女の部屋を夜に訪れることは、一度もなかった。
無理もない、今年、王子は実弟と叔父を二人とも一度に失ったのだ。本来なら婚儀も翌年になるはずだった。しかし、予定が伸びれば、状況次第でトスカーラ国はシェーンベルガー国との婚礼の機会を失うかもしれない。このため婚儀が強行された。
常に穏やかで紳士的な態度を崩さないジークレッドに、シェルビリーヌ王女はただ恋心が募るばかりだった。彼はいつも穏やかだった。若い少年の溌剌とした様子や気まぐれの感情を見せたことは一度もない。
(彼は、私のことをどう思っているのだろう?)シェルビリーヌは苦しかった。
ふと時々目にする、彼の憂いに満ちた暗い様子が気になったが、彼の思惑が彼女には想像できなかった。しかし少なくともジークレッドが自分に心を抱いている様子ではないことはわかっていた。
ジークレッドの美しさや言動は、自然とシェルビリーヌの侍女たちをも魅了していった。シェルビリーヌがジークレッドの心を勝ち得ないことを、ほくそえんでいる侍女も中にはいた。時間が経つにつれ、美しく勝気な侍女の中には、密かにジークレッドに恋文を渡す者さえ出てきた。
シェルビリーヌは彼の姿を見るだけで、胸が張り裂けそうだった。
ジークレッドが昼間に王女の部屋に来るときは、必ず数人の侍女が近くに控えて、皆で他愛ない会話をした。彼の言葉は優しく、冗談を言って皆を笑わせるのも上手だった。シェルビリーヌは自然に会話しようとしても、目を見るだけで鼓動が激しくなるので、彼女はいつも目をそらせていた。受け答えをするのは話術に長けた数人の侍女たちだった。
王女はジークレッドに夢中だ。でも王子の方はどうなのか? これは噂好きの侍女たちの一番のゴシップだった。たまに故郷のトスカーラ国から便りが届いた。王女はジークレッドの話ばかりを記したが、自分が彼の心を勝ち得ない不安はみじんも明かさないように注意した。王女の手紙からは仲の良い夫婦の様子しかうかがい知れなかった。
ある狩りの午後、喉が渇いた王女はいつもの水場へ歩いて行った。その時木陰から、女性の笑い声が聞こえた。それは王女付きの侍女マルガレッタだった。侍女の中でも一番美しく気が利く娘だ。
シェルビリーヌは声をかけようとした途端、マルガレッタの隣にジークレッドが立っているのを見てどきりとした。鼓動がたちまち速くなった。可愛らしいマルガレッタが何か言うと、ジークレッドが笑った。背の高いジークレッドと可愛らしいマルガレッタ。二人は、とても似合いにみえた。少なくとも自分と王子が並ぶよりは。一体何を話しているのだろう。
シェルビリーヌは思わず木の陰に身を隠した。ちょうどその時マルガレッタは腰を上げ、二人は何かを話しながら、シェルビリーヌから少し離れた小道を通り過ぎて行った。
ジークレッドの笑顔が頭にこびりついて離れなかった。ジークレッドは自分の前でも穏やかな笑顔を絶やさない。しかしあのように心の底から楽しそうに笑った顔をしたことなどあっただろうか? 彼女は心臓が張り裂けそうなくらい苦しくなった。
なぜ自分はこんなところで隠れているのだろう。私は王子の妃なのに、なぜ侍女の前で姿をひそめなくてはならないのか。彼女は惨めな気持ちになった。思い詰めていた王子への想いが涙になり、いつの間にか泣いていた。マルガレッタへの嫉妬と憎悪が、心の中に渦巻いた。
その日の夜遅く、シェルビリーヌはいつもより早く床に入ったが、侍女たちが全員寝室から立ち去ると、密かに起き上がった。用意しておいた美しい夜着に、ショールをまとい、こっそりと部屋を出た。結婚した王子と王女の間は室内の別の扉でつながっていたが、夫婦の秘密の通路は初めから鍵がかかり、開かないようになっていた。
王女は廊下に出て、あたりの様子を見ながら、王子の部屋へ向かった。ジークレッドの隣の部屋は騎士の控室になっている。ぐずぐず回廊に立っていては見つかってしまう。シェルビリーヌはジークレッドの部屋の扉に手をかけようとした。しかしいざというと勇気がなかった。さんざん逡巡したあげく、やはり部屋に戻ろうと思った。
その時、騎士部屋から突然大柄な騎士が出てくる影が見えた。
彼女は思わずジークレッドの部屋の扉を開け、中に入ってしまった。薄暗い王子の部屋に初めて入った。ろうそくの火が消え、明かりは外からの月明りのみだ。広いベッドの上には誰の姿もない。
「シェルビリーヌか」
暗がりの方からいつもとは違うジークレッドの鋭い声がした。王女は驚いて声のする方を向いた。扉の横にある大きな本棚の影から、夜着を着て、右手に剣を持った王子が現れた。
彼は剣を壁の棚にかけた。
この時、ジークレッドはひどく怯えていた。〈あの夜〉から彼は深い眠りに着くことが出来なくなっていた。眠りに落ちても短い時間で目が覚める。何度もあの恐ろしい夜の夢を見る。女性に対しても恐怖心を持っていた。
ジークレッドは思った。(彼女たちは私の心など関係なく、私に引き寄せられる。何を考えているか全くわからない。未だにあの侍女がなぜ私の命を奪おうと毒をもったのかわからない。愛する者を殺そうとした心がわからない。そして今日は本当に悪夢のように私の部屋に他人が立っている。彼女もまた私を殺しに来たのだろうか)
しかし暗闇の中のシェルビリーヌは緊張のあまり、彼の動揺に全く注意を向ける余裕がなかった。
「こんな夜遅くに何の用です?」彼の声は緊張して尖っていた。目は鋭くシェルビリーヌを射すくめた。
彼女はすっかり舞い上がってしまい、うまく声が出せなかった。
「わたしは……」
彼女の頭に昼間の王子とマルガレッタの姿がよぎった。
「国から……トスカーラ国から催促を受けています。お世継ぎの件で」
彼女はあらかじめ準備しておいた言葉を早口で言った。ジークレッドはいつもと変わらない冷静な口調で言った。
「その件に関しては、父王とも話し合い、返答したはずです。私はまだ喪に服している。焦ることはありません」
王女は前に出て、ジークレッドの言葉をさえぎった。
「ジークレッド様は私のことがお嫌いなのですか?」
王女の顔は今まで我慢していた思いが一気に噴き出るように、泣きだしそうだった。
「私たちは国同士で決めて婚姻関係を結んだのです」彼は静かに言ったが、身体
の震えが止まらなかった。シェルビリーヌは胸を突き刺されたように感じた。それは、彼女には関心が無いということ、と同じではないか。マルガレッタとは、あんなに楽しそうな顔をしていたのに。
「私は……」シェルビリーヌはもう泣き崩れそうな様子で訴えた。
「貴方をお慕いしています」
その途端、ジークレッドはぎくりとして身体が硬直したように感じた。それは自分を毒殺しようとしたあの侍女の最期の言葉だった。あの恐ろしい夜の光景が、まざまざと浮かび上がった。暗い部屋に流れるどす黒い血。信じ切っていた者の裏切り。自分の身体が返り血に染まったような錯覚をみた。
「誰か他にお慕いしている方がいるのですか?」
シェルビリーヌは、闇に引きずり込まれそうなジークレッドの様子には全く気付かず、泣きながら続けた。
「そんな者は誰もいない!」
ジークレッドは鋭い口調で言った。彼は苦しい表情をした。呼吸が苦しくなり、心臓が早鐘のように速くなった。彼は自分が恐怖の中に捕らわれているのを知った。あの暗闇の呪縛から自分を支えるように、テーブルに手を付き、彼女を睨みつけた。
「出て行ってくれ」
シェルビリーヌは小さく悲鳴を上げた。そして口を押えて、泣きながら部屋から飛び出していった。
ジークレッドは本棚に片手でつかまり、苦しそうに息をした。死んだ侍女が、彼を暗闇へ引きずり込みそうになるのを必死に耐えた。やがて彼は呼吸を整え、ソファにため息をついて座った。両手で頭を抱え、しばらく動く事が出来なかった。
翌日、侍女のマルガレッタは、シェルビリーヌ王女の様子がおかしな事に気が付いていた。彼女をずっと無視し、そうかと思えば、ぞっとするような恐ろしい眼でじっとこちらを睨んでいる。何か気に障ることをしただろうか。
彼女は王女をそっとしておく事にした。務めに支障が出ないように、王女の周囲の世話は他の侍女に任せ、それ以外の仕事に精を出した。
マルガレッタの妹のイリスも王女付きの侍女として奉公していたが、彼女も王女の様子に気が付いていた。
「お姉さま、何かなさったのじゃないの?」
イリスは仕事のできる姉に、からかい半分、心配半分で尋ねた。
「例えばジークレッド様に恋文を出したとか?」
「そんな大それたことはしてないわ」
マルガレッタも不安ながら、笑顔で返した。
その日の夜、マルガレッタは深夜、突然王女に起こされ、侍女部屋から連れ出された。そして恐ろしい形相をした王女によって、地下牢へ投げ込まれた。怯えたマルガレッタは逃げようとしたが、王女の思いもよらない力で柱に縛り付けられた。悲鳴を上げ、許しを求めたが、王女はもはや、彼女の知る姫ではなくなっていた。
数時間後、隣で寝ているはずのマルガレッタがいないことに、イリスは気が付いた。何か嫌な予感がして、深夜の城の廊下を姉の姿を探しに出た。足音を聞きつけた騎士ダグラスが、部屋から出てきて、事情を聴いた。二人は城内にマルガレッタを探しに出た。
ダンジョンに続く階段から女の悲鳴がかすかに響いてきた。ダグラスとイリスは顔を見合わせ、ゆっくりと階段を下りて行った。
地下牢で、柱に縛り付けられ、動かなくなった女を、醜くゆがみ憎悪に満ちた女が狂ったように鞭打っている。
鞭を振るっているのは、想像もできない、恐ろしい姿のシェルビリーヌ王女だった。全身に血を浴びている。それは彼女の血ではなく、柱に括りつけられたマルガレッタの血だった。悲鳴のような叫び声を上げながら鞭を振るっているのは王女だった。
ダグラスは背後からシェルビリーヌ王女の腕をつかみ、身体を抑え込んだ。
「離しなさい!」
王女は鋭く命令した。ダグラスは王女の暴れるのを、じっと抑えていた。イリスが泣きながら、マルガレッタを縛る綱をほどき、血だらけの姉を抱きしめた。
「王女! シェルビリーヌ様! お気を確かに!」
ダグラスが強い口調で言ったが、王女はまだもがいていた。ダグラスは王女を自分の正面に立たせ、軽く頬を打った。王女は、はっとした様子でダグラスを見上げた。ダグラスの鋭い眼が王女の目を覗き込んだ。
彼女の目は最初焦点が合っていないようだったが、やがて正気を取り戻したように、ダグラスの目を見た。イリスは動かない姉の身体を抱え込んで嗚咽した。シェルビリーヌはゆっくりとした動作でイリスの方を向いた。赤黒い、血のかたまりのようなマルガレッタの姿が、ようやく彼女の目にはっきりと映った。やがて、その姿は涙でにじんでぼやけた。ダグラスは王女を支えたまま、イリスの方を向いた。
「まだ助かるかもしれない。イリス。俺は姫をお部屋にお連れして戻ってくる。すぐ医師に診せるから安心しろ」
イリスは泣き続けていた。
「このことは、他言してはならん。わかるな」
ダグラスが強い口調でイリスに言った。イリスは泣きながらうなずいた。ダグラスは抜け殻のようになった王女の肩を抱き、階段を歩かせた。彼女は何が起こったのかよくわからない様子で、静かに泣きながらダグラスに抱えられるように階段を上がった。
「シェルビリーヌ様。何があったのですか?」彼は低い声でたずねた。
「私の侍女が……ジークレッド様と」彼女はつぶやくように言った。
彼女は、自分の口からジークレッドの名を出したとたん、その場で突然泣き崩れた。ダグラスは少し驚いたように彼女を抱きとめた。彼女が言おうとしていることに察しがついた。ある晩、王女が廊下側の扉から、王子の部屋へ入って行くのを目撃したことを思い出した。
「王女。おそらくそれは誤解です」
ダグラスは王女に言い聞かせるように言った。
「あなたに何がわかるの……?」
彼女は崩れそうになりながら、絞り出すような声で言った。ダグラスは倒れそうな王女をそっと支えて、また階段を昇っていった。
ジークレッドと王女が同席する機会が減った事に城内の者が気付いたのは、その夜から三日後の事だった。というより三日のうちにはありとあらゆる噂が飛び交い、二人の不仲は公然とした事実になった。ダグラスの忠言にもかかわらず、ジークレッドは聞く耳を持たなかった。実際のところ、彼はいまだ心の暗闇の中から抜け出す事ができなかった。自分の妃である王女が、あの夜に死んだ侍女の姿と重なって見えてしまう。
一方王女の方は、いつもジークレッドの姿を探し求めていた。窓の枠に隠れてカーテンの隅から、または木陰から密かに彼をじっと見つめ、想いを益々募らせていった。マルガレッタがいなくなった今は、ジークレッドも自分の愛情に気が付いて、自分の方を振り向くに違いない。彼女はひたすら彼を待っていた。
ある夜、王女が床につこうとすると、侍女のイリスが密かに王女に声をかけた。
「シェルビリーヌ様、ジークレッド様のことでお話がございます」
イリスは王女の耳元に口を近づけた。
「秘密の話です。わたくしについて来て下さい」
シェルビリーヌはジークレッドの名を聞くとびくっとした。いてもたっても居られないほどだった。
彼女は夜着を着たまま、密かに侍女について、回廊を曲がって行った。
ある小さな小部屋にたどり着くと、侍女は何かの合図のように戸を叩き、中に王女を導き入れた。
部屋はあまり使われていないような様子で、殺風景だった。大きなベッドが中央に置いてあった。薄暗い部屋に王女は目を凝らした。そこには、背中を向けたジークレッドが立っていた。王女は目を見張った。夢ではないだろうか。王女は信じられないように嬉し気な笑みを浮かべ、ジークレッドに近づいた。いったいどれだけこの日が来るのを待っただろう。
王子は目元に仮面をつけて、黙って立ちすくんでいた。王女はそっと彼の背中を抱きかかえた。薄暗い部屋が、さらに暗くなった。イリスがろうそくを消したのだ。
「ジークレッド様」
彼は振り向き、彼女を抱きしめた。王女はジークレッドの温かさを感じた。そしてそのまま口づけを交わした。イリスはゆっくりと音を立てないように部屋のドアを閉めた。そして周りの様子を伺うようにさっと見渡し、柱の陰に隠れた。
明け方、初めての幸福な夜を過ごした王女は、素肌のまま小部屋のベッドで目を覚ました。
隣には誰もいなかった。まさか夢だったのだろうか。
いやそんなはずはない。彼女は床に落ちている自分の夜着を拾った。
「シェルビリーヌ様」
戸の外でイリスの声がささやくように言った。
「お迎えに上がりました。お早く! 皆が目を覚まさないうちに」
やはり夢ではなかったのだ。彼女は嬉しそうに自分の身体を抱きしめた。次の晩もまた次の晩も、王女はジークレッドとその小部屋で夜を共にした。
夜中、王子は一度も言葉を発することはなかった。しかし王女は何度もジークレッドの名を呼び歓喜に満ちたりた夜を過ごした。
ところが昼間、シェルビリーヌが城の回廊でがジークレッドに会うと、彼はまた自分とは目を合わせようとせず、相変わらずよそよそしい態度で接してきた。彼女が見つめても、彼が王女を見ることはない。しばらく彼からの誘いはなかった。王女はイリスをせかしたが、イリスは「王子からは何も伝言が無い」と困りきった様子で答えるだけだった。
一週間後またイリスが王女に伝言を持ってきた。王女は身体が熱くなる思いで、侍女の後に着いて行った。早く彼に会いたい。今日こそは彼の声を聞き、彼の口から自分の名前を呼ばれたい。小部屋の前まで来て戸を開くのがもどかしかった。部屋では一週間前と同じように、ジークレッドが仮面をつけ、後ろ向きで立っていた。王女が前に回るとジークレッドが彼女を抱きしめた。
「会いたかった!」
彼女はうっとりした表情でジークレッドを抱きしめた。
その日の深夜、騎士部屋に数人の侍女が駆け付けた。王女の行方がわからないと青ざめた顔で慌てている様子だった。騎士達と何人かの侍女が城中を探し回ることになった。ジークレッドにも知らせが入り、彼自ら、城を回った。
侍女の一人が、使用されてない部屋から妙な音がする、と怯えた様子で知らせに来た。ジークレッドはダグラスとデルツを連れて、その部屋に向かった。その頃、シェルビリーヌは夢中で彼の名前を呼んでいた。
「ジークレッド様……ジークレッド様……」
突然、部屋がまぶしくなった。王女が目を開けると、自分と彼を取り囲むように、明るいカンテラを持った二人の騎士が部屋の入り口に立っていた。
扉にはなんともう一人のジークレッドがいた。王女はぎょっとして、隣にいる王子を振り返った。しかし隣にいたのはジークレッドとは全く別の男だった。
王女は何が何だかわからない様子で入口に立っているジークレッドを見つめた。隣の男は裸のままブランケットを持ってガタガタ震えていた。王女は二人を見比べた。確かに王子と背格好が似ているが、明るい場所で見れば似ても似つかぬ見知らぬ男だ。なぜこの男が王子と入れ替わっているのだろう? 彼女は呆けたようにまた二人を見比べた。
ジークレッドはため息をつき、妃の情事を憐れむような目で見つめた。
「このような場所に踏み込むことになるとは、私も無粋な真似をしたものだな」
ジークレッドは冷たい目でシェルビリーヌを見た。そして部屋から目をそらした。彼が彼女を見たのはこれが最後だった。
「姦淫はわが国でも、貴女の国でも罪になります。王女は病気になったということにして、トスカーラ国へお戻りになるといい。皆、このことは他言するな。そこの者」
ジークレッドは目を向けずに男に言った。
「貴様にも罪は問わない。ただし国の極秘にかかわることだ。本来ならここで始末するところだが、国外追放という事にする。わかったな」
ジークレッドは一瞥もくれずに踵を返すと、暗い廊下を引き返していった。
王女は今初めて自分が騙されていたことに気がついた。顔が真っ赤になった。ジークレッドの後姿が遠ざかっていく。
「お待ちください! ジークレッド様!」
シェルビリーヌが叫んだ。わっと涙が込み上げてきた。騎士の一人デルツが王女に夜着を渡した。彼女は驚きのあまり自分が素裸のままであるのを忘れていた。彼女は慌てて夜着を着ると、ジークレッドの後を追おうとベッドから飛び出し、部屋から出ようとした。戸の近くにいたダグラスがずいっと入口をふさいだ。
「嫌です! 王子に会わせて! これは違うんです。私は騙されたのよ!」
「シェルビリーヌ様」
ダグラスはじっと王女を見つめた。そしてゆっくり首を横に振った。
「助けて下さい! 侍女のイリスに騙されたのです!」
彼女は悲鳴に近い声でダグラスに訴えた。
「事情はどうあれもう遅い。姫。これ以上騒がれますと姦淫罪に問われます。王子は貴女の命を助けたんですよ」
彼女は首を振った。
「嫌です! こんな……どうして……!」
彼女はダグラスの前で泣き崩れた。
「今すぐ死んだ方がましだわ……ジークレッド様!」
彼女は悲鳴を上げるように泣き叫んだ。しかし彼女の声は、ジークレッドには届かなかった。
その頃、侍女イリスは、城外を抜け、既に国境付近まで逃げ出していた。城の馬を矢のような勢いで走らせ、途中で乗り捨てた。そして自分の足で歩き出した。
この国に戻るつもりはなかった。
ジークレッド王子と同じ背格好の男を見つけたのは幸運だった。あとの計画は全てこの可愛らしい侍女の仕業だ。最後に王女の驚き嘆く顔が見られなかったのは残念だが、自慢の姉だったマルガレッタの魂はうかばれるかもしれない。
深夜の国境は黒い茂みに覆われ、風が吹くたびに葉がざわざわと音を立てて揺らぎ、大きな獣が潜んでいるかのように不気味だったが、彼女は全く気にせず、先を進んで行った。
顔には嬉しそうな笑みを浮かべていた。
北側が大海に面するトスカーラ国から来た、シェルビリーヌ王女は、ジークレッドより三歳年上で、白い肌、細身の体に婚礼の純白のドレスがよく似合っていた。婚礼用に飾られた馬車から王女が降りてきたとき、民衆はこの可憐な、頬に赤みのさした王女を感嘆のため息で祝福して迎えた。
知性豊かで美貌に満ちたと誉れの高いジークレッドとの婚礼が決まった時、シェルビリーヌ姫は、あまりの嬉しさに喜びの悲鳴を上げたほどだった。
年頃を迎えたジークレッドの婚儀は、西方諸国の注目の的だった。誰が王妃に選ばれるのか、国内外の王侯貴族の中で、妃の座をめぐって競い合いが繰り広げられたものだ。
シェーンベルガーの国王が、トスカーラ国を選んだのは、その海軍力と貿易の繁栄だった。また、シェーンベルガー国王には、密かに西方随一の大国、アルメニス国を牽制(けんせい)する目的もあった。
婚礼の儀には、トスカーラの国王の体調が思わしくない、ということで、代わりに王位継承者である、シェルビリーヌの兄、アロイス王子が、実妹である花嫁に連れ添って参列した。大聖堂に集った王侯貴族は若い二人への祝福を惜しまなかったが、ほとんどの女性のため息は、豪華な式への感嘆からではなく、ジークレッド王子の結婚への嫉妬と諦めの混じった複雑なものだった。
司祭の前に、王家の紋章の入った白いガウンと、王冠を身に着けたジークレッドが立ったとき、人々はあまりの神々しい彼の美貌に騒然とした。陶器のような美しい肌に、精悍でありながら、端正で人を魅了せずにいられない中性的な美しさと気品、体から満ち溢れるような堂々とした風格。大聖堂に集う人々は、神の創造物の完成された人間の姿としか思えないジークレッド王子の神秘的な美しさに思わずため息をもらした。
大聖堂の扉が開き、アロイス王子に伴われた、シェルビリーヌ王女が現れた。ジークレッドの深い碧色の瞳が二人を迎えた。アロイス王子でさえ、神父の前に立つジークレッドの姿に息をのんだほどだった。祭壇へと続く赤い絨毯の上を歩く、白いベールをかぶったシェルビリーヌ王女は、人々の感嘆の声が自分に向けられていると思っていた。しかし、緊張と鼓動が高まる興奮の中で、何か違和感を覚えていた。
祭壇の前に立ち、儀式が進む中で、いよいよベールを取り、ジークレッドと対面した王女は、自分の目の前に立つジークレッドの姿に目がくらむようだった。そして自分が感じていた違和感が何かを知った。人々の関心は、今日世界で一番幸せな花嫁であるはずの自分ではなく、ジークレッド王子その人に一心に向けられていたのだ。
彼は十五歳とは思えぬ憂いに満ちた穏やかな眼で、王女を見つめながら、微笑を浮かべた。それがさらに彼の美しさを際立たせた。その一瞬で、シェルビリーヌ王女は、彼に身も心も捕らわれてしまった。心臓の鼓動が速くなり、そのあとの儀式に集中することが出来なかった。
王子の腕に手をかけ、大聖堂の外へ歩く時も、彼女はめまいがするような激しい感情を自制することが難しかった。ただ自分も含めて、人々の視線が隣のジークレッドに集まっていることは感じられた。聖堂の外では二人のための馬車が用意されていた。民衆たちの大歓声の中、二人は馬車の中に乗り込んだ。
婚礼の馬車の中では、ジークレッドと二人だけであり、距離が近い。王女は緊張と恥ずかしさのあまり、会話をすることが出来なかった。ちらりと王子に目をやると、彼は時々窓の外へ、民衆に向かって優雅な仕草で手を振っている。王女も彼と同じように、満面の笑みを民衆に向けていたが、心は上の空だった。油断すると、ジークレッドに見入ってしまいそうで、外ばかり見ていた。彼は自分よりも年下だし、きっと同じような気持ちなのだろうと、彼女は自分に言い聞かせていた。
馬車が城に近づくころ、彼女は思い切って、ジークレッドを見た。彼はいたわるような目で彼女を見ていた。彼女は彼の視線に合うと、思わず目を伏せてしまった。
「お疲れになったでしょう?」
彼は大人びた声で静かに尋ねた。声もその姿のように美しかった。
「……いいえ。大丈夫です」
彼女は頬を染めてかすれた様な小さい声で答えた。
「シェーンベルガー国は山と深い森にかこまれています。貴女はきっと海が恋しくなるだろう」
彼はとても年下とは思えない落ち着いた声で言った。
「ひと月後に、私は北方へ、父王の代理の大使として向かうことになっています。もしよければ貴女を伴い、トスカーラ国に寄ることもできます」
彼女は目を見張った。なんと優しい言葉だろう。シェルビリーヌはこの年若い王子の心遣いに心から驚いた。
「お心遣い、ありがとございます」
彼女はほとんど目の奥が熱くなり、泣き出しそうだった。
「部屋の準備が出来ているので、今宵はゆっくり休まれるといい」
ジークレッドは穏やかに笑みを浮かべると、また窓の外へ目をやった。
彼女は思いがけない彼の優しさに、今日一日の緊張が解けていくようだった。シェルビリーヌは、彼の落ち着き払ったジークレッドという人物に心の底から心服した。まばゆい美貌に加え、彼は思いやりにあふれた温かい少年だった。
噂通り、彼は生まれながらの王なのだ。ジークレッドが自分の兄上よりずっと年下の男性であるとは思えなかった。彼は式の間も始終落ち着き払った態度を崩さない。自分とは、まるで雲泥の差だ。ジェルビリーヌは自分がジークレッドには不釣り合いなのではないかという不安に駆られた。あの式での賞賛が彼に集まっていたのも、仕方のないことだったのだろうか。
彼女は自分とジークレッドとの差に、妙に自分だけが置き去りにされたような気分だった。こんな孤独感は初めてだ。周りの者に甘やかされ、何の苦労もなく育ってきた王女は、自分の夫となったジークレッド王子にどうやって近づいたらよいのか見当がつかなかった。
婚礼の儀の後、日常的には二人は、必ず一緒に食卓を囲み、午後のお茶の時間には、ジークレッドが王女の部屋を訪れ、時には狩りに王女が同行するなど、仲の良い関係が築かれたかのように見えた。しかし、両家の国王同士で話し合ったこともあり、実弟と叔父の喪に服すため、ジークレッドが王女の部屋を夜に訪れることは、一度もなかった。
無理もない、今年、王子は実弟と叔父を二人とも一度に失ったのだ。本来なら婚儀も翌年になるはずだった。しかし、予定が伸びれば、状況次第でトスカーラ国はシェーンベルガー国との婚礼の機会を失うかもしれない。このため婚儀が強行された。
常に穏やかで紳士的な態度を崩さないジークレッドに、シェルビリーヌ王女はただ恋心が募るばかりだった。彼はいつも穏やかだった。若い少年の溌剌とした様子や気まぐれの感情を見せたことは一度もない。
(彼は、私のことをどう思っているのだろう?)シェルビリーヌは苦しかった。
ふと時々目にする、彼の憂いに満ちた暗い様子が気になったが、彼の思惑が彼女には想像できなかった。しかし少なくともジークレッドが自分に心を抱いている様子ではないことはわかっていた。
ジークレッドの美しさや言動は、自然とシェルビリーヌの侍女たちをも魅了していった。シェルビリーヌがジークレッドの心を勝ち得ないことを、ほくそえんでいる侍女も中にはいた。時間が経つにつれ、美しく勝気な侍女の中には、密かにジークレッドに恋文を渡す者さえ出てきた。
シェルビリーヌは彼の姿を見るだけで、胸が張り裂けそうだった。
ジークレッドが昼間に王女の部屋に来るときは、必ず数人の侍女が近くに控えて、皆で他愛ない会話をした。彼の言葉は優しく、冗談を言って皆を笑わせるのも上手だった。シェルビリーヌは自然に会話しようとしても、目を見るだけで鼓動が激しくなるので、彼女はいつも目をそらせていた。受け答えをするのは話術に長けた数人の侍女たちだった。
王女はジークレッドに夢中だ。でも王子の方はどうなのか? これは噂好きの侍女たちの一番のゴシップだった。たまに故郷のトスカーラ国から便りが届いた。王女はジークレッドの話ばかりを記したが、自分が彼の心を勝ち得ない不安はみじんも明かさないように注意した。王女の手紙からは仲の良い夫婦の様子しかうかがい知れなかった。
ある狩りの午後、喉が渇いた王女はいつもの水場へ歩いて行った。その時木陰から、女性の笑い声が聞こえた。それは王女付きの侍女マルガレッタだった。侍女の中でも一番美しく気が利く娘だ。
シェルビリーヌは声をかけようとした途端、マルガレッタの隣にジークレッドが立っているのを見てどきりとした。鼓動がたちまち速くなった。可愛らしいマルガレッタが何か言うと、ジークレッドが笑った。背の高いジークレッドと可愛らしいマルガレッタ。二人は、とても似合いにみえた。少なくとも自分と王子が並ぶよりは。一体何を話しているのだろう。
シェルビリーヌは思わず木の陰に身を隠した。ちょうどその時マルガレッタは腰を上げ、二人は何かを話しながら、シェルビリーヌから少し離れた小道を通り過ぎて行った。
ジークレッドの笑顔が頭にこびりついて離れなかった。ジークレッドは自分の前でも穏やかな笑顔を絶やさない。しかしあのように心の底から楽しそうに笑った顔をしたことなどあっただろうか? 彼女は心臓が張り裂けそうなくらい苦しくなった。
なぜ自分はこんなところで隠れているのだろう。私は王子の妃なのに、なぜ侍女の前で姿をひそめなくてはならないのか。彼女は惨めな気持ちになった。思い詰めていた王子への想いが涙になり、いつの間にか泣いていた。マルガレッタへの嫉妬と憎悪が、心の中に渦巻いた。
その日の夜遅く、シェルビリーヌはいつもより早く床に入ったが、侍女たちが全員寝室から立ち去ると、密かに起き上がった。用意しておいた美しい夜着に、ショールをまとい、こっそりと部屋を出た。結婚した王子と王女の間は室内の別の扉でつながっていたが、夫婦の秘密の通路は初めから鍵がかかり、開かないようになっていた。
王女は廊下に出て、あたりの様子を見ながら、王子の部屋へ向かった。ジークレッドの隣の部屋は騎士の控室になっている。ぐずぐず回廊に立っていては見つかってしまう。シェルビリーヌはジークレッドの部屋の扉に手をかけようとした。しかしいざというと勇気がなかった。さんざん逡巡したあげく、やはり部屋に戻ろうと思った。
その時、騎士部屋から突然大柄な騎士が出てくる影が見えた。
彼女は思わずジークレッドの部屋の扉を開け、中に入ってしまった。薄暗い王子の部屋に初めて入った。ろうそくの火が消え、明かりは外からの月明りのみだ。広いベッドの上には誰の姿もない。
「シェルビリーヌか」
暗がりの方からいつもとは違うジークレッドの鋭い声がした。王女は驚いて声のする方を向いた。扉の横にある大きな本棚の影から、夜着を着て、右手に剣を持った王子が現れた。
彼は剣を壁の棚にかけた。
この時、ジークレッドはひどく怯えていた。〈あの夜〉から彼は深い眠りに着くことが出来なくなっていた。眠りに落ちても短い時間で目が覚める。何度もあの恐ろしい夜の夢を見る。女性に対しても恐怖心を持っていた。
ジークレッドは思った。(彼女たちは私の心など関係なく、私に引き寄せられる。何を考えているか全くわからない。未だにあの侍女がなぜ私の命を奪おうと毒をもったのかわからない。愛する者を殺そうとした心がわからない。そして今日は本当に悪夢のように私の部屋に他人が立っている。彼女もまた私を殺しに来たのだろうか)
しかし暗闇の中のシェルビリーヌは緊張のあまり、彼の動揺に全く注意を向ける余裕がなかった。
「こんな夜遅くに何の用です?」彼の声は緊張して尖っていた。目は鋭くシェルビリーヌを射すくめた。
彼女はすっかり舞い上がってしまい、うまく声が出せなかった。
「わたしは……」
彼女の頭に昼間の王子とマルガレッタの姿がよぎった。
「国から……トスカーラ国から催促を受けています。お世継ぎの件で」
彼女はあらかじめ準備しておいた言葉を早口で言った。ジークレッドはいつもと変わらない冷静な口調で言った。
「その件に関しては、父王とも話し合い、返答したはずです。私はまだ喪に服している。焦ることはありません」
王女は前に出て、ジークレッドの言葉をさえぎった。
「ジークレッド様は私のことがお嫌いなのですか?」
王女の顔は今まで我慢していた思いが一気に噴き出るように、泣きだしそうだった。
「私たちは国同士で決めて婚姻関係を結んだのです」彼は静かに言ったが、身体
の震えが止まらなかった。シェルビリーヌは胸を突き刺されたように感じた。それは、彼女には関心が無いということ、と同じではないか。マルガレッタとは、あんなに楽しそうな顔をしていたのに。
「私は……」シェルビリーヌはもう泣き崩れそうな様子で訴えた。
「貴方をお慕いしています」
その途端、ジークレッドはぎくりとして身体が硬直したように感じた。それは自分を毒殺しようとしたあの侍女の最期の言葉だった。あの恐ろしい夜の光景が、まざまざと浮かび上がった。暗い部屋に流れるどす黒い血。信じ切っていた者の裏切り。自分の身体が返り血に染まったような錯覚をみた。
「誰か他にお慕いしている方がいるのですか?」
シェルビリーヌは、闇に引きずり込まれそうなジークレッドの様子には全く気付かず、泣きながら続けた。
「そんな者は誰もいない!」
ジークレッドは鋭い口調で言った。彼は苦しい表情をした。呼吸が苦しくなり、心臓が早鐘のように速くなった。彼は自分が恐怖の中に捕らわれているのを知った。あの暗闇の呪縛から自分を支えるように、テーブルに手を付き、彼女を睨みつけた。
「出て行ってくれ」
シェルビリーヌは小さく悲鳴を上げた。そして口を押えて、泣きながら部屋から飛び出していった。
ジークレッドは本棚に片手でつかまり、苦しそうに息をした。死んだ侍女が、彼を暗闇へ引きずり込みそうになるのを必死に耐えた。やがて彼は呼吸を整え、ソファにため息をついて座った。両手で頭を抱え、しばらく動く事が出来なかった。
翌日、侍女のマルガレッタは、シェルビリーヌ王女の様子がおかしな事に気が付いていた。彼女をずっと無視し、そうかと思えば、ぞっとするような恐ろしい眼でじっとこちらを睨んでいる。何か気に障ることをしただろうか。
彼女は王女をそっとしておく事にした。務めに支障が出ないように、王女の周囲の世話は他の侍女に任せ、それ以外の仕事に精を出した。
マルガレッタの妹のイリスも王女付きの侍女として奉公していたが、彼女も王女の様子に気が付いていた。
「お姉さま、何かなさったのじゃないの?」
イリスは仕事のできる姉に、からかい半分、心配半分で尋ねた。
「例えばジークレッド様に恋文を出したとか?」
「そんな大それたことはしてないわ」
マルガレッタも不安ながら、笑顔で返した。
その日の夜、マルガレッタは深夜、突然王女に起こされ、侍女部屋から連れ出された。そして恐ろしい形相をした王女によって、地下牢へ投げ込まれた。怯えたマルガレッタは逃げようとしたが、王女の思いもよらない力で柱に縛り付けられた。悲鳴を上げ、許しを求めたが、王女はもはや、彼女の知る姫ではなくなっていた。
数時間後、隣で寝ているはずのマルガレッタがいないことに、イリスは気が付いた。何か嫌な予感がして、深夜の城の廊下を姉の姿を探しに出た。足音を聞きつけた騎士ダグラスが、部屋から出てきて、事情を聴いた。二人は城内にマルガレッタを探しに出た。
ダンジョンに続く階段から女の悲鳴がかすかに響いてきた。ダグラスとイリスは顔を見合わせ、ゆっくりと階段を下りて行った。
地下牢で、柱に縛り付けられ、動かなくなった女を、醜くゆがみ憎悪に満ちた女が狂ったように鞭打っている。
鞭を振るっているのは、想像もできない、恐ろしい姿のシェルビリーヌ王女だった。全身に血を浴びている。それは彼女の血ではなく、柱に括りつけられたマルガレッタの血だった。悲鳴のような叫び声を上げながら鞭を振るっているのは王女だった。
ダグラスは背後からシェルビリーヌ王女の腕をつかみ、身体を抑え込んだ。
「離しなさい!」
王女は鋭く命令した。ダグラスは王女の暴れるのを、じっと抑えていた。イリスが泣きながら、マルガレッタを縛る綱をほどき、血だらけの姉を抱きしめた。
「王女! シェルビリーヌ様! お気を確かに!」
ダグラスが強い口調で言ったが、王女はまだもがいていた。ダグラスは王女を自分の正面に立たせ、軽く頬を打った。王女は、はっとした様子でダグラスを見上げた。ダグラスの鋭い眼が王女の目を覗き込んだ。
彼女の目は最初焦点が合っていないようだったが、やがて正気を取り戻したように、ダグラスの目を見た。イリスは動かない姉の身体を抱え込んで嗚咽した。シェルビリーヌはゆっくりとした動作でイリスの方を向いた。赤黒い、血のかたまりのようなマルガレッタの姿が、ようやく彼女の目にはっきりと映った。やがて、その姿は涙でにじんでぼやけた。ダグラスは王女を支えたまま、イリスの方を向いた。
「まだ助かるかもしれない。イリス。俺は姫をお部屋にお連れして戻ってくる。すぐ医師に診せるから安心しろ」
イリスは泣き続けていた。
「このことは、他言してはならん。わかるな」
ダグラスが強い口調でイリスに言った。イリスは泣きながらうなずいた。ダグラスは抜け殻のようになった王女の肩を抱き、階段を歩かせた。彼女は何が起こったのかよくわからない様子で、静かに泣きながらダグラスに抱えられるように階段を上がった。
「シェルビリーヌ様。何があったのですか?」彼は低い声でたずねた。
「私の侍女が……ジークレッド様と」彼女はつぶやくように言った。
彼女は、自分の口からジークレッドの名を出したとたん、その場で突然泣き崩れた。ダグラスは少し驚いたように彼女を抱きとめた。彼女が言おうとしていることに察しがついた。ある晩、王女が廊下側の扉から、王子の部屋へ入って行くのを目撃したことを思い出した。
「王女。おそらくそれは誤解です」
ダグラスは王女に言い聞かせるように言った。
「あなたに何がわかるの……?」
彼女は崩れそうになりながら、絞り出すような声で言った。ダグラスは倒れそうな王女をそっと支えて、また階段を昇っていった。
ジークレッドと王女が同席する機会が減った事に城内の者が気付いたのは、その夜から三日後の事だった。というより三日のうちにはありとあらゆる噂が飛び交い、二人の不仲は公然とした事実になった。ダグラスの忠言にもかかわらず、ジークレッドは聞く耳を持たなかった。実際のところ、彼はいまだ心の暗闇の中から抜け出す事ができなかった。自分の妃である王女が、あの夜に死んだ侍女の姿と重なって見えてしまう。
一方王女の方は、いつもジークレッドの姿を探し求めていた。窓の枠に隠れてカーテンの隅から、または木陰から密かに彼をじっと見つめ、想いを益々募らせていった。マルガレッタがいなくなった今は、ジークレッドも自分の愛情に気が付いて、自分の方を振り向くに違いない。彼女はひたすら彼を待っていた。
ある夜、王女が床につこうとすると、侍女のイリスが密かに王女に声をかけた。
「シェルビリーヌ様、ジークレッド様のことでお話がございます」
イリスは王女の耳元に口を近づけた。
「秘密の話です。わたくしについて来て下さい」
シェルビリーヌはジークレッドの名を聞くとびくっとした。いてもたっても居られないほどだった。
彼女は夜着を着たまま、密かに侍女について、回廊を曲がって行った。
ある小さな小部屋にたどり着くと、侍女は何かの合図のように戸を叩き、中に王女を導き入れた。
部屋はあまり使われていないような様子で、殺風景だった。大きなベッドが中央に置いてあった。薄暗い部屋に王女は目を凝らした。そこには、背中を向けたジークレッドが立っていた。王女は目を見張った。夢ではないだろうか。王女は信じられないように嬉し気な笑みを浮かべ、ジークレッドに近づいた。いったいどれだけこの日が来るのを待っただろう。
王子は目元に仮面をつけて、黙って立ちすくんでいた。王女はそっと彼の背中を抱きかかえた。薄暗い部屋が、さらに暗くなった。イリスがろうそくを消したのだ。
「ジークレッド様」
彼は振り向き、彼女を抱きしめた。王女はジークレッドの温かさを感じた。そしてそのまま口づけを交わした。イリスはゆっくりと音を立てないように部屋のドアを閉めた。そして周りの様子を伺うようにさっと見渡し、柱の陰に隠れた。
明け方、初めての幸福な夜を過ごした王女は、素肌のまま小部屋のベッドで目を覚ました。
隣には誰もいなかった。まさか夢だったのだろうか。
いやそんなはずはない。彼女は床に落ちている自分の夜着を拾った。
「シェルビリーヌ様」
戸の外でイリスの声がささやくように言った。
「お迎えに上がりました。お早く! 皆が目を覚まさないうちに」
やはり夢ではなかったのだ。彼女は嬉しそうに自分の身体を抱きしめた。次の晩もまた次の晩も、王女はジークレッドとその小部屋で夜を共にした。
夜中、王子は一度も言葉を発することはなかった。しかし王女は何度もジークレッドの名を呼び歓喜に満ちたりた夜を過ごした。
ところが昼間、シェルビリーヌが城の回廊でがジークレッドに会うと、彼はまた自分とは目を合わせようとせず、相変わらずよそよそしい態度で接してきた。彼女が見つめても、彼が王女を見ることはない。しばらく彼からの誘いはなかった。王女はイリスをせかしたが、イリスは「王子からは何も伝言が無い」と困りきった様子で答えるだけだった。
一週間後またイリスが王女に伝言を持ってきた。王女は身体が熱くなる思いで、侍女の後に着いて行った。早く彼に会いたい。今日こそは彼の声を聞き、彼の口から自分の名前を呼ばれたい。小部屋の前まで来て戸を開くのがもどかしかった。部屋では一週間前と同じように、ジークレッドが仮面をつけ、後ろ向きで立っていた。王女が前に回るとジークレッドが彼女を抱きしめた。
「会いたかった!」
彼女はうっとりした表情でジークレッドを抱きしめた。
その日の深夜、騎士部屋に数人の侍女が駆け付けた。王女の行方がわからないと青ざめた顔で慌てている様子だった。騎士達と何人かの侍女が城中を探し回ることになった。ジークレッドにも知らせが入り、彼自ら、城を回った。
侍女の一人が、使用されてない部屋から妙な音がする、と怯えた様子で知らせに来た。ジークレッドはダグラスとデルツを連れて、その部屋に向かった。その頃、シェルビリーヌは夢中で彼の名前を呼んでいた。
「ジークレッド様……ジークレッド様……」
突然、部屋がまぶしくなった。王女が目を開けると、自分と彼を取り囲むように、明るいカンテラを持った二人の騎士が部屋の入り口に立っていた。
扉にはなんともう一人のジークレッドがいた。王女はぎょっとして、隣にいる王子を振り返った。しかし隣にいたのはジークレッドとは全く別の男だった。
王女は何が何だかわからない様子で入口に立っているジークレッドを見つめた。隣の男は裸のままブランケットを持ってガタガタ震えていた。王女は二人を見比べた。確かに王子と背格好が似ているが、明るい場所で見れば似ても似つかぬ見知らぬ男だ。なぜこの男が王子と入れ替わっているのだろう? 彼女は呆けたようにまた二人を見比べた。
ジークレッドはため息をつき、妃の情事を憐れむような目で見つめた。
「このような場所に踏み込むことになるとは、私も無粋な真似をしたものだな」
ジークレッドは冷たい目でシェルビリーヌを見た。そして部屋から目をそらした。彼が彼女を見たのはこれが最後だった。
「姦淫はわが国でも、貴女の国でも罪になります。王女は病気になったということにして、トスカーラ国へお戻りになるといい。皆、このことは他言するな。そこの者」
ジークレッドは目を向けずに男に言った。
「貴様にも罪は問わない。ただし国の極秘にかかわることだ。本来ならここで始末するところだが、国外追放という事にする。わかったな」
ジークレッドは一瞥もくれずに踵を返すと、暗い廊下を引き返していった。
王女は今初めて自分が騙されていたことに気がついた。顔が真っ赤になった。ジークレッドの後姿が遠ざかっていく。
「お待ちください! ジークレッド様!」
シェルビリーヌが叫んだ。わっと涙が込み上げてきた。騎士の一人デルツが王女に夜着を渡した。彼女は驚きのあまり自分が素裸のままであるのを忘れていた。彼女は慌てて夜着を着ると、ジークレッドの後を追おうとベッドから飛び出し、部屋から出ようとした。戸の近くにいたダグラスがずいっと入口をふさいだ。
「嫌です! 王子に会わせて! これは違うんです。私は騙されたのよ!」
「シェルビリーヌ様」
ダグラスはじっと王女を見つめた。そしてゆっくり首を横に振った。
「助けて下さい! 侍女のイリスに騙されたのです!」
彼女は悲鳴に近い声でダグラスに訴えた。
「事情はどうあれもう遅い。姫。これ以上騒がれますと姦淫罪に問われます。王子は貴女の命を助けたんですよ」
彼女は首を振った。
「嫌です! こんな……どうして……!」
彼女はダグラスの前で泣き崩れた。
「今すぐ死んだ方がましだわ……ジークレッド様!」
彼女は悲鳴を上げるように泣き叫んだ。しかし彼女の声は、ジークレッドには届かなかった。
その頃、侍女イリスは、城外を抜け、既に国境付近まで逃げ出していた。城の馬を矢のような勢いで走らせ、途中で乗り捨てた。そして自分の足で歩き出した。
この国に戻るつもりはなかった。
ジークレッド王子と同じ背格好の男を見つけたのは幸運だった。あとの計画は全てこの可愛らしい侍女の仕業だ。最後に王女の驚き嘆く顔が見られなかったのは残念だが、自慢の姉だったマルガレッタの魂はうかばれるかもしれない。
深夜の国境は黒い茂みに覆われ、風が吹くたびに葉がざわざわと音を立てて揺らぎ、大きな獣が潜んでいるかのように不気味だったが、彼女は全く気にせず、先を進んで行った。
顔には嬉しそうな笑みを浮かべていた。
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