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1章 寝取られ惣助

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 一通り、何かの機材を操作し終えると、翔子は銀色の大きな鍵を取り出して黒い木の扉を開けた。

「所長!芳本さん、お疲れ様でした!」

 応接室では、待ち構えていたのか、司と呼ばれていた青年がお茶を用意していた。促されるままに、ソファに腰を下ろしお茶を飲む。今度のお茶は、スッとした後味のハーブティーだった。

 惣助が、落ち着くのを見計らって、向かいに座った翔子が口を開いた。
「遡行調査はいかがでしたか?」
「ええ、あの、大変興味深いと思いました。非常に得難い体験でした」
「よかったですわ」
「ところで、その、調査の内容なんですが、あれは……どうなんですか、過去に起こった出来事なんですか?」

 調査前、翔子は遡行調査を「過去の出来事を立体化する」「過去は変えられない」と何度も繰り返した。けれど、惣助が体験したアレは、結奈とのセックスは、完全に現実のものだった。そして、おそらく、結奈は妊娠している。惣助は、自分が過去に行ってきたことを確信していた。
 惣助の探るような視線を受け、翔子はにっこりと笑う。

「ええ、芳本さんが調査中に体感したことは、すべて、

 力強く断言すると、それ以上の追及を拒むように口を閉ざした。

 何か、時間を移動したと口にできない理由があるのだろうか。惣助は、説明を求めることを諦めた。それに、聞きたかったことは聞けたのだ。


 ――なら、結奈の子どもは、俺の子どもで間違いないんだ。


 是非ご友人方にご紹介くださいませね、という言葉と共に、惣助は久遠寺調査事務所を後にした。この一か月間の暗闇が晴れ、惣助は泣きたいような笑いだしそうな幸せな気持ちで、人気のないオフィス街を歩く。
 会社に戻ると、課長に頼んで早退にしてもらい、急いで家路に着いた。一刻も早く、結奈の顔が見たくてたまらなかった。


「ただいま!」

 勢いよく自宅の扉を開ける。

「あら、あなた、今日はずいぶん早いのね」

 時刻はまだ午後3時半を回ったところだ。結奈は驚きに目を丸くしている。

「ああ、早退してきた。話したいことがあるって言ってただろ」

 そう言って結奈をぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。

「今日は、ハンディモップでオナニーしてなかったんだな」
「やだもう、それは言わないでよ!あれからしてないってば!」

 顔を赤くして、結奈が拗ねる。その反応に、惣助は笑みを浮かべた。
 やはり、さっきのことは、実際に起きたことだったのだ。

 上着を結奈に預けてリビングのソファに腰かけると、結奈が一人分の珈琲を入れてきた。

「あのね、でね、自分でも調べたんだけど、午前中に病院に行ってきたんだ」
「うん」
「でね、……妊娠2か月だって!」
「2か月?」
「最終生理日から計算するの。だから、着床はちょうど一月前」

 そう言うと、結奈はくすぐったそうに笑った。

「ぴったり、あの時の子だね」


 その後、貰ったはずの名刺は、どこを探しても見当たらなかった。記憶を頼りに久遠寺調査事務所を探したが、事務所があったはずの場所は、空きテナントだった。ネットで検索しても、「遡行調査」も、久遠寺調査事務所も、その噂すら見つからなかった。

 そして、惣助が、何もかもを夢だったのだと忘れ去ったころ、待望の長男が生まれた。

「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ」

 出産の疲れから横たわる結奈の横で、元気に泣いている。

「小さいな、この子が今まで結奈のお腹に入ってたなんてウソみたいだ」

 そっと指を差し出すと、握り返してきた。声にならない感動が、惣助の中に溢れて零れそうだった。

「結奈、お疲れ様。大変だったな」
「もう、ホントにくったくただよぉ」

 力なく微笑む結奈の顔も、喜びに輝いている。

「ね、名前なんてつける?」

 結奈の妊娠中、子ども名づけ辞典を買って、二人で名前を考えた。最終的に、3つまで候補を絞っていたのだが、

「うん、今日こいつの顔みたら、『浩平』がいいんじゃないかなって」
「浩平か。芳本浩平……うん、いいんじゃないかな。出生届よろしくね」
「ああ、任せてくれ!だな」
「でも、あとは、目も鼻も口も、惣助さんにそっくりだよ!もう、惣助さん産んじゃったかと思った」

 二人で会話しながらも、目は生まれたばかりの浩平を追っている。

「結奈、本当にありがとう。俺、いい父親になれるように頑張るよ」
「期待してるよ、お父さん」

 惣助は、結奈を見つめると、そっと口づけた。
 病室は、子どもの泣き声と幸せの光に満ち溢れていた。
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