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第一章

第8話 不死の戦い方

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 ハインツが苦痛に満ちた叫び声を上げる。
 俺の目には、信じられない光景が映っている。

死んだはずのナギサが血にまみれ、けたけたと笑いながらハインツの傍らに立っているのだ。
ハインツの右腕は既になく、腕を抑えうずくまっている。

「ルイス!」

 エレノアが叫ぶ。その一言で正気に戻った俺は、すぐさまフリデリック様の魔法を使いハインツの傷を引き受ける。

 右腕に魔力を込めることですぐに魔法が発動し、俺の右腕が消えていく。痛みで頭が狂いそうになるのを必死に抑え、ハインツの方に目を向ける。

 ハインツの腕はすぐに元通りに生え、即座にナギサから距離を取り俺たちの方に近づいてくる。

「すまん、油断した。腕は大丈夫か?」

 俺が引き受けた右腕を見ながら謝罪してくる。

「問題ないよ、すぐに治す」

 言うが早いか、俺の腕はすぐに元通りになる。

「なんですかそれ、気持ち悪い」

「多分、お前と似たような能力だと思うがな」

 恐らくやつの魔法も強力な回復系の魔法だろう。
 そういう意味では、俺と彼女の魔法はかなり似ている。

「あなた、最高だわ」

 玄関の上に座る漆黒の悪魔が、何故か光悦とした表情を浮かべながら俺に話しかける。
 最高って、どういうことだ……?

 俺が漆黒の悪魔に目を向けると、笑顔を向けてくる。
 その笑顔が、やけに熱のこもった表情をしている。
俺は怖くなり目をそらす。

「あなたのこと、とっても欲しいわ。ねえ、私の元に来ない?」

「生憎だが、これは私の物だ」

 漆黒の悪魔の勧誘を、エレノアが遮る。

「貴女には聞いていないのだけど?」

「所有者に相談もなくそんな誘い、許すはずがないだろう」

「……へー」

 漆黒の悪魔がエレノアを睨みつける。
 まずい、こいつに参戦されたら今の俺達じゃ流石に分が悪いぞ。
 
トラウゴッドさんは既に虫の息だが、ナギサが不気味だ。
ニヤニヤとこちらを見つめる彼女の魔法が俺と同じような魔法だとしたら、かなり厄介だろう。

あいつは俺と違って戦闘能力が高い。……言ってて悲しくなってきた、
 
「クオンさんが参戦したらまずい、とかそんな甘い事考えてます?」

 ナギサがハルバードを抱きしめながら俺達に問いかける。
 
「甘い事か? 私にはそうは思えないがな」

 エレノアが自信たっぷりにそう答える。確かに、エレノアの魔法がある以上ナギサ単体であれば勝利は揺るがないだろう。

 その言葉を聞いたナギサは、ほんの少し眉をひそめると近くに転がっていたハインツの剣を広いこちらに投げてくる。

 剣はハインツの足元に刺さる。

「どうぞ、使ってください。三人で来て構いませんよ」

 随分と舐めたことを言ってくれるものだ。
 よっぽどの自身があるのか?

「ナギサ、あの子は殺しちゃだめよ? 他はどうなっても構わないわ」

「はーい」

 あの子っていうのは、恐らく俺の事であろう。
 一体俺は何を気に入られたんだろうか……?

「随分と気に入られているなルイス。あんな美人に好かれるなんて羨ましい限りだよ」

「黙れ」

 ハインツの冗談に、何故かエレノアが本気で怒った様子で答える。

「わ、悪かったよ」

「もういい、集中しろ。来るぞ!」

 ナギサがエレノア目掛けて走り出す。
 それを見たエレノアが魔力を込めた声で俺達に警告しつつ魔法を使うが、ナギサの動きが止まった様子はない。

「また同じことしようとしてます? そんなのもう、効きませんよ!」

 馬鹿にしたようにそういいながら、ハルバードを振り下ろす。
 驚きつつも、何とか受け流すがなおも追撃は止まらない。
 どう見ても体が震えている様子は無い。

「俺の主に何しやがる!」

 ハインツが叫びながら刀身に炎を纏わせ斬りかかる。

 俺も援護したいが、今はすぐに傷を引き受けられるように準備しておくべきだろう。

「ちっ」

 それを見たナギサが距離を置くが、ハインツが更に斬りかかる。

「しつこいですね!」

 ハインツの攻撃を防ぐため、ハルバードで身を守ろうとする。
 だが炎を纏った剣は、ハルバードを溶かしそのままナギサの体を焼き切った。
 ナギサの体には、肩から胸元にかけて大きな傷が出来ている。

 悲鳴が聞こえ、肉を焼いた独特の匂いが辺り一面に漂う。
そのままバタリと倒れ、動かなくなる。

「やったのか?」

「いや、どうだろう……」

 先ほどの復活劇を見ている俺たちは、未だ警戒を解けずにいる。

 数秒後、案の定ナギサの体が動き出す。
 そして、信じられない事に武器までもが治っていく。

 これは、どういうことだ?
 怪我を治しているのではないのか……?

「うーん、流石に二回目は油断しませんか」

 ナギサが残念そうに呟きながら立ち上がる。
 どうやら奇襲するつもりだったようだ。
 見ると、先ほどの傷は綺麗に消え服すら元に戻っている。これはいよいよ、俺とは別種の魔法だと思えてきた。

「俺と同じような魔法、って訳じゃなさそうだな」

「さあ? 貴方の魔法がなんなのか、私知りませんし」

 そう言うと、ナギサがまた戦闘態勢に入る。

「何度復活しても同じだぞ」

 ハインツがそう告げる。
 結局状況が何一つ改善していないのでいくら復活しようが勝ち目がない事には変わりがない。

 それが復活系の魔法を使う者共通の弱点だ。
 状況を大きく動かせる魔法ではない為、戦力差のある状況ではどうすることもできないのだ。

「同じかどうか、やってみます?」

 だと言うのに、なんでナギサはこんなに自信があるんだ?
 ハインツの【炎の魔法】を使った防御不能の攻撃をどうにかできる手段があるとは思えないが……。

「エレノア、お前は魔術で援護してくれ」

「わかった。頼むぞ」

 エレノアとハインツが、お互いの役割を分担し戦闘に臨もうとしている。
 このやり取りを黙ってみていることしかできない自分にすごく苛々する。
 俺はただ怪我を引き受けることしかできない。それすらも、他人の魔法頼りの役立たずだ……。

「暗い顔してるわよ? 辛いならいつでもこちらに来ていいのよ?」

 玄関の上で俺達の戦いをずっと見ている漆黒の悪魔が、また勧誘してくる。
一体こいつは俺の何がそんなに気にいったんだ?

「悪いけど断るよ。 俺はエレノアの従者だ」

「……そう。わかったわ」

 ひどく悲しそうな顔でそう言うと、深いため息をつく。

「よく言ったぞ。それでこそルイスだ!」

 エレノアが褒めてくる。
 主に満足していただけたようで何よりだ。

「よし、いくぞ!」

先ほどと同じように、ハインツが斬りかかる。
そしてナギサもまた、先ほどの事を学んでいないかのようにハルバードで身を守ろうとしている。

 ハインツの剣が炎を纏い、ナギサのハルバードを溶かそうとする。
 だが、溶けない。
炎など纏っていないかのように、防ぎ続けている。

「どういうことだ……?

「同じじゃあ、なかったみたいですね!」

 ナギサがハインツの腹目掛けて蹴る。

 それに怯みハインツが数歩下がり、二人の間に僅かに距離が開く。

「『雷よ 強く 轟き 敵を貫け』」

 ナギサが俺に放ったのと同じ魔術を放つ。
 そのままハインツの腹をえぐり取るが、すぐに魔力を集中し俺が傷を引き受ける。

「面倒ですね、それ」

「俺が唯一役に立てることだからな……!」

 痛みで意識が朦朧としながら、そう悪態をつく。
 俺の傷もすぐに元通りになるが、感覚がすぐに元通りという訳には行かない。

「悲しくないんですか?」

 憐れむようにそう聞いてくる。

「それが俺の任務だ、任務をこなすことに悲しいなんて感情はないよ」

 悲しいというより、悔しいのが正解だ。

 そんな問答をしていると、エレノアとハインツが俺に近づいて来る。

「どうする?」

 エレノアがやや不安そうに聞いてくる。

 正直、状況はかなりまずい。
 ハインツの魔法も効かなくなった以上、死んでもすぐに復活するナギサを倒すのにはリスクが伴うだろう。
 魔法で圧倒して、という訳には行かなくなってしまった。

「俺の魔法もエレノアの魔法も効かなくなった。それはすべて、あいつが死んでからだ。……つまり」

「死ぬたびに耐性ができる、とか?」

「恐らくそのあたりだろう」

「あ、正解です! おめでとうございます。 賞品は何がいいですか?」

 ナギサが心底馬鹿にしたように俺達の話し合いに入ってくる。
 あいつ、完全に舐め腐ってやがる。

「ならそのハルバードをくれよ」

 ダメもとで聞いてみる。

「これは駄目です! 宝物なので」

 ナギサが愛おしそうにハルバードを抱きしめながら拒否する。
女の子の宝物にしては少々物騒だな……。

「さて、そろそろいいですかね? あなた達はこれから皆殺しです」

 笑顔で宣言する

「だめよ」

「あ、そうでした。ルイスさん、でしたっけ? あなたは生かしてあげますね!」

 俺だけ生き残れるからと言って、はいそうですかという訳にはいかない。
 状況はかなり不利だが、徹底抗戦するしかない。

「ルイス、悪いが傷は任せた。私も全力で戦う」

「わかってる、大丈夫だ。頼むぞ二人とも、勝ってくれ」

 俺はもう、この二人に託すことしかできない。
 二人は頷いて、ナギサの元へと駆け出していく。

   *

「……まだ戦いますか?」

 ナギサが呆れたように俺たちに告げる。

 魔力が完全に底を尽き傷を回復できなくなった俺は、体を剣で支え辛うじて立ちながら周りを見る。

 エレノアは既に力尽き、もはや虫の息だ。
 ハインツはまだギリギリ戦えそうだが、だからといってこの状況をどうにかできるとは到底思えない。

 あの後、俺たちは何度かナギサを殺すことが出来た。
 魔術と剣を駆使してナギサに数度の死をもたらしたが、それだけだった。

 彼女はその度に何事もなかったかのように復活し、俺たちを徐々に追い詰めていった。
 ついには俺の魔力が底を尽き回復手段の無くなった俺たちは、もはや立つことすらままならないほどに蹂躙された。

 ナギサがエレノアに手を向ける。
 恐らく、魔術で止めを刺すつもりなのだろう。
 どうにかしなければいけない。だが、最早どうすることもできない。

「『雷よ 強く 轟き 敵を貫け』」

 ナギサの手からエレノア目掛けて光が延びていく。
 あれを受ければ確実に死ぬだろう。

「エレノア……!」

俺の弱々しい叫び声が響く。この声が主に聞こえているのかもわからない。

「……これは、なに?」

 光が届く直前、それを遮るように一人の女性がエレノアの前に立つ。
 そして難なくその魔術を消し去ると、呆れたようにため息をつく。

「情けない……。次の領主と騎士が揃ってこれ?」

 ボロボロの俺たちを見つめ、怒りの声を上げる。
 暗い色の髪を後ろで結び、茶色のマントを羽織った地味な見た目の剣士だ。

「あなたはまさか……!」

 ナギサが恐怖と驚きの入り混じったような声を上げる。

「第一席次まで来るなんて、流石に予想外ね」

 漆黒の悪魔までもが、警戒したように声を上げ立ち上がる。

この女性こそ東門騎士団第一席次にして王国最強の騎士、カンナ=シュタインマイアー。

救世主がようやく到着したのだった。
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