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再会
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人間生きていれば楽しいことの一つや二つはあるし、背後には楽しくないことの三つや四つがある。思ったこと、想像したこと、こうなればいいなと思ったことはたいてい現実に姿をみせてくれない。しかしそんなこともあれど、少しの頭の処理能力を使ってずっとずっと思い続けていたら。それは夢として、そしてあたかも現実であるかのように脳が処理してくれる。起きてから夢ではなく現実であってくれたらと気分が沈むことはあれど一度は夢の中で確実にうれしいことを体験できるだろう。
別れた彼、いやいなくなってしまった彼ともう一度会えるとしたら。それは彼女の側が忘れられずに思い続けていたからですか。それとも彼が「来てくれた」からですか。真相を知るものはいるのだろうか。
彼と彼女はとても仲の良い、かといっていつでもイチャイチャとしているわけでもなくしっかりと喧嘩もこなす周りから見ればそれはもう憧れの二人でした。高校に進学してから二人は知り合ったわけですが、どうにもほぼ同時期に一目ぼれをしたというこれまたとんでもなく最初から息の合う、どこか運命じみていた出会いをしました。惚れたというもののなかなかそれを告白する勇気が出ない二人を周りの友人はそれはもうやきもきしながら、時には「俺/私が伝えてきてやる!」と息巻くことも。しかしそれでも彼らの関係はあまり進展しませんでした。人騒がせなものです。すっかり周りはわが子の初恋を観察して、ついには口出しをしてしまう親になってしまっていました。
ある日、その時は唐突に訪れました。彼が彼女のことを屋上に連れ出したのです。突然の出来事に両方の「親」たちは慌てふためきました。そしてもうばれてもいいからとにかくその瞬間を見ようと屋上へ続く階段に集まりました。ばれてもいいと言っておきながらなんやかんや静かに見守ろうとしますが成功するのか、成功するに決まっている、そんな不吉なことを言うな、とにかく静かにしろなど様々な声がそこそこの音量で飛び交います。
そんな状況も長くは続かず、ついにおとずれます。彼女がうん、と大きく頷くと彼に抱きしめられるのでした。親たちはその感情を抑えきれなくなり爆発し、彼らのもとへと駆け寄りました。きょとんとしている彼らは自分たちの想いを伝え、受け取ることに必死でピーチクパーチク話していた声など聞こえなかったのでした。これほどに祝福されることがあったでしょうか。彼女のほうはうれしくて泣いているようです。つられてその場のみんなが泣き出してしまいました。これを教師に見られていたら複雑なことになっていたでしょう。
それからというもの、毎日毎日少しずつ成長していく二人の関係を見守ることが親たちの生きがいとまでなっていました。
そんな彼らを悲劇が襲うのは神様の嫉妬でしょうか。いい人ほど神様は手元に置いておきたいといいますから。
ある日彼らが仲良く親たちと下校していた時のこと。突然彼は倒れてしまいます。彼女はかたまり、親たちは彼を介抱します。大丈夫なわけがないのですがとりあえずこのような場面では「大丈夫か」と呼びかけるのは常識のようなものです。大丈夫か、大丈夫かと必死に声をかけられても彼は反応しません。こういう時何人かでいると一人くらいは冷静に指示を出して行動してくれます。救急車がよばれ、そして彼は搬送されていきました。そこにいた誰しもが呆然としてしまいました。当然のことです。あまりにもショッキングな出来事に彼女は体調を崩してしまいました。次の日、彼らが学校に来ることはありませんでした。次の日も、そのまた次の日も来ることはありませんでした。
さすがに、と心配になる親たちは彼らのお見舞いに行こうとしますが彼の携帯に電話しても反応がありません。彼女に電話をしてもぼそぼそと何かをつぶやいて切られてしまいます。精神的に疲弊してるであろう人に強引に会いに行くようなことはしません。心配しながら学校生活を送ることになります。
それから何日経過したことでしょう。担任から報告がありました。一言だけです。彼が亡くなりました。と。追加の説明を要求しようにも先生も辛そうな顔をしています。クラス全体が重苦しい空気に包まれてしまいました。
昼休みに親が集まり、彼女に電話をします。ワンコールもないうちに出ました。話を切り出そうとしたところで彼女が言いました。
今日話聞いたと思うけど、そうだって。本当に状況が整理できなくて。彼の携帯から電話があったからいい方向に転んだと思ったんだけど、最後に彼が私に連絡しようとしてロックを解除したまま。
長い沈黙の後再び話始めました。
そのロックを解除したままの携帯から彼のお母さんがかけてきた電話だったの。それで、私、大泣きしちゃって。特別に、って病院教えてもらって行ったの。苦しそうな顔はしてなかったけど、なんだか悲しそうにみえて。
そこからは彼女のすすり泣きが聞こえるばかりになりました。彼女の心身の調子も心配でしたので親たちは会いに行こうかと提案しますが彼女は大丈夫、大丈夫といいます。
わかった。いつでも呼んでくれれば私たちは会いに行くし、話してあげるから。
ありがとう、と一言のあとまた泣き出してしまいました。そのまま静かに通話を切りました。
どうやら本格的に精神が参ってしまっているようです。こうなってしまえば親たちにできることはもうないような。
彼女の生活はだんだんと何もすることのない空虚なものへと変わっていきました。どうせ話題になっているだろう、どんな心のないことを言われるのだろう、とかけられるはずもない罵声を想像し学校へ行けず。話す相手がいないから、と携帯を見ず。そして起きる気力さえもなくなってしまいました。こうなってしまえばもう朝起きて、そして出されたご飯を少し食べ悲しみに暮れ、そしてまた夜、悲しみに暮れ泣いていると泣きつかれて寝てしまう。赤ちゃんのような生活になってしまいました。何もしようと思えないほど心にダメージを受けていると彼女は思っていました。そのような状況になってもなお、彼女は夢を見るのです。
夢というのは自分が頭の中でたくさん考えていることが出てくるんだよ。そうどこかで言われたことがあるような気がします。
それでも現実とは違って目覚めてしまったらそこからの続きはどう頑張っても見ることができません。あくまでも想像にとどめておいたほうが良いよ、とのお告げなのかもしれません。
現実に展開できないことを、それでもいいのだと知っているからこそ夢の中で自分の想像している通りになるのかもしれません。
彼女はとある夢を見ました。
とてもとても長く暗い、細いトンネルを抜けた先の道を歩いていました。いつかの旅行雑誌で見た北海道の丘陵地帯の風景そのまんまでした。想像している通りの田舎の道に立っていました。舗装されておらず、かといって風が吹いても砂が巻き上がることがないようななんだか不思議な土の道。
そこに誰かが立っていました。でも逆光が激しく誰なのかわかりません。
誰なんですか。
と問いを発しても返事がありません。本当に誰なのでしょうか。こちらを見て、そして手招きしているようにみえます。距離は三十メートルほどでしょうか。かなり長く影が伸びています。
近づいても近づいても逆光のせいで顔が見えないままです。しかしあることに気が付きました。おや、どうやら彼女と同じ高校の制服を着ているようです。あれは男子の制服です。微妙にダサい色なのが少しだけ現実味を出してくれる。
ついに正体不明の人との距離が田舎の横断歩道くらいになりました。それでもなんだか逆光が強すぎるのか顔は見えません。ゆっくりと近づきます。人は手招きをやめません。
とうとう手をつなぐ距離まで近づきました。しかし顔がわかりません。見上げるほど背が高いわけでも、見下ろすほど小さいわけでもないのです。ただほんの数センチ彼女よりも大きいかどうかくらいなのです。それくらいの身長で彼女と同じ高校の男子の制服。
もしかして、と彼女は思いました。目の前に立っているのは彼なのではないか、と。瞬間、逆光がなくなり彼の顔が現れたのです。あっ、と大きな声を出しそうになりました。そして彼がいなくなってから初めての笑顔を見せました。彼に抱き着くと彼はしっかりと背中に手を回し、体を支えてくれました。長い長い抱擁をしました。やがて彼女は泣き出してしまいました。彼は手をほどき、彼女の顔がよく見えるように、前のめりになってキスができる程度だけ距離をとりました。彼は困惑しているようでした。せっかく会えたのだからたくさん話したい、と思う彼女でしたがなぜか涙が止まりません。彼氏は苦笑いを浮かべています。
ハンカチを受け取り涙をふき取りました。チークがついちゃったかも、と言いますが彼は気にしないでと優しくハンカチを受け取ります。目元をポンポンと優しく拭いてから、ほら元通りといいました。鏡をみたわけではないけれども、もとよりきれいになったような気がしました。
これだけじゃちょっと寂しい気もするけど、これで最後だから。
と彼が言います。今の今までトンネルを抜けてからそんなことなど忘れていた彼女は優しく現実を見せられてしまいました。いやだ、いやだ。と泣き叫びました。しかし彼は
こればっかりは僕も変えられないんだ。今度また戻ってくるから、その時にね。
といいます。泣き叫ぶ彼女よりもはるかに悲しみを背負ったような顔をしている彼を見て彼女は泣き止まざるを得ませんでした。彼のいうことが本当で、また会えるならいいかなと彼女は思いました。そして彼にも伝えます。
今度会うって、絶対の約束だからね!破っちゃダメだから!
彼は大きく頷きました。
わかったよ。それじゃあね。
うん、じゃあね!
彼女と彼は手を振り、そしてお互い逆の方向へと歩き出しました。彼女はトンネルの方向へ。彼は田舎の道の向こうまで。
彼女は目を覚ましました。ちゅんちゅんと小鳥が鳴いているのが聞こえます。二階にある彼女の部屋に、リビングからのテレビのニュースの音が聞こえます。それから少し話している彼女の両親の声も。体を起こし、うろ覚えのラジオ体操をしてからリビングへと下ります。ちょうど話をしていた両親が彼女を見るなり驚いて、父親は新聞を落とし、母親は危うく皿を割りそうになるところでした。
ど、どうしたんだい急に。もう大丈夫なのかい。
そう父親が彼女に聞くのも無理はありません。それなりの期間学校を休んでいて、さらに顔すらも見ていなかったのですから。
彼女は答えます。
もう大丈夫!私、元気に生きていける!
両親で顔を見合わせ、そして涙を流し抱き合うのでした。よかった、よかった、と言っていました。それから母親はあわただしくいろいろなところに電話をかけ始めました。涙を流したままで声が少しおかしくなったままでしたが。
彼女は久しぶりに制服に袖を通して通学カバンを持ちました。そしてトースターから勢いよく飛び出した食パンをタイミングよくキャッチして
行ってきます!
と元気な声で言いました。母親がもっと食べていきなさいと言いたげでしたが電話の応答に忙しく言えません。父親は気を付けてな、とこの間までと同じく笑顔で言ってくれました。靴を履き、勢いよくドアを開けると虹が見えました。見守ってくれているのかな。
彼女はみんなと待ち合わせている場所へと急いで駆けていきました。
再会 -完-
人間生きていれば楽しいことの一つや二つはあるし、背後には楽しくないことの三つや四つがある。思ったこと、想像したこと、こうなればいいなと思ったことはたいてい現実に姿をみせてくれない。しかしそんなこともあれど、少しの頭の処理能力を使ってずっとずっと思い続けていたら。それは夢として、そしてあたかも現実であるかのように脳が処理してくれる。起きてから夢ではなく現実であってくれたらと気分が沈むことはあれど一度は夢の中で確実にうれしいことを体験できるだろう。
別れた彼、いやいなくなってしまった彼ともう一度会えるとしたら。それは彼女の側が忘れられずに思い続けていたからですか。それとも彼が「来てくれた」からですか。真相を知るものはいるのだろうか。
彼と彼女はとても仲の良い、かといっていつでもイチャイチャとしているわけでもなくしっかりと喧嘩もこなす周りから見ればそれはもう憧れの二人でした。高校に進学してから二人は知り合ったわけですが、どうにもほぼ同時期に一目ぼれをしたというこれまたとんでもなく最初から息の合う、どこか運命じみていた出会いをしました。惚れたというもののなかなかそれを告白する勇気が出ない二人を周りの友人はそれはもうやきもきしながら、時には「俺/私が伝えてきてやる!」と息巻くことも。しかしそれでも彼らの関係はあまり進展しませんでした。人騒がせなものです。すっかり周りはわが子の初恋を観察して、ついには口出しをしてしまう親になってしまっていました。
ある日、その時は唐突に訪れました。彼が彼女のことを屋上に連れ出したのです。突然の出来事に両方の「親」たちは慌てふためきました。そしてもうばれてもいいからとにかくその瞬間を見ようと屋上へ続く階段に集まりました。ばれてもいいと言っておきながらなんやかんや静かに見守ろうとしますが成功するのか、成功するに決まっている、そんな不吉なことを言うな、とにかく静かにしろなど様々な声がそこそこの音量で飛び交います。
そんな状況も長くは続かず、ついにおとずれます。彼女がうん、と大きく頷くと彼に抱きしめられるのでした。親たちはその感情を抑えきれなくなり爆発し、彼らのもとへと駆け寄りました。きょとんとしている彼らは自分たちの想いを伝え、受け取ることに必死でピーチクパーチク話していた声など聞こえなかったのでした。これほどに祝福されることがあったでしょうか。彼女のほうはうれしくて泣いているようです。つられてその場のみんなが泣き出してしまいました。これを教師に見られていたら複雑なことになっていたでしょう。
それからというもの、毎日毎日少しずつ成長していく二人の関係を見守ることが親たちの生きがいとまでなっていました。
そんな彼らを悲劇が襲うのは神様の嫉妬でしょうか。いい人ほど神様は手元に置いておきたいといいますから。
ある日彼らが仲良く親たちと下校していた時のこと。突然彼は倒れてしまいます。彼女はかたまり、親たちは彼を介抱します。大丈夫なわけがないのですがとりあえずこのような場面では「大丈夫か」と呼びかけるのは常識のようなものです。大丈夫か、大丈夫かと必死に声をかけられても彼は反応しません。こういう時何人かでいると一人くらいは冷静に指示を出して行動してくれます。救急車がよばれ、そして彼は搬送されていきました。そこにいた誰しもが呆然としてしまいました。当然のことです。あまりにもショッキングな出来事に彼女は体調を崩してしまいました。次の日、彼らが学校に来ることはありませんでした。次の日も、そのまた次の日も来ることはありませんでした。
さすがに、と心配になる親たちは彼らのお見舞いに行こうとしますが彼の携帯に電話しても反応がありません。彼女に電話をしてもぼそぼそと何かをつぶやいて切られてしまいます。精神的に疲弊してるであろう人に強引に会いに行くようなことはしません。心配しながら学校生活を送ることになります。
それから何日経過したことでしょう。担任から報告がありました。一言だけです。彼が亡くなりました。と。追加の説明を要求しようにも先生も辛そうな顔をしています。クラス全体が重苦しい空気に包まれてしまいました。
昼休みに親が集まり、彼女に電話をします。ワンコールもないうちに出ました。話を切り出そうとしたところで彼女が言いました。
今日話聞いたと思うけど、そうだって。本当に状況が整理できなくて。彼の携帯から電話があったからいい方向に転んだと思ったんだけど、最後に彼が私に連絡しようとしてロックを解除したまま。
長い沈黙の後再び話始めました。
そのロックを解除したままの携帯から彼のお母さんがかけてきた電話だったの。それで、私、大泣きしちゃって。特別に、って病院教えてもらって行ったの。苦しそうな顔はしてなかったけど、なんだか悲しそうにみえて。
そこからは彼女のすすり泣きが聞こえるばかりになりました。彼女の心身の調子も心配でしたので親たちは会いに行こうかと提案しますが彼女は大丈夫、大丈夫といいます。
わかった。いつでも呼んでくれれば私たちは会いに行くし、話してあげるから。
ありがとう、と一言のあとまた泣き出してしまいました。そのまま静かに通話を切りました。
どうやら本格的に精神が参ってしまっているようです。こうなってしまえば親たちにできることはもうないような。
彼女の生活はだんだんと何もすることのない空虚なものへと変わっていきました。どうせ話題になっているだろう、どんな心のないことを言われるのだろう、とかけられるはずもない罵声を想像し学校へ行けず。話す相手がいないから、と携帯を見ず。そして起きる気力さえもなくなってしまいました。こうなってしまえばもう朝起きて、そして出されたご飯を少し食べ悲しみに暮れ、そしてまた夜、悲しみに暮れ泣いていると泣きつかれて寝てしまう。赤ちゃんのような生活になってしまいました。何もしようと思えないほど心にダメージを受けていると彼女は思っていました。そのような状況になってもなお、彼女は夢を見るのです。
夢というのは自分が頭の中でたくさん考えていることが出てくるんだよ。そうどこかで言われたことがあるような気がします。
それでも現実とは違って目覚めてしまったらそこからの続きはどう頑張っても見ることができません。あくまでも想像にとどめておいたほうが良いよ、とのお告げなのかもしれません。
現実に展開できないことを、それでもいいのだと知っているからこそ夢の中で自分の想像している通りになるのかもしれません。
彼女はとある夢を見ました。
とてもとても長く暗い、細いトンネルを抜けた先の道を歩いていました。いつかの旅行雑誌で見た北海道の丘陵地帯の風景そのまんまでした。想像している通りの田舎の道に立っていました。舗装されておらず、かといって風が吹いても砂が巻き上がることがないようななんだか不思議な土の道。
そこに誰かが立っていました。でも逆光が激しく誰なのかわかりません。
誰なんですか。
と問いを発しても返事がありません。本当に誰なのでしょうか。こちらを見て、そして手招きしているようにみえます。距離は三十メートルほどでしょうか。かなり長く影が伸びています。
近づいても近づいても逆光のせいで顔が見えないままです。しかしあることに気が付きました。おや、どうやら彼女と同じ高校の制服を着ているようです。あれは男子の制服です。微妙にダサい色なのが少しだけ現実味を出してくれる。
ついに正体不明の人との距離が田舎の横断歩道くらいになりました。それでもなんだか逆光が強すぎるのか顔は見えません。ゆっくりと近づきます。人は手招きをやめません。
とうとう手をつなぐ距離まで近づきました。しかし顔がわかりません。見上げるほど背が高いわけでも、見下ろすほど小さいわけでもないのです。ただほんの数センチ彼女よりも大きいかどうかくらいなのです。それくらいの身長で彼女と同じ高校の男子の制服。
もしかして、と彼女は思いました。目の前に立っているのは彼なのではないか、と。瞬間、逆光がなくなり彼の顔が現れたのです。あっ、と大きな声を出しそうになりました。そして彼がいなくなってから初めての笑顔を見せました。彼に抱き着くと彼はしっかりと背中に手を回し、体を支えてくれました。長い長い抱擁をしました。やがて彼女は泣き出してしまいました。彼は手をほどき、彼女の顔がよく見えるように、前のめりになってキスができる程度だけ距離をとりました。彼は困惑しているようでした。せっかく会えたのだからたくさん話したい、と思う彼女でしたがなぜか涙が止まりません。彼氏は苦笑いを浮かべています。
ハンカチを受け取り涙をふき取りました。チークがついちゃったかも、と言いますが彼は気にしないでと優しくハンカチを受け取ります。目元をポンポンと優しく拭いてから、ほら元通りといいました。鏡をみたわけではないけれども、もとよりきれいになったような気がしました。
これだけじゃちょっと寂しい気もするけど、これで最後だから。
と彼が言います。今の今までトンネルを抜けてからそんなことなど忘れていた彼女は優しく現実を見せられてしまいました。いやだ、いやだ。と泣き叫びました。しかし彼は
こればっかりは僕も変えられないんだ。今度また戻ってくるから、その時にね。
といいます。泣き叫ぶ彼女よりもはるかに悲しみを背負ったような顔をしている彼を見て彼女は泣き止まざるを得ませんでした。彼のいうことが本当で、また会えるならいいかなと彼女は思いました。そして彼にも伝えます。
今度会うって、絶対の約束だからね!破っちゃダメだから!
彼は大きく頷きました。
わかったよ。それじゃあね。
うん、じゃあね!
彼女と彼は手を振り、そしてお互い逆の方向へと歩き出しました。彼女はトンネルの方向へ。彼は田舎の道の向こうまで。
彼女は目を覚ましました。ちゅんちゅんと小鳥が鳴いているのが聞こえます。二階にある彼女の部屋に、リビングからのテレビのニュースの音が聞こえます。それから少し話している彼女の両親の声も。体を起こし、うろ覚えのラジオ体操をしてからリビングへと下ります。ちょうど話をしていた両親が彼女を見るなり驚いて、父親は新聞を落とし、母親は危うく皿を割りそうになるところでした。
ど、どうしたんだい急に。もう大丈夫なのかい。
そう父親が彼女に聞くのも無理はありません。それなりの期間学校を休んでいて、さらに顔すらも見ていなかったのですから。
彼女は答えます。
もう大丈夫!私、元気に生きていける!
両親で顔を見合わせ、そして涙を流し抱き合うのでした。よかった、よかった、と言っていました。それから母親はあわただしくいろいろなところに電話をかけ始めました。涙を流したままで声が少しおかしくなったままでしたが。
彼女は久しぶりに制服に袖を通して通学カバンを持ちました。そしてトースターから勢いよく飛び出した食パンをタイミングよくキャッチして
行ってきます!
と元気な声で言いました。母親がもっと食べていきなさいと言いたげでしたが電話の応答に忙しく言えません。父親は気を付けてな、とこの間までと同じく笑顔で言ってくれました。靴を履き、勢いよくドアを開けると虹が見えました。見守ってくれているのかな。
彼女はみんなと待ち合わせている場所へと急いで駆けていきました。
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