魔女と化け物のある一日

浅葱 絢瑪

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あなたと二人、ある日の一欠片

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煉瓦の中でパチパチと音を立てて燃える木々。時計の指針が動く度、部屋中に響き渡る。外のハラハラと降る雪に反射して、ただでさえ丁度いい光加減なのに更に光が差し込んでくるのだ。
そんなものはお構いなしに何度も読んで所々縒れている本を膝の上に寄せ、指で文字を追っていく。読み慣れているのもあり、かなりの速さで読み進めてようやく半分。


「リーシャ」


私の名前を呼ぶ、聞き心地の良い声。彼の方に目を向ければ、紅茶を入れたであろうポットとカップが二つを抱えていた。


「ルーシュ」


その名を呼べば、本当に嬉しそうに口角を上げ、顔を紅潮させる。

そして、私の隣で喜々としてカップに紅茶を注ぎ、角砂糖を一つ、二つと入れた。まだ熱い紅茶を零さぬように、一旦読んでいた本を丁度手の届く範囲にある小さな机の上に置き、それを両手で受け取る。
そして彼もまた、同じように紅茶を淹れ、本当に私の目の前に椅子を作り出し、向かい合わせで座るのだ。暫く、紅茶を一口、二口口を含み、そして飲み込むまでは互いに交わす言葉もない。


この日常は、本当に変わらない。私も、彼も、そしてこの落ち着いたこの日々も。
しかし、今日に限ってはそうではないようで。

「リーシャ、どうして僕を受け入れてくれたんだい?」

責めた口調ではない。自身を卑下するような口調でもなかった。あの時のように戸惑い、拒むような様子も見受けられなくて。それでも、その間には寂しさを噛み締めているような。しかし、体の半数以上を破損し、包帯と機械で繋ぎ合わされた彼の本当の感情汲み取ることなどできやしない。ましてや、彼の目は取ってつけた仮面で隠れて直接見ることも叶わないのに。

それでも、少なくとも多少は彼のことを知っていると自負している手前、優しい言葉をかけるべきかとふと頭の片隅を過ぎった。悲惨すぎる過去を知っているから。しかし、それは彼が本当に知りたいことではないのではないか?そう思えて仕方ない。

だったら、本当のことを。本当に、何故あなたを受け入れたのかという理由を。
「……仲間だと、思ったのよ。あなたが魔女の部類ではないと知っていながらね。……その外見で魔女でないと判別はつくけど」

いつの間にか無くなっていた紅茶をまた、ルーシュはコップに注ぎ直した。軽くお礼を言い、短いはずなのに体感で長く感じる重苦しい沈黙が流れていく。何度もこの空気は味わってきたはずなのに、何度経験しても慣れないもの。

それであっても、あなたと過ごしていたいと思うから、あくまで正直に。彼の顔をじっと見つめていれば、手に取るように動揺していて。

「……それだけ、で?」
もっと他に、特別な理由があると思っていたのだろう。そう思う気持ちも分かるけど。期待か疑惑か。それは分かりかねるが。

「それだけよ」
はっきりそう言い切れば、何度も唇をもごもごとさせている。しかし、本当にそれだけだし、情が移ったのもその後。あの記憶を見なければ、また変わっていたのかも知れないが。

そんな中、仲間と認識してからというもの、相変わらず心残りが一つ。
「でも、ルーシュの体を元通りにできる方法は流石に分からないのが不甲斐ないわね。かつて潰えた技術を変に弄って体を壊してもいけないし」
体の一部から痛々しくも機械部分が剥き出しになっているのを見る度、胸を締め付けられる感覚がする。万能と呼ばれる魔女の力や知識を以てしても、どうなるか分からないが故にどうしようもない。

どうしようもないことに憂いていると、カチャリ、とカップを置き、真剣な顔をして私を見るルーシュの姿が目に入る。

「………。リーシャにならいいよ。痛覚もないから、痛みもないし、この体もそう保たない」

彼の細長く歪んだ指を、自身の背中から生える羽のようなものに触れては、その一部がさらさらと崩れ落ちた。
出会ったときから、この現象が続いているのは知っている。原因は未だにはっきりしないが、何となくは勘づいているつもりだ。
ただ、この現象さえなくなれば。彼の黒くくすんだ手を取るが、ほとんど体温が感じられない。しかし、この現象を止めたとて、結局はルーシュの体を元通りにできないのだ。ぐっと歯を噛みしてめていると、握っていたルーシュの手とは反対の手で私の頬に当ててはルーシュの顔を見るように顔をあげさせられた。

「リーシャ。そんな顔はしないで。折角の綺麗な顔が歪んじゃう。でも、これは自業自得だから。自暴自棄になって自爆魔法を僕にかけたのが愚かだったんだ。だから、だからーー」


「そんなこと言わないで。手を差し伸べたのも無駄みたいになるじゃない」
ルーシュの言葉を遮って言葉を発してから彼に抱きつく。相変わらず、体は冷たいけど。これ以上はもう悪いようにいかせたくなくて。

少し落ち着いた声で私の名前を呼ぶが、まだ張り詰めたような口調は抜けきっていない。この体制のまま軽く目を瞑れば、魔女の力で無理に記憶を引き出していないのに、目の裏に彼の記憶と思しき断片的が流れ始めた。


貧困な街の孤児の少年。

懐いた唯一の大人に体を昔の技術を元に作り変えられたが、要らなくなったのか知らない森に置き去りにされ。

人間に会えども会えども化け物だと罵られ、幾度となく体を攻撃されて。

私達と同じように、何度も迫害の対象となり。

湖に映った自身の知るものと異なる体に、息が詰まった。

様々な要因がルーシュを壊し、耐えきれず発狂して唯一教え込まれた自爆魔法を自身にかけた。


たったそれだけ。

運が良いのか悪いのか、半壊の状態で倒れて気絶している彼を見つけた私が拠点地で被験者に多大なる苦痛を伴う記憶視をしてから、崩壊していた感情を薬で治したのみ。一つの魂につき一度しか使えない治癒法だったが、使い果たされたルーシュの魂はきっと今世で終わりを迎えるはずだから大差はないだろう。
しかし、彼に情が湧いたのは事実。もう少し幸せに暮らしてほしいとらしくないことを思っている。

「せめて、私が死ぬまでは生きなさい」
小さくそう言えば、それに応えるかのようにハグを返してくれた。
「それなら、僕の体を治してください、魔女様。この体も命も、全て魔女様に献上しますから」
まるで、出会ったときと同じような口振りで話し始めるものだから、何を言い始めるんだ、という目で見ていると、冗談とでも言うように穏やかに笑っていた。


「リーシャ、どんな形でもいいから、この先も隣にいたい。だから、治してくれるよね?」
「全く……治す確証などないのに。それに、私は魔女よ?魔女の肩持ちをしただけでも迫害の対象になるわ」

莫大すぎる魔女の力は煙たがられる。どんな傷や病気も治癒する力もあれば、多量の人を殺戮することも可能。悪いところだけを見て、駄目だという輩が本当に多い。だから、昔から迫害の対象となり、住む場所を追われた。ただ、本当に薬を必要とする人が出てくるため、見合った労働分を徴収するが。勿論、それでも迫害が強いため、こんな森の辺鄙なところに住んでいる。そして、今も知人経由で魔女の擁護発言によって処刑された例も知っているから。

もし、ルーシュの体が治り、私を庇うような発言をして処刑されるようなことがあったら、私は耐えられない。

傍に居たいと言ってくれるのは今までそんな人がほぼいないからこそ嬉しいけど、失いたくないのだ。それでも、そんなことは関係がない、と言う。
「僕を救ってくれたのはリーシャだけ。だから、いいの。お願いだから、傍にいるために僕の体を治してよ」
真っ直ぐそう言われてしまえば、頭を縦に振るしかなくて。
「それじゃあ、自爆魔法を解除することから始めないとね。体を元通りにするのは時間がかかりそうだけど」
「寧ろ、それでいいよ。リーシャの隣にいる時間が増えるのは嬉しいから」
相変わらずの通常運転に喜びを隠さずに軽口を叩く。
「あら、そんなこと言われても何も出ないわよ?」
そう言えば、私もルーシュも笑いが込み上げて止まらない。


これからも、こんな日々が続けばいいだなんてことを今も尚願い続けている。
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