この世で生きる破壊者たちよ

希乃

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第31話 夢の霧

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 悠希は不意に目を開けた。

 まだ焦点が合っておらず、目の前は少しくすんでいるようだが、それでも瞬きを繰り返して何とか視界を確保する。
 ゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。

「___」

 どこにも痛いところがない。
 あれだけ強い爆風に吹き飛ばされたのだから、生きていること自体が奇跡に等しいと思っていた。

 身体を動かしたらきっと痛いだろうな、と思いながら身体を起こしたのに、身体の痛みが全くないのだ。

 まるで何事もなかったかのような状態に、悠希は戸惑ってしまう。
 自分の身に何が起こったのか、すごくすごく気になった。

「ていうか……ここどこなんだよ」

 爆風で吹き飛ばされたはずなのに、どこか学校とは別の場所に居る気がする。
 辺り一面に灰色の霧がかかっている。
 ここがどこなのか確認したくても、周りが霧だらけで確認は困難に近い。
 何とも言えない、不思議な空間に悠希は居た。

「もしかして、夢……とかか?」

 悠希は自分で言って納得した。
 夢ならば、こんな霧だらけの場所に居てもおかしくない。
 悠希の頭が勝手に作り出した妄想の世界だとすればつじつまが合う。

「いててててて……!」

 夢から覚めるために自分の頰を思いっきりつねってみたが、全く効果がなかった。
 ただ悠希が痛い思いをしただけ。骨折り損だった。


「え!? 何でだよ! 覚めないのか?」

 確かに、悠希は信じられないほど寝起きが悪い。
 いつも毎朝怒りながら起こしてくれる母親の気持ちが痛いほどわかった。
 最低な息子だった。母親に申し訳ない。

「よし、もっと早く起きよう」

 心の中で母親に謝罪の言葉を述べ、早起きを決意した悠希。
 だが決意は固まっても、ここがどこか一向に分かるはずもない。

「夢だったら早く覚めてくれ! 夢じゃないんだったら……終わりだな。ていうか、誰か居ないのか?」

 ずっと同じ場所に居ても埒があかないと思い、悠希はおそるおそる一歩を踏み出した。

 足の裏に感じる硬い感覚。いつも地面を歩いている時と同じである。これなら、何も心配せずに歩くことができる。

 悠希はそのまま適当な方向に歩いていった。
 どれだけ方向音痴でも、霧がかかっていたら音痴も何もない。
 とにかく自分の勘を頼りに進んでいく。
 すると、遠くの方に何やら影がうっすらと見えた。

「誰か居る!」

 悠希は思わず叫ぶ。

 影の方は悠希の声が聞こえていないのか、ピクリとも反応しない。
 だが、悠希にはそんなことなどどうでもよかった。

 こんな所に迷い込んだのは自分だけじゃなかった、という喜びで胸がいっぱいになる。

 その影に向かって必死に足を進めている頃には、悠希はすっかり忘れてしまっていた。
 ついさっきまでこれは夢だと確信を持ち、この夢が早く覚めるようにと願っていたことを。

 その影はだんだんと鮮明に見えてきた。
 悠希の胸はさらに高鳴った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「おい! ……おい! 悠希!」

 学校のグラウンドで龍斗は力の限り叫んで、意識がない悠希を起こそうと試みていた。

 実は龍斗と茜が学校に向かっている途中、それもあと数キロで到着すると思われる頃に、爆発音が聞こえてきたのだ。

 急いで走ってきた二人が見たのは、粉々に散らばった窓ガラスの破片と校舎の壁の残骸。
 そして、それらが散らばった校庭に横たわっている悠希の姿だった。

 だが、悠希は一向に目を覚まさない。
 爆風で吹き飛ばされた影響なのか、身体の至る所に怪我をしていた。

「くそっ! 全然起きねぇ!」

「ていうか、まず病院に運ばなきゃでしょ! もしくは先生呼んでくるか……」

 先程から悠希を起こし続けてばかりの龍斗に、茜が冷静に注意をする。

「あ、そっか!」

 龍斗は今気付いたと言わんばかりにハッとすると、茜の言葉に頷く。

 それは良いのだが、龍斗はしなければいけない対処の順番に迷っているのか、急にもたもたし始めた。

 茜はそんな龍斗を横目で見ながらため息をつき、とりあえず救急車を呼ぼうとスカートのポケットからスマホを取り出した。

「西尾! 岸!」

 二人が声のした方を見ると、長い黒髪をなびかせた月影が走ってこちらに来ていた。
 彼女から遅れて、ドタドタと校長も走ってくる。

 校長はやっとの事で月影に追いつくと、息を荒らしながら彼女に文句を言う。

「こ、こら……! 先生は……ハァ、校長の……私を……置いてけぼり……に……して……ハァ、ハァ……全く……」

 何か続きを言おうとしているのは分かるのだが、荒い息遣いのせいでうまく話せていない。

 だが月影の方は無我夢中で走っていたようで、校長先生を置いていってしまったことに全く気付かなかったらしい。

「えっ!? そ、そうだったんですか!? それは申し訳ありませんでした!」

 慌てて頭を深々と下げる月影。

「まぁ良い。……ふぅ、今はそれより早乙女の処置だ。急いで病院に運ぼう」

「はい!」

 校長の指示を受けて、龍斗、茜、月影の声が重なる。

「早乙女には私が付き添うから、君たちは古橋と陰陽寺を探すんだ。きっとまだ、どこかで倒れているはずだからな」

「分かりました!」

 三人は、勢いよく返事をして走って行った。

 校長は三人を見送り、ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで電話をかける。

「救急をお願いします。はい、そうです。よろしくお願いします」

 校長はそれだけ言うと、通話を切り悠希の横にしゃがみ込んだ。

「辛かったよな……。ごめんな……」

 校長は悠希の頭を撫でた。
 撫でた拍子に前髪が持ち上がり、おでこから流れている血が校長の手につく。
 それでも構わず撫で続ける。
 この高校の校長である自分が、生徒を守れないなんてことがあってはならなかった。
 何もできず、ただ眺めていることしかできなかった自分の不甲斐なさが情けない。
 意識はなくても、悠希がなんとか無事で居てくれたことがせめてもの救いだった。

「ありがとう、早乙女」

 涙が一粒、悠希の頰に落ちた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 悠希は、目の前の影に向かってひたすら走っていた。
 予想以上に影との距離が遠く、未だに追いつけていない。
 それでも、悠希は足に力を込めて懸命に走る。
 一刻も早くここから出なければいけない。
 悠希と同じように爆風で飛ばされたであろう、早絵や大雅のこともずっと気になっていた。
 早く戻って二人の無事を確認したい。

「陰陽寺……?」

 悠希は不意に足を止めた。
 影の正体___俯いて座り込んでいたのは大雅だった。

「お前もここに居たのか。良かった! 一緒にここから出よう!」

 声をかけるが大雅は振り向かない。

「どうしたんだよ、陰陽___」

 大雅の前に回り込み、彼の顔を見ようと膝を折って腰を下ろした悠希は、言葉を失った。

 大雅が泣いていたのだ。

「陰陽寺、どうした? 何で泣いてるんだ?」

 心配になってもう一度声をかけてみるが、大雅の反応はない。
 大雅は、まるで目の前の悠希が見えていないかのように泣きじゃくっていた。

「俺が……」

 不意に、大雅が言葉を発した。

「俺が、あんなことしなきゃよかったのに」

 短い言葉を次から次へと独りごちていく。

「素直になればよかったのに」

 鼻をじゅるるっとすすって続ける。

「あいつがいなかったらどうなってたか」

「それって誰なんだ? 陰陽寺」

 今度は聞こえるかもしれないと思い、悠希はもう一度だけ声をかけた。
 だが、大雅は何も反応しなかった。
 もしかしたらこれは、幻想なのかもしれない。
 悠希はそう思った。

「ごめん」

 また大雅が呟いた。
 あとから溢れて止まらない涙をボロボロと流しながら、目をつぶってもう一度言った。

「ごめん……早乙女」
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