この世で生きる破壊者たちよ

希乃

文字の大きさ
上 下
29 / 41

第29話 行こう

しおりを挟む
「そんな……ダメだよ!」

 大雅の言葉に、今まで黙って彼と悠希のやり取りを聞いていた早絵が叫んだ。

 悠希が横を見ると、彼女は目にいっぱい涙を溜めていて、その眼球が潤んでいた。
 少しだけ声も震えている。

「確かに、陰陽寺くんがしてきたことは悪いことだよ? 絶対に許されることじゃない。でも、だからって死ぬのは間違ってるよ!」

 早絵の目から大粒の涙がこぼれ落ちている。
 懸命に大雅に向かって訴える早絵を見て、悠希も大雅に向き直り、言葉を重ねた。

「お前の罪は軽いものじゃない。俺たちはお前に生きて償ってほしいんだ」

 バン!!

 また大きな音が体育館中に響き渡った。
 大雅が拳で床を叩いた音だ。

「お前らは他人事だからって適当に言えるかもしれないけどな……」

 鼻をすすりながら、俯く大雅は呟いた。
 拳の上に何粒もの涙が雫となって落ちていく。

 悠希はハッとした。

 大雅が泣いている。

 早絵を刺しても、茜を一晩監禁しても、何とも思わなかった大雅が。
 これまで幾度となく学校を全焼させてきただろう大雅が。

 最も後者の事は悠希の知り得ないことだが、前者についてはよく知っている。

 二人を危険な目に遭わせても反省の色一つ見せなかった大雅。

 そんな彼は血も涙もない、まさに破壊者だと悠希は失望したものだった。

 そんな、かつて失望した相手が目の前でぐしゃぐしゃに泣いている。

「陰陽___」

「僕は!!」

 声をかけようとした悠希を遮って、大雅は顔を上げ立ち上がって叫んだ。

「何千何万って人の命を! 簡単に! この手一つで! 奪ってきたんだぞ!?」

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。

「死ぬしかないだろ……」

 そう言って、大雅は力なくヘナヘナと座り込んだ。

「陰陽寺くん」

 早絵が、不意に大雅の方へと歩みを進めた。

「早絵!」

「大丈夫だよ」

 止めようとした悠希を笑顔で制し、早絵はそのまま一歩一歩足を運んでいく。

 悠希は、大雅が早絵に何かやらかさないかとヒヤヒヤしながら、大雅に近づく早絵を見守った。

 本当はここで強引にでも早絵を止めるのが正しいのだろうが、下手に暴れて大雅を刺激させて怒らせてしまえば、また良くないことが起こるに違いない。

 そう考えて、悠希は早絵を止めようとはしなかった。

 あと数歩で、早絵が大雅の足元に到着するというところで。

 大雅は素早く爆弾を取り出して、早絵の方にまっすぐ向けたのだった。

「早絵!」

 思わず悠希は叫んだ。
 差し向けられた爆弾に、早絵の足もピタリと止まる。

 このままでは早絵が危ない。また早絵の命が__。

 悠希は意を決して走り、早絵の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。

「大丈夫か?」

 まだ爆弾を向けられただけなのに、早絵をこちら側に避難させることができた安堵感から、悠希はそう聞いてしまう。

 早絵は悠希の言葉に頷くと、いつもの優しい笑顔を見せた。

「大丈夫。ありがとう」

「だよな。まだ何もされてないのに」

 反射的に『大丈夫か』と聞いてしまった自分が恥ずかしく、悠希は口角を上げた。
 だがすぐに、今は笑っている場合ではないと思い立ち、頰を両手で軽く叩く。

 数メートル離れた先。
 俯いて座り込んでいる大雅は、依然として爆弾を正面に掲げている。

 下手に動けば、大雅はすぐに爆弾を爆発させるに違いない。
 ここは慎重に動かなければ命取りになる。

 悠希が早絵の方を見ると、彼女も同じ気持ちのようで真剣な表情で頷いた。

 悠希も頷き返す。

 二人は、ある覚悟を決めた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 公民館では、教師による生徒の送り出しが進行していた。
 だが、生徒達の住んでいる場所も様々であるために、なかなか思うように進まない状態である。

 生徒の送り出しは、決して順調ではなかった。

 それでも公民館に避難した当初と比べると、だいぶん生徒の数は減少していた。

 大広間では、この公民館に備え付けてある白い敷布団が並べられていて、そこに残った生徒たちが横たわっていた。

 窓から差し込んだ朝日で目を覚ましたり、ごそごそと動いたりしている生徒が多い。

 流石に早朝から生徒を送ると迷惑がかかるし、教師らも休憩を挟まないと倒れてしまう。

 その方針が決定されて、生徒の送り出しは一旦中断されていた。


「____ね」

 茜は、夢の中でこんな声を聞いた。

「____かね」

 さっきと同じ声だ。

「茜!」

 今度ははっきりと聞こえた。

 自分の名前が呼ばれている!

 茜は驚いて飛び起きた。

「おはよ」

 辺りをキョロキョロと見回すと、すぐ隣に龍斗が座っていた。

「うわぁ!? びっくりした……」

 思わず飛びのいてしまう茜に、龍斗は笑って言った。

「寝ぼけてるのか? 何で俺の顔見ただけでそんなにびっくりするんだよ」

「ちょ、笑わないでよ」

 恥ずかしさのあまり、茜の顔が赤くなってしまう。
 茜はそんな顔を龍斗に見られまいと、急いで両手で顔を覆い隠した。

「来いよ」

 茜が顔から手を離すと、目の前に居た龍斗は消えていた。その代わり、大広間の出口のドア近くに龍斗は移動していて、茜に向かって手招きをしていた。

「え、どうしたの? こんな時間に」

「いいから」

「う、うん」

 龍斗に言われて何が何だか分からないながらも、茜はとにかく彼についていく。

 どこに行くのかと不思議がりながら龍斗の背中を見上げる茜。

 しかし、龍斗は公民館内の小部屋に移動するわけではなかった。

 階段脇にあるトイレに行くわけでもなく、その横にある和室__教師らの寝室として使われている部屋__に行くわけでもない。

 龍斗は階段を降りてまっすぐ進み、生徒達の靴が散乱している下駄箱へ。

 そして自分の靴を取り、座って履き始めた。

「えっ、龍__」

「しーっ」

 龍斗に制されて、茜は慌てて口をふさぐ。

「先生に聞こえたらヤベェから」

 ひそひそ声で言って、龍斗は茜に靴を渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 茜は小声でお礼を言って、もたつきながらも靴を履き、龍斗を追って公民館を出た。

 朝日が眩しく茜と龍斗を照らし、その光に目が慣れないのか目の前が真っ白になる。

 茜は必死に瞬きを繰り返して、目を明るさに慣らそうと試みた。

「そうだ、急にどこ行くの?」

 まだ慣れない目をしょぼしょぼさせながら、茜は龍斗に尋ねた。

「学校だよ」

 龍斗は落ち着いた声でそう言った。

「え? 学校!?」

 思わず叫んでしまい、また茜は慌てて口をふさぐ。教師に聞かれればせっかく外まで出てきた苦労が水の泡だ。

「外に居れば、俺達の声は聞こえねぇだろ。大丈夫だと思うぜ」

 龍斗は公民館の方を振り返りながら言い、

「行こう、茜」

 茜に向かって微笑みかけ、そのまま歩き出した。

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 茜は急いで龍斗を追って走った。

 何故、龍斗が学校に向かっているのか。その理由を、何となく察しながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

処理中です...