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第28話 荊棘の苦しみ
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「よし。これで邪魔者はいない。続けるぞ」
大雅は体育館に着くと、悠希と早絵に向かって言った。
「……もうやめようぜ」
悠希は、大雅の背中を見つめながらボソッと呟いた。
「何だと」
大雅は悠希の言葉に怪訝な表情をした。
せっかく楽しめると思っていたのに、と言いたげで不満げだ。
「俺を殺したいなら殺せばいい。でも殺せないから、こうやって無理やり引き延ばしてるんだろ?」
悠希は、大雅をまっすぐ見つめて静かに問いかける。
それは、大雅を追って歩いている時に思い立ったことだった。
悠希に対する大雅の殺意は、痛いくらいにひしひしと伝わってくる。
だが、どうもそれだけではなさそうなのだ。
早絵が屋上に来た時に、大雅は攻撃の標的を悠希から彼女へと変えた。
もしも心の底から、本当に悠希を殺したいと思っているなら、あそこで早絵を無理やりどかしてでも悠希を刺したはずだ。
でも大雅はそうしなかった。
その姿を見て悠希は確信したのだ。
「はぁ!? そんなわけないだろ。僕に勝てる気がしないからって、そうやって誤魔化さないでよ」
「違う。今までのお前を見て思ったことだ」
「何が言いたいんだよ」
大雅は苛立った様子で髪の毛をくしゃくしゃと掻きむしった。
それを見て、悠希はさらに確信を持つ。
「お前には、まだ迷いがあるって言ってるんだ」
悠希の言葉を聞いた瞬間、大雅の目が大きく見開かれた。
まるで、図星だったと言っているかのように。
確かに大雅の殺意は本物だ。だが、それと同時に大雅自身に迷いがあるのも事実だった。
本当に、この場で人を殺してしまっていいのか。殺した後、自分はどうなるのか。
現実的な未来と向き合った時に。それでもこの場で人を殺すかと問われた時に。
大雅は即座に頷くことが出来ないだろうな、と悠希は思った。
「何なんだよ……」
大雅はしゃがみ込み、天を仰いでため息をつく。
「陰陽寺」
悠希はそっと声をかけた。
「もうやめよう。これ以上こんなこと続けても意味はないだろ?」
「お前に何がわかるんだよ……」
大雅は、消え入りそうな声で呟いた。
悠希にも聞き取れた。しかし、その言葉の意味が理解できない。
「え?」
「お前に何がわかるんだ!!」
大雅は突然立ち上がり、怒りの炎がほとばしるほどの形相で悠希を睨みつけた。
「僕だってやめなきゃって思ってたんだ! でも、もうここまで来たら引き返せないんだよ……」
悠希に向かって叫び続ける大雅。それでもその内容は、やりきれない弱音だった。
「最初は、ほんの面白半分だったんだ。皆が楽しそうに毎日を過ごしてる中で、何で僕だけが苦しい思いしないといけないんだって思って……。それで、いっそ燃やしてみたらどうなるのかなって」
大雅は、蚊の鳴くような弱々しい声で誰にともなく呟いている。もはや会話の相手は悠希でも早絵でもない。自分自身だ。
悠希はそんな大雅をじっと見つめる。
「別に罪悪感とかはなかったんだ。ザマァ見ろって思った。僕だけに苦しい思いをさせた罰だって。学校が燃えてるのを見ても、綺麗だなとしか感じなかった。それが、普通だと思ってたのに……」
悠希はハッとした。
今の大雅の言葉から察するに、大雅はこれまでも学校を燃やして破壊してきたのではないか。
常習犯。
そうでもなければ、こんなに切ない過去を語るはずがない。
「母さんが疲労で病気になって死んでひとりぼっちになって、周りから白い目で見られてるって気づいた時にやっと分かったんだ。今まで僕がやってきたことは、全然良いことなんかじゃなかった。母さんが何で僕に怒ってたのかも、その時にやっと……」
大雅は悔しそうに唇を噛み締める。今までの自分の行いを恥じているようだった。
「じゃあ、何でやめなかったんだ?」
悠希は尋ねた。
周りから白い目で見られていた理由も、親が怒ってくれていた理由も、全て理解した。それでもなお、大雅は破壊をやめなかったのだろう。
全て理解してもなお、やめなかったその理由は____。
「やめられなかったんだよ!」
悠希の問いかけに、大雅はやけくそに叫んだ。手のひらに痕が残るのではないかと思うほどに拳を強く強く握りしめ、
「燃やす時は罪悪感とかなかったんだ。燃やして大事になった後に、そうだ、燃やしたらダメだったんだって気付いてた。でも、ずっとやってきたから、今更手のひら返して謝ることもできなかったんだ!」
大雅はそこまで言うとへたり込み、床を拳で力強く叩いた。
バン! という音が体育館中に響き渡る。
あまりにも大きな音に、悠希の隣で大雅の言葉を聞いていた早絵がビクッと肩を縮めた。
やはり、大雅は破壊魔だったのだ。常習犯だったのだ。
悠希の推測は当たっていた。推測は確信に変わった。その確信は、大雅の言葉によって肯定され、紛れもない真実となった。
目の前の少年が、どんなに鋭くて痛い荊の道を歩いてきたか。歯止めも効かず、引き返すことも出来ず、ひとりぼっちで歩いてきたか。
悠希にも、そしておそらく早絵にも分かり得ないことだろう。
そんな地獄の苦しみを知っているのは、それを味わってきた陰陽寺大雅だけだ。
「お前の言う通りだよ、早乙女」
大雅は、身体の底から絞り出すように息を吐いて、悠希をまっすぐに見据えた。
「僕はここで死のうと思ってる」
その瞳は弱々しさを醸し出しており、もはや光など見当たらなかった。
大雅は体育館に着くと、悠希と早絵に向かって言った。
「……もうやめようぜ」
悠希は、大雅の背中を見つめながらボソッと呟いた。
「何だと」
大雅は悠希の言葉に怪訝な表情をした。
せっかく楽しめると思っていたのに、と言いたげで不満げだ。
「俺を殺したいなら殺せばいい。でも殺せないから、こうやって無理やり引き延ばしてるんだろ?」
悠希は、大雅をまっすぐ見つめて静かに問いかける。
それは、大雅を追って歩いている時に思い立ったことだった。
悠希に対する大雅の殺意は、痛いくらいにひしひしと伝わってくる。
だが、どうもそれだけではなさそうなのだ。
早絵が屋上に来た時に、大雅は攻撃の標的を悠希から彼女へと変えた。
もしも心の底から、本当に悠希を殺したいと思っているなら、あそこで早絵を無理やりどかしてでも悠希を刺したはずだ。
でも大雅はそうしなかった。
その姿を見て悠希は確信したのだ。
「はぁ!? そんなわけないだろ。僕に勝てる気がしないからって、そうやって誤魔化さないでよ」
「違う。今までのお前を見て思ったことだ」
「何が言いたいんだよ」
大雅は苛立った様子で髪の毛をくしゃくしゃと掻きむしった。
それを見て、悠希はさらに確信を持つ。
「お前には、まだ迷いがあるって言ってるんだ」
悠希の言葉を聞いた瞬間、大雅の目が大きく見開かれた。
まるで、図星だったと言っているかのように。
確かに大雅の殺意は本物だ。だが、それと同時に大雅自身に迷いがあるのも事実だった。
本当に、この場で人を殺してしまっていいのか。殺した後、自分はどうなるのか。
現実的な未来と向き合った時に。それでもこの場で人を殺すかと問われた時に。
大雅は即座に頷くことが出来ないだろうな、と悠希は思った。
「何なんだよ……」
大雅はしゃがみ込み、天を仰いでため息をつく。
「陰陽寺」
悠希はそっと声をかけた。
「もうやめよう。これ以上こんなこと続けても意味はないだろ?」
「お前に何がわかるんだよ……」
大雅は、消え入りそうな声で呟いた。
悠希にも聞き取れた。しかし、その言葉の意味が理解できない。
「え?」
「お前に何がわかるんだ!!」
大雅は突然立ち上がり、怒りの炎がほとばしるほどの形相で悠希を睨みつけた。
「僕だってやめなきゃって思ってたんだ! でも、もうここまで来たら引き返せないんだよ……」
悠希に向かって叫び続ける大雅。それでもその内容は、やりきれない弱音だった。
「最初は、ほんの面白半分だったんだ。皆が楽しそうに毎日を過ごしてる中で、何で僕だけが苦しい思いしないといけないんだって思って……。それで、いっそ燃やしてみたらどうなるのかなって」
大雅は、蚊の鳴くような弱々しい声で誰にともなく呟いている。もはや会話の相手は悠希でも早絵でもない。自分自身だ。
悠希はそんな大雅をじっと見つめる。
「別に罪悪感とかはなかったんだ。ザマァ見ろって思った。僕だけに苦しい思いをさせた罰だって。学校が燃えてるのを見ても、綺麗だなとしか感じなかった。それが、普通だと思ってたのに……」
悠希はハッとした。
今の大雅の言葉から察するに、大雅はこれまでも学校を燃やして破壊してきたのではないか。
常習犯。
そうでもなければ、こんなに切ない過去を語るはずがない。
「母さんが疲労で病気になって死んでひとりぼっちになって、周りから白い目で見られてるって気づいた時にやっと分かったんだ。今まで僕がやってきたことは、全然良いことなんかじゃなかった。母さんが何で僕に怒ってたのかも、その時にやっと……」
大雅は悔しそうに唇を噛み締める。今までの自分の行いを恥じているようだった。
「じゃあ、何でやめなかったんだ?」
悠希は尋ねた。
周りから白い目で見られていた理由も、親が怒ってくれていた理由も、全て理解した。それでもなお、大雅は破壊をやめなかったのだろう。
全て理解してもなお、やめなかったその理由は____。
「やめられなかったんだよ!」
悠希の問いかけに、大雅はやけくそに叫んだ。手のひらに痕が残るのではないかと思うほどに拳を強く強く握りしめ、
「燃やす時は罪悪感とかなかったんだ。燃やして大事になった後に、そうだ、燃やしたらダメだったんだって気付いてた。でも、ずっとやってきたから、今更手のひら返して謝ることもできなかったんだ!」
大雅はそこまで言うとへたり込み、床を拳で力強く叩いた。
バン! という音が体育館中に響き渡る。
あまりにも大きな音に、悠希の隣で大雅の言葉を聞いていた早絵がビクッと肩を縮めた。
やはり、大雅は破壊魔だったのだ。常習犯だったのだ。
悠希の推測は当たっていた。推測は確信に変わった。その確信は、大雅の言葉によって肯定され、紛れもない真実となった。
目の前の少年が、どんなに鋭くて痛い荊の道を歩いてきたか。歯止めも効かず、引き返すことも出来ず、ひとりぼっちで歩いてきたか。
悠希にも、そしておそらく早絵にも分かり得ないことだろう。
そんな地獄の苦しみを知っているのは、それを味わってきた陰陽寺大雅だけだ。
「お前の言う通りだよ、早乙女」
大雅は、身体の底から絞り出すように息を吐いて、悠希をまっすぐに見据えた。
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