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第18話 再会の屋上
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「どこだ……?」
悠希は息を切らしながら、学校中を走り回って大雅を探していた。
さっきからどれくらいの時間が経っただろうか。
ふと、窓から外を見ると真っ青だった空がほんのりピンク色になっていた。
______もうすぐ日が暮れる……。
そう思った。
「まずいな、早く陰陽寺を見つけ出して公民館に行かないと……」
既に龍斗と茜には、避難場所である公民館に行ってもらっている。当然ながら、二人は悠希を学校に残して行くことをためらっていたが。
それでも悠希まで一緒に避難すると、大雅を止める人間が誰一人居なくなってしまう。
すぐに大雅を見つけて追いつくから、と半ば強引に学校から追い出すような形で、悠希は龍斗と茜の背中を押したのだった。
だが、現実はそう上手くいかない。
「どこにいるんだよ、陰陽寺……」
悠希は思わず天を仰いだ。
このまま見つからずに永遠に探し続けると思うと気が遠くなる。
あれから奇跡的に爆発は起きていないが、いつまた起こるかわからない。
早く止めなければ、学校が潰されてしまう。
悠希たちの、青春が。
天を仰いだ先に悠希の目に飛び込んできたのは、屋上に続く階段だった。
悠希は目を見開いた。
「そうか! 屋上だ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「さて、こんなもんかな」
学校の屋上で大雅は呟いていた。
今は五月ということもあって、屋上、つまり外に居ても特に問題ない。夏場ならうだるような暑さが、冬場なら凍えるような寒さが襲ってくるものだが。
尤も、先程の爆発で煙が上がっているため、多少の煙たさと熱は感じている。
そんな中で大雅は俯いていた。
と言っても、ただ俯いているわけではなかった。見ていたのだ、校内地図を。
屋上の床に広げたそれを乱暴に閉じて、ゆっくりと立ち上がる。
そして、踵を返して出口へと歩いていく。
だが、屋上から校内に戻ることは出来なかった。
「陰陽寺!」
声と同時にその出口のドアが勢いよく開かれ、息を切らしながら屋上に入ってきた者が居たからだ。
早乙女悠希。
すぐに分かった。クラスメイトの岸茜を問い詰めようとした時に邪魔をしてきた奴だ。
______何でこいつがここに。
大雅は信じられない気持ちで悠希を見つめた。
この男はこれまでも大雅の邪魔をしてきた。岸茜を問い詰めた時だってそうだ。
絶好のタイミングを、悠希のせいで逃してしまった。
……岸茜を問い詰めた時。
______そうか。
大雅はやっと分かった。何故、悠希がここに居るのか。何故、自分が屋上に居ると知っているような口ぶりだったのか。
______岸茜が言いつけたんだ。
その瞬間、こうして邪魔をしてきた目の前の悠希に対して、と言うよりも、茜に対しての憎悪が湧き上がってきた。
おそらく、茜はあの日のことを悠希に話したのだろう。
それよりも前、大雅の家に上がってきた時に、爆弾に関する何かしらの物を見つけていたのだろう。
だから、早絵を刺した犯人が大雅であると伝えた上でこの爆発に関しても大雅が仕組んだことだと言ったに違いない。
「なんてことしてくれたんだ! 陰陽寺!」
悠希が腕を振るいながら叫んでくる。
しかし、それは大雅の台詞だった。
全く、あの女はなんてことをしてくれたのだ。大雅は心の中で悪態をついた。
茜が録音していたであろうスマホも破壊して、確実な証拠は消した。
だから茜がたとえ悠希達に何を言っても、物的証拠が無ければ何の効力も示さないはずだったのだ。
しかし、今この場に悠希が居るという状況を考えれば、その背景については容易に察しがつく。
たとえ物的証拠が何一つなくても、悠希は茜の言葉を信用したのだ、と。
「これがもう僕の習慣でね。今更やめられないんだ」
大雅が答えると、悠希は分かりやすく眉をひそめた。
「習慣……?」
「ああ。そうさ。だから僕にも止められないんだ。残念だけど」
悠希は顔を伏せた。そのせいで表情はよく読み取れなかったが、そんな大雅の鼓膜を震わせる声があった。
「お前……それでも人間か」
耳をすましていないと聞こえないほどの小さな声。
そのはずが、大雅の耳にはハッキリと聞こえた。
「さぁ、どうだろ。もしかしたら心は化け物かもなぁ」
言いながら、大雅は直感した。
ああ、もう自分は諦めているのだな、と。
「本当にそれで良いって思ってるのか」
悠希は顔を上げて尋ねてきた。
「僕にも分からないんだ。ずっとやってきたことだし」
大雅にとっては習慣だった。ずっとやってきたことだった。
人間誰しも、習慣は簡単に変えられない。少なくとも大雅にはそんな適応力はない。
それでも、本来なら変えなければならないのかもしれない……。
「ま、どっちにしろ、もう始めちゃったことだ。一回始めたことは終わりまでしっかりやらないと」
両手をパチンと合わせて、大雅は笑顔で言った。
「まだ爆発させる気か!」
悠希が声を荒げて、大雅の足元に視線を落とす。
そう、大雅は持っていたのだ。まだたくさんの爆弾を。
声を荒げて大雅を睨みつける悠希の体は小刻みに震えていた。
何が悠希をそうさせているのか。怒りか、はたまた恐怖か。それは大雅には分からない。正直、どうでも良いことだ。
ただ、そういう『人間らしさ』が実に愉快に思えた。
「ハハ、怖い? そうでしょ? 怖がってる。だって体が震えてんだもん」
「お前は、何とも思わないのか」
震えを止めるためか深呼吸をしながら、悠希は尋ねてくる。
「うん。別に何とも。さっきも言ったけど、これが僕の習慣なんだから」
大雅はそこで足を進め、震えている悠希の肩にポンと手を置いた。
「怖くも何ともないよ」
そして、口角を上げて笑みを作った。
その瞬間、悠希の表情に明らかな恐怖が宿った。
おそらく大雅の笑顔が悠希を震撼させたのだろう。それほどまでに薄気味悪い笑みだったのか。
大雅は軽く推測しながら、悠希の肩から手を離した。
「ついてきて」
「なんだと」
悠希の瞳には敵意が宿っていた。
だが、ここで大雅を野放しにしたくはなかったのだろう。
悠希は黙って大雅の後をついてきた。
悠希は息を切らしながら、学校中を走り回って大雅を探していた。
さっきからどれくらいの時間が経っただろうか。
ふと、窓から外を見ると真っ青だった空がほんのりピンク色になっていた。
______もうすぐ日が暮れる……。
そう思った。
「まずいな、早く陰陽寺を見つけ出して公民館に行かないと……」
既に龍斗と茜には、避難場所である公民館に行ってもらっている。当然ながら、二人は悠希を学校に残して行くことをためらっていたが。
それでも悠希まで一緒に避難すると、大雅を止める人間が誰一人居なくなってしまう。
すぐに大雅を見つけて追いつくから、と半ば強引に学校から追い出すような形で、悠希は龍斗と茜の背中を押したのだった。
だが、現実はそう上手くいかない。
「どこにいるんだよ、陰陽寺……」
悠希は思わず天を仰いだ。
このまま見つからずに永遠に探し続けると思うと気が遠くなる。
あれから奇跡的に爆発は起きていないが、いつまた起こるかわからない。
早く止めなければ、学校が潰されてしまう。
悠希たちの、青春が。
天を仰いだ先に悠希の目に飛び込んできたのは、屋上に続く階段だった。
悠希は目を見開いた。
「そうか! 屋上だ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「さて、こんなもんかな」
学校の屋上で大雅は呟いていた。
今は五月ということもあって、屋上、つまり外に居ても特に問題ない。夏場ならうだるような暑さが、冬場なら凍えるような寒さが襲ってくるものだが。
尤も、先程の爆発で煙が上がっているため、多少の煙たさと熱は感じている。
そんな中で大雅は俯いていた。
と言っても、ただ俯いているわけではなかった。見ていたのだ、校内地図を。
屋上の床に広げたそれを乱暴に閉じて、ゆっくりと立ち上がる。
そして、踵を返して出口へと歩いていく。
だが、屋上から校内に戻ることは出来なかった。
「陰陽寺!」
声と同時にその出口のドアが勢いよく開かれ、息を切らしながら屋上に入ってきた者が居たからだ。
早乙女悠希。
すぐに分かった。クラスメイトの岸茜を問い詰めようとした時に邪魔をしてきた奴だ。
______何でこいつがここに。
大雅は信じられない気持ちで悠希を見つめた。
この男はこれまでも大雅の邪魔をしてきた。岸茜を問い詰めた時だってそうだ。
絶好のタイミングを、悠希のせいで逃してしまった。
……岸茜を問い詰めた時。
______そうか。
大雅はやっと分かった。何故、悠希がここに居るのか。何故、自分が屋上に居ると知っているような口ぶりだったのか。
______岸茜が言いつけたんだ。
その瞬間、こうして邪魔をしてきた目の前の悠希に対して、と言うよりも、茜に対しての憎悪が湧き上がってきた。
おそらく、茜はあの日のことを悠希に話したのだろう。
それよりも前、大雅の家に上がってきた時に、爆弾に関する何かしらの物を見つけていたのだろう。
だから、早絵を刺した犯人が大雅であると伝えた上でこの爆発に関しても大雅が仕組んだことだと言ったに違いない。
「なんてことしてくれたんだ! 陰陽寺!」
悠希が腕を振るいながら叫んでくる。
しかし、それは大雅の台詞だった。
全く、あの女はなんてことをしてくれたのだ。大雅は心の中で悪態をついた。
茜が録音していたであろうスマホも破壊して、確実な証拠は消した。
だから茜がたとえ悠希達に何を言っても、物的証拠が無ければ何の効力も示さないはずだったのだ。
しかし、今この場に悠希が居るという状況を考えれば、その背景については容易に察しがつく。
たとえ物的証拠が何一つなくても、悠希は茜の言葉を信用したのだ、と。
「これがもう僕の習慣でね。今更やめられないんだ」
大雅が答えると、悠希は分かりやすく眉をひそめた。
「習慣……?」
「ああ。そうさ。だから僕にも止められないんだ。残念だけど」
悠希は顔を伏せた。そのせいで表情はよく読み取れなかったが、そんな大雅の鼓膜を震わせる声があった。
「お前……それでも人間か」
耳をすましていないと聞こえないほどの小さな声。
そのはずが、大雅の耳にはハッキリと聞こえた。
「さぁ、どうだろ。もしかしたら心は化け物かもなぁ」
言いながら、大雅は直感した。
ああ、もう自分は諦めているのだな、と。
「本当にそれで良いって思ってるのか」
悠希は顔を上げて尋ねてきた。
「僕にも分からないんだ。ずっとやってきたことだし」
大雅にとっては習慣だった。ずっとやってきたことだった。
人間誰しも、習慣は簡単に変えられない。少なくとも大雅にはそんな適応力はない。
それでも、本来なら変えなければならないのかもしれない……。
「ま、どっちにしろ、もう始めちゃったことだ。一回始めたことは終わりまでしっかりやらないと」
両手をパチンと合わせて、大雅は笑顔で言った。
「まだ爆発させる気か!」
悠希が声を荒げて、大雅の足元に視線を落とす。
そう、大雅は持っていたのだ。まだたくさんの爆弾を。
声を荒げて大雅を睨みつける悠希の体は小刻みに震えていた。
何が悠希をそうさせているのか。怒りか、はたまた恐怖か。それは大雅には分からない。正直、どうでも良いことだ。
ただ、そういう『人間らしさ』が実に愉快に思えた。
「ハハ、怖い? そうでしょ? 怖がってる。だって体が震えてんだもん」
「お前は、何とも思わないのか」
震えを止めるためか深呼吸をしながら、悠希は尋ねてくる。
「うん。別に何とも。さっきも言ったけど、これが僕の習慣なんだから」
大雅はそこで足を進め、震えている悠希の肩にポンと手を置いた。
「怖くも何ともないよ」
そして、口角を上げて笑みを作った。
その瞬間、悠希の表情に明らかな恐怖が宿った。
おそらく大雅の笑顔が悠希を震撼させたのだろう。それほどまでに薄気味悪い笑みだったのか。
大雅は軽く推測しながら、悠希の肩から手を離した。
「ついてきて」
「なんだと」
悠希の瞳には敵意が宿っていた。
だが、ここで大雅を野放しにしたくはなかったのだろう。
悠希は黙って大雅の後をついてきた。
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